≪お盆に考える≫
あなた お葬式 どうする?
気弱な原子論者が考えた「お葬式、お墓」論
桜川たのしい授業研究所長 菊池伸浩
4月に、私の知り合いが55才という若さで、急逝した。お通夜、葬儀に参列し、いろいろ思ったことがあるので、書いてみたい。
私は、新潟で生まれ、東京で育ち、茨城県桜川市に住んで、48年になります。まだ、お墓は準備していません。迷っているのです。
私は科学の教員をしていたこともあって、原子論者です。私が師匠と仰ぐ板倉聖宣氏は、もっと強烈な原子論者です。本人は戦闘的原子論者と言っています。板倉氏が、「死んだらどうなるか」という文を書いています。全部は書ききれませんので、さわりの文だけ紹介します。
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≪死んだらどうなるか≫
人間が死ぬと、焼き場というところで、燃やしてしまうのが普通です。焼き場では、それまでその人の身体をつくっていた器官も燃えてしまいます。≪遺骨≫といって、骨を作っていた原子の一部と、気体にならない原子だけは灰となって残りますが、その他の原子はみな、空気中の酸素原子と結びついて、気体となって煙突から出ていってしまいます。ふつうはその≪遺骨≫だけを、瀬戸物の入れ物の中にいれてお墓の中に納めるのです。
しかし、物は何も残らなくても、この人を知っていた人びとの心には、いろいろな思い出が残ります。その人といっしょに経験した楽しい思い出が残ります。その人といっしょに経験した楽しい思い出や苦しい思い出、なつかしい思い出が残ります。夢にも見るでしょう。だから、その人は後に残された人びとの頭の中にだけ残り続けることになります。
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私がこの文章を高校の生徒さんに紹介した時、沢山の反発を受けました。「霊」を否定しているからです。科学者なら、この世のものはすべて原子からできている。こう言わざるを得ないのです。
だから私は、どうせバラバラな原子になってしまうなら、お墓を造っても意味はないのではないか。そう考えるようになってきたのです。しかし、私は、板倉さんのような戦闘的原子論者ではありません。気弱な原子論者です。
私が死んだとき、葬式を出すことになると思います。誰が出すのか、奥さんか、子どもか。その立場を考えると、「世間一般常識とかけ離れた葬式」になっても迷惑をかけることになってもいけません。どうしたら、世間との摩擦もあまりなく、私の意に沿うような「お別れの会」になれるのか、葬儀に参加するたびに考える、今日この頃です。
私は、この連休中(2017年5月)は、「あなた お葬式 どうする?(山路敏英編集)」の本を読みながら、いろいろ考えてきました。要は、70歳を過ぎて、子どもらに迷惑をさせないために、自分の葬式をどうするかということを考えざるを得なくなったということです。
私の父と母の葬式は、兄に任せっぱなしです。父の葬儀のおき、父は自分で「戒名」をつくっていたので、そのことでお坊さんとひと悶着あったと聞いています。
私はお通夜のあと、棺の番をする係ばかりでした。兄は菊池家を継いでいますので、東京・府中に父のお墓があり、そこに遺骨を入れると言っています。この墓は、兄の長男が継ぐ予定でいます。 私もそこに入れてくれとは思っていません。
私と奥さんは、茨城県西茨城郡岩瀬町(現在は桜川市)に家を作り、ここに住んで40年以上たちます。当然、ここ桜川市で一生を終わるつもりでいます。そこで、お墓をどうするか、葬式をどうするかを、考えなくてはならない課題となっているのです。
まず、お葬式です。1昨年、真壁に住んでいる私の知人が奥さんを亡くした時、あるお寺に、「檀家に入れてほしい」と申し入れ、急遽、お坊さんに来てもらったと、そのお坊さん自身が話していました。そんな方法があるのかと知ったものです。しかし、今は無宗教でやる家も多くあるとのとことなので、その方法も研究したいと思っています。
また、お墓の件では、わざわざ墓地を購入するのも、いかがなものかと思って、躊躇しております。
(つづく)
あなた お葬式 どうする?
気弱な原子論者が考えた「お葬式、お墓」論
桜川たのしい授業研究所長 菊池伸浩
4月に、私の知り合いが55才という若さで、急逝した。お通夜、葬儀に参列し、いろいろ思ったことがあるので、書いてみたい。
私は、新潟で生まれ、東京で育ち、茨城県桜川市に住んで、48年になります。まだ、お墓は準備していません。迷っているのです。
私は科学の教員をしていたこともあって、原子論者です。私が師匠と仰ぐ板倉聖宣氏は、もっと強烈な原子論者です。本人は戦闘的原子論者と言っています。板倉氏が、「死んだらどうなるか」という文を書いています。全部は書ききれませんので、さわりの文だけ紹介します。
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≪死んだらどうなるか≫
人間が死ぬと、焼き場というところで、燃やしてしまうのが普通です。焼き場では、それまでその人の身体をつくっていた器官も燃えてしまいます。≪遺骨≫といって、骨を作っていた原子の一部と、気体にならない原子だけは灰となって残りますが、その他の原子はみな、空気中の酸素原子と結びついて、気体となって煙突から出ていってしまいます。ふつうはその≪遺骨≫だけを、瀬戸物の入れ物の中にいれてお墓の中に納めるのです。
しかし、物は何も残らなくても、この人を知っていた人びとの心には、いろいろな思い出が残ります。その人といっしょに経験した楽しい思い出が残ります。その人といっしょに経験した楽しい思い出や苦しい思い出、なつかしい思い出が残ります。夢にも見るでしょう。だから、その人は後に残された人びとの頭の中にだけ残り続けることになります。
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私がこの文章を高校の生徒さんに紹介した時、沢山の反発を受けました。「霊」を否定しているからです。科学者なら、この世のものはすべて原子からできている。こう言わざるを得ないのです。
だから私は、どうせバラバラな原子になってしまうなら、お墓を造っても意味はないのではないか。そう考えるようになってきたのです。しかし、私は、板倉さんのような戦闘的原子論者ではありません。気弱な原子論者です。
私が死んだとき、葬式を出すことになると思います。誰が出すのか、奥さんか、子どもか。その立場を考えると、「世間一般常識とかけ離れた葬式」になっても迷惑をかけることになってもいけません。どうしたら、世間との摩擦もあまりなく、私の意に沿うような「お別れの会」になれるのか、葬儀に参加するたびに考える、今日この頃です。
私は、この連休中(2017年5月)は、「あなた お葬式 どうする?(山路敏英編集)」の本を読みながら、いろいろ考えてきました。要は、70歳を過ぎて、子どもらに迷惑をさせないために、自分の葬式をどうするかということを考えざるを得なくなったということです。
私の父と母の葬式は、兄に任せっぱなしです。父の葬儀のおき、父は自分で「戒名」をつくっていたので、そのことでお坊さんとひと悶着あったと聞いています。
私はお通夜のあと、棺の番をする係ばかりでした。兄は菊池家を継いでいますので、東京・府中に父のお墓があり、そこに遺骨を入れると言っています。この墓は、兄の長男が継ぐ予定でいます。 私もそこに入れてくれとは思っていません。
私と奥さんは、茨城県西茨城郡岩瀬町(現在は桜川市)に家を作り、ここに住んで40年以上たちます。当然、ここ桜川市で一生を終わるつもりでいます。そこで、お墓をどうするか、葬式をどうするかを、考えなくてはならない課題となっているのです。
まず、お葬式です。1昨年、真壁に住んでいる私の知人が奥さんを亡くした時、あるお寺に、「檀家に入れてほしい」と申し入れ、急遽、お坊さんに来てもらったと、そのお坊さん自身が話していました。そんな方法があるのかと知ったものです。しかし、今は無宗教でやる家も多くあるとのとことなので、その方法も研究したいと思っています。
また、お墓の件では、わざわざ墓地を購入するのも、いかがなものかと思って、躊躇しております。
(つづく)