仮説実験授業の思いで(2)
「江戸時代の農民は何を食べていたか」をめぐって、ある郷土史家のとの論争

2006年2月、組合の教育研究集会で、先生方に「学力低下とたのしい授業」と題して、1時間ばかりの話をする機会がありました。そこで、たのしい授業の具体例として、「社会の科学」をどのように教えたらよいかの1つの例として、「江戸時代農民は何を食べていたか」という問題を出しました。
みなさんも考えてください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【問題1】江戸時代の農民のエネルギー源(カロリー源)となっていたのは、次のうち何がいちばん多かったと思いますか。
予想
ア、 米・・・・・・・・・・・・・8人
イ、 麦・・・・・・・・・・・・・7人
ウ、 雑穀(あわ、ひえなど)・・・・11人
エ、 いも、大根・・・・・・・・・ 5人
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・
組合の先生方は、私の仮説実験授業を経験にしている方もいるので、「アの解答者」もけっこう多かったのですが、やはり「ウの解答者」が一番多くいました。
ここは時間の都合で、江戸時代中期の人口は約3000万人で、石高も約3000万石だから、人口の85%を占めている農民が米を食べなかったら、「米を捨てる」ことになる。だから、「アの米」が正解ですと説明しました。
全体会の会場では、全員がこの答えで納得してくれました。昼休みにも、「そう言われれば、そうだよねえ」などと、笑顔で話しかけてくれる人ばかりでした。
ところが、夜、相部屋になった社会のT先生(夕方遅れて参加)は違ったのです。T先生は、歴史研究者協議会に参加している郷土史研究家であり古文書も「大家」だったのです。
私の話に、T先生はいろいろ反論してきたのです。
T先生
「石高は米だけではないよ。また石高にはいろいろあるし、石高の中身も米だけではないよ」
「水戸では間引きを防ぐために、妊娠時から数えていたのだ」
「百姓っていうけど、全部が農民ではないよ。漁師もいたよ」
「米だって、全国どこでもとれたわけではないよ」
私も、板倉聖宣さんから「社会の先生はいろいろ言ってくる」とは聞いていたのですが、詳しい人ほどいろいろ言ってくるのです。板倉さんの本「歴史の見方・考え方」が、いやになるほど詳しく書いてある理由をあらためて、確認した次第です。
そこで、私もいろいろ反論しました。
キクチ
「石高に実高とか、いろいろあるのは知っているよ。松前藩(北海道)では米はとれなかったのも知っているよ。徳島の阿波では、藍染めをやっているので豊かだったと言われているよ。」
「何才からとは、詳しくは知らないけれど、今は、教科書にも3000万人となっているんだから、おれが間違いなの?」
「農民と百姓が同じではないことは、網野史学で勉強したよ」
「だから、大ざっぱに言って、農民がいちばん食べていたもの何かと、聞いているんだけれど」
T先生
「そんな、日本を平均して、なんの意味があるんだい。そんなもので、実態は見えてこないよ。ひとつひとつの実態を調べることが大事なんだ。平均でとか、全体でとかでは、具体的なことはなにも実証できないよ」
キクチ
「そうかなあ。多くの人は、江戸時代の農民は自分で米をつくっていながら、正月のときくらいしか、米をたべることができることができなかったと思っているんだ。一般国民がどのような生活をしていたかを知らなくて、どうして歴史を考えることができるのかなあ」
「今の一般国民の主食は、うどんやパンやパスタなど、いろいろあるけれど、なんだかんだいっても、米でいいんだろう」
T先生
「実態というのは、場所、場所によってちがう。そんな平均的なことで実態をとらえても、とらえたことにならない。ひとつひとつの実態に意味があるんだよ。
T先生は、郷土史の研究家で、地方の古文書を読み解きながら、郷土の実態を報告してい
る研究家なのでした。つい最近も8925円もする本「幕末水戸藩と民衆運動」を出した
ばかりでした。
こんな話が1時間半以上も続きました。最後には、「キクチさんは板倉史学に冒されて
いる」とまで言うのです。こう言われては、私もおさまりがつきません。そこで最後の手
に出ました。
キクチ 「それでは、『正解がア・米』でないというのなら、Tさん、あなたの正解はどれなのですか。こんな問題に意味はない(価値はない)としても、問題自体は成立すると思うのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【問題1】郷土史の専門家・T先生はなんと答えたのでしょうか。
予想
ア、米
イ、麦
ウ、雑穀(あわ、ひえなど)
エ、いも、大根
オ、その他
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・
私は、組合や地域の市民運動にも参加していますので、この問題(江戸時代の農民は何
を食べていたか)を、仲間に考えてもらっています。
多くの人たちは「ウ・雑穀」の解答が多いのですが、〈物質不滅の法則〉で説明すれば、
ほとんどの人が納得してくれます。
もちろん、「飢饉がくればアワ・ヒエも食べた」し、「農民がみんな裕福な暮らしをし
ていたわけではないこと」も付け加えます。
なかには、「もうキクチさんとは話もしたくない。お付き合いもやめたい。家にこな
いでくれ」と言われたこともあります。
T先生の選択は「オ・その他」でした。気まずい思いで、眠りについたのですが、
なかなか寝付かれませんでした。
教育研究集会開催側の人間としては、このままにしておくのはいやでした。そこで私は
板倉聖宣著「歴史の見方・考え方」の本(2000円)とT先生の本(8925円)の
交換を申し入れました。7000円の差額は、キクチが負担しました。
T先生は、「おれも板倉さんの本を読んで、勉強してみるよ」と言ってくれました。
(2006年2月6日記)
「江戸時代の農民は何を食べていたか」をめぐって、ある郷土史家のとの論争

2006年2月、組合の教育研究集会で、先生方に「学力低下とたのしい授業」と題して、1時間ばかりの話をする機会がありました。そこで、たのしい授業の具体例として、「社会の科学」をどのように教えたらよいかの1つの例として、「江戸時代農民は何を食べていたか」という問題を出しました。
みなさんも考えてください。
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【問題1】江戸時代の農民のエネルギー源(カロリー源)となっていたのは、次のうち何がいちばん多かったと思いますか。
予想
ア、 米・・・・・・・・・・・・・8人
イ、 麦・・・・・・・・・・・・・7人
ウ、 雑穀(あわ、ひえなど)・・・・11人
エ、 いも、大根・・・・・・・・・ 5人
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組合の先生方は、私の仮説実験授業を経験にしている方もいるので、「アの解答者」もけっこう多かったのですが、やはり「ウの解答者」が一番多くいました。
ここは時間の都合で、江戸時代中期の人口は約3000万人で、石高も約3000万石だから、人口の85%を占めている農民が米を食べなかったら、「米を捨てる」ことになる。だから、「アの米」が正解ですと説明しました。
全体会の会場では、全員がこの答えで納得してくれました。昼休みにも、「そう言われれば、そうだよねえ」などと、笑顔で話しかけてくれる人ばかりでした。
ところが、夜、相部屋になった社会のT先生(夕方遅れて参加)は違ったのです。T先生は、歴史研究者協議会に参加している郷土史研究家であり古文書も「大家」だったのです。
私の話に、T先生はいろいろ反論してきたのです。
T先生
「石高は米だけではないよ。また石高にはいろいろあるし、石高の中身も米だけではないよ」
「水戸では間引きを防ぐために、妊娠時から数えていたのだ」
「百姓っていうけど、全部が農民ではないよ。漁師もいたよ」
「米だって、全国どこでもとれたわけではないよ」
私も、板倉聖宣さんから「社会の先生はいろいろ言ってくる」とは聞いていたのですが、詳しい人ほどいろいろ言ってくるのです。板倉さんの本「歴史の見方・考え方」が、いやになるほど詳しく書いてある理由をあらためて、確認した次第です。
そこで、私もいろいろ反論しました。
キクチ
「石高に実高とか、いろいろあるのは知っているよ。松前藩(北海道)では米はとれなかったのも知っているよ。徳島の阿波では、藍染めをやっているので豊かだったと言われているよ。」
「何才からとは、詳しくは知らないけれど、今は、教科書にも3000万人となっているんだから、おれが間違いなの?」
「農民と百姓が同じではないことは、網野史学で勉強したよ」
「だから、大ざっぱに言って、農民がいちばん食べていたもの何かと、聞いているんだけれど」
T先生
「そんな、日本を平均して、なんの意味があるんだい。そんなもので、実態は見えてこないよ。ひとつひとつの実態を調べることが大事なんだ。平均でとか、全体でとかでは、具体的なことはなにも実証できないよ」
キクチ
「そうかなあ。多くの人は、江戸時代の農民は自分で米をつくっていながら、正月のときくらいしか、米をたべることができることができなかったと思っているんだ。一般国民がどのような生活をしていたかを知らなくて、どうして歴史を考えることができるのかなあ」
「今の一般国民の主食は、うどんやパンやパスタなど、いろいろあるけれど、なんだかんだいっても、米でいいんだろう」
T先生
「実態というのは、場所、場所によってちがう。そんな平均的なことで実態をとらえても、とらえたことにならない。ひとつひとつの実態に意味があるんだよ。
T先生は、郷土史の研究家で、地方の古文書を読み解きながら、郷土の実態を報告してい
る研究家なのでした。つい最近も8925円もする本「幕末水戸藩と民衆運動」を出した
ばかりでした。
こんな話が1時間半以上も続きました。最後には、「キクチさんは板倉史学に冒されて
いる」とまで言うのです。こう言われては、私もおさまりがつきません。そこで最後の手
に出ました。
キクチ 「それでは、『正解がア・米』でないというのなら、Tさん、あなたの正解はどれなのですか。こんな問題に意味はない(価値はない)としても、問題自体は成立すると思うのです。
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【問題1】郷土史の専門家・T先生はなんと答えたのでしょうか。
予想
ア、米
イ、麦
ウ、雑穀(あわ、ひえなど)
エ、いも、大根
オ、その他
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・
私は、組合や地域の市民運動にも参加していますので、この問題(江戸時代の農民は何
を食べていたか)を、仲間に考えてもらっています。
多くの人たちは「ウ・雑穀」の解答が多いのですが、〈物質不滅の法則〉で説明すれば、
ほとんどの人が納得してくれます。
もちろん、「飢饉がくればアワ・ヒエも食べた」し、「農民がみんな裕福な暮らしをし
ていたわけではないこと」も付け加えます。
なかには、「もうキクチさんとは話もしたくない。お付き合いもやめたい。家にこな
いでくれ」と言われたこともあります。
T先生の選択は「オ・その他」でした。気まずい思いで、眠りについたのですが、
なかなか寝付かれませんでした。
教育研究集会開催側の人間としては、このままにしておくのはいやでした。そこで私は
板倉聖宣著「歴史の見方・考え方」の本(2000円)とT先生の本(8925円)の
交換を申し入れました。7000円の差額は、キクチが負担しました。
T先生は、「おれも板倉さんの本を読んで、勉強してみるよ」と言ってくれました。
(2006年2月6日記)