A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 204 わたしはあの人の痛みを感じる

2015-11-19 23:36:51 | ことば
あの人が幻覚に苦しみ、狂気をおそれているときには、わたしもまた幻覚を抱き、狂気となるはずであろう。しかしながら、愛の力がいかほどのものであれ、そのような事態は起らない。たしかにわたしは動揺し、苦悩する。愛する人の苦しみを目のあたりにするのはおぞましいことだからだ。ただ、同時にわたしは、乾き切って、防水された状態のままでいる。わたしの同一化は完全でないのだ。わたしは「母親」である(あの人はわたしに心配にかける)が、不十分な母親なのだ。しかし、それほど慎重に身を持しているにしては、わたしの感じる動揺はあまりにも激しい。それというのも、あの人の不幸に「真摯に」同一化しようとするまさにそのとき、わたしは、この不幸の中にわたしぬきという事態のあること、あの人が自分だけのことで不幸になったのであり、したがってわたしは見捨てられているのだということを、読みとってしまうからなのだ。わたし以外のことで苦しんでいるからには、わたしなどものの数に入っていないということだろう。あの人の苦痛は、あの人をわたしの外部で存立せしめるものであり、したがってわたしを無力にするものなのである。
ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』三好郁朗訳、みすず書房、1980年、86-87頁。


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