A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

memorandum 205 なぜ

2015-11-21 23:14:17 | ことば
とてつもない逆説ではあるが、このわたしは、自分が愛されていることを信じてやまない。それが真実なのである。わたしは自分の望むところを幻覚化しているのだ。したがって、この心の痛手は、疑惑よりもむしろ裏切りから来ている。愛している者だけが裏切りをなしえるのだし、愛されているつもりの者だけが嫉妬を感じうるのではないか。あの人にとっては、わたしを愛することがその存在の本質をなしている。ところが、あの人はときとしてこの本質に背くことになる。それがわたしの不幸の起源なのだ。しかしながら、錯乱とは、そこから目覚めたときにはじめて実在するものである(錯乱とは回顧的なものでしかありえないのだ)。ある日わたしは、わが身に何が起っていたかを理解する。愛されていないから苦しんでいるつもりでいたけれど、実は、自分が愛されていると思いこんでいたればこその苦しみだったのだ。愛されていると思い、しかも見捨てられたと思う錯綜の中で、わたしは生きていたのだった。わたしの内なることばを耳にした人があれば、きっとこう叫んだことだろう、手に負えぬ子供のことで叫ぶように。しかし、この子はいったい何を望んでいるのか。
ロラン・バルト『恋愛のディスクール・断章』三好郁朗訳、みすず書房、1980年、279-280頁。



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