A PIECE OF FUTURE

美術・展覧会紹介、雑感などなど。未来のカケラを忘れないために書き記します。

ニュージャージー

2006-05-09 00:44:06 | 美術
 長い大型連休も終り、また仕事の生活が始まりました。そちらはどうですか?電話の応対うまくできるようになったかな?ちなみに、ぼくは電話が大の苦手です。人と接するのも苦手なんだけど、電話は格別苦手なもののひとつなんだよ。ぼく自身、こどものころのある体験がもとで吃音障害なところがあって、いまだにろれつが回らないときがあるんだ。とくに名前を言うとき。9割がたうまく言えないんだよね。でも、不思議なもので仕事してるときは平気なんだよね。名前を言う前に頭言葉がつくと違うみたい。例えば、「お電話ありがとうございます。こちら○○株式会社○○担当の○○と申します」みたいにさ。それは、電話口で演技をしてるからなのか、仕事という使命感があるからなのか、いまだにわからない。言い訳ぽいけど、電話が苦手なのはあくまで、初対面の人です。すでに知り合いの人との電話であればまったく問題ないのでご安心を。
 ところで、先日不思議な展覧会に行きました。<スコット=ド・ワシュレー来日展-いつからハゲなんだろう>(2006年4月25日~5月7日at アートフロントギャラリー)という展覧会です。サブタイトルの「いつからハゲなんだろう」という言葉が最近流行りのくだらないギャグ狙いの展覧会かな、と一瞬思わせるんだけど中身はそうではなかった。
 このスコット=ド・ワシュレー氏は25歳の時交通事故に遭って以来、頭部の外傷がもとで脳に障害を負い、記憶が一日以上持続しなくなったんだとか。記憶が1日しか持たないこと。そんな人がいることを知ったとき、ぼくが思い出したのは近年続出している記憶をテーマとした映画のことだったんだ。『メメント』『50回目のファーストキス』『ノボ』などや、記憶の欠落、喪失をキーワード、テーマとするミステリー映画の多いこと。それらの映画が示しているのは、この一瞬間という「時間」の持つ重さや出来事の不可避性なのかもしれない。それらの映画の分析は今後の機会に譲りますが、映画における「記憶」というテーマの隆盛が、このような展覧会の開催になにか影響があったのか、そこまではぼくにはわかりません。

 その彼が制作している「作品」というのは、自らの記憶障害を補完するため、元エンジニアという技術を生かし、記憶を翌日まで留めるための装置を制作しているのです。例えば、翌日までに憶えておきたい事柄をトースターに焦げ目をつけて記憶するトースター。装置制作の作業を記録するため、手元にCCDカメラをつけて記憶する装置など。そう、彼の記憶は一日しかもたない。しかし、それらの装置は彼の努力にも関わらず作り出されると同時に次の日には忘れられてしまうのだ。あるいは、作りかけのまま翌日に持ち越した場合、記憶がなくなっているため、自分が何を作ろうとしていたか、あるいはどこまで作っていたか憶えていない。これは、映画の物語を特色付けるための設定ではなく、現実のお話。しかし、先ほどあげた装置にしても不思議と深刻ではなく、ユーモアが漂っているのは本人の真剣さがまわりには滑稽に見えるからなのか・・。
 なお、彼が制作した作品は姉のシュテネーがタグをつけて詳細に記録しているみたいです。今回の来日も彼女の労によるところが多い。それは会場に流されていた来日ドキュメンタリーを見ると、その苦労の多さがよくわかります。例えば、ホテルのバスルームに落書き(本人はその日に食べた寿司の名前を忘れないために、書き記したんだそうだが)を、スコットに叱ったところ、こう反論されるのです。

「Who are you?」

なんという一言でしょう。彼は記憶障害のせいか情緒不安定なところもあって、ちょっとした一言や制作の行き詰まりなどに突然周囲に怒りを爆発させたりします。例えば、自分のものが盗まれるんじゃないかといつも不安に怯えていたり。本人の思いは他人のぼくらが察するには想像を越えています。

 ちなみに、サブタイトルの「いつからハゲなんだろう」の意味は、彼が頭部の外傷を手術して以降、脱毛症によって頭髪のほとんどを失ってしまったところからつけられたようです。なお、以来彼はニット帽をトレードマークとしているんだとか。

彼の記憶障害を見ていると、ぼくの小さな吃音障害などどうでもいいことに思えてきますが、大なり小なり人の抱える苦手意識やさまざまな障害は、まわりには滑稽に見えてるのかもしれませんね。まとまりなく長くなってしまってごめんなさい。また、おもしろい展覧会あったら報告しますね。では、お元気で。
東京より。