筆者は午後7時55分頃に旅館「浦島」を出た後、スナックが建ち並ぶ通りを南東の方向に向けて歩き始めた。すると爆弾低気圧の通過に伴う折からの猛烈な強風に煽られた。スプリングコートを着用し、ショルダーバッグと傘を持ち、かなり重量が増えていたのにも関わらず強風に吹き飛ばされ、まるで牛若丸のように一瞬体が宙に浮いた。そして図らずも数歩後退してしまった。体がかなり軽量化していたのかあるいは風速が物凄かったのかどちらかだろう。その後、異なるスナックの一見細身に見えるホステスさん三人に「あの強風で飛ばされましたか?」と尋ねたら、全員、「いいえ、私は大丈夫でした」と答えたので彼女らの体重は48キロを越えている計算になる。そして逆風に逆らいつつ、やっとの思いでスナック「愛」に辿りついた。午後8時丁度、「愛」のネオンの灯りは灯っていた。勢い込んで扉を開けるとカウンターの内側には、30代後半から40代前半と思われる女性と茶色のダウンベストを羽織った今時の若いキャピキャピギャルとがいた。筆者にとっては1年8ヶ月ぶりの訪問である。前回訪問時に接客してくれた、さほど愛想のよろしくなさそうな女性スタッフはいなかった。今度は構ってもらいたかったのでボトルキープを御願いした。シーバスリーガルをオーダーしたが店には無いと言う。それならばとヘネシーを御願いしたら、「店には置いていないが酒屋に頼めば持ってきてくれる」とアラサー女性が言った。結局ヘネシーを注文し、ボトルが来るまでの間はリザーブの水割りを飲む事にした。
アラサー女性が、揚げた白身魚の煮びたしのようなつまみを出そうとしたので、筆者はそれを手で制しながら「それは要らないので代わりに乾き物を御願いします」と伝えた。やがて常連とおぼしき地元のあんちゃん様がやってきて、素早くボトル棚の中から自分のボトルを取り出し、それをカウンターの上に置いた。次いで、このあんちゃん様よりももっと常連らしきおじさんが来店し、カウンターの予約席に座った。この台風並の荒れ模様の中、わざわざ予約して来店するくらいだ、かなりお店側とは親密な間柄にあるのであろう。この後に来店した普通の常連さんであるおじさんに言わせると「週に二回通うのが四回になるとボトルの先端にリボンを飾り、超常連客であることを他の客に知らしめる特典が与えられる」そうで、キャピキャピギャルはそのボトルを恭しく捧げ持ち、この超常連客の前にそっと置いた。筆者の左隣に座ったおじさんは、アラサー女性から「ちーさん」と呼ばれていた。このちーさん、どこかで一杯ひっかけてきたらしく、キープした「JINRO」をちびちびやりながら、やや呂律の回らない口調でアラサー女性に話しかけていた。おじさんはアラサー女性を「みちこさん」と呼んでいた。ちーさんが「このお店では飲み放題の日があると聞いたが」とみちこさんに問うた。するとみちこさんは「第一及び第三火曜日がその日です。ただしボトル代がただになるだけでアイスとお水代は別途請求します。そして私が着用しているのと同じTシャツを着て来る事が条件よ。Tシャツは一枚2500円で販売しています」と用意周到に答えた。