欅並木をのぼった左手にあるお店

ちいさいけど心ほっこり、French!テイストなお店♪

to lose

2006-04-28 | poem
あなたはドアを開けたまま出ていった。
ピアノだけをおいて。自分のものはいっさい残さずに。
開いたままのドアのむこうは真昼の明るさで、緑がみずみずしくあざやかに輝いて見える。
それとは逆に部屋の中はひんやりとしていて、私はあなたが出ていったドアのむこうをいつまでも見つめている。
あなたは私のもとから去っていった。
自分のものはいっさい残さずに。二人の思い出とピアノだけを残して。

あれはまだ私が幼かった頃、演奏会の練習をしていた時に、私のピアノのもとにあなたはやってきた。
あなたは笑顔で話しかけてきたわね。それがすべてのはじまりだった。
それから何十年、もうどれくらいたつのかしら。
私はあなたと出会わなかったら得られないものをたくさん得られることができた。
ものやお金だけじゃない。感動や心の豊かさも。
あらゆるものが私たちのものになっていくにつれて、二人の中になにかしら欠乏感みたいなものが広がっていったのね。
二人がかわし合い得たものが多くなる一方で、二人のあいだをジャマするものもだんだんと多くなっていったのね。
それが徐々に重要感をおびてきて。
そして、二人が思っていた通り、それが現実のものになってしまった。

ドアのむこうは5月の明るみ。
とてもすがすがしく、静かな雰囲気。
私のいる部屋の中は冷たい空気と空虚感ばかり。
でも、これからは一人でやっていくわ。
もう一人ででも歩いていけるから。
あなたはあのドアを開けはなしで出ていったけれど、そのむこうには明るい日ざしと緑が輝いている。
その明るさは今の私の唯一の心の明るみになっているのよ。