目が覚めると、街は夕暮れになっていました。
とても静かな雰囲気の中に、夜を迎える前の街のあわただしさが感じられます。
疲れは不思議なくらいとれていました。体は軽く、窓辺へとすぐに足を運ぶことができたのです。
どうして窓辺に立っているのか。それは自分でもよくわかりませんでしたが、見慣れた街を眺め、もう一度この街での生き方を考えたかったのだと思います。
夕日が驚くほど街の建物を赤く染めていました。いつもの狭い通り。往来する人々。
あわただしい生活の中でつい見失い、忘れてしまっていたものたち。自らの中にあるものまで失い、いろんなものに興味を持ちながらも、さまよい歩いていた日々。
窓辺の光景はそんな自分に原点に戻るようにと諭してくれているような気がしていました。
わたしの原点・・。
愛は確かにわたしの中にあったのです。そう、幼い頃は母親とともにたしかに持っていたもの。
大人になるにつれていろんなものが手に入り、そして、見失っていったもの。そんな中にはわたしの根底となすものまで含まれていたのです。
いろいろな出来事が、時代の速い流れが、街やわたしに襲いかかってきたのですが、この街にまだ確かに残っているものがあります。
それが人の愛ということに気づくまで、そんなに時間はかかりませんでした。
わたしの中にあって根底となしていたもの。
それが人の愛であったということに再び気づいたのは、この窓辺からのやさしい夕暮れを見た時のことだったのです。
人は不意に忘れ、そして、思い出したりすることもあるのでしょう。
大切なものを忘れ、そのことにすら気づかないまま、自分が思いもよらぬ方向へ流されていった、そんなことが往々にしてあるのでしょう。
いつもわたしはわたしのはずなのに・・。
疲れ果て死んだように眠っていた二日間。その後に嵐が過ぎた後の爽快感のような軽さでわたしはこの窓辺に立っています。
そこで目にし思い出したのは、かけがえのない人の愛という感情です。
窓の向こうには人のあわただしい雰囲気が感じられますが、ガラス一枚隔てたこちら側はとても静かな安らぎが漂っています。
わたしが忘れていた、見失っていた人の子の原点が今わたしの胸にふたたび灯されたように思えるのです。
そして、その明かりがこれからのわたしを確かな道へといざなってくれると、そんな勇気がこの胸から全身へと広がっていくのをひしひしと感じるのです。