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幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
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ボクサーエンジン50年 スバル、安全のマネジメントの歴史。

2016-11-17 21:45:55 | 自動車から見える日本と世界

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このブログ、幸福の科学の布教ブログなのに、なぜだか最近、自動車記事の方がアクセスのある、ちょっと変なブログになっております。(爆笑)

今取り組んでいるのはスバルですが、ここはホントに、学びが多いのですね。それは何かというと、リサーチ&マネジメントの面なんです。

その最大の題材こそ、日本車で世界に最も影響を与えたと言われる、スバル1000です。

(スバル1000)

スバル1000のことを、皆様ご存知だったでしょうか?

この車をご存知の方は、相当な通です。(笑)

女性は、ほとんどご存じないのではないでしょうか?

だからこそ、このスバル1000を学ぶことは、起業やビジネスでの成功、宗教においては伝道活動などにおいて、とても参考になることが多いのです。

なぜならば、スバル1000は発売当時、世界最高レベルの自動車商品だったからです。

それが、通・・・にしか知られていない事実にこそ、大いに学びがあるのですが、その話にまでは、本日もどうやら、たどり着けそうにありません。(笑)

スバル1000の特徴は、水冷FFだったことは、前回記事で述べました。

これは、空冷RRだった、当時の国民車、スバル360の真逆の車が、スバル1000でした。

つまり、国民車スバル360の、完全否定版こそ、スバル1000の大きな特徴なのです。

それが、RR車の危険性を、どこよりも早く察知したスバルの決断だったのです。

高性能なRR車は、危険な乗り物なのですね。

そういった物理的な条件の下、現代でもスポーツカーの第一線を続けているポルシェには、敬意を払わずにはいられません。

しかしスバルは決断しました。

スバルの決断とは、 

エンジンは、前にある方が良い。

なぜならば、エンジンの冷却が十分できるから。

エンジンの冷却が十分できるなら、いくらでも性能を上げることができる。 

また、前輪駆動の方が、スピンの危険性がないので安全である。

なぜなら前輪駆動車(FF車)は、ハンドルを切った方向に、進もうとするから。

タイヤが接地力をなくせば、アンダーステアが出るが、速度を落とせば接地力は回復するのでアンダーステアは消え、ハンドルを切った方向に車体は進む。

FFでは、スピンすることはない。

 

つまりスバルの、RR車からFF車への、主力商品の大転換には、「安全性」 というものがあったはずなのですね。 

今スバル車は、日本国内よりも、むしろ海外で売れまくっています。

その理由は、「世界一安全な自動車がスバルだから。」というものなのです。

それは、スバル1000以来使い続けている、水平対向エンジンに由来があります。

一般的なエンジンは、エンジンピストンが直列に並んでいます。

(一般的な直列エンジン) 

たくさんのピストンが必要な大型エンジンでは、直列に並べると長大になってしまい、エンジンルームに収まりませんので組み合わせます。

前から見て、V型に組み合わせたものを、V型エンジンと言います。

(V型エンジン) 

そしてスバルや、フォルクスワーゲンビートルやポルシェなどが採用している、ピストンを向かい合わせて組み合わせる方式が、水平対向エンジン、通称ボクサーエンジンです。 

(水平対向対向エンジン 通称ボクサー) 

水平対向エンジンが、通称ボクサーエンジンと呼ばれるのは、ボクシングの選手同士が、パンチを打ち合っているように、ピストンが動くからです。

ボクサーエンジンの長所は、重心が低いことです。

エンジンというのは車体の中で、最も重いものですから、走り、曲がり、止まるという動作を連続的に行う自動車は、重心は低ければ低いほど有利です。

そして何より、エンジンの長さが短くコンパクトなので、エンジンの置き場所や置き方の自由度が増えます。

エンジンがコンパクトということは、大きな排気量のエンジンでも、エンジンルームを小さくでき、車体を大きくする必要がないということでもあります。

また、ボクサーエンジンは、振動が少ないです。

燃焼室の爆発によるピストンの動きを、対面のピストンの動きで打ち消し合うからです。

ピストン型のエンジンは、必ず振動がありますが、その振動を、振動によって打ち消すことができるのが、ボクサーエンジンなのですね。 

もちろん、メリットがあれば、絶対にデメリットはあります。メリットだけならば、全てのエンジン商品が、水平対向エンジンになっているはずです。

それは、

部品が多く、製造工程が難しいので価格が高い。

低回転では、力が出にくい。

排気が苦手で、高回転まで回りにくい。 

などがありますが、スバルは水平対向エンジンを作り続けました。 

水平対向エンジンが、なぜ安全性が高いかと言うと、衝突時に、上下に薄いボクサーエンジンは、ボディーの下方にもぐりこむからです。

(スバルインプレッサの衝突車画像)


エンジンがボディーの下にもぐりこむことと、最終的にボディーから離れて落下することで、衝撃を分散させることができ、結果的に、ドライバーへの衝撃が、最も少ないのがスバル車なのです。

また、水平対向エンジンは全長が短いので、エンジンを縦置きにしても、自動車自体の長さを抑えることができます。

エンジン縦置き実現できるのは、左右対称な車体をつくれることです。

 

(スバル車の、基本レイアウト)

実は今主流の、横置きFF車というのは、ボディーをはがせば、左右対称ではありません。

これは、大きな物理的な力を、常時受け続ける自動車にとって、とても大きなことなのですね。

左右対称でなければ、左右の重量バランスのみならず、外力を受けるバランスも違ってくるからです。

 スバル車というのは、顧客の平均的な使用年数が長いと思います。

スバルという会社が、小さな企業なので、再々新型車を出せない事情もあるとは思いますが、それはそれとして、スバル車は故障が少ないはずです。

なぜならば、ひとつは、振動が少ない水平対向エンジンだからです。

振動は、ねじなどの連結部品の、緩みやガタの原因となります。

また、左右対称のレイアウトは、ボディに無理が少ないです。

 左右で重量バランスが違えば、受ける外力が左右で違い、左右で無理を受ける部分が違っているので、中長期的に見れば、ボクサーエンジン+左右対称レイアウトは、故障が少ないはずです。

 近年、スバルレガシーで、世界ラリーを制したドライバー曰く。

「スバルは、いくら走っても疲れない。」

「なぜならば、完全に左右対称だから。」 

 また近年、縦置き水平対向エンジンを利用した、レガシーなどの高速4輪駆動車をメイン商品にしたのも、また、アイサイトと呼ばれる自動停止システムを、どこよりも先に開発し搭載したのも、変速操作のいらない、CVTという無段変速装置を、世界で始めて搭載したのも、スバルが安全性という分野に、特に着目しているからだと思います。

スバルが、走りにこだわるのも、早く走れることは安全だから・・・だとすれば納得がいきます。

 もちろん早く走るとこは、危険な行為です。しかし、早く走れることは、安全だから可能なのです。

つまり、早く走れないことは、危険なことなのです。だからスバルは、RRを見切ったのです。

スバルは、多くを語りません。

スバルは、理系の侍だからです。(笑)

しかしその独自の理論は、少しずつ世界に浸透しており、世界の顧客の心を掴んでいるのですね。

また最近では、高齢者が起こした悲惨な自動車事故が続いたことで、高齢者の運転免許変換の世論が高まりつつあります。

私は個人的意見を述べさせていただくならば、そういう方法論は、現代の乳母捨て山思想に繋がると思います。

事実、都市部では移動に自動車を使う必要性は、ほとんどないかも知れませんが、田舎に行けば行くほど、自動車なしでは買い物すら出来ない状況ですので、移動の足を奪うことは、必ず年を取る人間として、人生の幅と質を低下させるだけでなく、地方の経済的な面でも大きな損失があると考えます。

高齢者の免許変換運動のような、一部排撃的な世論ではなく、スバルのような論理的でシステマティックな安全の思想と、それを普及させる行政の取り組みが必要だと思うのです。

たとえば、「ぶつからない自動車認定」に合格した車両は、大幅に減税するとかね。

そういう発想と取り組みこそ、自由と繁栄が両立した社会には、必要なのではないでしょうか?

「安全性重視」ということで、マーケティング(顧客創出)を成したスバルを見るとき、私はそういう風に考えるのです。

                     (ばく)

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【スバル1000】ワーゲン・ビートルを、引退に追いやったスゴイやつ!

2016-11-12 23:05:35 | 自動車から見える日本と世界

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毎度、宗教ブログなのに、自動車記事ですみません。(笑)

ですが、幸福実現党という社会性のある組織のある幸福の科学グループですので、最も社会性のある商品である自動車からは、かなり重要なメッセージが含まれるのではないかと管理人は勝手に期待しちょります。

私は自動車が社会に与えた影響についてに興味があるので、対象となるモデルが、ちょっと古いものなので(笑)、お越しになった読者の皆様に、「ノスタルジーを感じていただければ嬉しいなぁ」とも思うちょります。

そして今日の主役は、スバル1000ですけど、この作品からは、「やっぱり日本の技術力はすごいですなぁ。」という感想しかないです。

日本の技術の世界において今、牽引役をやっているのは自動車産業でしょう。日本の皆様、日本の自動車メーカーは、海外のメーカーの、真似ばかりやっているイメージがありませんか?

確かに、影響は受けています。デザインとかは、欧米の影響が大きいでしょうね。

しかし、それ以上に影響を与えています。日本人は、日本のことをほめるのが苦手ですけど、それは日本の美意識、謙譲の美徳かも知れませんけれども、事実は事実として、しっかり認識することは重要なことだと思います。

スバル1000は日本のメーカーが、最初に、それもかなり大きな影響を与えた事例です。

 

スバル1000(1966年~1969年)

何の変哲もない、ちょっとかわいい感じのセダンですけど、この作品が、世界の自動車地図を根本から変えてしまったのですね。この商品の存在が、フォルクスワーゲンビートルの時代を終わらせました。

スバル1000に先立つスバルは、前回記事でご紹介した、スバル360を生産販売しておりました。

 

スバル360は、日本のマイカー時代の幕を開け、12年の間に40万台が世に出ましたけど、これは50数年前の自動車販売台数では飛びぬけた成果で、スバル360による軽自動車の成功を受けて、他のメーカーも、たくさんの軽自動車を開発し、実績をあげたのですね。

スバル360は、スバル=富士重工の屋台骨を支える商品でしたし、事実上の日本の国民車でした。スバル360は、空冷エンジンをリアに積み、後輪を駆動する、フォルクスワーゲンビートルや、ポルシェ911と同じメカニズムで、当時の小型車の主流です。

しかしスバルは、実際にスバル360を生産することで、このビートル方式、つまり空冷RRのレイアウトの、技術的な限界を悟ってしまったに違いないのです。

スバルは、同一メーカーでありながら、自社製品の完全否定版を作って販売したんです。

これは、とても勇気ある決断ではないでしょうか?

「安全性」という指針が明確でなければ、絶対にできない決断です。

 

 

自動車の構造上、エンジンというのは、一番重量のあるものなので、エンジンがどこにあり、どのタイヤを駆動するかで、自動車の性格はほぼ決まってしまうのですね。

そのエンジンと駆動するメカニズムには、FR・RR・MR・FFという構造の違いがあります。

大雑把な画像ですけれども、以下のような感じでございます。

 

(FR フロントエンジン・フロントドライブ車の、基本レイアウト)

 


(RR リアエンジン・リアドライブ車の、基本レイアウト)

 

(MR ミッドシップ・リアドライブ車の、基本レイアウト)

 

(FF フロントエンジン・フロントドライブ車の、基本レイアウト)

で、ビートル型の空冷RRに抱いた、スバルの技術的限界とは何か?

それは恐らく・・・というのも、その後のスバルの劇的な歩みから見て恐らく、「空冷RRでは、性能の向上が果たせない、否、果たすべきでない」というものではなかったかと、私は想像するのです。

そして恐らく、それを悟ったスバルは、「エンジンは、前にあるべし」と、思ったに違いないのです。

ですからスバル1000は、スバル360とは真逆の基本構造、水冷フロントエンジン・フロントドライブになったはずなのです。

RRの、大きな欠点というのは何かと言いますと、大きく2点あります。そしてその2点とも、自動車としては、かなり致命的なものなのですね。

第1に、エンジンの冷却が苦手ということです。

自動車は前に進むものですよね。

バック走行もできますが、それは必要時であって、基本的には前方に進みます。

エンジンが後方にあるRR車は、走行風がエンジンに、きちんと当たらないのです。

ですからRR車、特に空冷エンジンのRR車は、常にオーバーヒートの恐怖があるのです。

スバル360のように、たった360ccのエンジンなら、発熱量もたかが知れておりますけれども、これ以上エンジン出力を上げたり、大きな排熱量の大きなエンジンだと、オーバーヒートの危険性がどんどん高まるのですね。

 

第2に、重量バランスです。

RR車は重いエンジンを、車体の最も後方に置く構造です。つまりRR車は、後ろが重いわけですね。

これは発進加速時や、上り坂走行には有利に働きます。

発進時は、後輪に重力がかかるので、重いエンジンを後方に積んでいるRR車は、発進や追い越しなどの加速が得意です。

加速と減速の繰り返しが自動車の走行ですので、理論上はRR車が最も早いとも言えます。

ただ、この後ろが重いレイアウトは、コーナーリング時には、とても厄介な特性となります。「後ろが重い」ということは、「前が軽い」ということだからです。

前が軽いと、前方の遠心力が小さくて、一見良いように思えますが、物事はそんなに簡単には行きません。なぜならば、自動車はタイヤの接地力で、曲がったり走ったりできている代物だからです。

 

「前が軽い」ということは、「車の向きを変える、前輪に荷重がかかっていない」ということです。ですから、ある一定速度以上で走るRR車は、ハンドルを切っただけでは曲がれません。

前輪に荷重がかかっていないので、タイヤが接地力を発揮できず、すーっと、そのまままっすぐ進んでしまうのです。

ハンドルを切った分曲がらないことを、アンダーステアと言いますが、RR車で、何の工夫もせずコーナーリングすれば、大アンダーステアになってしまうのですね。つまり、そのまま、コーナーの壁に激突・・・ということもありうる訳です。

ですからRR車でコーナーリングしようとすれば、しっかりブレーキをかけて速度を落とし、車体を前のめりにして、前輪にしっかりと荷重をかけないといけません。

それで、前輪が接地する、きっかけを与えなければならないんです。ポルシェが伝統的に、ブレーキ性能を重視するのはこのためです

問題は、アンダーステアだけではありません。RR・FR・MRなど後輪駆動車は、高速走行時には曲がるときに、ほんのわずかですけれども、後輪が横に滑ることによって曲がっているんです。と言うより、後輪が滑らないとコーナーを曲がれないのが後輪駆動車なんですね。

しっかりとブレーキングして、曲がるきっかけをもらって、さあ曲がろうとしたときに、後輪が滑るのですけれども、後ろが重いRR車は、このときが厄介なのです。RR車は後ろが重いので、遠心力、つまり外向きの力が、車体の後ろで大きく発生してしまうんです。ハンドルを切った以上に曲がってしまうのを、オーバーステアと言いますが、それが安易に発生してしまうんです。

オーバーステアは、しっかりとハンドルを切り返して修正しないと、そのままスピンします。

 

 

RR車は、この大アンダーステアと、大オーバーステア、コーナーを曲がりきれずに激突&曲がりすぎてスピンとが、同じ車体、つまり同一空間にしかも同時期に、紙一重で同居しているのがRR車なんです。

エンジンが重く、速く走れる、つまり、高性能になればなるほど、この危険性が高まるわけです。

しっかりとした正確なブレーキングと、オーバーステアにならないように、しっかりとしたハンドル修正がきちんとできていないと、RR車は、安全に曲がることができないんです。

ポルシェ356

これを、ビートルスタイルの空冷RR車、スバル360を実際に作ったスバルは、身に染みてわかった(はずな)のですね。

ですからスバル360の完全否定商品を作ったんだけど、それは同時に、当時の世界基準車フォルクスワーゲン・ビートルの完全否定でもあったわけです。

しかし実際にスバルの社員たち、特に営業の現場の方々は仰天したはずですし、実際に困ったと思います。

「エンジンが前にあれば、エンジンの冷却が楽になるし、前輪駆動なら基本的にスピンは絶対にないし、ハンドルを切った方に進もうとするので、曲がり切れなくなれば、スピードを落とせば良い」

そりゃぁその通りなんでしょうけど、これまでの基幹商品、スバル360と新しい1000では、タイヤが4本なのと、ハンドルが一つくらいしか同質性はないわけです。(大爆笑)

これは、技術を商品化する、つまり技術を売りにする自動車産業では、とても珍しい決断です。

「これまで12年も販売し、乗り続けてお客様に、いったいどう申し開きすれば良いか。」と、頭を抱えたスバル社員の姿を想像すると、私は胸を痛めざるをえません。

 

「ええ、なんだと!お前ら今まで、スバル360はRR車で、コーナーリングとか、最高っスヨ!って言っときながら、FF車を作ったんか!」「何!これまでエンジンの冷却は、簡素な空冷が一番ですとか言っておきながら、水冷じゃぁないかぁ!」

と、私がお客なら、きっと言うでしょうね。(爆笑)実際、戦前からず~~~っと、空冷RR車を続けてきたフォルクスワーゲンは、1970年代まで、ビートルを作り続けてきました。ポルシェは、エンジンは水冷化しましたが、RRをいまだに続けています。

それは、今までの顧客に対して、申し開きができないからです。

しかし、理系の侍、スバルの決断は早かった。(爆笑)

スバルの決断は、今まで聖書を勧めていた宗教家が、いきなり仏典を勧めに来た・・・みたいなもんですよ。(さらに爆笑)

 


しかし、このスバル1000の出来の良さが、フォルクスワーゲンに、ゴルフなどFF車メーカーへの転進の、きっかけになったのは間違いありません。フォルクスワーゲンも(そしてポルシェも)、とっくにRR車の限界には、気づいていたはずだからです。フォルクスワーゲンだけではありません。

このスバル1000は日本車として始めて、そして最も大きな影響を、世界の自動車メーカー、それも戦前から続く、老舗のメーカーに影響を与えたのですね。

   

あらら、またまたこんな時間です。

スバルは、すごい車を作りますが、多くの方、特に女性はそのことをご存知ありません。

それがスバルであり、それが僕が侍と呼ぶ所以です。次回延長戦で(笑)スバル1000の世界に与えた影響について、お時間を頂戴したいと思います。

              (ばく)

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水平対向4気筒エンジンのルーツ、1967年型SUBARU(スバル)1000に乗った!

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書籍 「創造の法」 大川隆法 (2009年12月刊) CM (1) Be Creative Vol_1,2


【スバル360】世界に最も影響を与えた侍集団スバル。

2016-11-07 21:20:39 | 自動車から見える日本と世界

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最近よく地元の幸福の科学信者読者さんから、「ばくちゃん、自動車の記事が最近多くないかぇ?」と言われます。(笑)はい、かなり記事数が、ここ最近増えてきております。(爆笑)

と申しますのも、「アクセス数が減ってくると、自動車記事を書いている」の法則がございまして・・・(爆笑)、はい、今このブログで、最もアクセス数の多いのは、恥ずかしながら自動車関連でございまして(大爆笑)、これもまぁ、代表管理人である私が悟っていないので、心の記事とか、宗教関連の記事に、布教を達成するだけの説得力がないということなんですけれども(苦笑)、アクセス数も視野にいれないといけない編集長と致しましては、「困ったときの自動車記事」という裏事情がございます。(大爆笑)

ただ自動車というのは、何度も言いますけれども、「そこから見える社会」というのは、もう百発百中、ごまかせないものがございますので、社会サンプルとしての自動車は、これは一級品のデータであると思います。

よく「日本車は、個性がない。」と言われますが、私はそうは思いません。むしろ、個性や独自技術の塊のように見えます。近年を見れば、欧米の自動車メーカーの方が、日本車に追随するパターンの方が、多いのではないでしょうか?

日本の自動車メーカーは、欧米メーカーと比べて、商品企画と演出の面を、どうも苦手としているだけだと思います。要するに、技術者集団が多いのですね。今回は、技術大国日本の、主要産業である自動車メーカーの中でも、技術に対するこだわりが、最も強いメーカーでございます。

それがスバル(富士重工)です。

スバルの自動車オーナーは、とにかく自動車に詳しい方が多いです。

スバルという会社は、消費者に分かりやすいアピールをしません。

はい、全くしません。(笑)もう、笑っちゃうくらい、このメーカーはしないんです。(爆笑)

この会社だけは、誰にも媚びません。資本を握る親会社はもちろん、お客様にもです。 

ひとことで言えば、”完全な理系企業”だと言えるでしょうか。

技術者集団なのは、マツダやホンダも同じなのでしょうが、ちょっと味わいが違います。

ホンダはいつも、大きな相手に、技術やアイデアで戦っている、挑戦者のイメージがあります。

マツダは、ひたすら技術を磨いている匠のイメージです。

スバルは・・・、なんと申しましょうか。スバルは典型的な、武家の商法なのかも知れませんね。

 商品カタログなんかは、他のメーカーですと、イメージ優先の写真が多いのですが、それがスバルだと、技術の説明ばかりになったりするんですね。(^^;

それもそのはずです。富士重工スバルの前身は、戦闘機 隼(はやぶさ)を作った、中島飛行機です。

(戦闘機隼 中島飛行機製作)

 ちなみに、零式戦闘機、ゼロ戦を作ったのは三菱です。 

陸軍航空隊の主力戦闘機が中島の隼で、海軍の戦闘機がゼロ戦でした。 

ちなみに、三菱の作品であるゼロ戦を、中島飛行機も2/3くらい製造していたようですね。 

そこらへんの、戦前の両者のライバル関係が、その後の日本や世界の自動車業界に与えた影響は計り知れないのですが、これを語り始めたら、文字数が足らなくなること必死ですので、また今度にでも。(笑) 

(零式戦闘機 通称ゼロ戦 三菱重工業製作)

そうスバルの前身は、飛行機メーカーだったのです。

軍事産業だった中島飛行機は、戦後GHQによって解体され、多くの小さな会社に分かれました。

その中には、日産と合併した、プリンス自動車もあります。

スバル、そしてプリンス自動車ら、旧中島系の自動車メーカーには、共通する特徴があります。

それは、技術を海外に頼らないことです。何でも、自分たちで作ってしまうんですね。

そしてプリンスもスウェーデンのサーブ社も飛行機メーカーですが、飛行機メーカー兼自動車メーカーは、理想主義的な作品を作る傾向があるかと思います。

スバル、そしてプリンス自動車は、戦後直後に既に、トヨタらでも、海外の製品のノックダウン生産をしていた時代にでも、独自の製品開発をやっておりました。

それはやはり、戦闘機メーカーとしての誇りではないでしょうか。プリンスもそうですが、両社とも社風が頑固なんですね。

自動車に話を戻すならば、スバルの自動車製品第1号は、1958年に販売開始となった、スバル360です。

(スバル360)

フォルクスワーゲン(VW)ビートルが、カブトムシの愛称で呼ばれていましたが、スバル360は「テントウムシ」という愛称がありましたし、一部では「デメキン」とも呼ばれていたとか。

 

VWビートルとポルシェ356

日野がノックダウン生産していたルノー4CVなど、当時はリアエンジンリアドライブ(RR)車も多く、スバル360もフォルクスワーゲンビートルらと同様、当時主流のRRでした。最近「昔の名前で出ています」的な復活を遂げた、フィアットの500(チンクチェント)も、先代は空冷RRでした。

フィアット500 (ルパン3世の愛車 笑)

当時の世界基準車はVWのビートルでしたから、スバル360がビートルの影響を受けていたのは間違いないし、空冷エンジンのRRというのは、当時の小型車のオーソドックスな形態だったわけですね。

スバル360は、私には珍しく、ちょっとノスタルジックな感情を抱いてしまします。

と申しますのも、私の幼少のみぎり、我が不肖の父の愛車がスバル360でして、周りの家の車より”ど”エライ小さいサイズで(笑)、♫バタバタ♫と、2サイクルエンジン独特の音を立て、白い排気ガスを出しながら走っていたのを微かに憶えています。

スバル360は、軽自動車規格で最初の作品ですから、サイズとしては、全長×全幅×全高(m)=3m×1,3m×2m足らずですから、まっこと小さくて、今実物を見れば、「ようこんなちっこいものに、家族で乗れたものよ。」と感心するサイズでございます。(笑)

この軽自動車規格、これは日本の政治が、「道路が生み出す富を理解していない」という証拠だと思うんですね。

「小さな自動車を推進する」ということでしょうけど、要するに、「日本の道は狭いから、邪魔にならんようなものを作れ!税制で優遇するから。」ということですが、裏を返せば「立派な道を作るのに、お金を出すのはもったいない。」ということですよね。

日本人は、「制約の中で最善を尽くす」民族ですから、ケチケチ政治の軽自動車規格が、まぁ善でも悪でもないところまで国民は頑張ったのは間違いないし、事実軽自動車は、紆余曲折を経て、今や日本の国民車と呼べるまで立派な商品となりました。

今軽自動車を輸出商品に規制緩和したら、世界の超小型車のシェアは、日本勢がほぼ独占できると思います。

しかしまぁ、新幹線や地方空港の充実など、”重”な交通インフラでは、早い時期から大胆な構想を提示できるのに、高速道路なども、世界で唯一有料ですし、「こと、道路行政はけち臭いなぁ」と思います。

自動車社会がこれほど進むとは、何十年も昔には思いも寄らなかったとは思いますが、政治的にもっと、先見性や構想力などが、日本の道路行政にあれば、もっともっと国富を増やせたことは間違いないと、私は残念に思っています。

こんなことを言っていると、文字数制限が・・・。(爆笑)

スバル360は、当時としては大変珍しい、モノコックボディーでした。

現代では主流のモノコックボディーは、卵の殻のように、ボディーの外殻全体で強度を保つ方法です。

これは軽く、強度も強いのですが、製造精度が難しく、VWビートルですら、背骨のようなフレームに、ボディーを固定させていました。

飛行機はモノコックボディーですので、世界でも早い時期でのモノコックボディー採用は、元戦闘機メーカーの技術の蓄積があったはずですね。

 

スバル360がVWビートルに似た、愛らしいスタイルですので、「優れたデザイナーによるものだ。」と思いたいのですけれども、スバル的に言えば、どうやら「この形が最も強く、最も軽いから。」のようでございます。(笑)

ともあれ、軽自動車史上初めて、4人が快適に乗れ、十分な速度で走れる作品が、このスバル360でした。

価格を抑えた軽自動車、スバル360のお陰で、日本はマイカー時代の幕開けができたのですね。 

スバル360は、4輪独立サスペンションという、とても贅沢な足回りをしていました。

 

(固定式サスペンション)

 

(独立式サスペンション)

それはコスト高なのですが、運動性能面で、特にリヤタイヤの動きにシビアなRRでは、仕方ない選択だったのでしょう。世界のRR車は、ポルシェをはじめ全ての製品が、リアタイヤをつるすサスペンションが独立方式です。しかしこの、当時としては極めて贅沢な、4輪独立サスペンションがもたらす乗り心地は素晴らしく、スバルクッションと呼ばれるようになりました。

スバル360から生まれた、サンバーという軽バンは、「最も乗り心地の良い商業車」の異名を持ちます。

スバルサンバー(初代)

今でも、スバル車の乗り心地は、ハイレベルなのですね。

またスバルの会社のある群馬の、当時は未舗装の山道で鍛えられたコーナーリング性能も、以前の日本車ではめずらしく、高度な潜在能力を持っていました。

スバル360は軽自動車ですから、残念ながら国内専用企画車です。

しかし、その実力は侮りがたし。

海外では、たった360ccの自動車なんてありませんから、比較のしようがありませんが、当時の商品として、世界的にも結構なレベルにまで達していたはずです。

後方の重いRRですが、山岳路の多い日本では、後輪に駆動荷重のしっかりかかるRRは、商品価値としては有利でした。

しかし名作スバル360を作ったスバルは、実際にこの商品をつくったことで、空冷RR車の限界を見切ったのです。

それはVWよりも、あのポルシェよりも、ずっと早い決断でした。

その後スバルは、この業界では無謀とも思える果敢な決断をして、日本自動車史上、最高傑作と言われる作品を作ってしまいます。

それが10年、否それ以上のその後の歴史において、世界に多大な影響を与えるとは、当のスバルも考えてはいなかったと思います。

と申しますのも、ここは良くも悪くもマイペースですので。(爆笑)

 

あらら、本編に入る前に、もう随分と長い記事になっていて、文字数制限がマジヤバイです。(大爆笑)

それで多くの記事が消えましたので、私はビビっています。(大笑)

とまぁ、ここ(スバル)は、一筋縄では行かないところですね。なんせ親会社だったGMも、今親会社のトヨタも、閉口させる理系技術者集団ですから。(爆笑)

スバルだけは、どうやら、何回かに分けなきゃ、語り尽くせないようでございますね。(^^;

ということで、次にお届けするのも、スバルになると思います。

アクセス数がピンチになったら、また書かせていただきます。(爆笑)

                  (ばく)

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「男の嫉妬学」―講義編―【CM動画】  

【スバル360】レストア日記

可愛すぎwww 海外で走るスバル360の55年前のPV!       


ロータリーとマツダ世界最高技術説

2016-11-03 20:09:26 | 自動車から見える日本と世界

ロータリーエンジン搭載第1号 マツダコスモスポーツ

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今年のプロ野球セリーグでは、広島カープが25年ぶりに優勝で、広島は沸きに沸きましたが、そのカープ球団の親会社が、自動車メーカーのマツダです。

このマツダ、国内販売シェア等では下位の方に属する小さな自動車メーカーですが、その技術力は世界一かも知れないと私は考えています。

と申しますのも、マツダは世界で唯一、ロータリーエンジン搭載車を製造販売できたメーカーだからです。

ロータリーエンジン開発秘話は、これまたこのブログの自動車記事で再々出てくる、日本のお役人の机上政治が関連いたします。

幻の名車ホンダS360の記事でもご紹介しましたが、悪名高き、特定産業措置法案です。

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/537d3525c003c647f3d379c4ca7427be

ホンダS360(未市販)

ホンダS360は、当時の軽自動車枠に収まる、恐らく世界最小の、歴史的スポーツカーになる予定で、ホンダがメーカーとして自動車進出する前に、モーターショーにも出品されましたが、結局販売されませんでした。

日本では自動車メーカーがたくさんあるのでわかりにくいのですが、自動車の生産や販売は、一種の博打のようなものなのです。

エンジンやボディー開発には莫大な投資が必要で、失敗=破産ですから、高額なエンジンなどは、無計画に製造することはできません。

元来ホンダは、軽スポーツカーS360を一発目に世に出して、自動車メーカーとして華々しくデビューしたのち、現実的な販売戦略の元、軽トラックT360で、基盤を固める戦略だったと思われるのですが、それを量産車軽トラックT360に詰まれた結果、製造予定の少なかった超高性能360cc4気筒DOHCは、本来計画されていた製造数に達してしまって、S360用のエンジンがなくなったのではないでしょうか?

そして当時のホンダは、S360の後継として企画されていた、普通自動車規格のスポーツカーS500から、販売せざるを得なかったと私は考えるのです。

となれば、当時の通産省(現経済産業省)が、机上で「良かれ」と思った、特別産業措置法案は、日本から名車をひとつ消し去ったことになります。

ホンダは、メーカーとしての企業戦略を邪魔されましたし、実際に、老舗プリンス自動車は、日産と合併して消えました。

このお役人の、実にお役人らしい判断は、現実的に日本国民の仕事を邪魔し、会社を奪い、財産を奪ったのです。

この、「実にお役人らしい判断」のことを、”社会主義的”とも申しますので、自由主義的経済国家に生きていようと、いつ何時、社会主義的経済に飲み込まれるかはわかりませんので、常に国家の判断には、眼を光らせておかないといけません。

そういう風に、自動車から見える日本と世界は、いつも不埒で傲慢で、目先のことしか見えない役人による邪魔と、それに健気に立ち向かう現場の日本人の、創意と工夫と、汗と努力の歴史なのです。

その1963年に立法直前まで行った、国家によって自動車メーカーを統合する特別産業措置法案に影響を受けたのは、プリンスやホンダだけではありません。東洋工業(現マツダ)もそうだったのです。

中小自動車企業を統合する、産業特別措置法が実施されれば、地方にあって、オート三輪や軽自動車しか作っていなかった当時のマツダは、トヨタなどの大きなメーカーに吸収される運命です。それに対し、企業としての危機を抱いたマツダは、独自企業としての地位を賭けて、超越した技術力を市場に示す必要があったのですね。

そして当時のマツダの下した決断が、ロータリーエンジンの開発と、搭載車市販の成功だったのですね。

さて、通常のエンジンは、燃焼室で空気に混ざった燃料を爆発させて、ピストンを下方に移動させて、その上下の運動を、回転方向に変換させているのですね。

(一般的なピストンエンジン=通称レシプロエンジンの動き)


ところがロータリーエンジンは、ひょうたん型の燃焼室で混合気を爆発させ、それをおむすび型のローターを動かして、直接駆動軸を回す仕組みです。

(ロータリーエンジン動き)


両者を見比べていただけるとわかるのですが、一般的なレシプロエンジンは、爆発によるピストンの上下運動という直線的な動きを、回転に変換しているのですが、ロータリーエンジンは、爆発がそのまま回転運動となります。ですからロータリーエンジンには、どこにもまっすぐな直線が存在しませんし、直線的な動きをする部品そのものが存在しません。

すべてが円構造であって、すべてが回転しているのが、ロータリーエンジンの特徴です。

またロータリーエンジンは、通常のレシプロエンジンと比べて、構造がシンプルで部品も少なく、軽量コンパクトです。

またどこにも直線的な動きがないので、振動が少ない(理論上はゼロ)なのが大きな特徴です。

そして構造上、高回転になっても燃焼トルク(回す力)が落ちないので、小さな排気量で大きな出力が出せます。

レシプロエンジンは、上下動するパーツや、燃焼室を仕切るバルブなどの部品のため、どうしても、本来のトルクが出せる回転数が、構造上決まってしまうのです。

ロータリーエンジンの発明者はドイツの技術者バンケル氏ですし、最初に市販したのは同じくドイツのNSU社でした。

しかし、ロータリーエンジンを積んだ、NSUのRo80という自動車は、エンジンの、頻繁なトラブルのクレーム処理が原因で会社経営が頓挫し、アウディに吸収されてしまいます。

(ドイツ NSU Ro80)

またフランスの老舗シトロエンも、ロータリーエンジン車を販売しますが、これまた頻繁なトラブルが発生し、市販車のほぼすべてを回収して、スクラップとしました。

シトロエンはその後経営が悪化し、同じフランスのプジョー社に吸収されてしまいます。

(フランス シトロエンGSビロトール)

結果的にNSUやシトロエンは、ロータリエンジンの開発市販に失敗し、企業生命を縮めた結果となりました。それだけロータリエンジンは、製造が難しいということです。

世界の名だたる自動車メーカーが挑戦した、夢の動力源ロータリーエンジンの開発に成功し、市販車としてのレベルにまで到達させたのは、日本のマツダだけなのです。

マツダルーチェロータリークーペ

ロータリーエンジンは、レシプロエンジンに比べて燃焼室が大きく、また構造上、熱の逃げが大きいですので、爆発による熱が逃げてしまい、熱効率は低く、それが燃費の悪さにつながります。

また重いローターを回しますし、レシプロエンジンのように、爆発に間隔がないことから、エンジンブレーキがあまり利きませんので、ロータリーエンジン搭載車はブレーキの負担が大きいところがあります。

レシプロエンジンは、たとえば4気筒ならば、一回転あたりで実際に爆発しているのは、実は1気筒だけですから、その他の燃焼シリンダー(気筒)は、爆発以外の吸気・圧縮・排気など他の仕事をしているので、エンジンブレーキが良く利きます。エンジンブレーキというのは、このレシプロエンジンが持つ、動力ロスを利用したものと言えます。

ですから常時連続で爆発しているロータリーエンジンは、エンジンブレーキが苦手です。というロータリーエンジン特有の、ネガティブな評価はあるのですが、それはそもそも、市販にこぎつけたから評価できることであって、世界中どこもこのエンジンの商品化できたのは、マツダだけなのす。

マツダサバンナ(RX-3)国内レース100勝

ではなぜマツダだけが、この難儀なロータリーエンジンを商品化できたのでしょうか?

ロータリーエンジンは、回転工程の中に直線が存在せず、全て「円」の構造です。ひょうたん型の燃焼室も、丸みを帯びたおむすび形のローターも、すべてが「円」です。

このすべてが円構造であり、そのすべてが回転する構造ならば、きわめて精度の高い部品と、その部品を、完璧に組み付ける技術が必要です。ほんの少しでも、設計と違うものがあれば、高回転で回るエンジンでは、あっというまに磨耗して壊れてしまうのですね。

ロータリーエンジンは、高度な設計と精度の高い組み付けがなければ、市販化はできないのです。

要するに、マツダ以外のメーカーは、その精度の高い部品を開発できず、高度な組み付け作業ができなかったということです。

部品点数の少ないロータリーエンジンは、他の部品を使ってのごまかしができません。料理でたとえるならば、化学調味料を一切使わない料理のようなものです。

素材と、料理人の腕だけで、料理の味が決まってしまう・・・みたいなもので、シンプルな構造ゆえに、基礎技術の差が、はっきり出てしまうのですね。

これが意味するものは何か?

それは、「日本の広島という地方自動車メーカーに過ぎないマツダは、世界最高の技術を持っている」という、厳然たる事実を証明しているのです。

マツダサバンナRX-7

マツダは、企業として何度も経営危機に直面しています。最近では1990年代に、販売網の弱さを克服するための、販売網の多角化が要因で、バブル崩壊のあおりを受けて、存続の危機になりました。

それはマツダの、経営面の甘さを指摘する声が主流ですが、私はそうは思いません。

あのとき、バブルがはじけなければ、マツダの戦略は正しかったからです。

あのバブル景気はバブルではなく、実態を伴った経済成長であり、私は役人によるバブル潰しだと思っています。

となればマツダは、やはり役人の、勝手で幼稚な判断による、被害者だと言えますよね。

(2015年東京モーターショー出品 RX-VISION 時期RX-9か?)

しかし、世界最高技術の会社を、世界が放っておくわけがありません。

マツダはその後、アメリカのフォード社に経営権を渡しました。しかし、世界最高技術のマツダの真骨頂は、このときに発揮されます。

フォード社は、ドイツやイギリスにも、現地生産会社を持っています。しかしヨーロッパで生産される、小型のフォード車のエンジンやボディーなどの基幹部分は、マツダが作っていたのですね。

と言うのも、当時フォードグループは、独自では小型車を作る能力がなくなっており、子会社のマツダなしでは生きていけなくなっていたのです。つまりマツダは、資本はアメリカのフォード社に握られましたが、技術では食い破ったと言えます。

そして近年、マツダは経営権を、フォードから取り戻しました。ZoomZoomや、スカイアクティブテクノロジー、また日本車離れした車体デザインなどが、最近のマツダのイメージですが、そういう浮ついた面ではなく、しっかりとした基礎技術、しかも世界最高技術の上に、このメーカーは存在しているのです。

今ロータリーエンジン搭載車は販売されてはいませんが、それは売れなくなったからであって、作れなくなったわけではありません。ここは世界最高技術の証明は、いつでも世に出せるのです。

マツダアテンザ

このメーカーには、日本のほかのメーカーとは違い、ZoomZoomやスカイアクティブテクノロジーや、レベルの高い車体デザインなど、商品の開発だけでない、企画と演出ということが考えられるメーカーでもあります。それは、フォード社の傘下にいたことで、身に付けたものかも知れません。

しかし、日本車に必要なことは、マツダのような企画と演出なのです。

企画力と演出力と、世界最高技術持った稀有なる自動車メーカーが、日本のマツダです。

これからのマツダは、大きく飛躍するでしょう。

私はマツダという企業が、神様に愛されているように思えて仕方がないのです。

それはマツダのロゴ MAZDA が、ゾロアスター教の光の神、オーラマズダから来ているからかも知れません。

マツダ(MAZDA)=光の神の名を冠した、世界最高技術を持つ日本の自動車メーカーの飛躍を、一自動車ファンとして、また神を信ずる者として、心から応援したいと思っています。

                       (ばく)

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マツダ コスモスポーツ(後編)

Mazda Rx-9

書籍 「未来産業のつくり方」 大川隆法 (2010年8月) 幸福の科学出版


なぜカローラは、あれほど売れたのか?

2016-10-30 21:59:02 | 自動車から見える日本と世界

 

カローラの兄弟車 スプリンタートレノ(AE86)

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幸福の科学という宗教の特徴の一つとして、実学が強いという一面があります。宗教と言えば神秘的な部分を思い浮かべる方も多いと思われますが、「貧・病・争の解決だけでなく、その予防や、更なる豊かさの実現も、やはり幸福である。」という、大川隆法総裁の幸福観が影響していると思います。

その強い実学の中核にあるのが、マネジメントの父と呼ばれる、ピーター・ドラッカー氏の理論でありましょう。

ドラッカー氏のマネジメント理論の最も大切なものとして、ドラッカー霊言や智慧の法から抽出すれば、「マネジメントとは、結局、マーケティングとイノベーションだ。」と言うことだそうです。

 

マーケティングとは何かというと、「顧客創造」だそうで、当ブログの自動車関連記事も、「新たなる顧客(読者)創造への、マーケティングの一環になればなぁ。」と私は願っております。

それだけではなく、自動車と言う分野は、実に多くの情報を有しておりまして、そこから数多くの反省項目もあり、また今後の判断の選択肢が見つかるものでもあります。

本日は、20数年に渡り、世界でベストセラーを続け、日本の国富を稼ぎ続けてくれた、現代日本発展の大恩人とも言える、トヨタカローラの謎に迫って観たいと思います。

これまで、この小さな宗教ブログで、日産フェアレディーZの成功を、「当時のポルシェを、3分の一の値段でぶっちぎれたから。」とか、トヨタ2000GTが、大きなエンジンを積まなかった理由を、「当時の日本の技術では、大きな出力に耐える、信頼できる駆動系システムがなかったから。」とか、とかく自動車社会の謎に新説・・・(否、珍説かも知れませんが。爆笑)を提示してきた私が、カローラ大成功の秘訣に迫れるか。(笑)

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/8a09580308500884b5e763a3a27934f0

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/0f1d08f8d24b3ac18b234ad3873f9df2

そしてここから、いかような新たな判断基準を構築できるか。「幸福の科学は、実学が強い。」と言い切りましたので、しっかりとリサーチしつつ、記事を進めて参りたいと思います。

  

さて、日本は技術大国です。そして日本の貿易収支の、半分を占めるのは部品です。驚くべきことに、日本の部品が、世界で占めるシェアは、実質100%です。

つまり部品が、日本の基幹産業であると同時に、世界の工業製品は、「日本の部品なしでは立ち行かない」というのが、厳然たる事実なのですね。

かつて東日本大震災のとき、東京が計画停電となりましたが、それで世界中の工業製品の生産が、多大な影響を受けましたけれども、それは東京の下町で作られている部品の生産が、停電で止まったからです。これが意味するものは、現代の部品製造に必要な釜(溶鉱炉)は、電気で暖められているという事実です。

この事実から導き出される結論は、「現代日本という国の責任は、ただの経済大国というだけでは済まない」ということです。つまり、日本のエネルギー政策であるとか、税制であるとか、そういったひとつひとつの判断が、世界の人々の生活に直結しているという、大きな大きな責任があるということなのです。

 

そして今このブログでは、時折自動車に焦点を当てておりますが、自動車関連に従事する国民の数は、2000万人以上に及ぶとお聞きしております。

それだけの多くの国民が従事し、生きる糧を得ている業界について、果たしてお役人や政治家は、深く認識しているでしょうか?また日本人のみならず、世界の人々への責任を、彼らは認識しているのでしょうか?

私のお気楽な趣味記事ではありますが、「そういうエッセンスが伝わればなぁ」と願う次第です。

さて、自動車の業界には、基準車・・・という分類がございます。その名の通り、自動車という商品の、価値を決める元となる商品です。

自動車というのは、「最も高価な嗜好品」と呼ばれます。自動車というのは、購入者の価値観や美意識が、とても反映されやすい商品なのですね。

「かっこいい車がよい。」とか、「速くなければ欲しくない。」とか、「たくさん荷物が積めないとヤダ。」とか、「燃費が問題よ。」とか、「維持費が安くないと・・・。」などです。また、「壊れなければ、何でもよい。」という意見だってあるわけです。

そういう、多種雑多な価値観が、自動車の購入動機には存在いたしますから、「これぞ、理想の自動車!」と、言い切る基準というのが、存在しないのが自動車という商品なんですね。

しかし、高級車であるとか、高性能車であるとか、安モンであるとか、お買い得車であるとかの、なんらかの基準は、商品としては絶対に必要なんですね。

でないと現実的に、市場のお客様は、お買い物できませんから。お金は大切なので、金を払う「価値」がないと、人は絶対にお金を出しません。

ですから何の分野においても、「基準」というのは、絶対に必要なんです。

   

その価値基準の中心が基準車ですが、その基準車というのは、生産台数=販売台数で決まるのですね。

なぜならば、自動車は、移動手段でもあり、同時に嗜好品なので、最もよく売れている自動車製品というのは、買うお客さんから見れば、「購入するのに、お金を払う価値あり。」という評価を、受けているからそうなっているわけです。

ですから、最もよく売れた自動車製品というのが、世界の基準となるわけですけど、裏を返せば、それしか基準の作り方のないのが、自動車という商品なのです。

そして、高額な自動車、低価格な自動車、性能の良い自動車、性能の劣る自動車の、4つの価値の軸があるとしますと、この中心にいるのが基準車なわけです。

これに選ばれると何が良いかと申しますと、基準車より内容が薄い商品なのに、基準車より高額であれば、お買い得感がないので、売れなくなるわけですね。

基準車でなければ、基準車が持つ商品としての魅力に加えて、何らかの付加価値として持っていない限り、基準車より高い値段は付けられないわけで、基準車と違う構造であれば特異車であるか、時代遅れの商品として扱われるわけです。となると、趣味性でしか、売れなくなると。

また基準車であれば、いろいろと商品販売分野で仕掛けができるわけですし、その他の分野での商品開発においては、さまざまな研究や投資が、余裕を持ってできるわけです。つまり、世界基準車を持っている自動車メーカーは、商品の販売と開発において、世界レベルで主導権を握れるわけですね。

その世界の基準車として、30年近く世界に君臨してきたのが、トヨタのカローラだったのです。

つまりかつてトヨタカローラは、世界の中心でもあったわけです。

トヨタ カローラ(初代)

カローラ以前は、おそらくフォルクスワーゲン(VW)社の、ビートルであったと推測します。カブトムシの愛称で知られるこの車です。

VW(フォルクスワーゲン)ビートル

そして今の世界の基準車は、再びフォルクスワーゲンゴルフとなっていると思います。

フォルクスワーゲン ゴルフⅦ

VWビートルが世界基準車から脱落するまで、世界にはビートル型の自動車が存在しました。ビートルの特徴と言えば、空冷エンジンとRR(リアエンジン・リアドライブ)です。エンジンの熱を、空気で冷やす冷却システムが空冷エンジンで、RRというのは、車体後方にエンジンを積み、後輪を回す駆動システムですね。

ビートル基準車陥落以降、世界から空冷エンジンは消え、RRもポルシェ911以外は姿を消しました。

今世界の自動車は、水冷エンジンを横に置き、前輪を回すFF(フロントエンジン・フロントドライブ)が主流です。横置きFF車は、製品の種類で言えば90%以上、販売台数比で言えば、99.9%がこのタイプです。

しかもDOHC4バルブという、以前なら、レーシングカーにしか搭載していなかった、超高性能のエンジンしか今では存在しません。これはなぜそうなったかと申しますと、あるときからカローラが、そうしたからなんです。(笑)

横置きエンジン搭載車も、FFも、DOHC4バルブエンジン搭載車も、それ以前に確かに存在はしているのですけれども、カローラのすごいところは、カローラに付いているものをつけていないと、商品としては後々存続できなくなったところなのです。

ではなぜトヨタカローラが、世界基準車と呼ばれるくらい、世界中で支持されていたのでしょうか?それは大きく分けて、理由は4つあると思います。

第1に、壊れなかったことです。つまらない故障を、日本人は嫌います。

ドイツ車などは、基幹部は丈夫で、20年乗ることができたりすることがあるのですが、もともとが、金持ちの趣味道楽から自動車の歴史の始まっているヨーロッパでは、自動車は整備するのが当たり前であり、故障すれば、自分で直すのが当たり前でした。

ですから、特にヨーロッパ車は、日本人から見れば、つまらない故障がとても多かったのですね。壊れないカローラ出現以降、ヨーロッパ車の商品価値が下がり、凋落が始まったと言えます。

 第2に、価格がお手ごろだったのがあります。

低価格車であれば、それこそ日本には軽自動車なるのもありましたが、盆と正月に実家に帰省する習慣のある日本では、ある程度、長期ドライブが快適に過ごせる自動車が必要だった背景があります。

その点、性能面でも空間的にも、ある程度余裕のあるカローラは、その自動車枠では最もお手ごろ価格でした。

第3として「販売のトヨタ」と言われる、充実した販売網をトヨタが作り出したことです。いくら良い商品だからと言っても、肝心のお客様に、「お金を出す価値」を納得してもらわない限り、成功し続けるのは不可能ですから、販売分野でのトヨタの努力は相当なものだと思います。

この3点は、カローラ大成功の秘訣で、多くの言論で語られているところではあるのですが、しかしそういう条件だけであれば、確かに大ヒット商品にはなり得るかも知れませんが、30年近く、世界一を続けれらた理由としては少し弱すぎて、イマイチ説得力に欠けているのではないかと思います。

他の商品にも、第1~3に当てはまる商品はあったはずだからです。 

そこで第4、お待たせしました。ここが新説です。(大笑)

私は結局、これが一番大きな理由ではないかと思うのですが、カローラが、「小さな高級車」であったからだと思うのです。

歴代カローラは、装備の簡素なスタンダードモデルから、豪華な装備を備えた最上級モデルまでをそろえていました。そして最上級モデルでは、クラウンなどの上級車種の装備が搭載されていたんですね。

それが、とても低い値段設定で販売されていたんです。なぜかというとカローラですから。というのも、カローラに装備を搭載すれば、大量生産できるので、豪華装備でも製造コストが下がるわけです。 

言うなれば、かつてのカローラは、「小さなクラウンであった」と。それが結局、超お買い得感を、ユーザーに与えていたんじゃないかなぁと推測します。 

実はこの、「小さな高級車」というカテゴリー、世界の自動車産業で、どうしても成功しない企画商品なんですね。

代表的成功例は、イギリスの「バンテンプラプリンセスだけ」というものが、この業界の一般的見解です。 

バンテンプラ プリンセス

どのメーカーも、この小さな高級車分野で、ヒット作を出せていないのですけれども、その大きな理由は、「とっくにカローラがその役割を果たしていて、シェア独占が、既に終わっていたからではいないか?」というのが、なかまのぶろぐ説です。

そして現時点においてカローラという商品は、トヨタの中で最もヒットしている商品ではないのですが、かつてのカローラの区分、「小さな高級車」というカテゴリーを、他の商品が担っているからではないでしょうか?

(カローラの内装 輸出仕様車 ハンドルが左右違うだけで、装備はほぼ同じ。) 

初代カローラは、1000ccの排気量だったライバルのサニーより、車体サイズを少し大きくして、排気量を100㏄だけ上げて、「プラス100ccの余裕。」というキャッチコピーでデビューしましたので、元々の企画段階で、ちょっとだけですけれども、高級志向だったのです。

販売台数だけが注目される、大衆車の代表という観点から、私ら日本人はカローラを見てしまいますけれども、そのカローラの本質は、「小さな高級車」だったのではないかと、私は思っております。

ともあれ、爆発的な生産台数を、30年近くにわたり毎年続けたカローラ。

その偉大なる日本の工業製品は、工業立国日本の金字塔であると同時に、厳密な部品を大量に生産し、トヨタの工場に提供する必要性を生み出しました。

それはとりもなおさず、日本の基幹産業である、部品産業を鍛えまくった歴史でもありました。壊れない自動車を大量につくるには、当然ですが、精密な部品を、大量に作り続ける必要があるからです。

日本の金字塔カローラは、偉大なる世界の基準車として、世界の自動車の、基本的な構造を変えるまでが、商品としての使命だったのかも知れません。

その世界の基準車は、今ではVWのゴルフがやっておりますが、その転換に一役買った人物がおりますけど、その国賊とも言える(笑)人物とは誰か?それは過去記事で。(笑)

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/da91d6043657e0ffac31842c30cc43c6

  

また歴史を振り返ると、VWビートルの世界基準車陥落には、スバル1000という卓越した傑作車の働きもあり、また初代ゴルフの基準車入りを阻止したのは、マツダファミリアであった訳ですが、このエピソードはまたの機会にでも。

とかく、仏法は精神性だけが着目されがちですが、「苦集滅道(くじゅうめつどう)という因果律を基軸とした問題解決法、ならびに現状認識法は、ドラッカーのマネジメント理論を2500年先取りの真理であって、立派な実学でもあるのだ!」ということが、当ブログにお越しになった皆々様に、一片たりともお伝え出来れば幸い至極でございます。

                          (ばく)

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3篇 木村拓哉 CM トヨタ カローラフィールダー 「丘を越えて」篇

GT5で頭文字Dの名シーンを再現してみた

書籍 『ドラッカー霊言による 「国家と経営」』 大川隆法 (2010年6月)

国家経営と銀行 ―「政治革命家 大川隆法」より  


【トヨタ2000GT】日本の美と志は、時代と国境を越えて。

2016-10-27 21:43:43 | 自動車から見える日本と世界

(トヨタ2000GT)

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なんだか、「なんじゃぁ、ここ、ホンマに宗教ブログかぇー?」みたいな演題ですみません。(^^;

まったくもってここ最近、私の個人的趣味日記になりかけているんですけど(爆笑)、実はここの自動車記事、結構ご好評いただいておりまして、気を良くしている管理人でございます(笑)。

ここの自動車記事は、「社会科頭脳で自動車好きの人間から見たら、日本や世界はこう見える」みたいなシリーズでございましょうか?

はい、私は世の中を、こういう視点で見ている、ちょっと変わったオッサンなんです。(爆笑)

でも、「ばくちゃん、面白いよ!」と言ってくださる地元信者さんに、女性の方が多いのが意外ですねぇ。

「興味のない方には、まったく興味がないだろうなぁ。」と、私的には、かぁなぁりぃ、肩の力が抜けているんですけれども(笑)、ご支援いただいてて、管理人はとても喜んでおります。

で・・・本日取り上げる自動車ネタは、日本の、名車中の名車と言われる、トヨタ2000GTです。

実は高知県香南市には、四国自動車博物館というものがございまして、ここにトヨタ2000GTは展示されちょります。

このトヨタ2000GTからは、「日本人が何を美としているか。」が伺い知れると思うんですけど、実はそこには、日本自動車社会最大のミステリーのヒントも垣間見れるんですね。

それは、「なぜトヨタ2000GTは、もっと大きなエンジンを積まなかったか?」という謎です。

四国自動車博物館 https://www.attaka.or.jp/kanko/dtl.php?ID=1087

しかし上画像のトヨタ2000GT、ねぇ、きれいでしょう?かっこいいでっしょう?(^O^)

これが、今から約50年も前、1967年から3年間、日本で生産されていました。驚きですよねぇ。

トヨタとヤマハの、共同プロジェクトでした。

このトヨタ2000GTに関して、トヨタとヤマハ両社の因縁やエピソードは、生産終了から47年経とうとしている今でも、車好きには話題となります。

「トヨタ2000GTは、ヤマハ2000GTという方が正しい。」とか、「トヨタは、資金と販売を受け持っていたに過ぎない。」とか。。。。

しかし、この作品の偉大なところは、この作品が、”純国産の技術”で作られたことだと私は思うのです。

このトヨタ200GT、シャーシ(自動車の骨格などの、基本部分)は、イギリスの、ロータス エランを参考にしていることは間違いありません。

両者を見比べてみれば、一目瞭然です。(ちょっと、わかりにくいかも・・・です。笑)

(ロータス エランの透視図)

(トヨタ 200GT透視図)

また、2000GTのデザインは、同じくイギリスの、ジャガーEタイプを基にしている・・・と言われています。

(私は、あんまり似ていないと思いますが。)

(ジャガー Eタイプ)

ジャガーEタイプは、どちらかというと、日産フェアレディーZ(初代)の方が、似ていると私は思うのですが・・・。

(初代フェアレディZ)


おそらく、トヨタ200GTを開発するに当たり、トヨタとヤマハは、ロータスエランやジャガーEタイプを購入し、バラして研究したはずです。ですから、この両車の影響は、相当受けたとは推測します。

しかし、トヨタ200GTの作品としての価値は、そういうことでは下がらなかったのです。なぜなら、お手本としたロータス・エランを性能面で凌ぎ、デザインでジャガーEタイプを超えたからです。

2000GTは発売前に、1500~2000㏄クラスで、13の速度世界記録を達成しています。

これらは、一瞬の最高速度記録ではなく、実用性を伴った耐久速度記録であり、当時トヨタ2000GTは、実質公道最速の性能を持っていたのです。

この日本メーカーが達成した、偉大な記録に焦ったのが、ドイツの大御所ポルシェです。ポルシェの自負は、いつの世も「公道最速」だからです。ポルシェは、基幹車種の911を、レーシングカーなみにチューンした、ポルシェ911Rで、トヨタ2000GTの記録を超えています。

これは、市販者を対象としたカテゴリーには禁じ手ですが、公道最速にこだわるポルシェは、なりふりかまわずでした。

この911Rはその後、ポルシェ911カレラRSという車の原型となりました。

(ポルシェ911 2.7カレラRS)

ポルシェ911カレラRSは大好評となり、今でもポルシェは、911を改良して販売しています。

トヨタ2000GTなくば、今のポルシェはなかったかも知れません。

そして秀越なのは、やはりデザインです。

このデザインは、トヨタの社内デザイナー、故野崎喩(のざき さとる)氏の手掛けたものです。

この2000GTは、3年間でたったの337台を生産して、カタログから消えました。

新車販売価格が、当時238万円と高額だったのが災いしたのでしょう。その金額は、クラウンの2倍、カローラの6倍という金額でした。

しかもこの製品は、生産コストがかかり過ぎて、1台販売あたり、60万円の赤字だったそうです。しかし2000GTの、本当の真価は、生産終了後に現れます。


今なお世界中で、人気の落ちないこの工芸作品は、新車時の販売価格の、13倍以上の値段で取引されているのです。

実は自動車製品の中で、世界一値段の跳ね上がったのが、トヨタ2000GTなのですね。


性能の上がった現代から見れば、高々150馬力くらいの性能で、これだけの価格に見合う価値があろうはずもありません。

デザインもさることながら、それはやはり、志・・・ではないでしょうか?

純国産にこだわり、当時の持てるすべてをつぎ込んで、世界に日本の技術を示そうとした、トヨタとヤマハの技術者魂。

「もっと大きなボディで、もっと大きなエンジンが積めていたなら。」と、トヨタ2000GTに、今でも世界の自動車好きが、妄想を書き立てられずにいられないのは、そういう根源なるスピリットが、あるからではないでしょうか?

それはそうでしょう。

トヨタは2000cc直列6気筒エンジンをヤマハがチューンして、トヨタ2000GTとして発表しましたが、当時トヨタには、3000ccのV型8気筒エンジンを市販していたからです。

V8 3000ccエンジン搭載車 トヨタクラウンエイト

しかし当時の日本には、大パワーを受け止められるほどの、信頼ある駆動系技術がありませんでした。

もっと強いパワーを受け止めるには、外国産の部品を使わざるを得なかったはずです。

トヨタ&ヤマハは、純国産にこだわりました。

トヨタ2000GTは、当時の日本の美と、技術を示すための作品だからです。

外国産の変速機などの部品を使えば、V83000ccをチューンしたエンジンを搭載でき、当時世界最高速度も夢ではなかったかも知れません。

それはフェラーリなど、海外のスポーツメーカーでは、変速機専用メーカーのものを使ったりすることは、至極一般的な方法でしたので、トヨタだってやろうと思えばできたはずです。

しかしそれでは、意味がなかったのですね。純国産の技術で勝負するのに意義があったわけです。

ですからトヨタ&ヤマハは、世界最高速ではなく、実質公道最速を実証することで、世界に挑んだのだと思います。

その美しきボディーに、「これが日本の、美と技術だ。」という、崇高な精神をまとわせて。


持てる力の、粋(すい)を尽くす。そして、今現在の、最善を尽くす。

この日本人の美意識、そして潔さが、トヨタ2000GTという作品に、国境や時代を越えた、普遍性と永遠性をもたらせていると私は思います。

そしてトヨタ2000GTを見る限り、それはもはや、工業製品というよりは、芸術作品と呼べるほどの域に達していると思います。

今から50年も前にこの作品をつくり、世に出した技術者の精神は、芸術家や、真の宗教家に通じるものがあると思います。

そして、「あの、トヨタ2000GTを作った技術者たち。」ということで、トヨタやヤマハも企業として、永遠性と普遍性も持ちえたと思うのです。

何事も、それがいかなる分野であっても、本物は、時代や国境を越えます。

釈尊やイエス、孔子やソクラテスなど、本物は国や文化が違っても、良いものは良いと理解できます。

ゴッホやモネ、そして日本の浮世絵など、本物の絵画は、いつ誰が見ても、心を打たれます。

それは人は皆、心の奥底で、真・善・美を知っているからです。

なぜなら人は、神の子であるからです。

神の子は、親である神(仏)の属性である、真・善・美を、心で知っているのです。

だから人は、”感動”できるのです。

 志は、高くありたいものです。

そして本物を見い出し、世に出せる、私たちでありたいものです。

                (ばく)

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出た~!トヨタ2000GT

 

トヨタ 2000GT(後編)

  

真実の人となれ ―大川隆法総裁 心の指針132―


【いすゞピアッツァ】国民の願いが叶えた民主主義革命

2016-10-24 22:16:19 | 自動車から見える日本と世界

ジョルジェット・ジウジアーロ 作 アッソ・デ・フィオーリ(後のいすゞピアッツァ)1979年ジュネーヴショー 

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昨日投開票が行われた東京10区、福岡6区の衆院補選では、両区とも自民党議員が当選なさいました。

幸福実現党から出馬の吉井としみつ候補、そして西原をただひろ候補応援していただき、皆様本当にありがとうございました。

私も知らなかったんですが、この日は他の地域でも地方選が行われていて、なんと鹿児島県薩摩川内市議選において、幸福実現党県本部副代表の松澤力氏(34)が当選しました。

http://ameblo.jp/ayh777/entry-12212831402.html

これで幸福実現党の地方議員は、先週16日の新潟県阿賀野市、横井もとひろ氏の当選に続き、9人目となりました。http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/6a0c658e519cf336f9e6ff1633e08531

少しずつ、本当に少しずつではありますが、幸福実現党の訴えに耳を傾け、ご支援くださっている方が増えているのを、心の底より嬉しく思いますし、また感謝の思いで一杯でございます。

幸福の革命近し。

幸福の革命は減税の革命であり、規制緩和の革命であり、自由の革命であり、神の子仏の子の平和の革命でもあります。

革命は、暴力でなされるものではありません。それは悪魔が演出する”悲劇”でしかありません。

真の革命は、神の子が本来の願いを、心の底から叫ぶことで成されるのです。

私の大好きな自動車の世界にも、民主主義革命と呼べる事例がございます。

それが今日の主人公、いすゞピアッツアで成されているのです。

そしてそれは、日本の頭の固い役人を変え、多くの規制緩和やその後の減税へと繋がったのです。

ジョルジェット・ジウジアーロ氏

いすゞピアッツアは、1981年~1991年まで生産された、スポーツクーペで、デザインは、イタリアの天才デザイナー、ジョルジェット・ジウジアーロ氏です。

ジウジアーロと言えば、フォルクスワーゲンゴルフやBMW・M1などを手がけ、ランボルギーニ・カウンタックなどを手がけたガンディーニ、フェラーリBBなどが代表作のフィオラバンティーと並び、世界のカーデザイナーの三大巨匠と呼ばれる御仁です。

      

ジウジアーロといすゞの付き合いは古く、ピアッツアの前の作品、1968年に販売された117クーペのデザインもジウジアーロ作です。

いすゞ117クーペ初期型(通称ハンドメイド)

巨匠ジウジアーロは、117クーペを製造したいすゞ自動車の姿勢に、激しく感動したとのこと。なぜならば、いすゞは、ジウジアーロのオリジナルデザインを、可能な限り忠実に再現しようとしたからです。

いすゞは、フェラーリやランボルギーニなどのような、少数スポーツカーメーカ-ではなく、量産車を作るメーカーです。

しかもフェラーリ-などのスーパーカーメーカーは、ボディを自社製造しているわけではなく、ピニンファリーナ社やベルトーネ社といった、ボディー製造メーカーに委託しています。

いすゞは果敢にも自社製造を試みましたが、当時の金型技術では、ジウジアーロのオリジナルデザインを再現できず、職人が手作業で作り上げたんですね。

通常カーデザイナーというのは、製造に当たっては、製造コストなどの関係から、かなりデフォルメされることは、当初から織り込み済みのようです。

しかし日本人は、それを現実化しようと努力するわけで、ジウジアーロといすゞは深い友情で結ばれたということで、117クーペの後継にも、ジウジアーロ先生、やたらと力のこもった作品を提示してきました。

それが一番最初の画像、イタリア語でスペードのエースを意味する、アッソ・デ・フィオーリです。

ジュネーヴ自動車ショーで出品されたアッソ・デ・フィオーリは、当然日本でも話題となり、117クーペの伝説もあって、当然、いすゞは製造してくれると、自動車ファンは心待ちにしていたんですね。

エンジンやボディの基本骨格などは、古いジェミニを流用していましたけれども、117クーペ同様、デザインだけでも超一流品ですから。

 いすゞジェミニ

しかしアッソ・デ・フィオーリを、いすゞがピアッツァとして販売するのに、大きな障壁がありました。

当時の法律で、ドアミラーが許可されなかったのです。当時の国産車は、フェンダーミラーと言って、ボンネットの縁の部分にバックミラーしか許可されていなかったんです。

これには、巨匠ジウジアーロ先生も大激怒したとか。

そりゃぁそうでしょう。

117クーペ同様、極めて難しいボディーラインを、いすゞは何とか、製造できるまでにしましたが、アッソ・デ・フィオーリ(ピアッツァ)は、サイドガラスの形からドアの造形に至るまで、どう見たって、ドアミラーを前提にしたデザインです。

日本の運輸省(現国土交通省)の扱いに激怒したジウジアーロ先生、いすゞの担当者の目の前で、殴り書きのように、フェンダーミラーのデザインを書き殴ったとか。

そしてできあがった、ピアッツァがこれです。

アッソ・デ・フィオーリを知る自動車ファンは愕然としました。また知らない人たちも、「なんか変?」と思いました。

そりゃぁそうです。緩やかに上昇するボンネットラインを持つピアッツァに、フェンダーミラーを付け、法規に則ってドライバー目線に高さを合わせると、とんでもなく足の長いバックミラーが上に突き出る形状で、うさぎの耳みたいです。

元デザインが素晴らしく、またそれを、忠実に再現しようとしているからこそ、フェンダーミラーの不格好さが際だったのです。

ピアッツァ販売開始から、それまでは少数派だったドアミラー派だけでなく、多くの国民から、ドアミラー待望論がわき上がりました・

運輸省は、「ドアミラーだと、ドライバーが後方確認にるのに、大きく視野を動かさなくてはならず危険である」ということで、フェンダーミラーしか許可していなかったようです。

しかしそういう、「安全面」に基軸のある規制であるならば、輸入車も規制しなければいけませんよね。

フェラーリBBだって、ランボルギーニカウンタックだって、日本に上陸する際には、フェンダーミラーにしないといけません。

アメリカなどは、そういうスタンスです。

事実、ランボルギーニカウンタックですら、アメリカ基準の大きく、高い位置のバンパーが付けられています。(笑)

しかし日本の場合、輸入車は、ドアミラーOKだったのです。これで世論は沸騰しました。

なぜならば、ドアミラーが危険ということではなく、それは単に、役人の前例主義だったからです。

「ピアッツァに、ドアミラーを許可せよ!」という電話が、連日運輸省に鳴り響いたという伝説もあります。

結局、運輸省が国民の声を封じきれず、ドアミラーは許可され、今に至るのですね。

いすゞピアッツァは、日本自動車社会における、民主主義革命児と言えるのです。

大化の改新然り、源平合戦しかり、戦国の終わり然り、明治維新然り、革命というものは、成就するときは一瞬です。そして歴史的に見ると成された後、後戻りしないという特徴があります。

それは恐らく、革命前に価値観の変革がなされて浸透しているからだと思います。

そして旧来の為政者は、それに対応するのにキュウキュウとしているのでしょうけど、あるきっかけをもとに、それが決壊する堤防の如く、抑えきれなくなるのだと思います。

「増税より、減税の方が、国民も国家も豊かになる」「日本の安全は、きちんと守った方が良いに決まっている」「誰もが豊かに、幸福になれるチャンスがある社会が良いに決まっている」

これが当たり前の価値観になる。それが、幸福の革命です。

幸福実現党へのご支援を、今後ともよろしくお願いいたします。

               (ばく) 

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PIAZZA CM

幸福実現党の経済成長戦略


アメリカの陰謀を打ち砕いた、偉大な市民。

2016-10-20 19:00:00 | 自動車から見える日本と世界

 

 (ホンダシビック 初代) シビックには、「市民の」という意味あります。

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今日も、宗教ブログにあるまじき自動車の歴史の話です。(笑)

かつて日本の自動車業界のみならず、世界の自動車メーカーとって、とてもきつく苦しい時期がありました。排気ガス規制と、オイルショックのダブルパンチです。



自動車の排気ガス浄化は重要です。

しかし私は、今ある排気ガス規制の発端は、アメリカによる自国企業の保護目的であり、総じてアメリカの陰謀だと思っております。

このようなことを言う偏屈人間はあまりいないと思うので、このブログの自動車関連記事はオリジナリティーがあるのかも知れませんね。(笑)

さてその排気ガス規制は、1970年にアメリカ上議員議員、マスキー氏の提案から始まりました。


(エドマンド・マスキー議員 1914~1996年)


ですからその排気ガス浄化法案の名は、通称マスキー法と呼ばれます。

その内容は、


・1975以降に製造する自動車の排気ガス中の一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)の排出量を、1970型の1/10以下にする。

・1976年以降に製造する自動車の排気ガス中の窒素酸化物(NOx)の排出量を、1970年型の1/10以下にする。


1/10にする・・・というのがミソです。

有毒物質の、総量規制ではありません。

あくまで、過去の製品の1/10という、あくまで(%)削減を狙ったものです。


出力向上には、主に2つの方法論があります。

たくさんの燃料を燃やす方法と、熱効率を高める方法です。


この選択の方法に、お国柄と国民性が出ます。


前者の代表が、アメリカ車ですね。

大排気量で、燃料消費を考えないタイプです。

石油が自国で産出され、道路も広いので、大きなサイズの自動車製品が可能だったのです。


(GMキャデラック アメリカ車)


後者の代表が、日本やヨーロッパ車です。

共に石油輸入国であり、道路事情もあって、小型車が主です。


(BMC ミニ イギリス車)


(日産 ブルーバード)

また排気ガス有毒物質規制をすれば、必ず性能は落ちます。

排ガス規制と、動力性能と燃費性能というのは、絶対に両立しないんですね。


なぜなら、完全燃焼すると動力性能や燃費性能は上がりますが、そうすると、別の有毒物質が発生するからなんです。


一酸化炭素(CO)と、炭化水素(HC)と、窒素酸化物(NOx)の関係です。

一酸化炭素が完全燃焼すると、二酸化炭素(CO2)になり、炭化水素が完全燃焼すると、水(H2O)と二酸化炭素になります。

これらはともに、無害物質です。


しかしこの、窒素酸化物(NOx)というのが厄介なんです。

これは、高温圧縮環境でのみ発生する、有毒物質なんですね。




NOx窒素酸化物というのは、窒素(N)と酸素(O)という両方という、通常では合体しない陰イオン同士がが合体したもので、これは圧縮や爆発といった、エンジンの出力の産生行程でのみ発生する、エンジン特有の有害物質なのですね。

要するに、熱効率を高め、燃料の燃焼がうまくいけばいくほど、NOxは大量に発生してしまい、排気ガスの有毒物質量を減らそうとすれば、必ず性能が落ちるのです。

ただ大排気量であれば、その性能が落ちても、もともとの出力自体が大きいので、その影響が小さくて済むんですね。


熱効率型の製品であればあるほど、出力が落ちた影響が大きいのが、このマスキー法なんですね。

 

つまり、有毒排気ガス総量規制だと、大排気量エンジンでは難しくなりますが、%規制だと、小排気量の熱効率型の方が、圧倒的に不利なのです。

マスキー法による排気ガス規制は、アメリカ車が圧倒的に有利です。だから私は、マスキー法は、アメリカによる陰謀だと思うのです。

高効率の日欧の小型車の、好調な輸出による貿易不均衡があり、アメリカの自動車産業に有利な展開を、アメリカ議会が欲していたのだと思います。


ヨーロッパの自動車産業界は、排ガス規制で落ちた性能を、排気量UPでしのぎました。


(メルセデスベンツ SL ドイツ車)


しかし当時の日本勢は、そういうヨーロッパ勢のような、排気量UPの選択肢が取れなかったんですね。

なぜならば日本の自動車税は排気量区分制度なので、大排気量車所得には、大きな税負担がありましたので、大排気量の商品が日本車にはなかったし、大型化はできなかったんです。

だから日本車は、排気ガス対応のための、エンジン排気量UPができなかったんです。


エンジンの開発には、膨大な予算がかかります。

一から開発するとなると、少なくとも100億円かかります。

とても、アメリカ輸出専用に、エンジン開発などはできないです。

小型車しか持ち駒のない日本車は、最大のピンチとなりました。

そのアメリカの陰謀による苦難を、技術の力で克服したのがホンダです。


シビックに搭載された、CVCCエンジンです。


性能を落とさずに、排気ガスの有毒物質を出さないためには、薄いガソリン混合気を、低い温度で、しかも短時間で爆発させるしかなかったんですね。


燃焼をもたもたしてたら、燃焼温度が上がるからです。

炎に手をかざしていたら、手が熱くなります。

しかし、一瞬触るだけなら、何とか火傷をしなくて済みますね。


これと同じ原理ですが、薄い混合気は、火が回りにくいので無理です。

マスキー法は、理論的に無理問題なんです。


しかしホンダは、これに最初に成功したんですね。

メインの燃焼室と、プラグ(着火装置)の近くに、別の燃焼室(副燃焼室)を作ります。


メインの燃焼室には、極薄いガソリンの入った混合気を入れます。

プラグの近くの副燃焼室には、着火しやすい濃いガソリンの混合気を入れて、強い火力を作ります。


その強い火力で、薄い混合気を一気に爆発させ、素早く燃焼させたのです。

これにより、薄い混合気を、低い温度で、素早く、完全燃焼させることができたのです。


 

(ホンダCVCCエンジン)


CVCCエンジンは、構造が複雑すぎて、他のメーカーには広がりませんでした。

しかし、


「とにかく薄い燃料を、素早く燃焼させれば良いんだな。」


ということで、他の日本メーカーから、マスキー法をクリアする方法論が、次々と開発されていったのです。


マスキー法は、やっぱり陰謀だったと思います。

なぜなら、日本メーカーが、法基準をクリアすることで、法案が廃案となったからです。

環境保護目的ならば、継続審議すべきですよね。



そして傷ついたのは、ヨーロッパ自動車業界だったと思います。

マスキー法を、排気量UPでやり過ごそうとしたヨーロッパの自動車業界は、いまだにその後悔を、引きずっているように僕には見えますね。


僕はこの1970年代から、ヨーロッパの凋落の流れは、決定的になったと思います。

要するにヨーロッパは、これで自信を失ったのです。


僕の眼には、そう映ります。

でなければ、無意味なダウンサイジングターボなどを、あれだけ声高々に宣伝などできないです。

VWやベンツには、根源的な自信がないんだと思います。


なぜならそれは、エンジン技術そのものでもないし、根源的な燃費改善策でもないからです。


ともあれホンダは、日本自動車産業界のみならず、日本の製造業の救世主となりました。

本田総一郎氏と、CVCCを開発した技術者に、僕は国民栄誉賞を与えたいです。


アメリカの陰謀を打ち砕いた偉大なるシビック(市民の・・・という意味)に、大いなる拍手を送り、日本国民として栄誉を称えたいのです。


 

日本は危機のときはいつも、国民や技術者たちの情熱で乗り切ってきました。

そのような国の宝を、政治家やお役所のご都合主義の増税や規制強化で棒に振るようなことをし続けていては、ご先祖様に申し訳ないし、子孫たちの得る富を消失させてしまうと思うのです。

ですから、減税と規制緩和は重要です。

減税と規制緩和の幸福実現党へのご支援を賜りたく存じます。

               (ばく)

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◇東京10区 幸福実現党 吉井としみつ候補 (抜群の経済通)  

  

  ◇福岡6区 西原ただひろ候補 (お悩み相談の達人)

本田宗一郎「嬉しかった CVCC完成」

CVCCの解説と久米是志氏が語るCVCC開発秘話


【幻の名車S360】役人が潰したホンダの原点。(動画あり)

2016-10-15 21:06:43 | 自動車から見える日本と世界

 

故・本田宗一郎氏

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このブログ、確か、幸福の科学の布教ブログなんですけど、実は今一番アクセスの多い記事は、自動車に関するものなんですね。(爆笑)

なかまのぶろぐ代表管理人としては、単純に喜んでいいのか、はたまた、高知の幸福の科学の信者さんたちの御役に立てているのか、あはは、はなはだ疑問がないわけではないのですが(笑)、まぁ、どこの自動車雑誌に載っていない、仏教的な因果の理法に基づき、なおかつ幸福実現党的な、発展繁栄思想を根底にした自動車社会の事例ですから、ひょっとしたら、オリジナリティーがあるのやも知れません。

さて、日本って、自動車メーカーがとても多いですよね。

トヨタ・日産・ホンダ・マツダ・三菱・スバル・ダイハツ・スズキ・・・

これだけ多くの自動車メーカーが、ひとつの国に軒を連ねるところは、日本以外にはありません。

かつては、今はトラックメーカーの、日野もいすゞも、乗用車を作っておりました。

 

日野コンテッサ

 

いすゞ117クーペ

中国はもっとたくさんの自動車企業がありますが、その実態は、すべてが外国資本で外国技術ですので、中国は、現地生産場所兼大量消費地・・・というのが、正しい見方だと思います。

自動車というのは、消費者の嗜好が強く働く商品なので、とても浮き沈みが激しい業界です。

設備投資も新規開発事業も、とても難しい分野です。

大ヒットだと、メーカーはぼろ儲けしますが、その後鳴かず飛ばずの商品が出てしまえば、一気に破産・・・ということも、決して珍しくないのが、世界の自動車メーカーの歴史です。

日本の自動車メーカーには、他の企業に経営権を渡してしまったところもありますが、それは残したい何か・・・があるからであって、そういうメーカーとしての付加価値がないと、基本的には生き残れない業界です。

その自動車メーカーがたくさん存在し、そのメーカー同士が、激しく切磋琢磨しているところが、日本自動車の、国際競争力の強さの根源でもあります。

また多くの自動車メーカーが、現実に存続できるだけの大消費地としての日本市場、これまた世界的にも稀有なる存在なのですね。

その幾多の自動車メーカーが乱立する、自動車戦国時代の日本に、かつて業界としての危機がありました。

それが、1963年(昭和38年)から、1年間も国会で議論された、特定産業振興臨時措置法案です。

これは、日本国内の鉄鋼や化学製品の企業などが、世界企業と比べて小さく、企業間競争に勝てないので、それらをまとめて大きくし、資本や技術面で国際競争力を維持しよう・・・というもくろみです。

その特定産業振興臨時措置法案は、自動車業界も入っていたのです。

その流れに対応する形で、スカイラインやグロリアを作っていたプリンス自動車は、日産と合併したのですね。

 

プリンススカイラインGT-B

プリンス自動車というのは、スバルと同じく、隼戦闘機で知られる中島飛行機という飛行機メーカーです。

当時のプリンス自動車は、今で言うところのレクサス(トヨタ資本)のような高級車メーカーでしたので、今も存在すえば、メルセデス・ベンツやBMWのような、日本を代表する高級車メーカーになっていたかも知れません。

しかし、その国家による、自動車メーカー統合の動きに、ひとり反発し立ち向かったのが、ホンダの創業者、本田総一郎氏だったのです。

1963年当時、ホンダは世界一のオートバイメーカーとなっていました。

そこで企業の時期戦略として、4輪車に進出しようとしていた矢先、この特定進行臨時措置法案が、国会で議論され、内閣の合意を得ていたのです。

本田総一郎氏は、激怒しました。

「それでは、新規参入企業は、この業界に永遠に訪れない。」

「それは、国内企業間での切磋琢磨の機会を奪い、日本の自動車業界は存亡の危機を迎える。」と。

実際、巨額の投資をかけた後、法律の文言一つで事業展開できないのは、一市民として、たまったものではありません。

そこでホンダは、まだ販売網などの整備が不十分な中、1963年2月に急遽販売されたのが、T360という軽トラックです。

これは日本初の、DOHCという、高性能なエンジンを積んだ自動車でした。

 

ホンダT360(日本初のDOHCエンジン搭載者)

オートバイの販売網しか持たない当時のホンダは、バイク屋さんでも売れる商品として、軽トラックを開発していましたが、肝心の実用エンジンの開発が遅れていました。

そこで、後に発売される、ホンダのイメージリーダーカー、Sシリーズに積む予定だった、高性能のDOHCエンジンを搭載したとのことです。

 

(ホンダS800)

本田総一郎氏のすごいところは、ただ官僚に文句を言うだけでなく、実際に実車を販売したところです。

これでホンダは、自動車メーカーとしての、既成事実をつくったからです。

T360は、実用的な軽トラックとしては、扱いにくい商品だったはずです。

なぜならば、エンジンが高性能すぎたからです。(笑)

 

走る精密機械と呼ばれた、ホンダS800のエンジン 

出力(馬力)というのは、物理的には仕事量です。

それは要するに、回す力(トルク)×回転数です。

エンジンの排気量というのは、ガソリンの混合気を爆発させる量です。

トルクは、大体、この排気量で限定されます。 

同じ排気量で、大きな仕事量、つまり高出力を得るためには、高回転で大きなトルクを発生し、それを維持することが重要なのですね。

ところが、当時のエンジン技術だと、高回転でトルクを維持しようとすると、街中運転や作業走行などでの、実用的な回転数では、トルクがなくスカスカで、使い物にならなかったのです。

つまり自動車やバイクのエンジンは、「力の出る回転数が決まっている」というのが、エンジンの宿命だったのですね。

このエンジンの宿命を、YTEC(Vテック)という仕組みで解決したのは、その後のホンダですが、それはまた後日にでも。(笑)

ですからホンダVTEC出現以前は、高性能なエンジンほど、実用的ではなかったのです。

  

ともかくも、自動車販売準備中のホンダの技術者から、「おやっさん。」(当時本田氏は、社員から、こう呼ばれていました。)「軽トラックに、積むエンジンがありません!」

と言われた本田氏曰く。

「Sシリーズのエンジンが、もうできとるじゃろ。」「あれを積め!」

技術者曰く。

「ぎょえ~~~~!」「おやっさん、あれを積むんですかぁ?」「あれじゃぁ、街中は走れませんぜ!」 

本田総一郎氏曰く。

「軽トラ用のエンジンが出来るのを待っとったら、もう間に合わん。」「法律ができる前に、急いでやらんかぁ!」 

こういう会話が、当時のホンダ社内で交わされていたと、お聞きしています。(笑)

軽トラックT360へのDOHCエンジンの搭載は、諸説ありますけれども、実用エンジンが、法案可決に間に合わなかった・・・ということが、もっとも歴史的事実に近いのではないかと思います。

 

未販売となったホンダS360 

しかし量産トラックT360に、超高性能なDOHCエンジンを搭載した結果、当初のイメージリーダー的な存在であった軽スポーツカー、S360に積むエンジンはなくなったはずです。

当時のDOHCエンジンは、ただでさえ超高性能です。しかもホンダSに詰まれたエンジンは、世界一精密と言われた代物です。

もともと大量に製造の計画はなかっただろうし、易々と再量産できる代物ではありません。

ですからトラックT360に、超高性能DOHCエンジンを積んだことで、S360に載せるエンジンは、使い切ってしまったはずなのです。

軽スポーツカーS360が未販売だったのは、様々な憶測が流れましたが、それは「エンジンをトラックに積んで使い切ったから」だとしたら、運輸省(当時)の役人が、名車候補ホンダS360を消したことになります。

ホンダ社は、その件に関しては、何もコメントしませんが・・・。

まぁ、役人を刺激しても、得なことは余りありませんから、言わぬが仏・・・でありましょうね。

話を戻します。

お上の決断が決定してしまえば、新たな自動車業界への新規参入は、もう事実上できません。

ですから、既成事実としての自動車販売という、下手をすれば破産する挑戦を、本田総一郎氏は、実際にやってのけたのです。

結局特定産業法案は、その後議論不十分なまま、廃案となりました。

ただ、高性能高品質な製品を作っていたプリンス自動車は、その国家の動きのあおりを受けて、伝統ののれんを消す羽目になりました。

プリンス自動車は、日本を代表する高級車メーカーに、なれるだけの基礎技術があっただけに、プリンスと日産の合併は歴史的に、とても惜しいことだと、自動車ファンの私は思います。

 

プリンス ロイヤルプリンス 

しかし、技術者として、また企業家としての、本田氏の熱い情熱と実行力は、その後の日本自動車業界の発展に寄与するだけでなく、その他多くの産業に、自由の風を吹かせたと思います。 

偉大なホンダの業績は、まだまだ語りつくせませんが、その根源には、熱いホンダスピリットがあるのです。

ホンダは、いつも困難を、新しい手法で切り抜けます。そして突破口を開く企業です。 

幸福の科学においても、幸福の科学大学という私学の認可を巡って、わからずやで、机上の論しか言わぬ政治家や役人が、何かと要らぬお世話のイチャモンを突けてきて、結局不認可です。

幸福の科学は、現実に、何百億円という投資をし、しかも大学の建物は、千葉県長生村に、もう建っていたというのに・・・です。

これって、信教の自由と教育の自由と私有財産の侵害で、憲法違反ですよ。

教団の資産は、信者氏子の共有財ですから、それを資産活用できなければ、国家政府が我々国民に対して、憲法違反したことになるんですよ。

まぁ、私学ハッピーサイエンスユニバーシティー(HSU)として運営はしておりますけれども、今のこの状態は、違憲状態なんです。

 

ハッピーサイエンスユニバーシティー http://happy-science.university/

今の産業界や教育界、そして日本という国家自体が、閉塞感の中にいるはずです。

未来の見えない現状、力があるのに、発揮できない状況下にあるのです。それを打ち破るのは、お役人ではありませんでした。

それはいつも、熱い情熱を持ち、高い志を持った、企業家や技術者や教育者などの、日本国民の側なのです。

それが日本の、歴史的事実です。その法則は、今後も変わることはないでしょう。なぜなら、それが日本人の、本当の姿だからです。

それを、役人の机上の論でかき回すと、ろくなことがおきないのが、これまた歴史的事実です。

「役人はひっこんどれ!」

この熱いホンダスピリットこそ、日本国民の強さの象徴であり、自由と繁栄の精神の象徴です。

この、「役人はひっこんどれ!」を漢字熟語で表すと、「規制緩和」となるわけです。

減税と規制緩和で新産業創出の幸福実現党。

幸福実現党へのご支援を、是非にとも賜りたく存じます。

                      (ばく)   

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  ◇東京10区 幸福実現党 吉井としみつ候補

 

  ◇福岡6区 西原ただひろ候補

Honda S360 イメージ動画

 

Honda Collection Hall 収蔵車両走行ビデオ SPORTS 360(1962年)

全国の女子が、方言で「愛してるから…」


日本の役人が、日本車から自信を奪った!

2016-10-10 21:41:39 | 自動車から見える日本と世界

トヨタスープラ

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私は幸福の科学の信仰者なんですけど、車大好き人間でもあります。ですから、ここは宗教ブログですが、時折自動車関連の記事が出ます。(笑)

「おい、ばくちゃん、ここは布教ブログやぞ!」「編集長じゃから言うてぇ、おまんが書きたいこと、書きゆうだけじゃろがぁ!」というお声が、仲間内からも聞こえないわけではないんですが(爆笑)、ただ自動車からは、経済や風土や何から何までが、くっきりと見えてくるので、世の中を考察するのに、これほど重宝するサンプルはないんですね。

世の中を知る窓としての自動車は、宗教的知見や、政治的見解の向上に、大いに役立つところがあるんです。

しかし、一連の記事を読み返してみると、文章が、あははは・・・長いですねぇ。(爆笑)

管理人自身が楽しんで書いているし(笑)、思い入れが強いからなのか、とても長い記事になっていますし、長いがゆえに、誤字もとても多いです。(爆笑)

とまぁ、僕は自動車好きで、おしゃれな外車なんかも好きなんですが、やっぱり日本車が好きです。

自動車雑誌なんかを読んでいると、どうも外車、特に花形のスポーツカーなんかは、外車の評価が高いように思えます。また、日本車とライバル視される、ドイツ車も評価が高くて、日本車は陰が薄いように思えて、とても残念です。

私は日本車が、外車、特にドイツ車と比較しても、決して劣っているようには思えません。

私が次の自動車を買うにしても、恐らく国産車を買うでしょう。まぁ、お金がふんだんにあって、きらくなセカンドカーが欲しくなったら、古くて小さなヨーロッパ車を、おしゃれ着代わりに乗るかも知れませんけれども。

ドイツ車で好きなのは、初代ゴルフと、BMWの初代3シリーズくらいですね。


 (初代ゴルフ) (BMW初代3シリーズ)

どだい今のドイツ車は、ばかデカイです。デザインも何だかもっさりしてりて、高いお金を払う気がしないんですよねぇ。

それになに?

VWゴルフらが始め、ヨーロッパ車が普及したと言われているダウンサウジングターボ?排気量を小さくして、落ちた出力をターボで加給して補うって手法?

そんなの日本では、日産のセドリック・グロリアや、ダイハツのシャレードが、40年近くも前に、もうとっくにやっちょりますがなぁ。(笑)

そんなの、ずっと昔の日本発祥の技術だし、日本には究極のダウンサウジングカー、ザ・グレイト・オブな軽自動車がありますぜョ!(爆笑)

 ダイハツシャレード(初代)

はっきり言って、日本の自動車会社は、自信を失っているように私には思えます。

先日取り上げたフェアレディーZにしても、今では、おしゃれで十分速い実用スポーツカーですけれども、その本質というか、フェアレディーZの本当の付加価値、つまり、消費者に購買欲を駆り立てさせていたのは、価格が3倍もする、本格的スポーツカーをぶち抜ける!(笑)というところに、あったはずなのですね。

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/0f1d08f8d24b3ac18b234ad3873f9df2

 いくらお買い得であっても、何百万円というお金は大金です。そうやすやすと出せる金額ではありません。

ですから自動車ビジネスは、消費者に大金をはたいてでも、「欲しい!」と思わせる演出が必要なわけでして、日本の自動車会社は、ドイツなどのヨーロッパの自動車会社らと比較して、そこらへんの、商品の付加価値の演出が下手なんだと私には感じられます。

商品の値段なんて、あってなきがごとし・・・なのですから、商品の演出こそ、必要なわけですけれども、日本の自動車会社は、そこらへんのプレゼン力において、ドイツ車に今のところ負けていると思うし、そこだけが負けているところだと思います。

要するに、フェアレディーZに代表される日本車が、自信を失っているのだと、私には思えるのですよ。 

日本車が自信を失った背景には、280馬力自主規制が大きかったと思います。

 

ホンダNSX(初代)

日本の自動車業界は、いつだって、日本のお役人に足を引っ張られているんです。トヨタプリウスの、世界基準車戦争敗北の時だってそうでしたよね。

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/da91d6043657e0ffac31842c30cc43c6

いつだって、日本のお役人は、口を出してはいけないときに変な口出しをし、必要なときには現れず、この業界の足を引っ張ってばかりなんです。

その一例、そう、数多い事例のひとつが、「280馬力規制」という、実にくだらない規制なんです。 

1990年代というのは、日本車の黄金時代です。

実は、石油ショックと排気ガス規制という、自動車の存続の危機ダブルパンチを、世界で一番最初に克服したのは日本なんですね。

細かいことはまた後日記載させていただきますが、この危機ダブルパンチを克服した日本は、トヨタソアラ以降、急速に製品の性能と品質を上げて行ったんです。

 

(トヨタソアラ初代)

スーパーカーブームやオイルショックや排気ガス規制で、馬力に飢えていた日本。そしてバブル景気などで潤沢な資金もあり、また部品が自由に開発・調達できる、日本独特の環境。これらの条件と、それまでの努力が実ったのが、1990年代でした。

「世界で一番速いのは日本車」これが、80年代後半から90年、日本車に対する、世界の評価だったのです。

フェアレディーZ記事でも言いましたが、日本車はエンジンがタフで、運転も一般的ドライバーが扱いやすい品物になっていました。

それまでの世界の自動車は、速く走るためには、速く走るだけの技術が必要だったのです。

パワーがありながら扱いやすい日本車は、当時世界で一番速い自動車だったのです。

その扱いやすさに、大きく貢献したのは、エンジン面ではホンダ、その他、コーナーリングなどの面ではマツダであったでしょう。

マツダファミリア 

そしてエンジン出力はグングン上がり、280馬力の出力が、商品として、ごく普通に出せるまでになりました。

これにイチャモンをつけてきたのが、運輸省(現国土交通省)です。 

1980年代後半、それまで減少傾向にあった自動車事故による死亡者数が、再び増加に転じたことが問題視されていました。

そして1989年に、日産がスカイラインGTRを300馬力の出力で販売しようとしていたときに、運輸省から行政指導があったのです。

そしてやむなく、それまでの最高出力である、280馬力でスカイラインGTR(R32)は販売されました。

(日産スカイラインGTR 通称R32) 

それ以降、日本自動車工業会の馬力自主規制・・・という名の、事実上の運輸省による、馬力規制が行われました。 

2000ccターボでも、280馬力。

3000ccターボでも、280馬力。

5000ccV12気筒エンジン車でも、280馬力。 

いつまでたっても、どこから販売される高性能車も、馬力は280馬力で横並び。

こういう、通常の物理学や、技術の蓄積や、学習効果では考えられない時代が、何と15年間も続いたのです。

軽自動車では、いまだに、64馬力の最高出力自主規制が存在し、64馬力以上の商品は、国交省の認可に、出すことすらできないんです。 

異常です。結果平等も、はなはだしいです。これで、勢いついたのが、外国勢ですよ。

彼らは90年中盤に入って、やっと排ガス浄化へのメドがたったところでした。

日本車は、日産スカイラインGTRのように、実際は330馬力あるけど280馬力で販売していた(笑)・・・とか、外国向けには300馬力、日本国内向けには280馬力で対応などをしていました。

日本国内と海外向けが違えば、部品を変えなければなりません。それは、メーカーのコスト増ですよね。

また、実際には330馬力であっても、280馬力で申請であったら、そういうコストはかかりませんけれども、そういうことをやっていたら、決して500馬力のエンジン開発はできないんですよ。

エンジンの開発投資には、100億円以上とも言われる莫大な費用がかかるからです。売れて、減価償却できる見込みがなければ、新エンジンの開発などできません。

 トヨタセルシオ(初代)

その間に、欧米、特にヨーロッパでは、馬力の強いエンジン開発に成功しているんです。

そして2000年代に入り、スポーツカーは500馬力以上でなければ、商品価値がない時代になっていたんです。

当時の日本の運輸省が、輸入車には、280馬力自主規制を要請しなかったからです。

海外からは、カタログデーター上300馬力以上の自動車が、輸入され続けていました。

エンジンの出力競争とか、スピード性能の競争いうのは、とても重要なのですよ。

なぜならば、馬力(出力)や出せるスピードというのは、結局は熱効率の問題ですし、伝達効率の問題だからです。

年間15勝マクラーレン・ホンダ

ヨーロッパの自動車社会は、日本が280馬力自主規制という、運輸省の,要らぬお世話の行政指導によって、ぬくぬくと高性能車の開発ができました。15年間もです。

それが、今の海外の自動車の商品価値の、高さの所以なんですよ!

500馬力が出せるということは、それ以下の馬力ならば、いとも簡単に出せるということですよね。

ということは、その馬力で使う力を、燃費に振り返ることも可能なのですよ。

所詮は、熱効率の問題だからです。

交通死亡事故が問題ならば、ホンダのように、エアバックを開発し普及するなり、スバルのように、自動停車システム(アイサイト)を開発するなりが本道です。 

エアバック

スバルの、自動停止システム(アイサイト) 

日本のお役人がやったことは、邪道の極みです。

ただの、数字合わせでしかないじゃないですか!

やるならば、輸入車もやらせなければ、フェアーではありませんよ!

アメリカならばやりますよ。「さあ、日本の役人よ。やれるものなら、やってみろ!」ですよ!

プリウス然り、スポーツカー然り、そして軽自動車然りなんです。

いっつも、日本のお役人は、この機関業界の足を、引っ張り続けているんです。

いっつもですよ。そして恐らく、今でもそうですよ!

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/145f6076ea2435a5865fab530b61bf14

そのつまらぬ幼い判断で、日本人が本来得るべき富が、一体いくら失われましたか!

運輸行政の役人は、日本が技術で富を得るのを、一体いつまで邪魔するおつもりですか!

この日本の、高慢で傲慢なお役人に、一人立ち向かった偉大な自動車人こそ、世界のホンダの創立者、本田総一郎氏でした。

(故 本田総一郎氏)

本田総一郎氏や、ホンダが成した偉大な功績は、またいつか書きたいものです。

ホンダスピリットには、「役人はひっこんどれ!」という気概に満ちているし、ホンダの歴史からは、「日本には、大胆な規制緩和が必要だ」ということが、本当に良くわかるからです。

                    (ばく)

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Fun to Drive, Honda! NSX Image篇

時代のデザイナーとして ―「政治革命家 大川隆法」より

 


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