goo blog サービス終了のお知らせ 

幸福の科学高知 なかまのぶろぐ

幸福の科学の、高知の信者による共同ブログです。
日々の活動や、イベントのお知らせをいたします。

【ギャランGTO】トヨタを本気にさせた、三菱の美しき戦士。

2017-01-12 23:01:41 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

ここ、幸福の科学高知なかまのぶろぐは、その名の通り宗教布教ブログですが、時折自動車とか産業関係の記事を書きます。基本的に代表管理人である私の趣味の範疇ではある(笑)のですが、しかし信仰している幸福の科学が、こういう産業関係に対してクローズドな宗教だったら、こういう記事は絶対に書けませんので、「幸福の科学は、産業にオープンですよ。」という証明になるのではないかと思うのです。

さて、すべての歴史には、分岐点というものがあります。しかし私たち人間は、ともすれば今現在の状況というものを、つい当たり前のように思ってしまいます。

日本が技術立国であることも、日本が経済大国であることも。

現代日本は、平和な技術大国です。

しかし同じ空の下、技術を宗教の違いによる抗争のための、殺し合いのためにだけ使う国もあれば、殺し合いの道具を作り売りさばくことで、その日の利益を得ている国家もあります。

日本は技術立国ですし、経済大国ですが、同時に、平和を愛する諸国民の代表でもあります。かつては優れた武器も作っておりましたが、日本が誇るべきは、大量破壊兵器を作ったことがないことだと思うのです。

日本の作った武器は、すべて国防や治安のためのものです。古来より日本人の考える「技術」とは、それは「道」であり、神に捧げるものだったからだと思います。つまり古来から現代にいたるまでの日本人の思想において、「神は大量殺戮を望んでいない。」と考えるからこそ、日本から大量破壊兵器が作られたことがないのではないでしょうか。

そして、技術大国日本の象徴というべき自動車社会においても、かつては様々な技術的困難と闘い、そしてそれが、多くの人々に認められたからこそ今があるのです。

その原因と結果によって富が生まれ、今があるという事実。この富の形成には、様々なる苦悩があり、それを過去の人が乗り越え、血肉としたからこそ今があり、そしてその今が、未来へとつながっていくのです。

さて、かつて日本には、三菱ギャランGTOという美しいクーペがありました。

(1970年発売 三菱ギャランGTO MR)

「この美しきクーペが、その後の日本の自動社会のみならず、世界のトヨタを育てた。」というのが私の見解です。なぜならば当時のトヨタは、この小メーカーが作った作品に、どうしても勝てなかったからです。

販売実績ではありません。自動車製品として、どうしても勝てなかったのです。

ギャランGTOと同じ70年に、トヨタから、日本自動車史上の名作が誕生しています。

セリカです。


(1970年発売 トヨタ セリカ 1600GT)

上の画像は、通称ダルマと呼ばれる車体で、日本車ベストデザインとも言われる、美しいクーペです。

三菱ギャランGTOとトヨタセリカは、ほぼ同じ寸法、同じく4気筒エンジンを積み、後輪を駆動するFR車でした。

前輪サスペンションは両車ともストラット独立式、後輪はギャランGTOが昔ながらのリーフ(板バネ)固定式、セリカは一歩進んだコイルバネ式の固定式でした。

トヨタセリカは、大ヒット商品となりました。一方、ギャランGTOは、まずまずのヒット作でした。

しかしこのトヨタセリカは、動力面に限って言えば、三菱ギャランGTOに、まったく敵わなかったのです。

スポーツタイプの乗用車というのは、自動車雑誌などでは取り上げやすい商品ですので、言わば、自動車メーカーにとって、スポーツカーは広告塔なのですね。

ですから、自動車雑誌などのマスコミでは、トヨタセリカVS三菱ギャランGTO企画は、何度も何度も取り上げられるわけですが、しかしそのいずれにでも、トヨタセリカはGTOに負け続けました。

トヨタセリカが積むエンジンは、名機と呼ばれる2T-Gエンジンです。

1600ccの、4気筒DOHCエンジンです。一方ギャランGTOは、同じく4気筒DOHC1600ccの、4G32です。

トヨタセリカの2T-Gエンジン エンジンの上にある棒の下にタイヤの中心があり、エンジンが前タイヤ前方(画像左側)に出ています。



三菱 ギャランGTOの4G32エンジン。 タイヤの納まる空間に、重いエンジンが納まっています。

またギャランGTOのエンジンとセリカのエンジンは、特徴が違っています。GTOのエンジンは、三菱伝統のロングストロークタイプで、一方セリカのエンジンは、レースを意識したと思われる、ショートストロークタイプです。

セリカのエンジンはよく回り、軽快なのですが、力(トルク)が弱かったのです。一方GTOエンジンは、低回転からモリモリと力を発揮するタイプです。

しかし三菱は伝統的にトルク重視で、パワー無視のロングストロークタイプのはずなのに、125馬力出していました。

トヨタ2T-Gは、115馬力でした。2T-Gはショートストロークだったので、これ以上馬力を追及すると、日常性に問題が出たはずです。

セリカとGTO対決のインプレッションで、再々指摘されていたことは、「フロントヘビーで、アンダーステアが強い。」という、トヨタセリカのコーナーリングでした。

DOHCエンジンは部品が多く重いので、車体フロント部が重くなるのですが、それは三菱GTOも同条件のはずですが、ギャランGTOのコーナーリングの評価に、「フロントヘビー」や、「アンダーステア」という文字は皆無なのですね。

つまり、一見同条件のはずなのに、ギャランGTOはコーナーリングがとても優秀だったということです。

これは以前指摘した、前輪ストラットサスペンションをきちんと動かすための土台、つまり「ボディー強度の方に、セリカには問題があったと思われる」というこなのです。

重さは速さ! 三菱パラドックス

ギャランGTOのボディーの母体は、前年に発売されたコルト・ギャランと同じシャーシ(骨組み)です。つまり、フロントミッドシップです。

しかもコルトギャランより、ボディー重量は100㎏ほど重い構造です。コルトギャランとギャランGTOの、前輪と後輪の間隔(ホイールベース)は同じであり、基本骨格は全く同じで、コルトの前輪から前と、後輪から後ろのボディデザインを伸ばして、かっこ良く整えたのがGTOなのです。

つまり、同じクラスの小型車より、100㎏重かったコルトギャランの強いボディーを、さらに強化しているのがGTOなのですね。

 

モノコックボディーというのは、ボディー全体で強度を保ちます。GTOの原型であるコルトギャランより、GTOは遥かにサイズアップしています。デザイン上の処理から、ボディー前後を伸ばています。

大きくなった分当然強度は落ちますが、その分をGTOでは、ボディーさらに強化しているので、元々重量の重いコルトギャランよりも、更に100㎏も増えています。

もう一つコルトギャランから、GTOとは逆に小型化したスポーツクーペがあって、それがギャランクーペFTOですけれども、FTOでは、ボディー全体は小型化によって強化されますので、同じ構造でも重量は大幅に減っています。 

ギャランGTOの弟分、ギャランクーペFTO  コルトとGTOとFTOは、全く同じ構造

つまり三菱は、技術的には、やるべきことはちゃんとやっていたのです。この頃のトヨタと三菱の技術力の差は、「三菱が基本に忠実だった。」ということです。

大トヨタが偉かったのはここからです。連日自動車雑誌で、「名ばかりのGT」とか、「トヨタ馬力」と言われ続けたトヨタ。

スポーツカーは、マスコミに扱われやすい広告塔ですから、それは取りも直さず、自動車メーカートヨタの評判となってしまいます。スポーツカーの評判は、メーカーの技術力と、同一視されて評価されてしまうのです。スポーツカー=自動車メーカーの広告塔の負の一面です。 

トヨタは、セリカ強化策に討って出ました。販売絶好調の商品セリカに、大規模な技術的なテコ入れを断行したのです。トヨタはセリカに、LB(リフトバック)シリーズを投入しました。 

(1973年登場の、セリカLB 2000GT)

LBは、ダルマよりボディーサイズを拡大していました。これは、同一車種ではあり得ない決断です。なぜなら、製造プラントの、大幅な組み換えが必要だからです。また、これまで作り置きしていた基礎ボディーや、それに伴う金型などが使えなくなるからです。

コルトと同じ骨格で、GTOとFTOを作った三菱とは真逆に、コストのかかる手法ですので、トヨタは、セリカLBの新規投入で、大幅な出費をしているはずです。

このセリカLB投入は、一般的には「大規模なマイナーチェンジ」と言われていますが、ところがどっこい、これは事実上のモデルチェンジですね。そう、デザインをほとんど変えなかった、フルモデルチェンジなのです。

なぜセリカLBで、ボディー拡大をしたか。それは、大きなエンジンを搭載する必要があったからだと思われます。18R-Gという、4気筒2000ccのエンジンです。

トヨタ18R-Gエンジン。 2T-Gより、エンジンブロックが大きく、拡大したエンジンルームにやっと収まっています。

2T-Gは、小型車用のエンジンなので、エンジン全体が小ぶりです。ですから、小さなセリカのボディーで大型車種用の18R-Gを積むには、ボディーサイズ拡大が必要だったのですね。これは、量産型自動車メーカーとしては大英断であり、それはひとえに、「三菱ギャランGTOに勝つ。」という、大トヨタの意地の決断だったと思うのです。

セリカLBは、これまたとても素敵なデザインで、ダルマを超える大ヒットとなりました。しかしその走行性能では、ついにギャランGTOを、超えることができなかったのです。相変わらず、「フロントヘビーで、アンダーステアが強い。」「直線番長」と評価され続けました。

大きなエンジン搭載で性能向上を狙ったのですが、肝心のエンジン搭載位置は、フロントタイヤの前に突き出た形の通常のFRであり、またボディー強度も、ストラットサスペンションが十分機能を果たせるだけの水準には、残念ながら達していなかったと思われます。

順不同ですが、72年には、小型車カローラ&スプリンターに、セリカの2T-Gエンジンを積んだ、レビン&トレノシリーズも出しています。

トヨタ カローラレビン 初代通称TE27

これは、「カローラの軽い車体に、強力なエンジンを載せれば、GTOに勝てるんじゃないか?」という、単純な発想から生まれたモデルではないかと、私は思っています。

しかしやはり、小さなエンジンルームだと、理想的な場所にエンジンを積むスペースはありません。レビンは重いDOHCエンジンを、セリカよりも更に前タイヤの前方に、積まなければなりませんでした。

フロントヘビー度は、セリカの比ではありませんし、小型車カローラのボディーでは、ストラットの機能を果たせるだけのボディーの強靭さを、期待する方が無理というものです。

初代レビン&トレノは、セリカ以上のじゃじゃ馬で、もっと直線番長でした。

トヨタカローラレビンの2T-Gエンジン。セリカより、さらに前方に突き出ていて、重量バランスは超フロントヘビーのはず。

この頃にトヨタは、対ギャランGTOへ意地の対決を試みましたが、結局すべて敵わなかったのです。しかし、この頃のトヨタの製品が、劣っていたとは言い切れないし、トヨタの挑戦は無駄ではなかったのです。

三菱ギャランシリーズは、強いトルク・フロントミッドシップ・強靭なボディーという、現代にも通じる普遍的な技術であり、トヨタはその、技術の普遍性に挑戦していたのですから。

結局のところ三菱ギャランシリーズは、販売のトヨタを、真の技術者集団に導いたと思います。ベンツやBMWやポルシェに負けたとて、当時の日本の第一人者としてのプライドは傷つきません。

身近な小さなメーカーから出た、ただのセダンベースのスポーティーカーに、どうしても勝てなかったからこそ、トヨタは本気の自動車つくりができるようになったのです。同じく量産車メーカーです。

不要なコストはかけられないという、企業としての条件は同じだからです。とにもかくにも、三菱の実直なものつくりは、大トヨタを真摯にしたのです。

その後のトヨタの、技術に対する真摯な取り組みがあればこそ、後の生産台数世界一のトヨタはあり、日本の繁栄もあるのです。

             (ばく)

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

三菱 コルトギャランGTO(後編)

 

【GT6】三菱ギャランGTO MR ドリフト


重さは速さ! 三菱パラドックス

2017-01-03 22:28:34 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

歴史というものは、普通言われている常識が通用していないところが多々あります。

人はレッテルを張り勝ちでございますので、よくよく精査してみないと、本質というものを見逃し勝ちなところもございます。

そして通常の常識とは違う歴史的な結果を、得てして「そんなの、ただの偶然さ」的な評価をしがちであるのも、これまた人間でございますが、何事も原因あって結果ありの、大宇宙の法則因果律の元では、偶然と言うものはあり得ないのです。

そして何事も、精査なしで本質が見えてくることはないのでございます。

のっけから話が大きくなっておりますが、今年最初の自動車関連記事です。(笑)

「ええ、もう自動車記事か!」というお声が聞こえそうですが、すみません、アクセスが結構あるもんで。(爆笑)

今中軸においているのは、苦境に立たされている三菱自動車ですが、ここほど世界に影響を与えたメーカーはございません。世界のトレンドメーカーこそ、三菱の本質なのです。そういった意味で、私は三菱に大きく期待しているのです。

三菱ギャランは1972年に、サザンクロスラリーという国際舞台で優勝しています。これは、日本車としては初めての快挙でした。

(三菱 コルトギャラン サザンクロスラリー車)

有名な、ランチアストラトスのようなラリー専用車ではない三菱ギャランの優勝は、本当にただの小型車での優勝でした。ではなぜ、三菱ギャランは優勝できたのか。

前回、前々回記事で触れた、フロンとミッドシップ構造という、ハンドリングに優れた機能と、ロングストロークエンジンという、トルク重視の実用性に飛んだエンジン。それに加えて、今回注目するのが、ギャランのボディーの重さです。

私は、1970年代に言われていた、三菱最速伝説の秘密は、ボディーの重さにあるのではないかと睨んでいるのです。

そう、三菱車は、重かったから早かったのだと。

通常ですと、ボディーは軽ければ軽いほど、運動性能が上がりますが、1960年代後半から80年年代当時の三菱車の特徴は、総じて同じクラスの車種より、車重が重いのですね。この頃の三菱コルトギャランと、ほぼ同じサイズのカローラと比較すれば、100㎏ほど思いのです。

「ギャランは重かったから、速かった」というのも、この当時の日本の小型車には、サスペンション革命が起きていたからです。

そのサスペンション革命とは、前輪の主流が、ダブルウィシュボーンからストラットサスペンションに大転換したのが、この三菱コルトギャランの時期なのですね。


ストラットサスペンション


ダブルウィッシュボーンサスペンション

自動車をまっすぐ走らせ、向きを変える主役は前輪で、自動車で前輪と後輪とどちらが大事かと言われれば、それは間違いなく前輪です。

後輪を部品が少なくコストの安い、固定式サスペンションで済ませる事例はいくらでもありますが、前輪はそうはいきません。丈夫さを求められる軍用車以外は、すべてがコストのかかる独立式なのです。

でなければ、しっかりと路面に、タイヤを密着させることができないからです。




1970年代までの日本車は、その前輪のサスペンションに、ダブルウィッシュボーンサスペンションという形式を使っていました。ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、前輪を2つのV字型のリンクでつなぐ形状です。

今でもスポーツカーでは主流ですし、レーシングカーと言えばこの形式以外存在しません。

この形式の大きな特徴は、路面にタイヤを、しっかりと密着させることができることと、部品が多いので、自由に動きを調整できるところです。欠点とすれば、部品が多く、コストが高いことと、大きく横に張り出しているので、スペースを取ることです。要するに、ダブルウィッシュボーンサスペンションというのは、とても贅沢な形式なわけです。

70年代以前は、トヨタパブリカや日産サニーなどの大衆車においても、前輪はダブルウィッシュボーン独立サスペンションでした。そして70年代前後、日本車はストラット式のサスペンションの導入を図り始めました。日本車第1号は、トヨタのカローラ(初代)です。


(日本のストラットサス第1号 トヨタ カローラ)

ストラットサスペンションは、部品が少なく、コストが安くて軽量です。また踏ん張りが強い構造なので、タイヤの接地力も強く、縦に長いので横スペースを取りません。また縦に長いので、悪路にも強い構造です。ダブルウィッシュボーンサスペンションは、舗装路ではしっかりとしているのですが、悪路では伸びきる難点がありました。

ラリー用に開発された ランチャ ストラトス 後輪がストラットサス

良いことずくめ、特に小型車にとって、もってこいのサスペンションが、ストラットサスペンションです。なぜストラットサスペンションが、カローラまで日本で採用されなかったかと言うと、特許期間中だったからです。

1969年にストラットサスペンションの特許が切れたので、日本の自動車メーカーは、こぞってストラット採用に踏み切ったのですが、ストラットサスペンションには、大きな大きな落とし穴があったのです。

その、ストラットの落とし穴に気づいていたのは、70年代初頭の日本では、三菱だけだったと私は思っています。では、ストラットサスペンションの落とし穴とは何か?

それは、「ボディーが強くないと、ちゃんとした動きをしない」ということです。

ストラットサスペンションは、モノコック構造のボディーのサスペンション連結部に、直接ダイレクトにつながっていますので、ペラく弱いボディーだと、サスペンション連結部がグニャっと動いてしまって、タイヤの接地どころではなくなるのですね。

当時日本のメーカーは、ダブルウィッシュボーンに慣れ切っていました。ダブルウィッシュボーンサスペンションは、部品が多いので調整が容易です。ですからペラいボディーでも、何とかタイヤを接地できるんです。

しかし、部品の少なく、ボディーに直接連結しているストラットサスペンションは、そういったごまかしが効きません。

ロータリーエンジンの記事でも言いましたけれども、部品が少なければ少ないほど、構造がシンプルであればあるほど、基礎的な技術、土台の技術があらわになるのですね。三菱以外の自動車メーカーで、このことに気づいていたと思われるのは、マツダとホンダと日産の一部(旧プリンス系)だけだと思います。

しっかりと当初から認識し、対応できていたのは、三菱だけなのではないでしょうか?それは昔の自動車雑誌の、走行インプレッションを見ればわかるのです。

日本車の多くが、コーナーでのハンドリングに困っていました。アンダーステアが出るからです。

アンダーステアとは、ハンドルを切った分だけは曲がらない現象で、これに、多くの日本メーカーが悩まされていました。



ですから日本のドライバーには、「ストラットサスペンションより、ダブルウィッシュボーンサスペンションの方が優秀」というイメージがあるんですね。そうではなくて、強みが違う、特徴の違う形式なんです。

トヨタは初代ソアラ登場まで、このアンダーステアに悩んでいました。

トヨタ ソアラ初代 1981年発売開始

日産は、スカイラインジャパンまでは、アンダーステアに悩んでいました。

日産 スカイライン 通称ジャパン 1977年発売開始


マツダは初代サバンナでは、この現象を克服していました。

マツダ 初代サバンナ 通称RX-3 1971年発売開始

ライバルスバルは、レガシー登場まで、アンダーステア克服を要しました。


スバル レガシーツーリングワゴン 1989年発売開始

これらの車種の前輪サスペンションは、すべてストラット型ですが、各メーカーはこれらの車種で、ストラットの落とし穴を克服したということです。要するに、「ストラットサスペンションには、しっかりしたボディーが必要だ。」という、メーカーの見解に達することができたのですね。

つまり、しっかりとしたボディーがなければ、ストラットサスペンションの、本来の性能が発揮できないことに、この車種まで気付いていなかったか、気付いていたけれども、それまでは対応できていなかったということになります。 

このストラットサスペンション独特の、ボディーの弱さからくる悪性のアンダーステアが最初からなかったのが、1969年発売の三菱コルトギャランだったのです。つまり、三菱コルトギャランのボディーは、とても強かった ということです。

要するに、ストラットサスペンションを使いこなすには、それなりの強いボディーが必要であり、そのために、十分なボディー補強をしていたために、コルトギャランはライバルたちより重かったのです。これが、三菱ギャランのあなどれない速さの根源であり、サザンクロスラリー優勝の要因と思われます。

つまり三菱は、購入時の商品価値の基軸となるカタログデーターにこだわらず、やるべきことはきっちりとやっていたということです。

しかし、他の国産メーカーのことを攻められません。当時の世界で、三菱と同じ見解に達していたのは、西ドイツのメーカーだけだったからです。他の国では、相変わらずダブルウィッシュボーンが、80年代後半まで主流だったのですから。

つまり、「三菱の見識畏るべし」なのです。

何事も、ぱっと見でレッテルを張ったり、思い込みをしていると、本当の姿は見えては来ません。

仏教では「正見」と言って、代表的反省項目、八正道の最初に出てくるのでございます。

今月1月9日(月・祝)には、新春講演会が開催されますので、真理のご縁に多くの方が触れられますよう祈念いたします。

                (ばく)

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

 

Mitsubishi's Colt Galant Is Japan’s GTO

「伝道」

2017年 第1回講演会

御法話  大川隆法総裁「未来への扉」 

 

本会場  パシフィコ横浜

 

衛星会場 全国の支部・精舎・衛星布教所 

 

開催日  1月9日(月・祝)18時00分~  

 

高知支部精舎〒781-8105 高知県高知市高須東町2-11   

 

TEL:088-882-7775 

高知西部支部精舎〒781-1202 高知県高岡郡越知町2519-7   

TEL:0889-26-1077 

高知朝倉支部〒780-8062  高知県高知市朝倉乙988-11   

TEL:088-850-7774 

高知東部支部〒781-5232  高知県香南市野市西野       

TEL:0887-56-5771 

高知四万十支部〒787-0012  高知県四万十市右山五月町2-22 

TEL: 0880-34-7737  

 


三菱のスバルへの対抗心が、世界を変えた!

2016-12-28 22:56:55 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

今拙ブログは、宗教の布教ブログですが、時折自動車の世界から見える世界をお届けしております。

P・ドラッカーさんのマネジメント理論によれば、マネジメントとは、マーケティングとイノベーションだそうで、激しい技術競争、販売競争に打ち勝ち、日本を代表する企業群となった自動車社会には、マネジメントの分野で大きな学びがあるのではないかと思っております。

そこで最近三菱自動車に焦点を当て始めたのですが、仏教的八正道でこの業界を振り返るとき、三菱自動車ほど、世界の自動車業界に好影響を能えた企業はないのではないかと。

今のトレンドを元を辿れば、その多くは三菱発祥のものがとても多いのです。

しかし当の三菱は、その自覚がないのかも知れないところが面白い。私は市中の看護師ですから、インタビューとかはしたことはないのだけれど、三菱の開発モチベーションは、「スバル何するものぞ!」という意気込みだと思えるんです。

それはきっと、先の大戦で三菱は名機ゼロ戦を作ったけれども、エンジンは中島(現スバル)製だし、実際に世に出したのは、6割が中島飛行機だったことが、無念の思いとして三菱に残っているのではないかと私は推測するんです。

それほど、三菱はスバルのやったことは徹底してやらないし、むしろスバルの否定形が、三菱自動車の作品群だと思えるんですね。

スバルと言えば、水平対向エンジンとか左右対称システムとか、4輪独立サスペンションとか、とかく理想主義的な企業で、素材にこだわる料理人といったところでしょうか。

一方三菱は、むしろ現実主義的で、調理法にこだわる料理人のように思えます。

例えば、スバルの採用する水平対向エンジンは、重心が低く、全長が短く、振動が少ないという大きなメリットがあります。それらを基本構造とするスバル車は、基本性能がとても高いものとなります。

一方三菱は、水平対向エンジンの基本性能を認めながらも、より現実的な工夫で、性能や快適性で、スバルを超えようとしているように思えます。実際、現在の自動車技術において、多くの技術革新によって、高コストで儲けの出ない水平対向エンジンでなければ成しえないものは、ほとんどなくなって来ているのですが、その技術の始まりは、ほとんど三菱車なんです。

今、水平対向エンジンの最大のメリットは、”安全性”なんです。

しかし三菱はスバルキラーであって、その方法論がとても現実主義的なので、三菱は結果的に世界のトレンドメーカーになっています。スバルへの対抗心から三菱のやったこと、また三菱のやろうとしてきたものが、その後に、世界の流れができているですね。

十数年前までは、三菱のランサーエボリューションVSスバルインプレッサのラリー対決が、世界の自動車好きを沸かせ、日本車の権威を大幅に向上させましたけれども、ランエボVSインプ対決は、その三菱VSスバルの因縁の対決の現代版であり総決算であって、その前からこの両者には、メラメラとライバル心があった・・・というのが、私の見方なんです。

三菱自動車のエンジンには、大きな特徴があります。それはロングストロークエンジンです。エンジンの排気量といのは、エンジンのピストンの内径(ボア)×ピストンの動く距離(行程・ストローク)×ピストンシリンダーの数で決まります。

 

ですから、同じ排気量ならば、ボア(内径)が大きければ、行程(ストローク)は小さくなります。また、ストロークが大きければ、内径は小さくなります。これで何が違ってくるかと申しますと、エンジンの性格が違ってくるのですね。

 

ストロークが大きなエンジンというのは、要するに力(トルク)が強くなるんです。

自転車で立ち漕ぎをすれば、上り坂でも上っていけますよね。

 

ただ、何千回転もするエンジンで、あまりストーロクが長いエンジンだと、高回転が苦手となります。

エンジン出力は、力(トルク)×回転数ですので、高回転の苦手なロングストロークエンジンは、最高出力があまり期待できません。最高出力発生回転数で、最高速度は達成します。ですから最高出力が低ければ、最高速度が出ないことになり、レースなどの高速競技などでのエンジンは、超ショートストロークエンジンです。

 

しかし一般的な市中での運転では、そのようなシチュエーションというのは、まぁないわけです。(笑)そんなことをすれば、危険運転の容疑でお縄になるし、運転免許はいくらあっても足りません。(爆笑)

通常の実用運転では、実用トルクの豊富なエンジンの方が、はるかに使いやすくて、実際にも速いのですね。自動車と運動いうのは結局のところ、加速と減速の繰り返しだからです。ですから、加速が速くて、減速できるところではしっかり減速し、また加速する・・・。この一連の動作が速ければ、早く運転できるんです。

つまり、トルクがあれば、この一連の動作が速いわけですよ。カタログで言われる最高出力が注目されがちですけれども、実際に必要な力、使っている力は、トルクの方なんですね。そのトルクが、どの回転数で出ているかが、本当に注目しないといけないところです。

要するに、最高出力(パワー)が必要とされるのは、最高速度領域だけなんです。また高回転型エンジンだと、早く進むためには、車体を減速しても、エンジンの回転数を一定に保たなければならないんですね。アクセルを底まで踏んで、自動車をコントロールし続けるのは、一般ドライバーには不可能な技能です。

徹底的な現実主義、そして実用主義メーカーである三菱は、ロングストローク型のエンジンしか作っていません。

一方、三菱が対抗意識を持っていると推測される、スバルのエンジンはどうでしょうか。

スバルエンジンは、伝統的にショートストロークエンジンなんですね。って言うか、ショートストロークしか、作れないんです。(^^;なぜならば、スバルの作っているエンジンが、水平対向エンジンだからなんです。

水平対向エンジンは、横幅が広いです。直列だと上に向いているシリンダーが、横に張り出している形をしています。

つまり、エンジンの高さは低く、長さも短いのですけれども、その分横幅は広いのですね。それでロングストロークエンジンにすると、エンジンルームに収まらないのですよ。車体のエンジンルームにも、当然横幅の制限があるので、水平対向エンジンだからといって、車体横幅を広げるわけにはいきません。

ですので水平対向エンジンは、ショートストローク型にして、横幅を制限せざるを得ないのですね。ですから、水平対向エンジン車は、基本的に低回転(実用粋)が苦手なんです。

また通常の直列やV型エンジンだと、ガソリン入りの空気(混合気)はエンジンの横から入って、排気ガスは横へ抜けます。

しかし、ピストンやシリンダーが横転している、水平対向エンジンではどうなるかと言いますと、混合気を上から吸って、排気ガスは下へ出す形となるわけです。水平対向エンジンで、排気ガスを排出しやすい排気管の形にしようとすれば、排気管が地面に当たっちゃうわけなんですね。(^^;

ですから水平対向エンジンの排気管は、自由に設計する空間、そのものがないわけなんです。となると当然、水平対向エンジンでは、排気ガスの抜けが悪いわけです。となると、何も工夫していない水平対向エンジンは、高回転が苦手になります。

(水平対向の代表 ポルシェのエンジン 下半分の銀色のパーツが排気系。相当無理な形をしていて、排気は抜けにくい。)

昔のポルシェやビートルやスバル車は、ドドドドドという独特の排気音、通称ボクサーサウンドというのがありましたけれども、これは、水平対向エンジンの、排気の抜けの悪さからきていたんですね。

通常の運転領域ではさほど問題はないのですが、高回転になればなるほど、その欠点はきつくなります。要するに、水平対向エンジンだと、ショートストロークなので低回転が苦手で、排気の抜けが悪いので、高回転まで回らない・・・という、「なんじゃそりゃあ。」な作品になることが多いわけです。

重心が低くてコンパクトで、振置き場所に困らなくて振動の少ない水平対向エンジンですけれども、こういう構造上の欠点があるわけですね。ぎりぎりの運動性能を欲するレースの世界で、水平対向エンジンが存在しないのも、こういう水平対向エンジン特有の欠点が存在するからなんです。

スバルやポルシェなど、水平対向エンジンを作り続けているメーカーは、このエンジンのネガ対策を続けており、今ではその欠点は、かなり克服されております。

しかし、もともと生産コストの高い水平対向エンジンです。普通の直列エンジンの2倍のコストがかかります。

「元コストの高いエンジンの、ネガ克服のために費やす費用や時間があれば、もっと他にできることがあるんじゃねぇのか?」と考える人がいてもおかしくはないし、その筆頭が三菱だった・・・ということですね。

スバルインプレッサの2000ccターボで、エンジン価格は100万円と言われています。

車両価格が300万円だとすれば、車体価格の3分の1はエンジンということになります。

一方ランサーエボのエンジンは、ほぼ同じ性能で、50万円だと言われています。

このエンジン価格差は、装備の充実や、水平対向エンジンでなければ達成できなかった、低重心や低振動など、その他の分野の克服へ費やすことができるわけですね。

で・・・三菱のすごいところは、それを現実化したところなんです。その技術的克服の成果が、その後の世界のトレンドとなっています。

ロングストロークエンジンだと、幅は狭いので、全長は短いです。短いエンジンだからこそ、前輪を前に突き出すという、超簡単な工夫で、コルト・ギャランはスポーツカーのような重量バランスでした。

スバル水平対向エンジンの”低重心”を、三菱は”重量配分”で対抗したとしたら・・・。

 
ギャランGTOのエンジンルーム。重いエンジンは奥(車体の真ん中付近)にあり重量バランスが良い。コルトギャラン・ギャランFTOは兄弟車で同じ構造。
 

そして今世界の自動車界のトレンドは、パワー主義からトルク主義となり、FR車は、コルト・ギャランのようなフロントミッドシップしか存在しないのですけど、そういった三菱の対スバル意識が、一連の三菱発祥の技術となり、それが後々の世界に、大きなトレンドを作り、戦前のゼロ戦と隼の切磋琢磨が、世界一の戦闘機を作ってきたように、今でもこの両者の切磋琢磨は、自動車の分野でしのぎを削り、この分野の進歩を作り上げてきた・・・。 

私には、そのように見えるんです。

今回はエンジンしか触れられませんでしたが、現実主義で実用主義の三菱自動車の、トレンドメーカーとしての一面を、またいつか書ければと思っています。

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

Mitsubishi Evo vs. Subaru Impreza - Top Gear - BBC

原発問題に言及! 幸福の科学 大川隆法総裁 「孫文の霊言」抜粋動画


なぜか逆スラントノーズだと、かっこよく見えるのミステリー。。。

2016-12-15 22:02:32 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

毎度、宗教ブログなのに、アクセスが減ってくると自動車記事を書いている、へんてこな代表管理人でございます。(爆笑)

でも結構評判良いんですよ。(^^)実は、自動車の好きな読者の方から、「謎が解けた!」というお声をいただくことが多いんです。

「自動車雑誌が面白くなくなったのは、2代目日産マーチから、日本の女性ドライバーが増えて、世界的に男性向けの商品が少なくなったから」とか、「トヨタ2000GTが、大きなエンジンを積まなかったのは、トヨタがオールジャパン技術にこだわったから」とか、「初代日産フェアレディーZが売れまくったのは、3分の1の価格で、当時のポルシェをぶち抜けたから」とか、「おいおい、聞いたことねえぞ!」と言われていて、「そう言えば、そんなの、雑誌とかでの、商品エピソードでも言われていないな?」と思ってはいるんですが(笑)、まぁそこらへんが、オリジナリティーでして、あくまで原因と結果だけを見て語るスタンスでございます。

でもまぁ、自動車関連記事を書き始めて、改めて「日本って凄いなぁ。」と感じます。自動車という製品は、鉄やら家具に至るまで、総合的に必要ですから、自動車を自主製造できることは、現代の世界において、工業国の証です。

アメリカ/日本・ドイツ・フランス・イタリア・イギリスそれと韓国ですか、これらくらいしか、世界で設計から製造までできる国はありませんので、それらの情報は、国家の工業レベルなど総合的なサインとして、とても貴重であると思います。

そして日本の自動車界の歴史は、「ものすごく高度な技術の普遍化の歴史であり、一般化の歴史である」と言えましょうね。

その中核に・・・とは言えませんが、その流れの始まりにいるのは、私は三菱自動車ではないかと思っているのです。

ひょっとしたら、三菱にその自覚はないかも知れません。三菱視点で言えば、戦前から何かとご縁のある、現スバル(旧中島飛行機)に対する、アンチテーゼを行ってきただけかも知れないところに、これまた日本という国の奥深さを感じる次第です。

さて、1970年代初頭における、日本の小型車と言えば、以前書いた、トヨタカローラVS日産サニーや、トヨタコロナVSブルーバードなどが、熾烈な販売合戦を繰り広げていた頃でした。その頃の日本の自動車界で、密かに実力を発揮しはじめていたのが、三菱自動車なのです。

当時の三菱の主要車種が、ギャランです。

(69~73年 三菱 コルトギャラン)

この何の変哲もない、小洒落たセダンですが、当時を知る車好きの人に聞くと、どうやら当時国産車で最も早かったのは、この「三菱コルトギャランだった」という結論に達するんですね。他にもスポーツカーなど、当時は結構商品化されているのですが、どうやら、コルトが最速だったらしいのです。今の私には、コルトギャラン最速伝説を、「そうだろうな。」と思えるんですね。

実は私、自動車を横から一目見れば、どこにエンジンが積まれ、どのタイヤを回す構造なのかが分かります。また、そのエンジンも、どの向きに搭載されているかもわかっちゃいます。

看護師なのに変な特技ですけど(爆笑)、自動車製品というのは、いくらデザイン処理をしても、基本骨格はごまかせないので、サイドビューを見れば一目瞭然なんですね。
 

これが、三菱ギャランのサイドビューです。(ミニカーですけど。笑)


これは、典型的なFR(フロントエンジン・リアドライブ)車、つまり車体前方にエンジンを搭載し、後輪を駆動する仕組みです。

FR車のデザインでの大きな特徴は、後輪から後ろが長いことです。これは、FR車の宿命です。

なぜならFR車は、後輪に荷重をかけないと、前に進むことができないので、後輪の後ろに大きなトランクルームなどを構えて、それで後輪にしっかりと荷重がかかるようにしてるのですね。
 

他には、こういうものがあります。

(トヨタ スープラ最終型 )

これは最近のモデルですけれども、この、「FR車は、後輪から後ろが長い法則」は変わっていませんね。ただ、前輪から前は、FRだと自由になる空間が多いです。ですから思いっきり、ボディーの前端(フロントノーズ)を伸ばしたり、下げたりすることが可能です。

(トヨタ2000GT)

(日産フェアレディーZ)

一方FF(フロントエンジン・フロントドライブ)、車体前方にエンジンがあって、前論を駆動する仕組みだと、後輪に荷重をかける必要がなくなります。なぜならFF車の後輪は、ただ車体を支えているだけですから。ですからFF車は、後輪以降のデザインは自由です。

ですからこんな風に、後輪から後ろをばっさり切ったようなスタイルが可能です。

FR駆動で、これだけ後ろが短いと、車は前に進めないんですね。

(ホンダ エヌワン)

ただ、前輪の前にエンジンが載る場合が多いので、前輪の前にエンジン搭載空間が必要ですから、その関係で、なんだか顔が伸びたような、下あごが突き出たような、もっさりした感じとなることが多いです。この傾向は、搭載するエンジンが大型であればあるほど、顕著になります。

アルファロメオ 166 (イタリア車)

FRと同じ後輪駆動でも、後輪にしっかりと荷重のかかるリアミッドシップだと、後輪から後ろのデザインは自由ですし、車体前方にもエンジンがないので、フロントのデザインも自由となります。

 

(ランボルギーニ カウンタック  イタリア車)

 

(トヨタ MR2 2代目)

ただリアミッドシップだと、ドアから後輪までが間延びしたように見えて、ダックスフント犬のように、胴長に見えてしまいます。(笑)ですからドア後端から後輪までの空間に、空気取入口などの、なんらかのアクセントを設けることが多いです。

スーパーカーなどは、ミッドシップ車が多いですが、スーパーカーの美しくかっこいいデザインには、このエンジン搭載位置が大いに関係があります。

で・・・、本日のの主役、三菱ギャランは、スーパーカーでもなんでもない、ただのセダンですけれども、この当時三菱ギャランは、侮れない走行性能を持っていました。そのギャランの、侮れない走行性能の秘密は、ギャランの車体前部分に、そのヒントがあるんですね。

ギャランの前部分の特徴というのは、逆スラント・・・と呼ばれるデザイン処理です。 

車体の前方を顔に見立てて、上方に流れるようなライン形成のデザイン処理を、スラントノーズ・・・と言います。

これは空気の流れを、上方にスムーズに流せるので、空力学的に優れているので、今販売されている自動車のほとんどが、このデザイン処理を行っています。

代表的なのは、トヨタのプリウスでしょう。 

(トヨタ プリウス)

一方、逆スラントノーズというのは、ボディーの前端が、スラントノーズとは逆に、上が長くて、下方に行くと、奥まった感じになるデザイン処理です。

サメ型とでも言いましょうか。力強い印象で、かっこいいのですが、空力的には悪くなります。

代表的なのは、一昔前のBMW車ですね。

(BMW 635CSI ドイツ車)

三菱ギャランも、旧BMWシリーズのように、典型的な逆スラントノーズ処理を施しています。三菱は伝統的に、フロントマスクを逆スラントノーズにすることが多いです。

 

(三菱 ギャランΣ ディアマンテ)

逆スラントノーズ処理だと、空力的には不利なんですが、なぜだかかっこ良く見えます。なぜでしょうか?

通常は、空力的に優れた処理というのが、かっこよく見えるんですけれども、逆スラントノーズには通常の、物理の常識を越えた、かっこよさがあるんですね。とても不思議です。

実は、逆スラントノーズのデザイン処理には、自動車のフロントノーズを、低く見せる効果があるんです。これをご覧下さい。

 

(初代 いすゞ ジェミニ中期型 & 後期型)

この両車は、同じ車ですから、エンジンノーズの高さは同じです。中期型は逆スラントノーズ、後期型はスラントノーズです。

 

(いすゞ フローリアン前期&後期)

前同じいすゞ車で申し訳ないのですが、もう一例。期は逆スラントノーズで、後期は垂直ノーズです。両車とも、ノーズの高さは同じです。
 

どうですか?逆スラントノーズの方が、低く見えませんか?

明らかに目の錯覚なのですが、逆スラントノーズ処理だと、奥まった下方ラインやライトに視線が行くので、高いフロントノーズを、低く見せる効果があるのです。

だから、逆スラントノーズ処理は、空力的には不利なんだけれども、かっこよく見えるんですね。

つまり、逆スラントノーズでデザイン処理する必要のある自動車というのは、フロントノーズが高いわけですね。だから逆スラントさせて、車体のフロント部分を、低く見せる演出が必要となるんです。 

いかしたデザインの三菱ギャランも、実はフロントノーズが高かったわけです。で・・・、ここからが問題なんです。

ではなぜ、三菱ギャランのフロントノーズが高かったのか・・・です。 

ギャランの車体サイドビューの大きな特徴は、フロントタイヤがかなり前にあることです。

要するに前のタイヤが、通常のデザイン処理より突き出ているわけです。これは、当時の日本車には、あまり見られない処理です。

当時のナイスデザインの代表で、ほぼ同じサイズのトヨタセリカと比べると一目瞭然です。

 

トヨタ セリカは、当時の一般的なデザイン処理ですが、 フロントタイヤの前に、しっかりとしたボディースペースがあります。これはここにエンジンを載せるスペースがあるということです。つまり重いエンジンが、タイヤの前にまで来ていることになります。

一方ギャランには、タイヤの前に、セリカのような空間がほとんどありません。これはエンジンが、タイヤの前に置かれていないことを意味します。

で・・・、フロントタイヤが前にあると、当然タイヤを納めるタイヤハウスも前に行きます。タイヤハウスが前にあると、ギャランのようなサイズに制限のある小型車では、フロントノーズが下げられないのですね。 

それだとかっこ悪くなるので、売れないじゃないですか。(笑)だから、逆スラントノーズでデザイン処理をして、高いノーズを低く見せているのです。

同じデザイン処理をしているのが、イタリアのアルファロメオジュリアです。 

(アルファロメオ ジュリア イタリア車)

では、前タイヤが前方にあると、何か良いことがあるのでしょうか?

それは重いエンジンを、前輪と後輪の空間(ホイールベース)内に、収めることができるんですね。これを、フロントミッドシップと言います。

これは三菱ギャラン当時では、トヨタ2000GTと日産フェアレディーZでしかやっていないことです。この両者は完全な、フロントミッドシップですね。長い6気筒エンジンを、フロントミッドシップにしているので、あれだけロングノーズなのです。

このフロントミッドシップですけれども、まぁFRなんですが、重いエンジンがホイールベース内にあることで、コーナーリングがとても素直になるんですね。通常ですと、フロントタイヤの前にエンジンが来てしまい、前方の遠心力が大きくなって、コーナーリングが苦手となるんです。ですから当時でも、スポーツカーなどには、比較的多く採用されていました。

今では、FR車のほとんどが、このフロントミッドシップのスタイルなんですね。 

 

(典型的なフロントミッドシップ車の透視図 上シボレーコルベット アメリカ車 下マツダ サバンナRX-7)

ギャランの透視図が見つからないので、断言はできないのですけれども、このギャランの特徴である、逆スラントノーズ=高いフロントノーズと、異様に前に出ている前輪は、間違いなく現代主流の、フロントミッドシップ構造だと思います。
 
つまり三菱ギャランは、パッと見は、一般的なセダンのようなたたずまいでありながら、実はスポーツカーのような構造だった・・・ということです。
 その証拠のひとつが、ギャランの大きな特徴である、逆スラントノーズによるデザイン処理でもあったわけです。

それは、小さな車体のセダンで、運動性能の良いフロントミッドシップにするために、前タイヤを前方に突き出しているからです。

通常ですと、かなりのコストをかけて生産するはずの、フロントミッドシップFR車を、当時の三菱は、「前輪を、更に前方に追いやる」という、とても低コストで、極めて現実的な手法で行っていたわけです。

(三菱 コルトギャラン 前タイヤから前方の空間がほとんどない、特徴的なデザイン。重いエンジンは、前タイヤの内側に収まっている。)

今世界のFR車の主流はフロントミッドシップです。これを45年も前に、それもただの小型セダンで実現したのが、三菱のギャランだった・・・。
 
それは、水平対向エンジンによる低い重心と、贅沢な4輪独立サスペンションによる、高度なコーナーリングを売りとしていた、戦前からのライバル、中島飛行機(スバル)への、三菱側からのカウンターパンチだったとしたら、ああ、日本の技術への執念、誠に恐るべしでございますね。
 
そしてそれは三菱自動車の使命、「世界のトレンドメーカー」としての、ほんのひとつの事例にしか過ぎないというのも、日本の奥深さを示していると思うのです。
 
                      (ばく)
 
  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

日産GT-Rと安全の未来志向

2016-12-10 23:51:56 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

最近、歩行者の群れに自動車が突っ込む、痛ましい交通事故が多発しています。

その多くが、運転者が高齢者であったり、認知症の疑いがあったりと、高齢化社会を象徴するような現象であります。

そこで、高齢者ドライバーが、運転免許証を返納したりすることが、美談としてニュースとなったりし始めていますね。

私も子育て経験のある人の親ですから、「もしも我が子が、通学中に、暴走自動車にはねられたら・・・」と考えれば、心穏やかではありません。でもどうなんでしょうか?

一見美談のように思えますが、これは高齢者に対する、社会からの締め出し世論形成の一環なのではないでしょうか?

なぜならば、都市部にお住まいの方には、なかなかご理解いただけないのですが、公共交通の貧弱な農村部に暮らす高齢者にとって、自動車なしでは仕事も買い物もできない現状があるからです。

また農村部は高齢者の人口比率も高く、高齢者の生活の足を奪うことは、地方自治体にとっては、即、大幅な経済損失となります。

安易な高齢者締め出し世論、またその世論に基づく法整備は、幸福論の観点や経済の観点から言えば、むしろ危険ではないかと個人的には考えます。

この最近の、暴走自動車事故は、霊的な背景があるかも知れません。

と申しますのも、今年の夏には、重度障害者施設への襲撃事件がありましたし、その直後には、寝たきり病院施設において、患者の点滴ボトル内に洗剤を注入する殺人事件がありました。そしてここ最近の、高齢者による暴走事故です。

これらは「幸福になるには、誰かを排除してやむなし。」という共通する理念があるように思うからです。

幸福の科学では、ショッキングだった重度障害者施設襲撃事件の折り、それに関係する霊人の霊言収録がされていました。

この霊言では、障害者を世の中から排除しようとする悪魔の思想でした。そして、彼ら悪魔は、次に高齢者を排除する思想を社会にアピールすることを考えていることが、この調査でわかっていました。

 https://www.irhpress.co.jp/irhpress/company/media/media/newspaper_ad/

こんなとき日本人は我慢強いので、「三方一両損」的な我慢の思想が好きだし、行政もそのような施策を、「国民の協力」の美名のもとに、強いてくる傾向があります。

しかしそれでは、子孫に不自由を強制し、無理や無駄をさせ勝ちであると思います。

しかし現実問題として、この悪魔の仕掛けに対して、具体的な施策があるのかです。

そこで着目してみたいのが、日本を代表する高性能車、日産GT-R(通称R35)です。

 

これは自動車に限らずですが、安全に関する定見は、時代や地域によって大きく異なります。

自動車に話を絞ると、アラブやアフリカなどの地域では、トヨタのランドクルーザーが「永遠のベストセラーカー」と言われるほど売れているのですが、その購入動機というのが、「ランドクルーザーは、壊れないから。」だそうです。

砂漠地方は日中気温差が昼と夜で50℃にも及ぶところもあり、出かけた先で自動車の故障があれば命の危険があるので、自動車購入のポイントは、「生きて帰って来れるか。」というのが大きなウェイトを占めるようです。

日本などもアメリカなどの影響もあり、衝撃吸収バンパーに始まり、高強度ボディー、そして最近では運転席のエアバックや、ブレーキのアンチロックシステム(ABS)などが充実してきました。

これらの対応によって、日本ではかつて年間1万人ほどの自動車事故死傷者数だったのを、数千人単位まで大幅に減らしてきましたが、これらは主に、衝突から運転者を保護する施策だったと言えます。

 

ここ20年ほど前から、高齢者が自動車にひかれる事故が多くなりましたが、それは主に地方自治体において深刻でした。

地方では、車道と歩道が分離されていない道路も多く、地味な服装で歩くことの多い高齢者が、夜間に事故に合うケースです。

これらの対応は、自治体によってマチマチですが、自動車メーカー側とすれば、光量の多いライトにしたり、スバルのアイサイトを始めとする、衝突防止機能が普及しつつあります。

そして今、より高齢化が進んで、高齢者の運転が増え、問題視されていると同時に、その事故の中心が、地方から都市に移り変わってきているわけですね。

より強力な安全対策が必要なのだけれど、どう努力して良いかですが、最高時速300㎞以上と言われる超高性能車、日産GT‐Rには、高性能車であるがゆえに、実にユニークな機能が搭載されているのです。

通常市販車には、リミッターという速度制限機能があり、GT‐Rも同様なのですが、GT-Rでユニークなのは、地域によって解除することができることです。

これはナビゲーションシステムと連動させたものですが、今のところ日産が登録した日本国内のサーキットの特定エリアに入り、ナビゲーションを操作することで、180km/hを超えるスピードを出すことが可能です。

 

つまり、GT-Rはサーキットの区間限定で本領発揮することが、車両自体に埋め込まれているのですけれども、この逆バージョンも可能ではないかと思うのです。

つまり、通学通園路や住宅街や施設駐車場などは、徐行走行や。、せいぜい最高時速は20㎞/hまでしか出ないように、車両を工夫できるはずなんですね。

つまり町に特殊な電波などを出すアンテナなどを設置して、それに感応する形で、自動車のリミッターが反応すると。

そしてアイサイトなどの衝突防止機能を併用すれば、いくらブレーキとアクセルを間違えようにも、絶対に暴走できない車両ができると考えます。

 

全国的にやれば、それなりの予算はかかるでしょうが、GT-Rの機能だと、それほどコストがかかっているとは思えません。

また、低速リミッター&衝突防止機能つきの車両の自動車税を、半額なり大幅特例措置をすれば、一気に普及するはずです。それは新産業創出&GDP増で、国民の生命と自由を守ることにもなります。

ただ、自動車税は都道府県税なので、法人税の国と地方の、税比率を変える必要があるかも知れませんが。

ともあれ、”三方一両損”的な発想ではなく、”三方一両得”な発想こそ、高齢化社会にもなお、豊かで自由な社会創りには重要なのではないかと私は考えるのです。

              (ばく)

   ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

R35 GT-Rデビュー! 土屋圭市 TSUKUBA ATTACK!!【Best MOTORing】2008

書籍 「未来産業のつくり方」 大川隆法 (2010年8月) 幸福の科学出版

自由と平等 ―「政治革命家 大川隆法」より

 

 

 


偉大なるプリウスと、日本人の”心意気”

2016-12-05 22:13:35 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

明後日12月7日(水)には、幸福の科学の重要行事、エル・カンターレ祭があるので、私の個人的な趣味とも取られかねない自動車関連記事を書いている場合ではないんですけど・・・、アクセスがヤバくなっちょりまして。(爆笑)

12/7(水)大川隆法、世界の中心で「真実」を叫ぶ! http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/7d6e773111c35f22a3276fc6fedb4af9

しかし社会を見るのに、これほどのサンプルはないのでありまして、なんせ高額商品ですから、買う方としては、真剣そのものですし、趣味性も高いので、マーケティングの参考になりますし、社会に強く影響されることから、「その地域がいかなる地域か」ということが如実に表れるんですね。

たとえば、ヨーロッパ社会では、ディーゼルエンジン搭載車のシェアが、50%を超えるんですね。

いくら性能が良くなったとか、静かになったとか、環境改善技術が進んだとかと言っても、50%のシェアというのは異常なことなんです。というのは、ディーゼルエンジンは、値段がべらぼうに高いからなんです。

同じ車格のガソリンエンジン搭載車と比較すれば、ディーゼル車だと約100万円ほど高いわけで、価格差から推測するに、これは相当な走行距離を乗らない限り、いくら単価の安い軽油で走っても、またいくら燃費が良くても、ディーゼル車は元が取れないわけなんです。

ですから日本だと、ディーゼル車は完全な、趣味の商品になるわけなんです。

しかしヨーロッパでは、50%のシェアですけれども、趣味性だけで50%のシェアというのはあり得ないわけでして、これはヨーロッパの自動車社会というのが、「通常の人たちが、運搬業者さん並みに、自動車の運転をさせられている社会だ。」ということを現しているわけです。

つまり、ヨーロッパ社会というのは、「相当、公共交通が貧弱な田舎だ。」ということなんですね。

つまり、「遅い」とか、「時刻通りに付かない」とか、「安全面で危うい」とか、日本人には想像の出来ない、公共交通の貧弱さが、ヨーロッパ社会には、何かしらあるに違いないのです。

私の暮らす高知県も、公共交通の貧弱な社会ですけれども、最もシェアを稼いでいるのは軽自動車だと思われますのですが、これは経費の面からそうなるのでしょうけれども、「それほど、長距離を運転する必要のない社会」でもあるわけですね。

地方に暮らす日本人ならば、東京に行くのに自動車で行こうとするのは、かなり少数派だと思うんです。地方空港や新幹線などがありますからね。

しかしヨーロッパ社会の感覚だと、「遠くに出かけるのに、きっと自動車で行く人が多いのだ」とか、「通勤距離がべらぼうに長いに違いない」などが想像できるわけですね。

でないと、ディーゼル車シェア50%はあり得ないんです。

つまりヨーロッパは先進国のイメージがあるけれども、それくらい、長距離を運転せざるを得ない社会だということが、ディ-ゼル車のシェア50%社会から読み取れるわけです。

さて、今日の演題のプリウスですが、前回の自動車記事で、「トヨタ型のハイブリッドは、構造が複雑すぎて、トヨタ以外で作れないので、恐らく普及できないだろう。」と言ってしまって、ケチを付けたつもりはないんですけど、ちょっと反省しちょります。私はプリウス、そしてプリウスを世に出した、トヨタを尊敬しているからです。

プリウスというのは、電気モーターとガソリンエンジンを積んだハイブリッドカーの先駆けですが、プリウス誕生秘話、そしてその後の普及には、日本人の心意気が凝縮されていると思うんですね。

初代プリウスが誕生したのは、1997年です。

ちょうど折しも、二酸化炭素による地球温暖化問題が取りだたされ始めた頃で、自動車の命運をかけ、次世代に希望を繋ぐ意味での、トヨタ渾身の作品でした。

「こういうところ、トヨタは偉いなぁ。」と私は思うんですよ。

かつて、トヨタ2000GTを出したときも、「日本の技術を世界に認めさせる」という理念を、実際に体現したわけで、このトヨタ2000GTは、製造コストがものすごかったので、一台売れれば60万円の赤字だったとか。

 
しかししかし初代プリウスは、トヨタ2000GTどころの騒ぎではなかったんです。
 
と申しますのも、初代プリウス車両価格は、確か250万円程度でしたが、初代プリウスは、膨大な開発費がかかっていたので、500万円以上の価格で販売しなければ、赤字になる商品だったのですね。

しかしトヨタは、500万円でなければ赤字だった初代プリウスを、250万円で販売しました。単純計算で、一台あたり250万円の赤字です。

地球温暖化が叫ばれていた当時、ハイブリッドカーの普及は、自動車メーカーとしての使命・・・と、トヨタが判断したということです。それ以外、説明のつかない判断です。

つまり初代プリウスは、トヨタの自動車人としての心意気で開発され、販売された商品なんです。

これは、営利企業体としては、失格の判断です。

しかし日本の良いところは、そういうことで損失が出ても、株主などが文句を言わないところが素晴らしいと思います。

これは海外などでは、あり得ない判断です。

初代プリウスは、作れば作るほど大赤字です。プリウスがなければ、他の利益の出る商品が売れているはずで、トヨタのやったことは、株主への背任行為でもあるわけです。

コストのかかるトヨタ式ハイブリッド方式は、今でもそれほど大きな利益はないだろうと推測しますので、プリウスを生産し続けている日本人は、”心意気の民族”だと思います。

しかし250万円で販売された初代プリウスですが、同じ車格のカローラなどと比べると、100万円ほど高額だったんですね。

100万円もの価格差があれば、それを燃費性能で補うのは不可能です。

たとえば、ひと月1万円ガソリン代を節約できたとしても、1年で12万円です。5年で60万円にしかなりません。

しかも、ひと月1万円も、ガソリン代を浮かすことは、現実的には不可能なんですね。

ということは、買う側も、心意気で買っていた・・・ということです。

販売する側も、赤字覚悟の心意気で売り、買う側も損を承知の心意気で買い、株主も同じく、損を承知で承認する。

”現代版、三方一両損”こそ、初代プリウスなんです。

つまり日本には、そういった、「大きな大義に損を覚悟で挑み、その心意気に金を惜しまない文化がある。」ということです。

プリウスでは、日本国民は心意気を示しました。

さあ、政府はその心意気に、どう答えているのでしょうか?

スズメの涙ほどの補助金で、お茶を濁しているのではないでしょうか?

政府はもっと税金を下げて、メーカーやオーナーなどの”心意気”に答えるべきなんじゃぁないでしょうか!

日本国民は、心意気を理解する文化があり、それが現実的に社会を発展させています。

私は日本の政府にも、心意気を発揮して欲しいんですよ。

日本人が持つ美徳である、心意気文化を発揮できる政治に、ならなきゃいけないと思うんですよね。

たとえば、JR東海の東京品川~名古屋間の、リニアモーターカー建設が、国土交通省に認可されていて、リニアモーターカー着工は、2027年の開通に向けて、現実的な工事に向かいます。

が、しかし認可・・・というのは、なんとも言い難し・・・ですよ。これは、国家事業だと思うんですよね。

リニアモーターカー建設は、東京~名古屋間が、40分あまりで結ばれるという、新たな交通手段が増えるだけではないからです。

もちろんそれは、移動時間短縮に伴うGDPの上昇などの、国家経済に与える影響があるはずです。

しかし、それだけではないんです。浮遊式リニアモーターカーというのは、超高速列車ですから、当然トンネルをたくさん設けた区間となります。

なぜならば、できる限りまっすぐな線路でなければ危険だからです。トンネルというのは、とても丈夫なんですね。地震災害時においても、トンネルが崩落することはないんです。ということは、JR東海の浮遊式リニアモーターカーが着工された暁には、日本は東京~名古屋という区間に、地震災害でも通行可能な移動インフラを持つ・・・ということなんですね。

今東海大地震が起これば、日本の大動脈である、東海道沿いの高速道路や新幹線は、分断される恐れがあります。

また同じ高速鉄道でも、線路の上を走るタイプの新幹線では、地震災害の時には、厳密な検査をする必要があります。東日本大震災の折には、震災後長きに渡って東北新幹線や、高速東北道が運休していたのはこのためです。

リニアモーターカーは、トンネルを多用する交通インフラであるがゆえに、地震などの自然災害にとても強い交通インフラなのですね。

ということは、もし東日本大震災前に、リニアモーターカーが東北地方にまで伸びていたなら、救助救援活動がもっと早く行え、被災地から傷病者を他の地域に、もっと早く有効に行えていたはずなんですね。

リニアモーターカーが、東京~名古屋まで着工されれば、そのいずれかの地域で震災などの大災害があっても、救助活動がとても早く有効に行えるようになるはずです。ということは、全国にリニアモーターカー走行網ができれば、災害救援がとても有効に行える・・・ということですね。

日本国民の命を守る上でも、日本政府は、民間企業のJRの、営利活動としてのリニア建設の認可・・・ということだけでなく、もっと積極的に推進するべきだと思いますね。

まぁ、とりもなおさず東京~名古屋リニアモーターカーは、現実的な未来図を展開し始めましたが、私が着目したのは、JR東海が、この高速リニア建設において、着工費用を行政に頼らなかったことです。

つまり今回着工される、東京~名古屋リニア、そしてその後継続される、名古屋~大阪リニアは、純粋な民間企業による着工だということです。しかもJR東海は、「リニアモーターカー単独による、黒字経営は不可能。」という試算を出していることも重要です。

つまり、民間企業でしかないJR東海は、赤字覚悟で、リニアモーターカーを建設し運行するつもりだ・・・ということです。これは、日本の鉄道企業としての使命感で着工する・・・という意思表示です。

私が首相なら、せめて東京~名古屋間の、トンネルくらいは掘って差し上げますがね。

それは、国民の命を守るインフラでもあるからです。
それは、政府の仕事だと、私は思いますがね。

日本人は、とても我慢強い国民性を持ちます。また、他人や子孫に迷惑がかかることを嫌います。

これは日本人が、とても宗教的な民族であるということだと思います。でもその日本人の美徳に、政治は甘えていてはいけないと思います。また国民に、我慢を強要してもいけないです。

なぜならば経済大国の国民である日本国民は、現実的に世界を買い支えている、とても責任の重い国民だからです。

我慢強さは美徳です。

また政府以上に、心意気を示せるところも、誇るべき美点です。

しかしそれは同時に、政府を甘えさせ、子孫に我慢を強いる結果にも成りかねないのです。

今後日本人の選択が、世界の幸福に長きに渡って影響するようになります。

日本は、勇気を持って、更なる繁栄思考にシフトしていくべきです。

   ランキングに参加中。クリック応援お願いします! 

福山雅治、新型プリウスに「エロい」 大泉洋とCM共演 トヨタ「新型プリウス」新TVCM

幸福の科学グループ創始者・大川隆法総裁 2016年エル・カンターレ祭大講演会「真理への道」を12/7に開催!


ザ・グレイトオブトレンドメーカー 三菱自動車とスバルの裏事情(笑)

2016-12-01 21:35:05 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!   

またまた自動車関連の記事です。(笑)

なぜ宗教の布教ブログなのに、自動車関連記事を投稿するかというと、管理人が自動車好きなのはもちろんですが、ここのところ、アクセス数が落ちてきているからです。(爆笑)

あはは、このブログ、恥ずかしながら、今最もアクセスを稼いでいるのは、自動車関連記事なんですねぇ。(苦笑)一応私、代表管理人兼編集長ですので、アクセス数とかを気にしないといけませんので、時折、キャンペーンやらないといけない立場なんですぅ。

でも、高知の自動車大好き信仰者の、ぶっ飛び自動車記事(笑)が愛されてて、私は幸福者でございます。

さて本日は、三菱自動車についてなんですけど、三菱と言えば、今年燃費データ改ざんの不祥事が発覚して、ちまたでは大騒ぎだったんですが、その後、日産ルノーグループに併合されました。

ということで、できれば三菱には、復活を成していただきたいという願いを、私は強く抱いております。

と申しますのも、三菱と言えば、土佐藩出身の岩崎弥太郎が作った企業ですので、土佐人の一人として、心から応援しているのでございます。

しかし今年の燃費改ざんスキャンダルと言い、2000年にあった大規模リコール隠蔽事件と言い、自動車企業としては致命的とも言える不祥事続きの三菱自動車ですが、なぜだかそのたびに、救い主が現れていますよね。

これって、自動車業界では、と~っても珍しいことなんですね。

自動車社会というのは、当たればぼろ儲けだが、外れたら破産が当たり前でして、数多くの老舗が消えていっています。

これは日本だけでなく、世界的に見てもそうでして、大きな自動車メーカーの傘下に入って、製造が続けられるというのは、何らかの、よほどの”価値”がなければ実現しないんですね。

そして2000年に大規模リコール隠蔽発覚の後の苦境時には、ダイムラー・クライスラーの傘下に入れて、その後2005年に独立し、今度は日産・ルノーが助け船を出したわけです。

そこから見えるものは、三菱自動車は日本人にとっては地味なメーカーだけれども、実際に、自動車製造をしているプロからの評価が、とにかくバツグンに高いということではないでしょうか?

でなければ、こういう希有な歴史を経験できない、とっても厳しい業界なんです。


(三菱 ジープ)

さて、三菱自動車の発足は古く、戦後直後にはアメリカのクライスラー社からのライセンスを受け、ジープを作っていました。

その後、ギャランシリーズなど、時折ヒット作を出すのだけれども、イマイチ知名度がありませんけれども、私が知るに、「三菱ほど、現代の自動車産業に影響を与えた企業はないのではないか?」と思うのですね。

今この製品の主流の技術を辿っていくと、あらあら不思議、全て三菱が源流にいるんです。

私は三菱自動車は、世界のトレンドメーカーだと思います。

三菱がやったこと、またやろうとしたことが、その後の自動車の主流になるのではないか・・・、私にはそう思えて仕方がないんですね。

それを語り始めたら、恐らく本が一冊くらい書けるんじゃぁないかと思うくらい、三菱発症の技術は多いんです。

つまり、いくら自動車販売数とかで苦戦していて、経営が苦しくとも、世界の自動車産業界は、あわよくば三菱自動車を手元に置いておきたいと思うのではないかと思うんですね。

なぜならば、ここがやろうとしていることは、その後、世界の主流になるからです。

最近では日産が、ノートeパワーという自家発電型電気自動車を発表しましたが、これはエンジンは発電機としてしか使わないハイブリッド自動車ですけれども、この原型は、三菱のアウトランダーそのものです。

トヨタはプリウスなどで、ハイブリッド業界を世界的にリードしておりますが、プリウス型のハイブリッドは、メカニズムが複雑で、トヨタしか作れないんですね。

ですから、プリウス型は高度すぎて普及しないと思われるんです。

しかし、三菱アウトランダータイプだと、構造が簡単なので、やろうと思えば誰でも出来る訳なんです。

そのような、「やろうと思えば誰でも出来る」という技術を、三菱はたくさん生み出しているんですね。

ですから、「三菱にやったこと、三菱がやろうとしたことは、その後世界に普及していくのではないか?」というのが、偏屈自動車ヲタク信者の私の意見なんです。

つまり、三菱がこの業界に与えた影響は計り知れず、世界は三菱を欲しがっていると思うんです。

三菱は、自動車産業としては小さい方なので、大がかりなことができなかったので、「実用的であること」をとても重視する傾向があると思います。

それが、普及しやすい所以ではないかと。

しかしここの作品の歴史をよくよく観察してみると、また違った面白い見解が得られます。

三菱自動車の作品群は、とても実用的な技術に溢れているのですが、どれもこれも、スバルの技術のアンチテーゼなんですね。(大笑)

どう見ても、「理想主義的と言われるスバルの技術を、敢えて正反対の方法論を使って、スバル以上の技術成果を上げてみせるぜ!」という技術者魂を、三菱自動車の歴史からは感じてしまうのです。

それはもしかしたら、スバルの前身が、戦闘機「隼」を作っていた、中島飛行機だからなのかも知れません。

三菱も戦前は、有名な零式艦上戦闘機、通称「ゼロ戦」を作っていましたから、ずっと「中島なにするものぞ!」というライバル心があったとしたら、三菱と中島飛行機という、戦前のライバル戦闘機メーカーの競い合いが、その後の世界の自動車産業を引っ張ってきたことになります。

そう言われてみれば、1990年以降、公道最速と言われる世界のラリー選手権では、「三菱のランサーエボリューションか、スバルのインプレッサの、どちらかしか優勝できない」と言われた時期が長く続きました。

この、通称ランエボVSインプの戦いが、現代版ゼロ戦VS隼の戦いだとしたら、まぁ両者だけでなく、全世界が固唾を呑むほどの、激しい競争だったのも理解できます。

 

まぁ私が見る限り、どちらかというとスバルはマイペースで、涼しい顔をしてて、理想主義的に思うがままに作品をつくっていて、またそこが面白いんですが(笑)、三菱の方が、やったらスバルに、対抗意識を燃やしている構図が見えます。

つまり・・・・ええっ、文字数オーバー?嘘でしょ!(笑)

またまた本題に入る前に、記事が終わってしまいます。(爆笑)

それでは、またアクセス数がピンチの時(大爆笑)に、お会い致しましょう。

                    (ばく)

 

 

(ゼロ戦・三菱重工製 と 隼・中島飛行機製)

 

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!   

 

零戦、日本の大空に再び=爆音響かせ天高く舞う雄姿-海自鹿屋基地

WRC ランエボ インプレッサ

 


キューバとアメリカを分けた「心」

2016-11-29 20:51:32 | 自動車から見える日本と世界

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!  

先日、長年キューバ共和国を率いてきたカストロ前国家評議会議長が亡くなりました。

キューバ革命やキューバ危機など、多くの国際ニュースを彩った一つの時代が終わったのを感じます。

キューバはアメリカと産みを挟んでお隣さんですが、これほど何もかも違っている国はありません。

方や資本主義で大を成し、自由と繁栄の象徴の超大国、一方、社会主義政策の元、独裁と貧しさの平等の象徴です。

この違いは何か?

一言で言えば、「思想の違い」としか言えません。そう、「神を信じるか否か」です。

アメリカはなんだかんだ言っても、神を信じる人たちの国です。

アメリカは、キリスト教のプロテスタントが中心の国ですが、「神を信じる」と言う心なくば、「神の繁栄を実現しよう」という理念には、絶対に到達できません。

一方のキューバは、社会主義、つまりマルクス経済の国ですが、共産主義や社会主義と言ったマルクス主義とは、”無神論”なのです。 

マルクス主義と言っても、カール・マルクスはユダヤ人ですから、マルクス的無神論は、ぶっちゃけて言うならば、「ユダヤの神を信じられなかった」ということだと思います。

ユダヤの神とは、旧約聖書の神ですが、妬む神とか、呪う神とか言われます。

まぁ心情的に、「じゃぁ、仕方ないかな?」と思うところもありますが、それはそれとして、今世界や日本の中にはびこるマルクス的無神論主義というのは、「神さまは、不平等だ!」と言うことだろうと思うんです。

「神がいるなら、なぜ不幸があるんだ。」とか、「神がいるなら、なぜこんなに貧乏なんだ。」とか、言い分はあると思いますが、しかしそれは一方で、一人一人の人知れぬ努力というものがありますので、それを無視した幸福論や社会論や経済論は、「不公平」ということですし、「不自由だ。」ということになろうかと思います。

私は無神論は傲慢だと思うし、やはり個人としても、国家などの社会にしても、「完全な社会ではないけれども、神の恩寵を信じ、神の繁栄を世に顕すための努力をしよう。」と、するとしないでは、長い期間のもとでは、全く違った結果が現れるということが、アメリカとキューバ、日本と北朝鮮などで如実に現れているように思います。

なぜならば、人間は神の子だからです。人は神の子なので、神と同じ創造力があるからです。

そう、神と人とは「心」で繋がっているので、人の思想には、現実的な力があるんです。

日本は信仰心が弱いとは、私は個人的には考えていません。

世界中の宗教のお祭りを年中やっている日本、コンビニの数より、寺院などの宗教施設の多日本は、信仰心の強い人たちの国だと思います。少なくとも、本質的には。

一時期、迷いの中にあるだけで、公に公表できない風潮に負けているだけで、本質的には、宗教センスのあるのが日本だと思う。

またキューバの人たちも、1959年のキューバ革命を支持したとは言え、本音では、「エライこっちゃ!」と思ったに違いない。

なぜなら、その後、信教の自由はなくなったからです。

信教の自由もなければ、政治選択の自由もなくなりました。もう後戻りはできなくなるのが、共産主義や社会主義革命です。

それは北朝鮮でも、中華人民共和国でも同様です。

今日はキューバの記事を書こうと思って、画像を検索していたら、キューバの街には、50年代のアメリカクラッシックカーがたくさん走っている画像が多くてびっくりしました。

どうやら、2014年に解禁されるまで、新車の購入ができなかったらしい。それで1959年のキューバ革命以前の自動車しかなくて、オールドカーの宝庫と呼ばれていることを知りました。

まぁ、無茶苦茶な経済感覚だと思います。

どういう政治的動機かは知りませんが、自動車が増えなければ、道を増設したり、町並みを高度化する必要がありませんから、行政コストは大幅に削減できます。

しかしそれは、行政が、インフラを造らないという国家ですから、その後キューバが極貧国になったのも無理からぬこと。

これほど綺麗な板金や塗装技術がありますから、こんなアホな政治でなければと残念です。

日本には、北朝鮮や中華人民共和国などの、共産主義国が隣接しています。

まぁ弱者救済は大事だが、国家経済が強くなければ弱者を救うことも出来ないわけで、日本は無神論者に煽られて、「格差是正」とかにひた走るのは、ほどほどにしておいた方が良いし、それよりも、神の繁栄の実現を、己が人生や国家の目標とする人たちが増えることが、長い目で見たときに、そして確実に、幸福な未来が開けることを信じるべきだと思います。

キューバとアメリカを見て、心からそう願う次第です。

久しぶりに、Liberty Web記事を御紹介いたします。

                      (ばく)

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!  

 

幸福の科学グループ創始者・大川隆法総裁 2016年エル・カンターレ祭大講演会「真理への道」を12/7に開催!

 

キューバ変革のポイントは2018年?!真面目で明るく働かない社会主義の国キューバ!でも自殺率は中南米で1位!【山岡加奈子】

 

キューバのカストロ前議長死去 アジア情勢に変化をもたらすか

キューバのカストロ前議長死去 アジア情勢に変化をもたらすか

 在りし日のカストロ前議長(1989年)。
 
長年、社会主義体制のキューバを率いてきたフィデル・カストロ前国家評議会議長が、90歳で死去した。 

カストロ前議長は、アルゼンチン出身の革命家チェ・ゲバラらとともにゲリラ戦を展開し、1959年、親米的だった当時の政権を倒し、革命政府を樹立。その後、共産党を結党し、約半世紀にわたって、独裁的な国家運営を続けてきた。

革命の原点は、「貧困から国民を救いたい」という思いだったが、世界の共産党の例に漏れず、「結果平等」を求めた先に実現したのは、「貧しさの平等」であった。

最大の支援国、ソ連の崩壊後、キューバ経済は慢性的な危機に陥り、21世紀に入る直前は、以下のような状況だった。 

「現在、配給されているのは、食糧では百グラムのパンが一人一日一個。コメは一人一カ月三ポンド(一・三五キロ)。卵が一人二週間で七個。肉類はとり肉だけで二、三カ月に一度あるかないか。料理油は二、三カ月に一度。このほか豆類、ジャガイモ、コーヒー豆、タバコが少々。ミルクは七歳未満の子どもがいる家庭に限ってわずかだけ」(1997年10月21日付産経新聞) 

また、ソ連や中国、北朝鮮という独裁国家の例に漏れず、革命政府が、反発する多くの国民を政治犯として収容所送りにしたり、拷問の末に公開処刑したりした事実は、記憶されるべきだろう。 

パナマ運河で大量の武器を積んだ船が発見された

さて、遠く離れたカリブ海で起きたカストロ前議長の死だが、今後、アジア情勢に影響を及ぼす可能性がある。その中心は、キューバと友好国の北朝鮮だ。 

両国は、「反米」で一致しており、深い関係で結ばれてきた。 

例えば、2013年7月、パナマ運河当局は、運河を通過しようとしていた船に積まれた砂糖の下から、ジェット戦闘機やミサイルの部品を含む武器約240トンを発見した。その船は、キューバを出航して北朝鮮に向かっていた北朝鮮船であった。

高官の行き来も頻繁に行っており、昨年9月には、ミゲル・ディアスカネル国家評議会第1副議長が平壌を訪問した際、金正恩氏が出迎えている。

ただ、カストロ前議長が政界から引退した後のキューバでは、後継者である実弟のラウル・カストロ氏がアメリカとの関係改善に努め、昨年の夏に、正式に国交を回復させた。 

友好国のキューバがアメリカと手をつなぎ始めていることを、金正恩氏はどのような気持ちで見ているか。 

北朝鮮の制裁決議案に、後ろ盾の中国も同意!?

11月27日の各紙は、国連の安全保障理事会が北朝鮮に対し、新しい制裁決議案の協議に入ることを伝えている。北朝鮮産の石炭の取引に上限を設ける規制を盛り込むもので、「北朝鮮の輸出での外貨収入の約4分の1を遮断する効果が期待できる」という。水面下で、アメリカと中国がおおむね同意に達したとされる。(同日付朝日新聞)。 

これは最大の支援国である中国が、北朝鮮と距離を置いたことを意味するが、ソ連の後ろ盾を失ったキューバが衰退したように、中国の後ろ盾を失えば北朝鮮が衰退していくことは火を見るより明らかだ。 

中国がアメリカと協調している背景に、中国に経済的な圧力をかけると宣言した次期米大統領のトランプ氏の機嫌をうかがう意味があるのか否かは不明だ。しかし、今後、中国がさまざまな形で、アメリカの顔色を気にして、北朝鮮と距離を置き始めれば、アジア情勢が、大きく変化していく可能性もある。 

カリブ海で起きたことが、アジアに影響する――。島国の日本も、日々、世界で起きている出来事と無関係ではいられない。

(山下格史)

 【関連記事】

2015年5月20日付本欄 キューバ、中国艦の常駐を撤回 アメリカや日本は民主主義精神の啓蒙を

http://the-liberty.com/article.php?item_id=9637 

2014年11月6日付本欄 2014年孔子平和賞に「独裁者カストロ」 有力候補・鳩山氏との共通点は?

http://the-liberty.com/article.php?item_id=8688


傑作スバル1000に見る、ネガティブマネジメント

2016-11-27 21:16:41 | 自動車から見える日本と世界

 

(スバル1000)

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!     

ここ、宗教ブログなのに、なぜだか自動車のことに詳しいです。(笑)

さて、ここ最近取り組んでいる、スバル1000から読み取れる歴史的な学びは、この傑作車が、売れなかったということです。

その理由は様々にあろうかと思いますが、それをマネジメントの観点から探ってみたいと思います。

マネジメントは、「もしも高校生が・・・」で多くの日本人に知られるようになった、ピーター・F・ドラッカー氏が唱えたものですが、その真髄は、マーケティング(顧客創出)とイノベーション(自己変革)にあるとのこと。

傑作スバル1000の販売苦戦を、トヨタカローラ、日産サニー、マツダファミリアといった、激戦区であったから売れなかったと言うことは簡単です。

しかしスバル1000のメカニズムは、世界の多くの自動車メーカーが参考にし、80年代まで、世界の小型車の主流メカニズムであったわけですね。 

フォルクスワーゲン(VW)は、ビートルのRR方式を捨て、FFのゴルフを発売しました。

(初代ゴルフ)

ゴルフは、ドイツの国民者となり、世界基準車一歩手前まで行きました。性能的には、世界のベンチマークだったでしょう。

ただし、VWは水平対向(ボクサー)エンジンを捨てました。恐らくボクサーエンジン高い製造コストにあったはずです。長年ボクサーエンジンを作ってきたVWは、ボクサーエンジンの製造コストの高く儲からないことを、嫌と言うほど知り尽くしていたはずですから。

アルファロメオアルファスッドやシトロエンGSも、国民者までには至りませんでしたが、準国民車級の、その国を代表する作品です。

しかしアルファスッドはボディーのクオリティーの問題があり、GSは、シトロエン特有のサスペンションなどの油圧コントロールシステム(ハイドロシステム)に、トラブルがあって主流になれなかったわけで、スバル式、ボクサーエンジン&FFシステムの走行性能などは、当時の水準以上のものがあったのです。

アルファロメオやシトロエンが、これらの対応ができなかったのは、製造コストが通常の2倍かかると言われる水平対向エンジンに、コストがかかっていたからかも知れません。

   

事実、スバル(日)・アルファロメオ(伊)・シトロエン(仏)・ランチャ(伊)など、水平対向エンジンを長年作っていた自動車メーカーは、すべてほかの自動車メーカーの子会社になっています。ポルシェは一応独立系ですが、フォルクスワーゲン社と資本関係があります。 

さてスバル1000は、その知名度が示す通り、実際に自動車を作っている玄人には絶賛されたが、日本の一般大衆には受け入れられなかったということだろうと思うのですね。

少なくとも、顧客に商品の良さが、十分には伝わっていなかったのは間違いないと思うのです。

ではなぜ、一般大衆には受け入れられなかったのでしょうか?簡単に言うと、値段が高かったから・・・となります。

スバル1000の発売当時の価格は、 62万円です。一方、トヨタカローラ(初代)の価格は、 498,000円~.432,000円 となっています。当時の物価から現在の価格を推定すると、大体今の約5倍~10倍の感覚です。

それらを総括し、現代の経済に当てはめると、スバル1000は、350~620万円の商品。トヨタカローラは、250~500万円の商品だったということです。

1960年代当時は、ローンなどの金融システムが、今ほど充実していませんし、金利も高かったです。

ですから、当時の消費者たちは、自動車は一括支払いが主であって、一生の内で、自家用車を何度も買い換えるなんて、考えもつかなかった時代です。

エンジン単体価格が、通常の直列タイプの2倍かかると言われるボクサーエンジン搭載で、スバルはこの価格ならば、かなり努力した数字ですが、12万円の価格差は、一般消費者にはつらいものがあったということですね。現代的感覚で言うならば、60万円~120万円高い商品なわけですから、おいそれと出せる金額ではありません。

スバル1000の水平対向エンジン・インボードブレーキ・FFシステム

しかしそれだけではないと私は思います。

それは、商品の企画と”演出”の面において、トヨタとスバルは決定的な違いがあり、それがその後のカローラとスバル1000、そしてトヨタとスバルの会社の運命を変えたと思うのです。

まず商品企画を説明するのに、当時の日本の代表車の日産サニー、トヨタカローラ、スバル1000で、その作品のキャラクターを分析してみましょう。 

日産サニーは、「大衆車」を目指していただろうと思われます。

(日産 サニー初代) 

トヨタカローラは、「小さな高級車」です。 

(トヨタ カローラ初代)

そしてスバル1000は、「スバル360に代わる、新たな国民車」が、その役割だったはずなんですね。 

スバルは、スバル1000以前は、スバル360という軽自動車ではありましたが、立派な国民車を長年作ってきた自負があったはずです。 

時代が変わり、高速道路もできて、日本の自動車会も、高速化の波が訪れて来ていました。そこで、「次世代の国民車はこうあるべし!」という意気込みの下、スバル1000は作られたはずなのです。 

そして確かに、スバル1000は新国民車としての実力を持っていましたし、スバル1000に影響された作品は、世界各国で国民車や準国民車となったわけです。

しかし、お金を出す側である、一般庶民側から見ればどうでしょうか?

一般庶民には、水平対向エンジンも、直列エンジンの違いも、残念ながらわかりません。インボードブレーキだと、乗り心地とコーナーリングが向上し、ハンドルが軽くなるのも???です。

前輪駆動(FF)という、新たなメカニズムも、躊躇する動機になるわけです。

FFだと、室内空間が広いと言われても、「ホンマに、ちゃんと曲がれるんかいな?」というのが、当時の一般的な主流の思いでしょう。つまり一般消費者は、それほど自動車には詳しくはないのです。

ここが重要なポイントなんですね。そう、自動車に詳しくない人、また詳しい人にかかわらず、「お金を払って商品を買う」ということは、その買う商品に、「お金を払う価値がある」と思うからこそ、お金を払うわけです。

これは、自動車に限らず、すべての商品やサービスでも、まったく同じです。「お金を払う価値がある」と思えるからこそ、人はお金を払うのです。これは、鉄則であり、法則と言って良いと思います。

つまり、「小さな高級車」という商品企画をつくり、それを、1100ccエンジン搭載で、「プラス100ccの余裕」という、たったこれだけのキャッチフレーズで、演出し表現したカローラ。この企画と演出の妙で、多くの消費者に、「買う価値あり」と、トヨタは思わせたのです。

これは、当時の日本人が、自動車について、見る目を持っていなかったからではありません。なぜならば、トヨタカローラは、全世界で売れまくったからです。

結局、世界中の人々に、この「小さな高級車」という商品企画と、それをわかりやすく演出する方法論で、「カローラ、買う価値あり!」と「思わせた」ということなんです。

スバルは、スバル1000の発売で、「新国民車」ということを言えば、話は少しは違ったかも知れませんね。また、カローラより100cc小さな1000ccだったのは、1000cc以上で税制の変わる日本社会に合わせ、維持費のことを考えたものでしょう。

 

ただ、後に出す1300ccのエンジンと前輪ディスクブレーキをデビューから積み、価格を大幅に上げたデラックス版を用意して、利益はそれでぼったくって(笑)、実は主要商品の1000は価格を下げてお買い得感を出して、販売総数を稼いで、全体の製造コストを下げる・・・みたいな演出があれば、スバル1000は、新国民車となって、その後の自動車勢力図は、ひっとしたらスバル中心になっていたかもしれないし、カローラの座は、スバル1000だったかも知れません。(笑)

少なくとも、それを担えるだけの、商品としての実力はあったのです。

商品としてのスバル1000に足りなかったもの。要するにそれは、 「お買い得感」だけ だったのですから。

しかし一般消費者の多くは、100cc大きいのに、サニーより2万しか高くなく、100cc小さいスバル1000より12万円も安くて、装備はたくさんついているカローラに、買う価値を認めた・・・ということですね。

その後スバルは、製造コストの高すぎるスバル1000に代わり、通常の前輪ブレーキにしたなど、技術を簡素化したレオーネを発売します。

スバルレオーネ

しかしレオ-ネシリーズは、その構造からハンドルが重く、かえってFFの普及を遅らせてしまった感があり、その後スバルは、1989年のレガシィシリーズの大ヒットまで、長き雌伏の時を過ごさなければなりませんでした。

当時はまだ、小型車に乗せられる、安価なパワーステアリングがなかったからです。

 

レガシィは、ターボ強化した水平対向エンジンプラス4輪駆動システムです。

レガシィの大ヒットの要因は、要するに、「恐ろしく速くて、かっこいい。」です。(爆笑) 

レガシィの価格は、同レベルのライバル車より高いのですが、「速くてかっこいい。」なら、消費者は買うのです。

つまり、「速くてかっこいい。」に、「大枚はたく価値あり。」と、消費者は思う・・・ということです。

つまりスバルレガシィは、消費者にとって、実にわかりやすい商品だったということです。 

また最近では、水平対向エンジンの薄さから、「世界で一番安全な車」という、新たな価値が生まれています。

http://blog.goo.ne.jp/rokochifukyosho/e/bfb8118ec24541381baa8c7c04b9a3fc

要するに、付加価値の創造こそ、成功と繁栄の鍵だと言えますね。

お金を払うには、「お金を払う価値あり。」と認めない限り、どうしても払えないからです。

逆を言えば、「お金を払う価値あり。」と思えば、お金を払ってしまうのが人・・・とも言えます。

「成功するには、何事も、企画と演出が大切だ。」これが、スバル1000から見えてくる私の学びです。

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!    

 

SUBARU Lab Episode 1: The Boxer Engine

蓮如の霊言―宗教マーケティングとは何か―【CM動画】


50年前、世界はスバルを目指していた!

2016-11-22 22:11:08 | 自動車から見える日本と世界

スバル1000

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!    

時折、ブログのアクセス数が減ると自動車ブログと化す(笑)、最近の幸福の科学高知なかまのぶろぐでございますが、幸福の科学や幸福実現党は、事業の発展や政治にも関心のある宗教&政党なので、一応ギリギリのラインで、カテゴリー違いにはなっていないと代表管理人の私は信じます。(爆笑)

で・・・やっとこさ、ここ数日取り組んできた、50年前の傑作国産車、スバル1000の世界に影響について語れます。(爆笑)いやぁ、スバルはメカニカルな説明が多くなり勝ちで、やっとたどり着きました。本日も、文字数制限に注意して、筆を進めて参ります。そう、スバルという会社は、とにかく変わっていまして、(^^: なかなか本論に入れないのですね。

で・・・この傑作車スバル1000にも、モデルが存在すると私は思っております。それはおそらくこれです。


シトロエン2CV

私が思うスバル1000のモデルは、フランスのシトロエン2CV(ドゥシボー)です。

シトロエンもスバル以上に、個性的な作品を作る自動車企業でして、この2CVは、戦後間もないフランスの実用車として、ヒット商品となりました。シトロエン2CVは、空冷水平対向2気筒エンジンを車体の前方に積んで、前輪を駆動するFF車です。

これは当時の世界基準車、空冷RR車フォルクスワーゲンビートルの、真逆の構造だと思えばよろしいかと思います。

  


シトロエン2CV(左)と フォルクスワーゲンビートル(右)

2CVの前輪ブレーキは、インボードブレーキです。

通常ブレーキは、車輪の中にありますが、インボードブレーキは、車体の中心の方にブレーキを移して、車輪は空っぽです。


(通常のブレーキ 車輪の中にある円盤がブレーキです。)




(スバル1000の、フロントインボードブレーキ 車輪の中は空っぽ)

そして、ともに4輪独立サスペンションなのが、シトロエン2CVと、スバル1000との共通点です。

インボードブレーキの長所は、路面からのショックを軽減し、タイヤを路面に密着させるサスペンションの負担が軽減されるので、乗り心地が良くなり、タイヤの接地力も強くなることです。

また、タイヤの中にブレーキがない分、タイヤとサスペンションをつなぐ、リンクロッドという棒の設定自由度が高まることです。

これで、シトロエンとスバルは、センターピポット方式という、ハンドル操作力の軽減を、インボードブレーキで果たしています。

パワーステアリングという、ハンドル操作力を補助するシステムが一般的でなかった時代では、FF車のハンドルは重いものでしたから、軽いハンドルのスバル1000は、とても商品価値が高かったのです。

(スバル1000の前輪サスペンションと、一般的なサスペンション。タイヤの真ん中で地面を押し付ける仕組み。ハンドルが軽くなる。)

また、タイヤサイズに関係なく、ブレーキのサイズを選択できるので、ブレーキの効きは良いはずです。

高級車やスポーツカーが、大径のタイヤを履いていたのは、このブレーキのサイズを大きくしたかったからでもあります。

とにかくも、作るにも整備するにも手間暇かかるインボードブレーキを採用したのは、国産車では後にも先にも、スバル1000だけです。

シトロエンGSの、巨大なインボードブレーキ

インボードブレーキの欠点は・・・あはは、無限にあります。(爆笑)

まず、コストが高騰します。また、整備性は最悪です。(笑)

通常ですと、タイヤをはずせばブレーキが見えますが、インボードタイプだと、エンジンルームを除き込む必要があります。

また、エンジンルームの奥深くにブレーキがあれば、停車で発生するブレーキの熱が逃げにくいという欠点があります。

2CVは、安価で、農家が農作業に使えて、しかも生卵が割れない乗り心地を・・・ということで、戦後間もなく製造されましたスバル1000の開発時には、2CVはまだ製造されてはいましたが、すでにオールドカーに分類されていました。

しかしエンジンの形式や、快適な乗り心地、そしてFF車にしては、軽いハンドル操作などをモチーフに、開発モデルとして、スバルはシトロエン2CVを選んだと思います

思います・・・と書いたのは、そういったことに触れた文献を、管理人は読んだことがないからです。(爆笑)

ともあれ、オールアルミ製(驚)水冷4気筒水平対向エンジン、FF駆動、4輪独立サスペンション、インボードブレーキのスバル1000は、1966年に発売となりました。

ちょうど折りしも、トヨタからカローラ、日産からサニー、マツダからファミリアという、小型車戦国時代が勃発し、日本でのスバル1000は、まあまあの販売実績でしかなかったと思います。

そして何より、凝った作りで製造コストの高いスバル1000は、恐らく儲からなかっただろうと推測します。

   

しかしスバル1000の本当の真価は、世界の自動車産業に与えた影響の方なのです。

スバル1000を、世界がまねたからです。

しかも、戦前から続く、老舗自動車メーカーがまねたのです。

(アルファロメオ アルファスッド 1971年発売開始 イタリア)

アルファロメオは、戦前発祥の歴史あるイタリアの自動車メーカーです。

当時のアルファロメオは、国営企業となっており、量販できる小型車の開発のモデルとしたのが、スバル1000だったのです。

それはアルファスッド販売当時から言われていたことですが、もちろん開発者は否定しています。(笑)

しかし、エンジンレイアウトや、インボードブレーキなどの構造図を見れば、スバル1000でと同じであることは、見分けがつく者からすれば、一目瞭然でございます。(爆笑)

ただ前輪サスペンションが、ハンドル操作軽減目的のセンターピポット方式ではないことと、最近までアルファロメオが、独立後輪サスペンションを使わなかったことから、後輪は固定機軸方式です。

伝統的にアルファロメオは、「後輪サスペンションは、固定式であるべき」というポリシーだったのです。

(シトロエンGS 1970年発売開始 フランス

スバルが参考にしたと思われる、本家のシトロエンですが、この当時シトロエンは迷っていました。

当時のシトロエンには、超~大衆車と、超~高級車しかなかったからです。(爆笑)

先ほどの2CVという戦後直後の大衆車と、DSという高級車、そしてSMという高性能クルージングカーです。

 

シトロエンDSとSM

も売れ行きが期待できる、中間車種の開発に、フランスの老舗シトロエンは長年苦慮してきました。

2CVもDSも自動車史に残る名車なのですが、どちらも戦後すぐの商品で、かなり販売台数が落ち込んでおりましたし、SMも名車中の名車ですけれども、到底売れ筋商品ではありません。

そしてシトロエンは、古い2CVの部品を元に、大きく現代的な2CVを模索していたのですが、どれもこれも、陳腐なデザインばかりで売れません。(爆笑)

 

 シトロエン アミ & ディアーヌ 骨組みは2CVと同じ

自動車のデザインというのは、シャーシ(基本骨格)でほぼ決まってしまいます。それは、人間でも同じですよね。(笑)

ですから、古くてユニークすぎる2CVのシャーシを使えば、どれもこれも、上級車には似つかわしくない、古くてユニークすぎるスタイルになってしまうのです。(爆笑)

まぁ、2CVの構造があまりにも個性的でしたので、開発投資を回収するためには、できるだけ共通の部品を使いたいのは理解しますが、超大衆車と超高級車だけでのシトロエンは、長年売れ筋の中間車種のエンジンや、搭載方法や車体寸法などで迷い、会社の経営すら危うい状況でした。

そこに日本のスバルから、スバル1000が発表されたのです。それはズバリ、自前の2CVの現代版であり、高性能版だったのです。

シトロエンは弟子とも言えるスバル1000によって、老舗の自信を回復し、行くべき方向性を見出したはずです。

そうして発売されたGSは、空冷水平対抗4気筒、4輪独立サスペンション、インボードディスクブレーキで、センターピポット方式でした。

シトロエンGSの空冷4気筒ボクサーエンジンは、空冷2気筒だった2CVのエンジンを2機繋いで、改良したものと言われています。

イメージ的には、2CVの大型化に失敗したシトロエンが、上級車DSの小型版を作ったとも言えますが、DSやSMとは、搭載するエンジンの形式も置き方も違っています。シトロエンDSのエンジン搭載方法は、フロントミッドシップによる、とても珍しいFFなのですね。

重量配分には優れますが、前輪に荷重がかかりにくく、エンジンルームも大きくなり、小型車には向きません。

シトロエンDS(模型)の、とても珍しいFFミッドシップ構造 エンジンルームが広大になるので小型化できない。

ヒット作GSは、2CVの当時における現代版であり、その決断は日本のスバル1000の、商品としての出来の良さから来ているのです。

以前書いた、空冷RRのVWビートルから、ゴルフらのFFの転進も、スバル360からスバル1000への流れの延長線上にあることは間違いありません。

スバル1000は、スバル360の完全否定版ですが、それはとりもなおさず、VWビートルの完全否定版でもあったからです。

長年世界の基軸車であったビートルは、日本のスバル1000によって、商品としての歴史的使命を終えさせられたのです。

 

VWビートルとゴルフ(初代)、製品コンセプトは真逆です。

また、スタイルだけで言えば、1970年フィアットリトモが影響下にあると思います。

(フィアット リトモ 1978年発売 イタリア)

 これらは、すべて世界的ヒット作となりました。

長くなりましたが、スバル1000は、1960年代後半から70年代半ばまで、世界の自動車産業に、絶大な影響を与えたのです。

日本は、実に奥深い国です。日本人は、もっと大きな顔をして良いです。(笑)

スバル1000は、50年前の世界の自動車産業のお手本でした。しかしこれはスバルに限ったことではありません。

ハイブリッドのトヨタ、排気ガス清浄技術ではホンダや日産、FF技術の普及には三菱、そして小さな車作りにはダイハツやスズキが、それぞれの分野で、日本の自動車産業は世界のお手本だったし、今でもそうなのです。

また自動車産業に限らず、世界で初めて宗教紛争を克服したのも日本ですし、人種差別がいけないと訴えたのも日本です。そして、国土拡張なき大発展も、日本が初めて成しました。

これらは、今後の世界の恒常的な平和と、自由な社会の構築には、絶対不可欠な価値観です。

世界が我利我欲にまみれ、混迷したときこそ、日本は世界に手本を示す使命があるのではないかと、スバル1000の物語から、私はいつも連想してしまうのです。

                    (ばく)

  ランキングに参加中。クリック応援お願いします!    

富士重工業 会社案内

アイザック・ニュートンが、今、理系の未来と使命を語る!【CM動画】

「繁栄のための考え方」幸福の科学大川隆法総裁御法話抜粋

 


ランキングに参加中。