三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

【きた住まいる南幌、パッシブ換気系が多数派】

2018年07月21日 08時30分44秒 | Weblog
今回のきた住まいる南幌の5棟の住宅群では、
それぞれの工務店+建築家コンビごとに設備については独自に設定。
結果検証としての測定については北大の菊田准教授がされています。
詳細な設備仕様については各社ごとに開示されることになっています。
また、一部の住宅ではたいへん実験的な取り組みもしているので、
そのあたりはまだ、開示できない部分もあります。
で、菊田先生から全体の設備仕様についての説明プレゼンがあったので、
そのスライドをご紹介します。

全体として、熱交換換気(1種換気)の採用ケースはありません。
一般的な住宅では熱交換換気が主流だろうと思いますが、
各社コンビともモデルハウス的な位置付けとして
「よりローテクの方向で知恵を絞った」結果、北海道でチャレンジが多い、
パッシブ換気、あるいはそこからさらに微調整したシステムを採用している。
北海道では標準的な基礎断熱された床下土間空間に新鮮外気を導入し
アースチューブなどの自然な手法、さまざまな工夫で「予熱」させて、
そこに最低限の機械として熱源ボイラー、今回はほとんどLPG利用のもので
循環温水放熱によって加温させ、それをゆっくりと室内に暖気上昇させ、
さらに対流させるという手法をとっている。
その「暖房熱」からもまたさまざまな手法でムダなく回収し再利用しようと
工夫を凝らしていました。
このあたりは、全国から来られた建築関係者のみなさんも驚かれていた。
「もうお腹いっぱいですわ(笑)」。
当然のように熱交換換気が採用されていると思い込まれていたようですが、
北海道の作り手は、設備設計ではまことに柔軟に
固定的な観念を持たずに、よりローテクに、より自然エネ活用型にと、
多様な選択を行ってきている。
こういう暖房・換気装置は北海道的気候環境では
冬期間、それこそイキモノのように日々結果検証が蓄積して行っている。
そういうリアルな検証結果から、住宅の作り手たちは
いわば肌感覚で設備に対しての鋭敏な選択眼を持っていくのでしょう。
こういう部分での切磋琢磨が、高品質でありながら、
トータルコストとして割安という、優れた「合理精神」を育んでいく。
考えてみると、こういった市場環境地域があることは、
結果的には、全国の住宅設備業界に取ってみれば得がたい
テストマーケティング市場であるともいえますね。
この市場でシェアを取ることがそのまま全国市場のベンチマークになる。
市場規模だけではない価値感がそこにはあるでしょう。
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【総勢110名参加で「きた住まいる南幌」見学会】

2018年07月20日 08時03分13秒 | Weblog
きのうは既報のように全国からの北海道住宅「きた住まいる南幌」見学会。
わたしは早朝から、別日程だった吉野博・日本建築学会前会長のアテンド、
昼からのご一行との合流、説明会〜現場見学会〜懇親会、
そこからなおらい、延々と夜中1時過ぎまでいろいろなみなさんと
意見交換させていただきました。
途中、この様子を取材されていた地元テレビ局の人からも
マイクを向けられたりしていました(笑)。
地元Tvhさんの土曜日の経済情報番組とのことで、
わたしのしゃべった内容が放送されるかも知れませんね。

で、今回のこの住宅展示場企画は、
主導的には地域公共団体としての「北海道庁」がオルガナイザー。
その強いプッシュがあって、地域工務店がその趣旨に共鳴し、
経営的なリスクをある程度覚悟もして、取り組まれた事業であるということが、
北海道建設部住宅局建築指導課の方から趣旨説明で触れられていました。
そういう意味では「地域を挙げた」取り組みと言うことがいえるでしょう。
写真は、この趣旨説明冒頭のスライド部分です。
北海道地域はこと「住宅」という部分では日本社会では「先進地」とされます。
日本民族が本格的居住の歴史を持たなかった北辺に
なぜ集団的移住を試みたのかというのは、やはり地政学的な
北方ロシアの南下政策との対峙、生き残りをかけた国家戦略が基本だった。
弱肉強食の帝国主義時代の中で、次々と植民地化されていた
最後に遺されたアジア人種による国家としての独立を維持することが
そのまま、北海道開拓という事業への情熱になっていった。
日本社会の中での一地域としての北海道が、しかしある種の
ニッポン人の特殊な心情の対象になっていることの起点は、
やはりこういった事情が抜けがたくあると思います。
この地域を開拓し、固有の領土として世界に主張するに足る
それだけの実質を、短期間に確保しなければならなかった。
そういう「国家意志」が、日本民族の「移住促進」政策として結果した。

人が住み着いていくためには、住居が必要だった。
しかし今日に至っても、日本中央社会からこの地での安定的居住の
そのイレモノとしての住宅の、具体的に「いのちをつなぐ」手法は得られなかった。
やむなく地域総体としての北海道はその手法を手探りで探し続けてきた。
国家統治の一地方政府にしか過ぎないのに、特例的な住宅法まで創出し、
中央とはまったく独自にその手法開発を行ってきた。
手法として、官学民の住宅技術開発の連携体制が強く構築された。
住宅現場で起こっているあらゆる情報が、的確に情報共有される地域は
このような経緯によって実現されてきた。
もちろん国家中央政府には住宅を管轄する省があり、国家施策として
住宅政策も構築されているけれど、それとは相対的に独立的な住宅施策が
この北海道では連綿と行われ続けてきた。
今回の「きた住まいる南幌」も、こういった文脈の中の出来事なのですね。
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【本日「きた住まいる南幌」全国からの見学会】

2018年07月19日 07時05分27秒 | Weblog
さて、本日は東北フォーラムなどの呼びかけによる見学会が行われます。
人数にして100人超の規模、それもほぼすべてが住宅研究者、工務店・設計者など
業界関係者と言うことですので、ちょっと驚くような盛況ぶりです。
住宅性能の先進地域としての北海道がいま、どんな家づくりをしているのか、
とくにこの企画については地域行政機構がそれを先導し、
また、主体者が地域工務店プラス地元の建築家というペアリング。
こういったいかにも北海道らしい家づくりのメインカレントをお知らせする機会ですね。
ということですので、地元住宅雑誌として協力させていただいております。
日本建築学会前会長の吉野博先生も多忙なスケジュールの合間を縫って
この団体見学とは別日程で見学される予定ですので
アテンド役として、わたしも同行させていただくことになっております。

住宅の価値というのは、いま気候変動が顕著になってきた時代においては、
その内部での「微気候」コントロール力とでもいえるようなものが、
より大きなテーマとして浮かび上がってくると思います。
最新の人類史研究などの成果に触れるにつれて
いま現代住宅で取り組まれてきている性能進化の努力というのは、
かなり最先端的な試みであるというように思われてきます。
それは人間の生存においてかなり革新的な「進化」に相当するということ。
大きくは環境に適合させるパッシブの志向を持って、ディテールに於いては
その環境要因をコントロールする、まるで右脳と左脳の合一的な志向性でしょう。
北海道では寒冷地という気候条件のなかで、
その外気候に依存しにくい断熱技術を地域総体レベルで磨き上げてきた。
国が定める住宅基準の地域総体としての達成レベルは飛び抜けて高い。
そのレベルはごく一部の事業者だけが実現しているのではなく
それこそ地域の作り手全体の、いわば地域技術資産として形成されている。
そういった「草の根」的な家づくりの実態をご覧いただければと思います。

ということで、早朝から準備その他がありますので、
本日はこれにて失礼いたします。ではでは。
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【道具と言語は脳の同じ領域活動。さて住宅は?】

2018年07月18日 07時33分32秒 | Weblog
きのうの「人類誕生第3回、サピエンスついに日本へ」の続きです。
NHKというのは公共メディア。こういった番組制作では相当の制作予算があるに
相違ないと思われますが、取材の幅の広がりにも驚かされた。
この番組の取材協力先には国立科学博物館の名が挙げられていましたが、
そうした取材先から、最新知見に基づいた取材先選定が行われたものでしょう。
この番組では、人類が寒冷気候を克服するのに「縫い針」を発明する過程が
追跡的に解析されていた。
その解析結果を工程ごとに映像化して、被験者に繰り返し視聴させることで、
いったい人間の脳の中でどの部位がもっとも刺激を受けるかについて
実証実験を繰り返したその結果を伝えてくれていた。
アメリカ・エモリー大学のディートリッヒ・スタウト博士という方が実験された。

門外漢なので、そういった映像を繰り返し見せて、
反応する脳の部位が、そのことに深く関係しているという判断が
妥当なのかどうか、それすらもわからなかった次第ですが、
こうした番組制作上の取材プロセスを想像してみれば、了解可能なのでしょう。
で、この番組の白眉と思われる結果情報として、
人間の脳内領域で「道具」と「言語」は同じ部位で思考されていると。
この情報知見は、たぶん人類進化の最大のキーポイントであるに違いない。
この世界で生き抜いていく、進化していくのに、
人類は石器から始まって、つねに道具とともに歩み続けてきた。
その進化プロセスの推進力が、コトバを司る領域と共有されている。
そういった知見が得られたことが、素晴らしいと思いました。
そして、その機縁が寒冷気候への対応が最大の動機であったことも、
事実としてあるということが、まことに示唆的だと。

わたしは主に、ニッポンの寒冷気候・北海道などでの住宅のあり方という
仕事領域で考えて、情報を編集企画してきた人間ですが、
「住宅の起源」という領域では、こういう研究志向性は乏しかったのではと思います。
いや、ほとんど住宅領域の研究というのはいきなりカタチを考えてきたのでは。
そもそも住宅というと、竪穴からスタートするのが一般的。
しかし、その動機になっただろう「定住」ということはそもそもなぜなのか、
そういった解明もそれほどなされてはいないと思っています。
目的があきらかにされずに、結果としてのカタチが先に存在するような理不尽さ。
そういう意味では以前、「人類史の定住革命」を読んだことが想起されます。
人類進化の過程では住宅を得る、使うというのは
ほんの最後のワンシーンにしか過ぎないのでしょう。
そういった意味では相当に新しい人類的体験領域ということができる。
そして住宅というのは、人類進化のなかでも相当に大きな「道具」。
人間がいごこちよく過ごす工夫が具体的にカタチになったのが住宅でしょう。
これをより良くして行くには、どのような解析があるべきなのか、
そういった興味に対して、今回ある明瞭なヒントが得られたような気がしています。
やはり寒冷などの気候に立ち向かうことで、知見は革新されていくのでしょうか。
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【サピエンス人類史・日本列島フロンティアの解明】

2018年07月17日 05時34分34秒 | Weblog


インターネットの発展によって飛躍的に解明が進んでいる領域に
考古人類史とでもいえる領域があるのだと思う。
わたし自身も、ここ数年、この分野の著作とか研究成果に驚き続けています。
とくにイスラエルの歴史学者さんが著した「サピエンス全史」などの
約8万年とされる現世人類史という通期理解がまことに興味深い。
たぶん、あの著作に刺激を受けた動きというのがさまざまな波動をみせている。
わたしたちの住宅領域でも、東大・前真之先生の講演などで
基礎に関わる部分では、こうした人類史の解明進展の成果が
反映してきていると強く感じられます。
いつもその件では、先生の講演により注意深く聞き入っている瞬間があります。

ふだんニュースや朝のNHK連続小説、BSの番組群以外は
ほとんどテレビを見ないわたしですが、こういうことに関する番組は興味を持つ。
NHK総合で一昨日放送された「人類誕生」は全3回シリーズの第3回で
「ついに日本列島へ」と題されていました。
この番組自体、東京の科学博物館での展示をみて初めて知った次第。
イケメン高橋一生くんのナビゲーターぶりもあって
カミさんも興味を持って視聴していた(笑)。
石垣島の新空港建設工事にからんで貴重な考古資料として
人骨出土が2000年代初頭から発見され、日本列島最初のサピエンスの足跡が
たどられ始めているとされていた。
現代ではコンピュータ解析とCG技術、DNA解析などの技術の進展が目覚ましく、
この発見を起点として、約8万年前から世界中に進出したサピエンスが
どのように「海洋進出」したのか、日本列島にどうたどりついたのか、
というきわめて身近で直接的な歴史解明が行われてきた。
番組では推論であるのか、学術的正統性が確認された説であるのかは
語られていなかったけれど、ひとつのあり得る説として
約3万年以前頃、人類史上の巨大文化繁栄圏・スンダランド北方端、
当時大陸と地続きであった台湾東海岸から、
サピエンスの一部族社会から選抜された「フロンティア」たちが
日本列島最西端・石垣島へ出航する様子が再現されていた。
出航に当たっては、草船や竹船では早い潮流の黒潮を乗り切ることは出来ず、
このフロンティア進出に当たって、その当時の社会が相当の集団的労働を結集して
丸木舟を加工生産したであろうという説が採用されていた。
これは実際に当時人類が持っていた技術と材料・道具を使って実験航海することで
導き出された推論だという。
さらに丸木舟を生産するためには「斧」の発明も不可欠だったとされていた。
斧は考古的に確実に同時代のものとして遺跡から発見確認されている。
この斧を使って大型丸木舟を生産するには切り出しから製材加工まで、
どの程度の労働集約が必要だったかについてもきちんと積算され、
また新世界フロンティアへ出航しその地で人類が社会発展させるには
最低5組の健康な青年男女ペアが必要だとして、社会的に選抜された。
このような事業をすべて考え合わせていくと、当時の社会に於いて
このフロンティア事業はその社会を挙げた巨大プロジェクトだった。
番組ではこの出航に当たって社会全体での成功祈願が行われたに違いないと
写真のような儀式的光景までが想像再現されていた。
こういった男女によって、たぶん浦島太郎などのスンダランドの口述伝承が
わたしたち日本社会に「伝播」してきたのだろうなと、
そんな具体的な想像力も沸き立ってきた次第です。
いやぁ、こういう知の発見に至った時代に生きていて本当に面白い!
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【素人アタッチ厳禁・電気工事のメンドさ】

2018年07月15日 07時58分48秒 | Weblog


ことし大きなリノベ工事を行ったわが家ですが、
「まぁこれはいいや」と思っていた照明で不具合が出ていました。
上の写真の様子なのですが、1階の居住部分のダウンライト照明のふたつで
蛍光管が切れてしまった。
で、取り替えようとしたのですが、1コを取り替えようとしたら、
なかなかソケットが外せなくなっていた。
最初の1コでは、なんと蛍光管に力を入れすぎたのか、
蛍光管そのものを破砕させてしまった(汗)。
蛍光管の着脱が嵌合させるタイプのようで、どのように揺すっても
ビクとも動かなかったのです。
で、やむなくちょっと強めに握って外そうとしたら、破砕した。
その後、ダウンライトの反射鉄板部分も外せたので
その嵌合部位を確認しましたが、長期に使用(15年以上)だったので、
細かなホコリ、湿気でなかば接着みたいになっていた。
そのダウンライト1コのときには「まぁ1コくらいなくてもいいか」と放置したのですが、
こういう寿命はほぼ連続して発生してくる(泣)。
で、もう1コの方も寿命が来た。今度は慎重に思ったけれど、
こちらも素人がなんとかできるレベルは超えていた。
どうも、外さなければならない器具に対して扱える作業領域が狭すぎなのです。
どうしても専門的扱い方を熟知していなければアタッチできない。

ほかの照明は蛍光管でも一般的な円形であったり、棒状の長い普通タイプで、
このダウンライト型は、今回がはじめての交換修理機会だったのです。
ほかには電球タイプでネジ状にまわしていく一般タイプなので、
これらは素人のわたしでもまったく問題なくここ27年間は問題なくメンテできていた。
ということで照明器具交換の容易さを考えて、クルクル回すタイプに変更をお願いした。
まぁ、わたしの拙いDIY力量では範囲以上と思われたのですが、
よく考えたら、電気関係の配線などの工事は業者さんに基本は依頼している。
許認可を得ている資格者が扱うということが法でも定められている。
アメリカなどでもファンダメンタル オブ エンジニアリング(FE)
プロフェッショナル エンジニア(PE)といった資格者が工事するようにとなっている。
電気配線はヘタをすれば火災発生原因になったりするので仕方ない。
きのうの土曜日、この工事を集中してやってもらいました。
結局あれもこれも、ということになって、完了させられたのでひと安心であります。

とくに現代住宅は「設備」の分野がどんどんと拡張してきている。
パソコンでもLAN配線などで複雑な経路確保の必要があって、
家中、下の写真のような露出配線がやむなくなっている。
新築時には壁の中で処理することも可能でしょうが、
そのように壁の中に収めてしまうとそれはそれでメンテがしにくくなる。
わが家の今回のリノベでは、過去数回の大型リフォームがあって、
電気配線工事がチョー複雑になっていて、
工事側にして見たら基本的に安全側で見積もりしていったらたいへん大きな金額。
建築工事の方は目に見える見積もりであるのに対して、
こういう設備系工事の見積もりはたいへん難解だと思わされました。
こういった傾向は今後とも増大して行く気がします。
ブラックボックスにならないような行政的対応が必要だと思います。
基本的には、高度資本主義社会では規制緩和しか経済成長要因はありえない。
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【ニッポン人が町家合理精神から受けたもの】

2018年07月14日 07時30分33秒 | Weblog


町家を所有して住んでいたのは、基本的には都市商工民たち。
日本の基本的な経済は、こうした人々によって担われてきた。
150年前の明治維新でも、大阪の大商人たちが巨額の革命資金を提供して
はじめて政権の転覆が達成したとされている。
日本的な合理主義とか、計数管理というような基本的経済運営思想は、
こうした階層の知恵によってもたらされたものだったのでしょう。
明治の革命は、そういった階層が政治に介在しうる根拠を与えた。
商ビジネスというものは、古くから、というか人間が社会的存在であることと
不即不離の関係性を持って存在し続けてきたもの。
歴史の中で、そのようなありようの痕跡の断片が見えると、
一気に人間的な匂いがそこに漂ってくる瞬間があります。
日本に本格的な中央政権が奈良に樹立されて最初に行われたのが
「交通網」の整備、道路の建設であったという事実からは、そこを通る荷物、
具体的にはコメなどの税・貢納品というような想像力が湧いてくる。
そしてそれを「運ぶ」というビジネスのありようも立ち上ってくる。
手形、という価値の流動化の歴史はかなり古いというようなことからも、
そういった税・貢納品の物流を巡って人々が生きてきた実質が見えてくる。

そういった日本の商、という仕事に携わってきた人々の
生活感・倫理観、道徳観というようなものが、
写真のような「町家」空間には、空気感として遺されていると思います。
江戸期権力からの強制だといわれる街並みの1.5階ぶり。
その強制はむしろ一種のデザインコードとして、豊かな精神文化を生んだ可能性が高い。
また間口の広さを税の収奪根拠としたことから、
それへの対応として間口が狭く奥行きの長い間取り文化が形成された。
そういう都市住宅文化は、緑の希少性を高め、
中庭、坪庭との対話という日本人の基本的精神性にも与った。
茶の湯文化の初期は、この写真のような坪庭に対して
簡易な造作の「茶室」を建てて遊んでいたのだといわれる。

こういった町家のたたずまい、ありようから
精神文化性を抽出させるというのは、科学的には難しいかも知れないけれど、
現代日本のなにごとかの「揺りかご」になったのは間違いないのでは。
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【職住一体・町家内部空間のサスティナビリティ】

2018年07月13日 14時28分13秒 | Weblog


住宅を取材して帰ってくると、不思議と好ましい写真に出会います。
この写真は福岡・博多の祇園山笠でおなじみの櫛田神社近くの町家。
ちょっとした飛行機待ちの空き時間、
ホテル周辺で散策していたときのワンカットであります。

わたしもいまは、「職住一体」という暮らし方に変化しています。
こういう暮らしようって、昭和中期までは日本人にとって
どっちかというと多数派のライフスタイルだったと思います。
都市での暮らし方では、武家以外の庶民はこういう空間で過ごすケースが多かった。
主人一家は当然、こういう空間での職住一体生活空間であり、
使用人たちは、こういう「商家」が仕事ですごす主要な空間。
かれらの日常の暮らしは「長屋」のような賃貸住宅が一般的だった。
こういう「町家」では、間口が税金の単位になっていたとされ、
間口が狭く奥行きが長い、という形式が合理的間取り選択になっていた。
必然的に真ん中に土間通路が移動動線として確保され、
その左右に、あるときは接客的な空間、商売のための空間、
またあるときは一家団欒の空間と、役割が多様に展開していた。
こういった多様な用途に対応した空間に対して、壁面には
さまざまな収納装置が仕込まれていて、場面転換が仕掛けられていた。
また、土間という空間はまことにあいまいな多目的空間で、
それは往来の延長であって、来客も遠慮なく内部奥深くまで
導き入れる融通無碍な空間がまっすぐに奥まで貫通していた。
こういう空間性が持っていた人間行動規則、倫理観というようなもの、
たぶん意識下の世界で日本人に相当刷り込まれている部分が大きい。

ちょうど自分自身も、いま、こういう空間性を追体験しているので、
いろいろなイマジネーションを刺激される部分がある。
ただし、北海道なのでこういう融通無碍でありながら、
高断熱高気密であるという機能的与条件が加わる。
これから、日本は人口減少社会を受け入れて行かざるを得ない。
ヨーロッパ諸国などのように、急激な移民政策にまでは踏み込めないだろう。
そういうときに、住宅はコンパクトで多様性に対応できることが、
大きな価値感を持つのではないかと想像しています。
町家には、そんな想像力を豊かに掻き立ててくれる、
日本人の空間の知恵が凝集されている気がしてなりません。
<本日は更新が大幅遅れました。ご容赦を>
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【人と森の対話 オオウバユリとの再会】

2018年07月12日 05時44分57秒 | Weblog



一昨日も散歩路でのオシドリの生態観察を動画でお知らせしましたが、
いっときの大雨続きをようやく脱して、札幌も
夏のいのちの躍動があちこちで確認できるようになって来ました。

で、アイヌのひとたちのソウルフードとされるオオウバユリであります。
この植物の球根を掘り出して、粉を取りだして料理するそうです。
やや湿気の多い林の中で、すっくと立ち上がっているオオウバユリたちの姿は
なんとなく森の精霊のような雰囲気を漂わせます。
ことしはここしばらく半月ほど、散歩に行けない日が続き、
このオオウバユリたちの姿を見失っていたのですが、
ようやく天候が戻って来て、森の中の散歩路で再会できた。
そう、再会というコトバがいちばんピッタリくる。
いまは成長の早い個体で上のような開花段階で、
下の写真のようなさまざまな表情が見られている。
こういう植物たちとの対面というのも、なかなか楽しいものがある。
かれらの球根部分を粉砕してから水にさらして精製するというのですが、
そういったアイヌの人々の連綿とした暮らしの知恵にも思いが募る。
やはり栽培植物ではない、ある尊厳を持った野生の存在と感じさせられる。
食させていただく、それこそ「いのちをいただく」感じが伝わってくる。

この北海道ではほんの200年も前くらいまでは、
そうした人間と自然との対話があり続けていたことが想起されます。
この時期、札幌での散歩の無上の楽しみの一つです。
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【新住協・堀部安嗣セミナー+南幌見学会】

2018年07月11日 06時57分57秒 | Weblog
さてかねてから情報をお知らせしていた南幌見学会・新住協版が
事務局から正式にアナウンスされました。案内文は以下の通り。

堀部安嗣氏セミナー+見学会 ご案内
〜(一社)新住協札幌支部長 武部英治
北海道在住理事 須藤芳巳 阿部利典
発信:事務局 白井康永〜
●東京在住の建築家・堀部安嗣氏セミナー+見学会を8月1,2日に開催します。
両日とも鎌田先生が参加されます。8月1日のセミナーは会員外も参加OK、
その後の懇親会と翌2日の見学会は新住協会員限定です。
2日目の見学が終わったあと、みんなでご飯を食べながら
見学物件について質疑応答をしたいと思います。
-記-
1.セミナー(セミナーのみ参加オープン)
◇日 時:8月1日(水) 13時30分~16時40分
◇会 場:北海道建設会館9階大ホール(札幌市中央区北4条西3丁目1)

◇参加費:新住協会員は無料
2.懇親会:札幌駅近くで17時30分から.5,000円程度の会費
3.南幌見学会
◇日 時:8月2日(木) 10時30分~14時10分ころまで
◇会 場:みどり野きた住まいるヴィレッジ(南幌町美園)
地図はこちら
◇参加費:2,000円(昼食代)
申込み〆切:7月28日(土)
問い合わせについては、写真画像を参照してください。

という次第になっています。セミナーについてはオープン形式なので、
ぜひ多くのみなさんの参加を期待します。
ただ、翌日の「南幌見学会」の方がもっと面白そうです(笑)。
堀部さんは住宅作家として、本州地域でたいへん評価が高い設計者ですが、
残念ながら北海道での建築実績はないということ。
積雪寒冷をはじめとする北海道の自然風土と格闘した結果、
獲得された「高断熱高気密」という技術基盤の意味合いを体感してもらうには
本当はそういった経験も期待したいと思っています。
いまは高断熱高気密に真剣に取り組まれていると、良く語られています。
その堀部さんが北海道の住宅の作り手とどのような対話になるか、
他地域とはすこし違って、鎌田紀彦先生にも率直な意見交換をする
北海道の作り手のみなさんがどう突っ込んでいくのか、興味津々(笑)。
今回の南幌での地域工務店+北海道建築家のコラボを
北海道庁がその住宅施策の表現としてバックアップしているという、
こういう北海道住宅のありよう全体が、伝わって欲しいと念願します。
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