三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

【ニッポン的板倉と2×6ZEH住宅の形の類縁性】

2017年05月05日 07時54分21秒 | Weblog


さてきのうは1泊して、道南地区を見て歩き。
函館周辺をあちこち、気の向くまま行脚していて、
再訪していたのが、函館見晴らし公園に隣接する「香雪園」。
サクラも見事な満開ぶりでしたが、久しぶりに建築とも再会しておりました。
茶亭建築や西洋式温室などの古建築が建てられている。
そのなかに、京都から迎えられて造作に携わった宮大工たちが建てた作事小屋、
板倉造りの古格な機能性重視建築があったのです。
板倉建築は、たとえば春日大社本殿の横にも建てられていますが、
たぶん、宮大工たちが自分たちの建築材料の保管や土場・作業場として
雨の日などの作業小屋としても確保するために建てた機能的建築だろうと思います。
この香雪園建築について調査研究されている学芸員さんから、
この建築についてそのような用途としてヒアリングしています。
簡素を旨としたその外形の作り方に、1.5階建てプロポーションを見て、
日本の伝統的町家建築としてのデザインボキャブラリーを感じた次第。
たぶん、大工技術の伝統の中にある日本的美の約束事のようにして
1.5階建て手法が伝えられているのではないかと。




で、その板倉建築の端正さに対して
わたしの記憶の中に刷り込まれたような思いがあって、
たまたま十勝で見たZEH2×6住宅で下屋屋根に太陽光発電を集中搭載した建物に、
この香雪園でみた1.5階建てプロポーションの相似形を見たのです。
前回、この十勝のNearlyZEHの住宅について、
町家建築との形態的類似性を感じると書いたのですが、
もっと直接的にはこの作事小屋建築のシンプルなカタチとの類似性を感じていた。
ということに、今回再訪してみて気付かされました。
まぁ単純なカタチのことなので、山ほどある選択の結果として
偶然の選択ではあろうとは思うのですが、
どうもわたし個人的に、このプロポーションに強く惹かれるものがあるのかも。
階高の低い2階の壁の中途半端さ、もし開口を空けるときには
その機能への制限ぶりから、常識的には避けるプランなのかも知れませんが、
どうも日本人はこういったプロポーションに対する
民族的「既視」感覚があるのではないか、
そんな思いがどうしても抜けないのであります。
コメント
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