残されている古民家って、大体が農家型住宅が多いということもあるのですが、
写真のように、暗い室内空間と、
それとは対照的な鮮やかな色彩の庭の緑というコントラストが感じられる。
この写真のように見ることができる暮らしの背景、
ピクチャーウィンドそのものといえるこうしたなかに日本人は生きてきた。
こういう光景の中での、「習慣美」が沈殿してきているのだと思う。
農家型住宅ばかりでなく、都市型住宅でも
たとえば京の町家のような密集住宅でも
巧みに中庭を配置させることで、生活の中の四季感を味わうような暮らしを
工夫してきていますね。
こういうあたり、最近建てられる民家では、
室内空間の現代的快適生活の「装置的」部分の快適性は向上しているけれど、
緑との共存、暮らしの句読点とも言える部分のゆかしさ、
のようなものが、ずいぶんと無視されてきている気がします。
現代では、郊外に建てられる住宅とは言っても、
基本的には、集合的都市住宅であるので、
京の町家のような工夫をもっと進化させるようなことを考える必要があると思う。
あくまでもボックスとしての閉じられた快適性を
ひたすら追求するというのが、多くの作り手の関心事。
でも、それだけではなく、敷地条件を考えながら、
その土地での暮らしに溶け込んでいくような工夫が欲しい。
そういう意味では、ランドスケープデザインの手法を
暮らしへの提案として、トータルに提起して欲しいと思います。
はじめて建てた家で、って、いまも住んでいる家で、
増築前に一本のシンボルツリーを植えたのですが、
ずいぶんと、癒されたものです。
はじめて、地面に足を付けて暮らす感じ、というか、
この場所で、腰を落ち着けて暮らしていく、というような思いを
そんなしつらいから、感じたものでした。
木の様子を日々の暮らしの中で楽しんでいると、
四季のほんの小さな変化が、実に印象鮮やかに奥行きを持って理解できるんですね。