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長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

あらためて立ち返ろう読書メモ 小説『帝都物語』2 『神霊篇』&『魔都篇』

2025年02月06日 13時24分55秒 | すきな小説
≪前回の序説は、こちら

『帝都物語1 神霊篇』(1985年1月)&『帝都物語2 魔都(バビロン)篇』(1985年4月)
 角川書店の小説誌『月刊小説王』にて、1983年9月創刊号から1984年13号まで13回が連載された。

あらすじ
 明治四十(1907)年4月。一匹の鬼が帝都東京に現れた。
 その鬼の名は、加藤保憲。加藤は摩訶不思議な超能力を自在に操り、帝都最大の守護神である平将門を怨霊として目覚めさせ、帝都の壊滅をたくらむ。加藤の魔の手から帝都を守らんとするのは、明治維新の大実業家・渋沢栄一、若き文士・幸田露伴、森鴎外、物理学者・寺田寅彦ら、近代日本を草創した偉人たちと、将門の末裔である辰宮洋一郎とその妹・由佳理、一千年にわたり日本を呪術で護持してきた土御門家の陰陽師・平井保昌。多くの人々がそれぞれの命をかけて、魔人・加藤に立ち向かう。


おもな登場人物
加藤 保憲(かとう やすのり)
 帝都東京の滅亡を画策して暗躍する魔人。大日本帝国陸軍少尉、のち中尉。紀伊国龍神村の生まれとされるが、詳しい生い立ちについては一切不明である。
 長身痩躯で、こけた頬にとがった顎、さっぱりとした刈上げといった容姿で、いかなる時代においても老いの感じられない20~30歳代の外見をしている。眼光は鋭く、身体の大きさに似合わぬ軽い身のこなしが特徴的である。黒い五芒星(ドーマンセーマン)の紋様が染め抜かれた白手袋を着用している。剣の達人で刀は孫六兼元を愛用する。 極めて強力な霊力を持ち、あらゆる魔術に精通している。とりわけ陰陽道・風水・奇門遁甲の道においては並ぶ者のいないほどの達人であり、古来最も恐れられた呪殺秘法「蠱毒」を使う。天皇直属の陰陽道の名家・土御門家が総力を挙げても彼一人に敵わない。秘術「屍解仙」を用いて転生したこともある。さまざまな形態の鬼神「式神」を使役し、平将門の子孫を依代にして将門の大怨霊を甦らせようとしたり、大地を巡る龍脈を操り関東大震災を引き起こしたりした。中国語や朝鮮語にも通じる。

辰宮 洋一郎(たつみや よういちろう)
 大蔵省官吏。帝都東京の改造計画に加わり、明治時代末期から大正時代にかけての歴史の奔流を目撃する。物語の冒頭で平将門の霊を降ろす依代として加藤に利用される。1907年4月の時点で25歳(1881年か82年生まれ)。
 妹の由佳里に執着しており、彼女が霊能力を持つに至った経緯や雪子の出生に関わりを持つ。

辰宮 由佳理(たつみや ゆかり)
 洋一郎の妹。平将門の依代となる程に強力な霊能力者であり、加藤や北一輝に狙われる。1907年4月の時点で18歳(1888年か89年生まれ)。
 強度のヒステリー症状ないしは霊能体質を有するために、奇怪な事件に巻き込まれる。精神を病んで森田正馬医師の治療を受ける。

鳴滝 純一(なるたき じゅんいち)
 東京帝国大学理学士。洋一郎の旧友で同い年の25歳(1881年か82年生まれ)。純朴な性格だが、由佳理を思慕するあまり、暴走することもある。

織田 完之(おだ ひろゆき 1842~1923年)
 三河国生まれの農政家で歴史学者。平将門の名誉回復に尽力した。
 豪農の出身で勤王派に加わり、桂小五郎や高杉晋作らと交友したが、明治維新後は新政府の農業・干拓事業を担当、特に印旛沼の治水事業に尽力した。明治二十五(1892)年の引退後は「碑文協会」を設立し、二宮尊徳や佐藤信淵の思想体系の顕彰活動に尽力した。

幸田 露伴(こうだ ろはん 1867~1947年)
 本名・成行。小説家で、明治時代最大の東洋神秘研究家。膨大な魔術知識を駆使して魔人加藤と戦い、追い詰める。
 『一国の首都』と題した長大な東京改造計画論を持ち、後年には寺田寅彦とも親交があった。

寺田 寅彦(てらだ とらひこ 1878~1935年)
 東京帝国大学の物理学者。渋沢栄一の秘密会議に出席して加藤と出会い、迫りくる帝都東京滅亡の危機を必死で食い止めようとする。
 日本を代表する超博物学者でもあり、大文豪・夏目漱石の一番弟子。物理学者でありながらも超自然や怪異への限りない興味を抱き続けた。

森 林太郎(もり りんたろう 1862~1922年)
 大日本帝国陸軍軍医監。筆名・鴎外(おうがい)。明治時代の大文豪の一人で、軍医としても多くの業績を残した。高級官吏と文学者との両道を追究する。幸田露伴とは親友の間柄である。

大河内 正敏(おおこうち まさとし 1878~1952年)
 物理学者、実業家。子爵。江戸時代以来の名家・大河内家の英才。東京帝国大学では寺田寅彦以上の天才と謳われ、寺田と共同で物理学の実験も手がけた。大正六(1917)年に設立された日本の応用科学研究の総本山「理化学研究所(理研)」の総裁となる。美丈夫の誉れ高く、人柄も名家にふさわしく寛大。

渋沢 栄一(しぶさわ えいいち 1840~1931年)
 明治時代の日本を代表する実業家で、第一国立銀行初代頭取を務めるなど金融体制の設立にも尽力した自由競争経済設立の指導者。子爵。
 帝都東京を物理的、霊的に防衛された新都市にしようと秘密会議を開く。

森田 正馬(もりた まさたけ 1874~1938年)
 精神科神経科医で精神医学者。巣鴨病院に入院した由佳理の治療にあたる。
 寺田寅彦が幼少期を過ごした高知県に生まれ、犬神憑きなどの憑霊現象を研究する。後に「森田療法」として知られる独自の精神病治療法を確立した。

平井 保昌(ひらい やすまさ)
 日本陰陽道の名家・土御門家につらなる老陰陽師。奇門遁甲の術に長けている。幸田露伴の依頼を受け、秘術を尽くして宿敵たる加藤と渡り合う。1912年7月の時点で72歳(1839年か40年生まれ)。

カール・エルンスト=ハウスホーファー(1869~1946年)
 ドイツ帝国陸軍少将で地政学者。ミュンヘンに生まれ、1887年にインド、東アジア、シベリアを旅行し、1909年から約2年間、日本にも滞在し、秘密結社「緑竜会」に入会した。
 地政学(ゲオポリティーク)を戦争の実用科学にまで高め、ミュンヘン大学の教授・学長を歴任し、初期ナチズムの神秘的教養を形成する影の参謀となった。

洪 鳳
 朝鮮半島の秘密結社「天道教」に所属する女。

林 覚
 中国・清帝国の秘密結社「三合会」に所属する青年。

長岡 半太郎(1865~1950年)
 東京帝国大学物理学教授。辰宮洋一郎から帝都東京改造計画への参加を要請されるが、自分よりも適任だとして教え子の寺田寅彦を推薦する。

阪谷 芳郎(1863~1941年)
 大蔵省官僚、政治家、元大蔵大臣、前東京市長(1916年当時)。渋沢栄一の娘婿。大正九(1920)年に義父・栄一の複葉飛行機による東京遊覧飛行を実現させる。

平 将門(たいらのまさかど 903~40年)
 平安時代の関東地方最大の英雄。京の中央集権主義に刃向かい関東を独立国家化したため討伐されたが、その没後もなお千年間、大手町の首塚の下で関東と帝都東京を鎮護し続ける大怨霊。『帝都物語』シリーズ全体の根幹をなす最重要人物。

佐藤 信淵 (さとう のぶひろ 1769~1850年)
 江戸時代末期の経世家、鉱山技術家、兵法家。理想郷の実現を目指し、平将門ゆかりの下総国印旛沼をはじめ内洋すべてを干拓する生産向上計画を提唱した人物。統治論書『宇内混同秘策』は神道家・平田篤胤(1776~1843年)の日本中心主義を内包しつつ全世界を征服するための青写真を描いた一大奇書で、この中で「東京」という名称が初めて用いられたとされる。

安倍 晴明(あべのせいめい 921~1005年)
 平安時代の大陰陽師、天文博士にして、日本最大の白魔術師。当時の呪術コンサルタントとして皇族や貴族・民衆の間で絶大な信望を集めた。一説に「信太の狐の子」ともいわれ、官制魔道の宗家・土御門家の開祖となった。


おもな魔術解説
神降ろし
 神霊や邪霊を一時的に生身の人間に宿らせ、啓示や予言を受けること。死者の霊を呼び出す場合は「口寄せ」ともいう。

依り童(よりわら)
 神降ろしで呼び出された霊の容れ物となる少年や少女。依り童となるのは感応力の強い特別な気質を持つ子ども達である。

式神(しきがみ)
 単に「式」ともいう。吉凶を占い、魔を祓うオカルティスト・陰陽師に使役される目に見えぬ鬼といわれ、陰陽師が創った人造人間ともいわれる。人を呪う時に式神が放たれ、式神は呪う相手にとり憑き、生命をおびやかす。呪われた人は一瞬でも早く、より強力な陰陽師に頼んで相手に式神を打ち返さない限り、助からない。

ドーマンセーマン
 五芒星の形をした魔除けの印。ほぼ世界共通に存在し、もともとは人をとり殺す魔力を持つ「邪眼」に睨みつけられた時、その視線をそらすために使われた。日本では、史上最大の陰陽師で土御門家の開祖である安倍晴明にちなみ「晴明判」と呼ばれる。ドーマンセーマンとは紀伊国とその周辺地域で使われる言葉で、「ドーマン」は、これも有名な陰陽師である道摩法師(蘆屋道満 958?~1009年以降)、「セーマン」は晴明のことといわれる。六芒星や籠目もドーマンセーマンの類のものである。

蟲術(こじゅつ)
 中国大陸で発達し、日本でも平安時代ごろまでに盛んに用いられた、相手に生物の霊を憑かせる呪殺術。ヘビ、サソリ、虫など魔力あるいは毒のある生き物から特別な方法で魔のエキスを採取し、これを呪う相手に飲ませたり、持たせたりすることで発動する。古代の日本ではしばしば蟲術の禁止令が出されるほど流行した。

鏡聴(きょうちょう)
 鏡の透視能力を利用した予言予知法で、中国大陸で用いられた。鏡を沈めた井戸に顔を映すなど使用方法も種類が多い。西洋童話『白雪姫』に登場する「真実を告げる鏡」も鏡聴の一種と考えられる。

腹中虫(ふくちゅうむし)
 中国大陸の魔術信仰に登場する魔物。人間の体内に入り込み、時には内部から話しかけてくることもある。憑き物の類とも考えられる。

一母道(いちぼどう)
 19世紀の中国大陸北部で勢力を持った魔術の秘密結社。呪殺をはじめ、神霊との交感、不老不死の探究を目的とした。当時の中国には、これに類する秘密結社が多数存在した。

九字(くじ)を切る
 伝統的な魔除けの方法。呪文を唱え、指で縦4本と横5本の線を描く。計9本の線が多くの「目」を作るため、邪眼を持つ魔物の視線がそこに釘付けになり、魔物が目の数をかぞえている間に逃げるか対抗手段を取ることができる。

奇門遁甲(きもんとんこう)
 中国大陸で発明された方術。陰陽二気の流れに応じて、身を隠したり災難を避けたりするための方位魔術。天の九星、地の八卦に助けを借り、「八門遁甲」ともいわれる各方位への出入り口「門」のうち、どれが吉でどれが凶なのかを知ることができる。自分の行方をくらましたり、敵を誘い込む罠にも利用された。

八陣の図
 奇門遁甲術に含まれ、中国大陸で諸葛亮公明が編み出したものといわれる。巨大な岩石を一定の形式に配置して、迷路のようになった内部に敵を誘い込んで混乱させる方術。

風水
 古代中国の地相占術。日本にも伝わり「家相学」や「墓相学」ともいわれた。自然のエネルギーを最大限に活かし、生者と死者とが平和に住み分けられる都市を創造する、魔術による総合土木技術。その基本は、山川の地形や風の流れなどを読み、「地脈」あるいは「龍脈」と呼ばれる生命エネルギーの流路を発見することにある。

陰陽道
 風水と共に、中国大陸と日本のあらゆる魔術の基本原理を定める宇宙生成システム。陰陽とは、「気」という万物の原質のプラスとマイナスの活動から世界の運行を解釈する思想。「道(タオ)」とも呼ばれる。日本に伝来して、物事の吉凶占いに利用されるようになった。

陰陽五行
 宇宙の全存在に、霊的あるいは物理的な性格付けを行う5つの要素「木火土金水」を規定する哲理。これらには「相性(そうしょう)」と「相克(そうこく)」との違いがあり、例えば、木は燃えて火となる(相性が良い組み合わせ=相性)、木は土から養分を吸い取ってしまう(相性が悪い組み合わせ=相克)といったそれぞれの関係により、事物や人同士、日取りなどの相性が決定される。占術の代表である「易(えき)」も、陰陽五行の原理の上に成り立っている。

天文暦法
 日本における、天変地異を知り吉凶を読み解く方術で、常に陰陽道と共に存在した。魔術的な日取り選びにつながる技術で、現代の天文学や暦学とは多くの点で違うものである。

きつね憑き
 人間にとり憑く妖怪の代表的存在。これを使役して他人をきつね憑き状態に陥らせる「きつね使い」も多かった。関東地方には、四国地方の「犬神」と並ぶ奇怪な憑き物「管狐(くだぎつね)」がいた。管狐は小さく、竹の筒(管)に入れて飼うこともできる。人を呪う時に管から出すが、相当な能力を持つ術師でないと管狐を元の竹筒に戻すことはできなかったという。

斎(ものいみ)
 魔物や呪い、数々の凶事を祓うために一定期間行われる行(ぎょう)のこと。この期間は身を慎み、禁忌を守り、読経や浄めなどを行う。現代にも残る葬式時の「忌中」や、願いが叶うまで好きなものを断つことも、大きな意味での斎である。

錬丹道(れんたんどう)
 中国大陸における錬金術。卑金属を貴金属に変えるのが主体の西洋錬金術に対し、不老不死を得る霊薬「丹」の精製に力点が置かれた。この思想は13世紀ごろに西洋にも伝わり、西洋錬金術を不老長寿探究のシステムに変化させる原動力となった。

土砂加持(どしゃかじ)
 真言宗の霊山・高野山の土をはじめ、霊能を備えた土砂を人間の死体や遺骨、墓に撒き、真言を唱えて浄化する呪法。また、世俗ではこの土砂を飲んで病気や傷を治したといい、江戸時代には長崎・出島のオランダ人の間でも行われていたという。同類のものに、女性の堕胎に使われた「伊勢おしろい」があった。

弓乙の霊符(きゅうおつのれいふ)
 かつて朝鮮半島にて流行した魔術的医療用具。霊力のある道士が紙に「弓」または「弓乙」と書いたものを焼いて灰にして病人に飲ませることにより、万病に効いたという。このような霊符による病気治療は、19世紀に発足した秘密結社「東学」の教主たちが実践したといわれる。

舞剣騰空(ぶけんとうくう)の術
 弓乙の霊符と同じく東学の秘術。伝説の宝剣「湧天剣(ゆうてんけん)」を握った者が特別な呪歌を詠いながら舞うことで空に浮かび、敵を討つ。19~20世紀初頭の朝鮮半島の民衆は、日本や西洋列強諸国の侵略と、国内宮廷の腐敗をこの秘術で祓おうと信仰していた。

日取事(ひどりのこと)
 陰陽師が用いた、日取りを使った吉凶判断術。安倍晴明が編纂したと伝承される陰陽道の秘伝書『三国相伝陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集』に掲載されている秘伝の一つだが偽書による流布も多く、仏教(特に密教)の影響も強い。占い盤により日取りを選ぶ方法で、「初」「中」「後」の三種の盤を用いて吉凶を判断する。また、時間帯ごとの吉凶を占う『鬼一法眼右日取事』という盤も存在する。この占い盤と同種のものに西洋の「ピタゴラス盤」があり、この場合は占う年月日や場所名をゲマトリア秘術によって数値化して合算し、吉凶を判断する。


映画化・アニメ化・マンガ化作品
映画『帝都物語』(1988年1月公開 135分 エクゼ)
 原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』の映画化作品。日本初の本格的ハイビジョン VFX映画。加藤保憲の役に、当時小劇場俳優で庭師として生計を立てていた嶋田久作が抜擢された。登場する人造ロボット「学天則」の開発者・西村真琴の役を、真琴の実子の西村晃が演じている。 監督・実相寺昭雄、脚本・林海象、製作総指揮・一瀬隆重、特殊美術・池谷仙克、画コンテ・樋口真嗣、特殊メイク・原口智生、コンセプチュアル・デザインH=R=ギーガー。音楽・石井眞木。製作費10億円、配給収入10億5千万円。

OVAアニメ版『帝都物語』(1991年リリース 全4巻 マッドハウス)
 原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』のアニメ化作品。加藤保憲の声は実写版と同じく嶋田久作が担当した。脚本・遠藤明範、キャラクターデザイン・摩砂雪、シリーズ監督・りんたろう。作画スタッフには鶴巻和哉、樋口真嗣、前田真宏、庵野秀明らが参加していた。

コミカライズ版
川口敬『帝都物語』(1987~88年 小学館『ビッグコミックスピリッツ』にて連載)
 映画『帝都物語』公開に合わせての連載で、原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』をマンガ化している。未単行本化。
藤原カムイ『帝都物語 Babylon Tokyo 』(1988年 角川書店)
 映画『帝都物語』公開に合わせての刊行で、原作小説の『神霊篇』~『龍動篇』をマンガ化している。


 ……というわけでありまして、今回からさっそく『帝都物語』本編についてのつれづれを語っていきたいと思います。
 いや~、すごいですね! これ、長い長い『帝都物語』というサーガのほんのとっかかりなのですが、そこだけでも基本情報が上のごとく山ほどありますよ! まず、この文字情報の多さにビビってしまうのですが、いざ読んでみるとそんなに難解な文章でもありませんから、大丈夫ですよ、たぶん……

 まず小説の内容に入る前に、いつものように「『帝都物語』とわたし」という思い出語りをしていきます。個人ブログなので何卒ご寛恕くだせぇ。

 実相寺昭雄監督の映画版『帝都物語』が上映された1988年当時、私は洟ったれの小学生でありまして残念ながらその存在すら認識することが難しく、その次作『帝都大戦』が、なんだかむっちゃくちゃ怖い映画らしいという情報に恐れおののくことしかする術がない状態でした。それなのに、親戚の伯父さんの家に遊びに行くと、あのおっかない加藤保憲の顔がでかでかとプリントされたエッソ石油の宣伝ボックスティッシュが置いてあってよぉ……あのティッシュ箱、ほんとキライだった!
 そんな感じなので、その恐怖の権化である『帝都大戦』本編がフジテレビ系列の『ゴールデン洋画劇場』で放送された(1990年11月)としても当然観られるはずがなく、観た弟に「どうだった……?」と尋ねることしかできませんでした。な~さけねぇえぇえ~♪(作詞・秋元康)

 ということで、私がちゃんと魔人・加藤保憲の威容を目にしたファーストコンタクトは、あの『仮面ノリダー』(フジテレビのバラエティ番組『とんねるずのみなさんのおかげです』内の伝説のコントコーナー)の第47話『恐怖帝都大戦男 東京大破壊計画の巻』(1989年9月放送)への加藤こと嶋田久作サマのゲスト出演だったのでありました。でも、そういう出会い方の子ども達、当時けっこう多かったんじゃない!? 加藤は、顔が怖かった!!(中江真司さんの声で)

 ただ、そんないびつな出会いであったとしても、「あの加藤って軍人は、一体何者なんだべ?」という疑問は私の心の中でいつまでも澱のように残り続け、その数年後、めでたく高校に進学できたくらいの頃に、原作小説の『帝都物語』シリーズが一気に「2篇合本版を6冊」という形で新装リリースされるとの報を耳にしたのでした。表紙イラストは、あの田島昭宇大先生! エロこわい!!

 そんなことでしたので、私は喜び勇んで「加藤保憲なにするものぞ」という気概で小説を読み始めたわけだったのですが、途端にぶち当たってしまった衝撃の事実こそが、「映画化されたの前半ほんのちょっとだけ」ということだったのです。えー!!

 これはビックラこきました……いや、そりゃそうですよ、分厚い文庫本6冊分が2時間やそこらの映画におさまるわけがないんだもの。しかも、後半にいくにつれて「昭和が終わってない」とか「三島由紀夫が死後ヒロインに転生」だとか「角川春樹がメインキャラ」とか……なんかうさんくさい展開がモリモリわいてきて、私はやっぱり「なんだずこれ~!?」といった感じで、文庫を2~3冊読んだくらいで放り投げて敵前逃亡してしまったのでした。ちなみに、角川春樹さんはこの1995年の新装版『帝都物語』リリースの2年前に麻薬取締法違反などの罪状でお縄になっております。嗚呼、事実は小説よりも奇なり!!

 そんな感じの思い出が『帝都物語』にはあるのですが、リアルタイムではなかったものの、現役で活躍している小説家さんにハマったのは星新一、綾辻行人に続きこの作品でしたし(荒俣先生はどちらかというと TVタレントの印象でしたが)、何と言っても「安倍晴明」や「陰陽道」の世界を知るきっかけとなった記念碑的名作ですので、いっぱしの大人になった今、あらためてこの原点をたどってみようという気になったわけなのです。
 ちなみに余談ですが、私が本格的に「安倍晴明うんぬんかんぬん」にハマる決定打となったのは、NHK総合の歴史バラエティ番組『歴史誕生』で1992年3月に放送された回『上方三都事始め・京都 桓武天皇怨霊と闘う』をビデオ録画して繰り返し観てしまったことでした。小松和彦せんせ~!!


 ささ、そんなこんなで思い出話はこのくらいにしておきまして、いよいよ小説の内容に入っていきたいと思います。もう、字数の関係でちょっとしか感想言えないよ~!!

 今回あつかう『神霊篇』と『魔都篇』は長い長い『帝都物語』のまさに序曲にあたるわけなのですが、読んでみてまずびっくりするのは、


加藤保憲がかなり人間っぽい……ていうか、むしろヒーローっぽい!!


 という事実なのです。こりゃもうびっくりですわ。

 まず映画版『帝都物語』との相違点として大きいのは、「帝都破壊」というめちゃくちゃ極悪な目的があるのにも関わらず、加藤がかなりアツい情熱をもって計画に邁進する姿がミョ~に好感触で、しかも相棒(いけにえ?)の辰宮洋一郎の質問に答える形で、読者に向けて「これはこうこうこういう呪いなのだ!」とか「平将門を目覚めさせるとこうなっちゃうから、帝都は大変なことになるのだ!」と、なんかショッカーの改造人間あたりの「冥途の土産に教えてやろう!」ゆずりの懇切丁寧さで、物語中に発生する奇々怪々な事象のからくりや自分の行動目的を分かりやすく説明してくれるので、敵なんだか気のいい兄ちゃんなんだかがよくわからなくなるポジションになっているのです。いや~、やっぱ悪役はこういう風に「いいひと」じゃないとネ! 原作版加藤の口癖は「ばかな!」です。かなり熱血系。

 本来ヒールであるはずの加藤がヒーローに見えてしまう原因は、多分にその相手サイドに起因するフシも数多くあります。
 まず、この最初期の2篇に関していえば、「なんか帝都をぶっ壊そうとしてるヤバい奴がいるらしいぞ」といううわさを聞きつける形で、東京のあちこちから全然ジャンルの違う有志たち(実業家、物理学者、小説家、官僚、農学者、陰陽師 etc...)が集うという筋立てになっているので、正義チームがまだまだ結成できていません。しかも、それぞれが有名人だったとしても加藤ほどの濃い情熱を持てていないので、どうしてもインパクトが薄いのです。たぶん、その中では比較的にいちばん有名な渋沢栄一だって、今でこそ NHK大河ドラマの主人公になってはいますが……ピンとは来ませんよねぇ。第一線で加藤と闘うわけでもないし。
 だいたい、物語前半の最重要キーパーソンとなる元祖メンヘラヒロイン辰宮由佳理の兄である洋一郎がかなりおとなしい存在なので、絶妙に頼りないチームにならざるをえないわけで、結局、勢いと若さだけの鳴滝純一と、ぜんぜん肉体派じゃない幸田露伴先生が主戦力になってしまうというていたらくになってしまうのでした。ダメダメだ~!

 ただし、ここらへんのポリスアカデミーなみに頼りにならない正義チームの弱体化設定は、おそらくは第3巻『大震災篇』以降に出てくる超ヒロイン目方恵子のためにあえて苦しいメンツで引っぱっておくという意図があるかと思われるのですが、その結果として、作者が想定した以上に加藤保憲が魅力的なキャラになるという副作用があったのではないでしょうか。だって加藤は、自身の計画を成功させるために、軍人としての仕事もこなしながら(当時)、中国大陸にまで駆けずり回って汗水たらして3ヶ国語をペラペラしゃべって頑張ってるんだぜ!? 正義サイドで、ここまで努力してる人、いるか!? 全員、本業の忙しさにかまけて大変なことを押し付け合ってる感じなんですよね。そんなんで帝都を護れんのかと!

 こういう感じで、原作小説の第1・2巻は、なにはなくとも饒舌だし汗もかく生身の人間・加藤保憲の魅力と情熱を全面的にプッシュした内容となっており、実相寺監督の映画版とはだいぶ違う印象をもたらす群像小説となっているのです。
 この原作と比較するとよく分かるのは、映画版がいかに正義チームを頼もしく強化してるかというところなんですよね。まず、「文弱の辰宮洋一郎」と「情熱的な鳴滝純一」というキャラ付けを全く逆にして、洋一郎を一つの映画の主人公ヒーローたりえる人物にまでフィーチャーしているし、原作では「土御門一門でも持て余してる偏屈老人」程度の扱いだった平井保昌を、なんか土御門一門の総帥くらいにまでアゲアゲにしてるのも、映画オリジナルの味付けですよね。原作での平井の自害なんか、ほぼナレ死みたいな処理の仕方で、あんな映画みたいな加藤とのやり取り、まるでありませんからね!? いや~、万人に勧められる名画かと問われればそうとは言えないのですが、映画版『帝都物語』は、よくやってますよ! 由佳理の腹中虫げろげろシーンも必要以上にエロくなってるし。さすが変態けろっぴおやじマエストロ!!

 そうそう、原作小説はちゃんと、明治時代末期の陰陽師界隈が、呪術師集団としてはすでに壊滅しているという史実をちゃんと反映させていて、その中でも時代に迎合しなかった異端派の平井と、そのわずかな賛同者のみがゼーゼーハーハー状態で加藤に立ち向かうという窮状となっているのです。そこらへんが映画ではかなり大げさに修正されちゃって、まるで大正の直前まで陰陽師たちが平安時代以来の伝統を継承して健在でいるみたいな絵空事になってましたよね。ま、映画なんだからしょうがないですけどね~。演じてるのひらみきだし。

 また、原作ではあんなに情熱的だった加藤を、まるで天災か怪獣のように冷血で人間離れした怪人に仕立て上げた映画版の演出も、結果的には嶋田久作さんという稀代の個性を得て大成功したのではないかと思われます。確かに、これを原作のまんまに小林薫さんくらいの名優が上手に演じていたら、感情移入しやすすぎて『砂の器』とか『飢餓海峡』の犯人みたいになっちゃって、映画史に残るエターナルな名悪役キャラにはならなかったのではないでしょうか。映画は映画で、あの舵の切り方でよかったのよ。


 というわけでして、今回取り上げた『帝都物語』の第1・2巻は、1923年の関東大震災をいったんのクライマックスとして、まだ生身の人間で喜怒哀楽の感情も豊かな加藤保憲の、アジア三国を飛びまわる尋常でない努力と一方的な攻勢をかなり高い温度で語りまくる内容となっております。正直いうと、主語を省略したり時制を文章の途中にしれっと差し込んだりする若々しい荒俣先生の筆致は、慣れるまでは読みやすいとは言えないものなのですが、それでも、式神や依りわらや八陣奇門遁甲術といったおいしすぎるワードが乱れ飛ぶ物語のスピード感は、まさに大長編の開幕にふさわしい勢いあるものになっていると思います。盛り上がってまいりました!

 この、極悪非道だけどなんか嫌いになれない加藤の猛威を止める者はおらぬのか!? そんな、断りきれない損な性格のためにけっこうなとばっちりを喰らってしまう幸田露伴先生の満身創痍の嘆きに応えるかのように現れ出でたるは、平将門の大いなる遺志を継いで立ち向かう巫女、ひとり!!

 以下、次号! かんのん、りっき~!!(消臭力のリズムで)


~超余談~
 今回再読している1995年初版の「合本新装版」のまえがきで記されているように、作者の荒俣先生は1923年の関東大震災と95年の阪神淡路大震災に共通している「亥の年」というキーワードの不吉さを強調しておられます。
 でも、2025年現在に生きている身から振り返ってみるに、同じ亥の年である2007年と2019年に、それらに匹敵する凶事があったのかと言われると……新潟県中越沖地震(07年)とか京アニスタジオ放火事件(19年)とかはあったんですけど、ね。
 そもそも、あの東日本大震災がぜんぜん亥の年じゃないので(2011年は卯の年)、結果論ではあるのですが、亥の年がどうのこうのいうのは今や信ずるに値しないと断じるほかはないかと思います。

 ま、なに年だろうが、用心するに越したことはねぇってことさね! ドーマンセーマン☆
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