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長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

その潔さ……吉と出るか、それとも!? ~映画『ハケンアニメ!』~

2022年05月29日 22時48分35秒 | アニメらへん
 どもどもみなさま、こんばんは! そうだいでございます~。5月ももうそろそろおしまいですが、5月病、今年はいかがでしたか? これから来る梅雨のじめじめと、その後の猛暑地獄に耐える体力は戻りましたか~!? 私はもうダメ……

 そんな自分に気合を入れるべく、ここ1~2週間、私は週末に映画館に行っております。いや~、なんだかんだ言って、仕事帰りや休日に映画館に行って、パンフレットとコーヒーを抱えて座席でワクワクするのって、楽しいですよね。そんなにお安いもんじゃないですけど、束の間でも日常のあれやこれやを忘れる時間をもらえるっていうのは、ありがたいもんです。私にとっての温泉めぐりも、いわばそんな効果を期待しての趣味なんですが、温泉はそれ自体けっこう体力を使うもんだし、暖かい季節になるとちょ~っと行きづらくなっちゃうんで、映画館の方が、いいかな! おサイフに余裕があったらの話なんですが、ゆくゆくは私も、特に見たいものがあるってわけでもないけどとりあえず映画館に行ってみる、みたいな文化度の高いおじさんになりたいもんです、ハイ……

 さて、そんなこんなで最近は主に『シン・ウルトラマン』関連で映画館に行くようになっているのですが、今回は、ある意味で『シン・ウルトラマン』以上に、私の中での期待度が高かった作品を観に行ってまいりました。きたきた~!

 そうです、私が愛してやまない小説家・辻村深月先生の作品を映画化した、こちら!


映画『ハケンアニメ!』(2022年5月20日公開 128分 東映)

 『ハケンアニメ!』は、辻村深月によるアニメ制作現場を舞台とした小説作品である。女性週刊誌『an・an』(マガジンハウス刊)に2012年10月~14年8月に連載された。連載時から作品の挿絵は CLAMPが担当する。
 2019年10・11月に G2の脚本・演出により大阪・東京で舞台化作品が上演され、2022年に実写映画化された。

おもなキャスティング
斎藤 瞳   …… 吉岡 里帆(29歳)
王子 千晴  …… 中村 倫也(35歳)
行城 理   …… 柄本 佑(35歳)
有科 香屋子 …… 尾野 真千子(40歳)
並澤 和奈  …… 小野 花梨(23歳)
宗森 周平  …… 工藤 阿須加(30歳)
群野 葵   …… 高野 麻里佳(28歳)
根岸(制作デスク)…… 前野 朋哉(36歳)
越谷(宣伝担当)…… 古館 寛治(54歳)
前山田(脚本家)…… 徳井 優(62歳)
関(作画スタジオ社長)…… 六角 精児(59歳)
河村(作画監督)…… 矢柴 俊博(50歳)
白井(編集担当)…… 新谷 真弓(46歳)
田口(アニメ演出家)…… 松角 洋平(44歳)
星(TV局重役)…… みのすけ(57歳)
ナレーション …… 朴 璐美(50歳)

おもなスタッフ
監督 …… 吉野 耕平(43歳)
脚本 …… 政池 洋佑(38歳)
企画 …… 須藤 泰司(54歳)
編集 …… 上野 聡一(53歳)
音楽 …… 池 頼広(58歳)
主題歌『エクレール』(ジェニーハイ)
アニメーション制作 …… Production I.G
アニメーション監修 …… 梅澤 淳稔(62歳)

『サウンドバック 奏の石』
 斎藤瞳が監督として制作する、石が変形するロボット「サウンドバック」に乗って戦いに身を投じる少年少女達を描いたアニメ。
劇中アニメ制作スタッフ
監督 …… 谷 東
演出 …… 森川 さやか
キャラクター原案 …… 窪之内 英策(55歳)
メカニックデザイン …… 柳瀬 敬之(48歳)
キャラクターデザイン・作画監督 …… 大橋 勇吾
アニメーション制作 …… コヨーテ(本作公開前の2021年7月に会社解散)
アニメーション制作協力 …… 白組
声の出演(群野葵役以外)…… 潘めぐみ、梶裕貴、木野日菜、速水奨

『運命戦線リデルライト』
 王子千晴が監督として制作する、自らの魂の力で操作するバイクでレースを競い合う魔法少女達の姿を描いたアニメ。
劇中アニメ制作スタッフ
監督・絵コンテ・演出 …… 大塚 隆史(41歳)
キャラクター原案 …… 岸田 隆宏
キャラクターデザイン・作画監督 …… 高橋 英樹
アニメーション制作 …… Production I.G
声の出演 …… 高橋李依、花澤香菜、堀江由衣、小林ゆう、近藤玲奈、兎丸七海、大橋彩香


 ……いや~、とんでもない力の入れような作品でしたよ、これ!
 もう、上にあげた作品情報をご覧いただいてもお分かりかと思うのですが、「実写映画1本にアニメ映画2本」って言ってもオーバーじゃないくらいに、アニメパートのスタッフ・キャストの陣容が真剣すぎませんか!? これで、作中で流れるのは各作品5~10分くらいなんだもんね。贅沢だな~!!
 原作の時点で、この「アニメ業界トップレベルの作中作が2本!」という入れ子構造があった以上、それを実写映像化するのはそうとうに高いハードルだったかと思うのですが、そこは、さすが東映さん! 真正面からフルパワーで『サウンドバック』と『リデルライト』をアニメ化しちゃうという、採算度外視の正攻法でぶつかってくださったと思います。う~ん、『シン・ウルトラマン』の東宝という強大すぎる敵に、なんとしても一矢報いたいという執念のようなものさえ感じさせるこだわりようですね! まぁ、この5月の興行番付は、コロナやなんやかやがあってこうなったものなので、この顔合わせも想定外のものだったのかもしれませんが、消費者としては、とっても対照的で面白い好カードになったと思います。

 さて、もともとこの『ハケンアニメ!』という小説は、はっきり申せばひと昔前、10年前のアニメ業界を舞台にした作品です。
 私も、10年前にまず小説という形でこの作品を楽しんだわけだったのですが、すでにその時点で、この作品では語られていない、作者があえてカットしたと思われるアニメ業界のあれこれがあるのでは?と感じていました。
 そのことに関しては、ハードカバー版の『ハケンアニメ!』を読み終えた直後に我が『長岡京エイリアン』で検証してみたいと思ったのですが、『ハケンアニメ!』の連載当時に実際に放送されていたアニメ作品を羅列してみただけで終わってしまっていました……なんにも始めてねぇよ!!
※過去の関連記事は、こちら

 ともかく、その時に私が感じたのは、「誰がその作品を作っているのか?」という点を、辻村先生は意図的に簡略化して『サウンドバック』の斎藤瞳監督と『リデルライト』の王子千晴監督に集約させていた、ってことなんですね。
 言うまでもないことですが、アニメ作品というものはたいてい、まず小説やマンガの形での原作者がいて、アニメ化するとなるとシリーズ全体の流れを統括する「シリーズ構成」を担う総監督とメイン脚本家がいて、さらには各話の制作を受け持つ演出家と脚本家もいるし、すべての人材を作品作りにまとめ上げるプロデューサーだっているという、「船頭多くして船、宇宙に旅立つ」状態からできあがっていくものだと思います。

 そこを『ハケンアニメ!』は、「なぜ人は作品を作るのか」という、普遍的な人間の情熱の源泉を小説の形で分かりやすく伝えるために、あえてウソをついてシンプルにしているな、と感じたのです。ただ、小説の『ハケンアニメ!』では、放送されるアニメ本編の世界だけでなく、その周辺にいるアニメーターや付属商品となるキャラクターフィギュア制作会社、果てはアニメ作品を観光資源にしようと奔走する地方自治体までに語る視点を増やしているために、どっちかというとアニメ業界ではそんなに多くはないはずの「アニメ制作会社のオリジナル作品」を、しかも2つも主軸に据えているというウソっぽさをまぎらわせている巧みさはあるな、と感じていました。さすがは辻村先生。
 なので、Wikipedia において、この『ハケンアニメ!』を「お仕事小説」と定義しているのは、ちょっとどうかと思うんですよね。そこはそれ、リアリティ重視ではない味付けがされているフィクション作品であることを忘れてはならないと思います。

 そんでもって、原作連載のなんと10年後に満を持して実写映画化された『ハケンアニメ!』だったのですが、やはりこの映画版もまた、2010、20年代の日本のアニメ業界をリアルに画面に落とし込んだ作品……にはなっておりません。
 むしろ、情報量の莫大な小説よりも、もっと単純でタイトな2時間前後という枠の中で作品の熱量を伝えきるために、今回の映画版は、原作以上にウソっぽさが強くなり、人によっては「10年前の小説よりもさらに古くなってる!?」とビックリしかねないアレンジもなされているのでした。

 まぁちょっと、本題の映画版の感想に入る前に、そこら辺の原作小説との内容の違いについて、整理してみましょう。


≪原作と映画版との主な相違点≫
・有科香屋子の年齢設定が、原作では35歳だが映画版では36歳。しかし原作は『リデルライト』の完成する約1年前から物語が始まっているため、『リデルライト』完成時点での香屋子の年齢は同じ36歳ということになる。
・王子千晴の年齢設定が、原作では32歳(『運命戦線リデルライト』完成時は33歳)だが、映画版では36歳。『光のヨスガ』を制作したのは、原作では24歳の時で、映画版では物語の時点での瞳と同じ28歳の時。
・王子の『光のヨスガ』から『運命戦線リデルライト』までの期間は、原作では9年だが、映画版では8年。
・フィギュア会社「ブルー・オープン・トイ(ブルト)」の企画部長・逢里哲哉の出番が映画版では大幅に減らされており、有科香屋子との接点が描写されない。ブルト関連のエピソードは映画版ではほぼ語られない。
・フリーのアニメーターの迫水、スタジオえっじの江藤社長、小説家のチヨダコーキとチヨダの担当編集者の黒木、『運命戦線リデルライト』の音響監督の五條、行城の妻、ブルトのフィギュア造形師の鞠野カエデとその娘、選永市民と「河永祭り」の関係者が、映画版では登場しない。
・原作で語られるアニメ監督の野々崎努の存在が映画版では語られず、王子の設定に取り込まれている。
・『運命戦線リデルライト』の制作進行担当の川島加菜美の出番が大幅に減らされている。
・行城理は、原作ではブランド物のポロシャツにジーンズというラフな普段着で勤務しているが、映画版では常にスーツ姿で勤務している。
・斎藤瞳の年齢設定が、原作では26歳だが映画版では28歳。
・瞳は、原作では2年前にアクションゲーム『太陽天使ピンクサーチ』のゲーム内アニメを手掛け話題になるなどのキャリアを積んでから『サウンドバック』の監督になっているが、映画版では無名の新人監督。
・瞳は、原作では東京都内の有名私立大学・X大学法学部卒業後にトウケイ動画に就職しているが、映画版では国立大学を卒業して地方公務員になってからトウケイ動画に転職している。
・王子が失踪後に香屋子と再会したのは、原作では製作発表記者会見の5日前で、映画版では製作発表記者会見の当日。
・王子が香屋子と再会した時に渡した『運命戦線リデルライト』の脚本は、原作では最終話分まであるが、映画では最終話分のみできていない。
・『運命戦線リデルライト』と『サウンドバック』の製作発表記者会見は、原作では別々に記者会見を開いているが、映画版では合同記者会見。
・『運命戦線リデルライト』の放送時間は、原作では木曜深夜0時55分からだが、映画版では土曜夕方5時からで『サウンドバック』と同じ時間帯。原作において、初回放送は『リデルライト』の方が先であったが、番組編成上の都合により最終回は『サウンドバック』の方が『リデルライト』よりも1週早かった。
・瞳がトウケイ動画の入社面接で答えた、アニメ業界で働きたいと思うきっかけとなった作品が、原作では野々崎努監督の『ミスター・ストーン・バタフライ』劇場版だが、映画版では王子の『光のヨスガ』。
・瞳の好物が、原作ではミスタードーナツのフレンチクルーラーだが、映画版ではチョコエクレア。
・原作に登場した声優の美末杏樹が映画版に登場しないため、美末の設定が映画版の群野葵に組み込まれている。
・並澤和奈は、原作ではメガネをかけているが映画版では普段はかけていない。
・和奈が瞳や行城と面識を持つきっかけとなった雑誌『アニメゾン』の表紙イラスト騒動は、原作では『サウンドバック』の放送開始後に起きるが、映画版では放送開始前に起きる。
・『サウンドバック』制作スタッフにおいて、原作で登場するのはシリーズ構成担当の結城と宣伝プロデューサーの越谷と各話演出の大内のみだが、映画版では各現場スタッフが名前付きで登場し、結城と大内は登場しない。映画版では越谷に大内のキャラクターも取り込まれている。
・トウケイ動画の根岸は、原作では行城の先輩にあたるプロデューサーだが、映画版では『サウンドバック』の制作デスク。
・『サウンドバック』の作画監督の名前が、原作では後藤だが映画版では河村。ただし、原作の後藤は作中にほとんど登場しない。
・関は、原作ではアニメ原画スタジオ「ファインガーデン」で働く原画担当の社員だが、映画版では原画も行うファインガーデン社長。ちなみに、原作でのファインガーデン社長は古泉という男性で、関とは別人。
・宗森周平は、原作では新潟県選永市(えながし 架空の自治体)観光課の職員だが、映画版では埼玉県秩父市観光課の職員。ちなみに、原作で宗森がアニメ聖地巡礼の勉強のために視察した地方自治体の中に「埼玉県 C市」が含まれている(おそらく2011~19年の長井龍雪監督による「秩父三部作」に関連してのことと思われる)。
・宗森と和奈の住む自治体で行われている祭りのメインイベントが、原作では選永川の舟下りだが、映画版では『塔の上のラプンツェル』みたいなランタンフェスティバル。
・「ハケンアニメ」の判断基準のひとつとして語られるのが、原作では DVD売り上げ枚数だが、映画版では放送視聴率。
・映画版で語られるのは、原作の第3章「軍隊アリと公務員」の半ばまで(全体の2/3ほど)。そのため、『サウンドバック』と『運命戦線リデルライト』が放送終了した後の選永市の河永祭りのエピソードは語られないが、『サウンドバック』のオープニング主題歌を元にしたという舟下りの「舟謡(ふなうたい)」の歌詞の内容が、映画版で流れる劇中挿入歌『 Be who you gotta be.』(原詞・辻村深月)の歌詞に反映されている。


 いっぱいありますね~!! でも、これは小説と映像作品との、表現形式の違いから生じる仕方のない選択ですよ。そりゃ、『ハケンアニメ!』を全編まともに映像化しようとしたら、2クールぶんくらいの連続ドラマにしないといけなくなっちゃうし、キャストも倍以上になっちゃうだろうしなぁ。チヨダ・黒木ペアとか鞠野ゲリ……じゃなくてカエデさんも、そうとうな売れっ子俳優さんを起用しなきゃいけなくなるだろうし。

 こうやって羅列してみますと、今回の映画版は、意外と大胆にアレンジを加えていることに気がつきます。また、『サウンドバック』と『リデルライト』のアニメ本編放送終了後の選永市のエピソードや鞠野カエデさん関連といった非常においしい要素もばっさりカットしているので、小説と映画版とで、観終わった後の印象がけっこう違うと感じた方も多いのではないのでしょうか。小説の『ハケンアニメ!』って、選永市の展開でそれまでの全ての登場人物たちの苦労が報われ、オールキャストが勢ぞろいして大騒ぎの大団円といった感じで、辻村作品としては珍しいくらいにハッピーエンドな締め方になっていると思います。そこらへん、もしかしたら映画版の、斎藤監督がたった一人で「ものづくりのしあわせ」を静かに噛みしめるラストとはだいぶ雰囲気が対照的なのではないでしょうか。

 そうなんです、今回の映画版『ハケンアニメ!』は、「主人公は斎藤瞳ひとり」という視点に集約させるために、多くの才能の集まりとしてのアニメ作品を語る原作小説の群像劇スタイルから、だいぶ離れた作品に仕上がっているのです。

 往々にして、ここまで小説から離れた構造になると、辻村先生の作った強固な「枠」が外れて、作品自体が迷走しかねない危険性があったかと思うのですが、今回に関しての、約2時間という映画の制約に応えるために「主人公を1人に絞った」という選択は、まったくもって大正解だったと私は感じました。
 そして、この主人公の一本化が成功した理由は、たったひとつ! 斎藤瞳監督役の吉岡里帆さんがよかった!! ここ! ここに尽きるのよね。

 はっきり言って斎藤瞳という人物は、20代のみそらで夕方5時台放送のアニメ枠のシリーズ構成・総監督を担当するという、現実の世界ではなかなか存在しえないバケモン的天才です。いやいや、そんなの『サザエさん』や『ドラえもん』に匹敵する名作を、マンガ原作連載という前提なしで現出せしめよ、って言ってるような異常な要求ですよ……ムリムリ!! パラケルススじゃないんですから。
 ただ、そんな彼女が、徹底的に悩み、苦しみ、寝るのも惜しんで、「なんで私はものを作ってるんだ? 誰のために?」という問いにまじめに向き合い、その末に彼女なりの答えを見つけ、周囲の人の理解を勝ち取りながら、カイコのように文字通り身を削って作品をつむぎ出していく徒手空拳のさまを、ただひたすらにカメラに写し取ること。その泥臭い歩みの記録に集中したことが、今回の映画版の熱量の異様な高さにつながったのではないでしょうか。アツい! そりゃもう『ロッキー』みたいに熱いんだ、画面からにじみ出る情熱が、業が!!

 要するに吉岡さんが、斎藤瞳の非凡さをあえて薄めにして、理不尽な圧力に屈して自分の思うようにならないことも多い世の中を、それでも歯を食いしばって生きているすべての人にとって「刺さる」リアリティを持った生身の人間として演じ切っていること。こここそが、今回の映画版『ハケンアニメ!』最大の見どころだと思うのです。

 その点、そういった全面的主人公の斎藤瞳に対して、周囲の行城理や対抗陣営の王子・香屋子ペアをはじめとした他キャストの皆さんは、少々デフォルメされすぎたきらいもあります。まぁ、もともとが CLAMPさんが挿絵を描いているような方々なんですから、それを生身の俳優さんがたが演じるとしたら、アウェー感は否めませんよね。でも、みなさんステキな存在感を持つキャラクターになっていたと思います。特に行城さんの人物設定は原作とはだいぶ異なったものになっていましたが、だからこそ、ダウンした瞳監督を介抱した時の会話や、エンドロールの後の「おたのしみ」などで観られた行城の素顔は、とっても温かみのある意外性に満ちていたのではないでしょうか。

 でも私としましては、残念ながら今回の映画版では出番は思ったよりも多くはなかったけど、和奈を演じた小野花梨さんと、宗森を演じた工藤阿須加さんのペアが特に良いと感じましたね!
 以前、私、同じ辻村先生原作の『ツナグ』の映画版を観た時に、原作小説では「言下のやりとり」だったのが良かったな、と感じた部分を、映画版ではしっかりセリフに変換して演じられていたのを観て、「あぁ~、まぁ、そんなもんよね……」とちょっとした諦念を感じていたのですが、今回の和奈と周平のやりとりで、原作小説でも印象的なやりとりだった「リア充」に関する認識の違いを和奈が感じるところを、補足セリフもナレーションもなく、完全に和奈を演じる小野さんの目の演技だけで処理していたのには、本当に感動しました。あれは監督の演出というよりも、小野さんの演技力に全幅の信頼を置いた監督との信頼関係がすばらしかったですね! 小野さんを起用した時点で、映画版『ハケンアニメ!』は神に愛される作品となっていたのだ!!

 そんな感じで、原作のあまたある見どころの中から、勇気をもってたったひとつ「斎藤監督の闘い」という部分をチョイスして徹底的に掘り下げた映画版『ハケンアニメ!』の英断を大いにたたえ、「リアルじゃなくてもいいじゃないか!」という開き直りに賛意を表したいと思うのでありました。その潔さや、よし!!

 ただ、ちょっと一つだけ気になったくだりがありまして、映画の前半、クセの強い『サウンドバック』スタッフ陣とのコミュニケーションに苦慮する斎藤監督が、原作では登場しなかった脚本家・前山田という人物と打ち合わせ中に対立するシーンがありました。そこで前山田は、

「後で効いてくる非常に重要な伏線として、劇中で寺の鐘の音を鳴らしたい。」

 とかなんとか言うのですが、斎藤監督が本編のテンポの邪魔になるから描写しないと応じたために、2人の間に非常に険悪な空気が流れてしまいます。ここ、のちのちの展開や両者の関係性を考えると、ちょっとおかしいんじゃないかと感じました。
 だって、こう言うからには、前山田の頭の中には『サウンドバック』の全体的な構造ができあがってるってことですよね? つまり、このやり取りを観た人の多くは、見るからに大ベテランの風格もある年配の前山田さんが構想した『サウンドバック』を斎藤監督がアニメ化するのかと思い込んでしまいます。だからこそ、自分の脚本を強引に修正してしまう斎藤監督に前山田も憤慨してしまったように見えるのです。
 ところが、原作でも映画版でも、『サウンドバック』の構想を担当しているのは斎藤監督なんですから、前山田が監督を差し置いて鐘の音がどうこう言う立場ではないことが、映画のクライマックスに向かうに従って露呈してきます。『サウンドバック』最終回での相当無茶な脚本変更においても、前山田は特に異論をとなえるでもなく、斎藤監督が口述する登場人物のセリフを聞いて台本の形にまとめる役割しかもらっていないのです。

 ここよ! 本来のアニメ業界ならたぶん、前山田の役割の人は、斎藤のようなアニメ監督とは違う人物であり(シリーズ構成とか原作者とか)、それこそドラマティックなバチバチのバトルが展開されてもいいいはずなのですが、『ハケンアニメ!』の場合は、内容のシンプル化のために泣く泣く省略されていたんでしょう。つまり、前半の斎藤監督の四面楚歌ぶりを際立たせるために、前山田の役割が前半と終盤とで全く違うスケールになってしまったのです。前半ではシリーズ構成のメイン脚本担当のように見えていたのに、フタを開けてみればただの台本起こし役だったというわけです。そこらへん、徳井さんらしいっちゃあ、徳井さんらしい。
 斎藤監督の苦心を演出する一環として、脚本部門からの抵抗勢力を入れたくなった気持ちもわからんではないのですが、そこは監督に対するシリーズ構成という超難敵を入れるなら入れる、入れないなら入れないでハッキリしてほしいな、とちょっぴり感じました。

 以上、非常に楽しく感動させてもらった映画版『ハケンアニメ!』だったのですが、現代はとかく「人からどう見られているか」を気にしながら生きなければいけない世の中なのだな~、と深く感じました。
 新人監督としてナメてかかられまいとする斎藤監督。伝説の監督というレッテルを忌まわしく思いながらも、「ハワイ旅行しながらちょちょいのちょいで書き上げたゼ☆」という新たな伝説を捏造しちゃう王子監督。互いに同業のライバルとして負けまいと水面下での努力に明け暮れる行城と有科。オタクとしての生き方を世間のリア充どもに馬鹿にされていると思い、いつの間にか勝手に自分で壁を築いていたことに気づいた並澤と、それを気づかせてくれた宗森、アイドル声優という不安定極まりない生き方を余儀なくされる中でも、自分の携わる作品を真剣に愛そうとする地道な努力を続ける群野葵……

 周囲の目という正体の無い敵を相手に、誰の共感も必要としない我慢と苦労を続ける登場人物たち。その日々を、斎藤監督を中心に据えながらも、まめにすくいあげる視点が随所にあるのもまた、映画『ハケンアニメ!』の魅力であると思います。だからこそ、あのシーンでの斎藤監督の「私はかわいそうじゃない!!」というセリフが、単なる負け惜しみでなく魂の叫びとして、多くの観客の心に「刺さる」のではないでしょうか。あの長回しカットは、女優としての吉岡さんのキャリアの、現時点での精華だと思います。すばらしい!


 世の中じゃあ、東宝の『シン・ウルトラマン』のほうが優勢かも知れませんが、どっこい東映の『ハケンアニメ!』も、っていうか、『ハケンアニメ!』の方がおもしろいぞ! 感動できるぞ!! ということを声を大にして叫びまして、今回の感想のおしまいにしたいと思います。子どもに見せるのなら、だんぜん『ハケンアニメ!』のほうがいいです!

 あの日、私が最初に『シン・ウルトラマン』を観に行ったとき、前の上映回が終わって中から出てきた野球帽の小学生男子の釈然としない表情が、いまだに忘れられません。「ウルトラマンとゼットン、結局死んだの? 死んでないの?」みたいな。

 少年よ、いい歳こいたオジサンたちのわがままムービーなんか見てないで、『ハケンアニメ!』を観てくれ!!

 ……などと、生涯最初に観たアニメが『エリア88』、特撮映画が1984年版『ゴジラ』だったために心に深いひねくれ属性を植え付けられてしまったオジサンがのたまっております。まぁ、ヘンな作品も、それはそれでいいよね。
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お約束を楽しめるか、いなか ~映画『ドラえもん のび太の月面探査記』~

2019年03月11日 19時09分06秒 | アニメらへん
 んど~も~、こんばんは! そうだいでございます~。
 え~、3月の大仕事が、無事に終了いたしました。今年度最大のヤマ場でしたが、まわりのみなさま方の温かいサポートも頂戴しまして、なんとかかんとか終えることができた、という安堵でいっぱいの状態です。でも、まだあと半月あるのよねェ~、今年度は! 気を緩め過ぎずにもう少しだけアクセル全開でいかねば!

 さて、そんな感じで満足に睡眠時間も確保できない状況でしたので、公開されてしばらく経っているのに手がまるで出せなかったこちらに、昨日の日曜日にやっと観に行ってまいりました!! がんばった自分に素晴らしいご褒美! ただし同伴者はナシという、このせつなさよ……


映画『ドラえもん のび太の月面探査記』(2019年3月1日公開 111分 東宝)
 アニメ映画『ドラえもん のび太の月面探査記』は、映画『ドラえもん』シリーズ通算第39作。
 小学館てんとう虫コミックス版『ドラえもん』第23巻収録作品『異説クラブメンバーズバッジ』(1980年10月発表)を原案とする。アニメ版『ドラえもん』第2作2期(2005年~)としては初の3年連続のオリジナル作品となる。脚本を女性が単独で担当するのはシリーズ初となり、主要ゲストキャラクターが転校生かつ宇宙人というプロットや、作中の季節が秋に設定されているのも大きな特徴となっている。
 かつて藤子・F・不二雄のチーフアシスタントを務めたむぎわらしんたろうによると、『大長編ドラえもん』の舞台案として「月」と「南極」は何度も挙がったが、毎回挫折していたという。南極に関しては映画第37作『ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険』(2017年)で採用され、月も本作でようやく取り上げられたこととなる。
 前作までの劇場版公開日は3月の土曜日だったが、本作以降の公開日は金曜日となっている。
 ゲスト声優は広瀬アリス、柳楽優弥、中岡創一(ロッチ)、高橋茂雄(サバンナ)、吉田鋼太郎、酒井藍(吉本新喜劇座長)の6名。高橋は3年連続の声優出演となる。
 過去に映画『ドラえもん 新・のび太の大魔境』(2014年)と『ドラえもん 新・のび太の日本誕生』(2016年)で監督を務めた八鍬新之介が初めてオリジナル作品を手がける。過去2作同様、キャラクターデザインを丸山宏一、演出を岡野慎吾が務めるが、演出にはテレビシリーズの絵コンテ・演出・キャラ設定・原画を務めてきた山口晋が新たに加わる。山口は劇場版でも過去に原画として参加していたが、演出としては初登板となる。音楽は前作『ドラえもん のび太の宝島』(2018年)に引き続き服部隆之が起用された。
 最終興行収入は50.2億円を記録した。

主なスタッフ
原作   …… 藤子・F・不二雄
演出   …… 岡野 慎吾、山口 晋
キャラクターデザイン、総作画監督 …… 丸山 宏一(48歳)
録音監督 …… 田中 章喜(53歳)
音楽   …… 服部 隆之(53歳)
脚本   …… 辻村 深月
監督・絵コンテ …… 八鍬 新之介(37歳)
エンディングテーマ …… 平井大『THE GIFT』
配給   …… 東宝

小説版
 『小説 映画ドラえもん のび太の月面探査記』のタイトルで、2019年2月に発売。本作の脚本を手がけた辻村深月が自ら執筆する。

藤子・F・不二雄ミュージアム(神奈川県川崎市)
 2019年3月9日、藤子・F・不二雄ミュージアム館内施設「Fシアター」が新作『ドラえもん&Fキャラオールスターズ 月面レースで大ピンチ!?』の上映を開始。脚本を辻村が手がけるほか、監督を映画『ドラえもん のび太のひみつ道具博物館』(2013年)などを手がけた寺本幸代が務める。


 小説版も、もちろん読みましたよ~! さすがは F先生愛に満ちた辻村先生の手になる本作といいますか、映像と文章とで比較する楽しみもたっぷりあるのですが、まずは映画のほうに関しての感想みたいなものをば。

「ひじょうにお行儀のよろしい作品でした!」

 こんな感じでしょうか。こう一言でまとめてしまいますと、どうにも批判的な感じと取られてしまいそうなのですが。いやいや、お代を払った分の楽しさを味わったことは全く間違いございません。おもしろかった! おもしろかったんですが……
 物語の、特に後半が「何を見ても何かを思い出す」無数の過去作へのオマージュ大博覧会のような展開の連続になっていて、連想、連想の連続で観ていてむちゃくちゃ疲れてしまったんですよね。
 昔のドラえもん作品なんて知らないヨ!という、何ごとにも染まってないピュアな子ども達が見たらそんなことはないんでしょうが、わたしゃ、まるで注釈が本文と同じくらいの分量になってるブ厚い本を読んでるような気がしてしまい……おもしろいと同じくらいに「疲れたー!」な気分になってしまいました。ただそれは、中身がスッカスカじゃないってことなんですから、名作の証であるとも言えるけど。
 これはあれですね、「映画館で1回観ただけでスッキリ満足できる」娯楽を期待していた私が違ってたんだと思う。この作品はおそらく、「何回も繰り返し観て感動を深めていくべき」ものなんじゃなかろうかと。

 感想で申した「行儀が良い」というのは、過去作品に対するオマージュが敬愛に満ちているものであるということなんですが……ちょっと、そんなに気を遣わずとも、辻村先生のやりたいようにおやりになったら? といらぬ気遣いをしてしまうくらいに、後半にいくにつれて「昔どこかで観たような定番の展開」が多くなりすぎて、そんな安全パイなあれこれよりも、序盤の小学校での風景や、大団円でのルカたちの「ある選択」のくだりにあった、実に辻村先生らしい細やかな描写や、「えそらごと」という制約に対する仁義の切り方のようなカッコよさが目立たなくなってしまったような気がしたんです。

 まさか、思い入れの強い歴史的シリーズを前にして緊張してしまったということもないんでしょうが……でも、『ドラえもん』というとてつもないキッチンを使う以上、自分の持ち込んできた素材と調理具だけで勝負するわけにもいかないでしょうし。とにもかくにも、制作陣が長年の懸案にしていた「月」という題材を料理できるのは辻村深月その人しかいなかったわけでして、それはもう見事な手練でしたね。
 いや、「月」だけ残ってたのは、むしろ F先生から辻村先生に贈られた「タイムカプセル式の宿題」だったのでは……つまり、本作を辻村先生が手掛けたという流れは、全てお釈迦さまのたなごころの上のことだったというわけか!! ひえ~。

 そんなわけで、さっさと本作を観た雑感を述べていきたいのですが、物語の本筋に入る前に、まず辻村作品としてさすが!とうなってしまったのは、先ほども言ったようにやっぱり序盤の「小学校でのもろもろ」でありまして、「ちゃんといじめをしているジャイアンとスネ夫」と、「出木杉くんの存在の耐えられない哀しみ」がしっかりと描かれていたのには、こりゃもうほんとにうならされてしまいました。いや、親子連れのファミリー客がわんさかいる映画館の中で、おっさんが一人うなっていても気色が悪いだけなんですけど。
 この何気ない小学校パートで描写されているのは、各登場人物のキャラクター説明と月と地球に関する前提説明だけでなく、出てくるキャラ全員が実際に生身で生きている人間である、ということだと思います。要するに、ジャイアンとスネ夫は物語の後半で見せるような団結力と勇気のある主人公チームの一員というだけでなく、いつまでも子どもっぽくて無知な(ように見える)のび太を平気で嘲り笑い馬鹿にしたり、小学校にやって来た異分子(ルカ)を警戒していじめようとしたりする、ごくごくふつうな小学生男子です。こういう、『ドラえもん』の中でも大長編では特になりを潜めるような2人の負の部分が、むしろエピソードの中で悪役を演じることの多い通常の TVシリーズよりもはっきりと生々しく描写されるのは、やっぱりあの『凍りのくじら』(2005年)をはじめとして、子どもの世界のもろさと残酷さを克明に描いてきた辻村ワールドの独擅場だと思います。だからこそ、物語の後半でルカたちを救いに行こうと月に向かうのび太たちの勇気や、スネ夫の逡巡といった群像描写が、彼らの成長として際立ってくるのでしょう。
 また、いつものように物語の展開に必要な予備知識を説明するだけで、実際の冒険には絶対に参加することを許されないことで有名な出木杉君に関しても、単なる説明役というだけでなく、ルカに「月に生き物はいると思う?」と尋ねられた時に、苦笑交じりに「科学的に見て、生き物が棲むのは無理だね。」と答えてしまうという致命的な反応によって、彼が冒険に参加することができない人物であることがはっきり示されるのです。このへんに、『ドラえもん』の繰り広げる奇想天外な世界に背を向けることしかできない「大人」な出木杉君の哀しみが如実に表れていると思います。それにしても、第2作第2期で出木杉君を演じている萩野志保子さんって、ほんとに演技が上手ですよね。アナウンサーとは信じがたし!

 辻村先生のホームタウンともいえる小学校パートの素晴らしさもさることながら、本作は中盤にカグヤ星のエスパル捕獲部隊が月に攻め込んでくるまで、のび太とドラえもんが不毛の土地であるはずの月面にウサギ王国を築いていき、そこで偶発的に謎の少年ルカの正体を知るという展開がトントン拍子に進んでいき、非常に快調なペースで物語が展開していくスピード感が非常にいいです。本作のメインひみつ道具となる「異説クラブメンバーズバッジ」も、実はあの有名な「もしもボックス」とは似ているようで全く違う機能のものであることを説明しておくことが非常に大切で、そこを観客に向けてはっきりさせておかないと、終盤での大逆転のカタルシスや、エピローグでのルカたちの重大な選択がわからなくなってしまうのですが、ドラえもんによる天動説と地動説を例に挙げた説明によって、かなりわかりやすく伝わっていたかと思います。すごいよな~、この、楽しく観ているだけなのに、いつの間にか人類の自然科学の歴史を勉強できているという SF(すこし、ふしぎ)の魔力こそが、F先生が『ドラえもん』に編み込んだ、日本文化史上においてもほぼオンリーワンなものすごさなんですよね。この絵と言霊の力はもう、弘法大師空海とか安倍晴明に匹敵する特殊能力だと思いますよ!
 それに加えて物語は、「月にウサギがいたっていいじゃないか!」というのび太の想像力が、最初は周囲の誰からも馬鹿にされるという逆境をドラえもんの助力を得て乗り越え、ジャイアン達をウサギ王国に招待して見返すという、TVシリーズ定番の胸のすく展開もあり、その後もルカとの出逢いを経てのび太らしからぬ「魂の男前」感を発揮、そのままカグヤ星のディアボロ討伐にまでなだれ込むという勢いが一貫しており、印象としてはのび太の成長譚のテイストが中軸に非常に強く据えられているという設計の確かさがあるのです。作品としてのブレが少ないんですね。

 さぁ、だとするのならば、本作は手放しに絶賛するべき、大長編シリーズ史上屈指の傑作なのかといいますと……正直、私の脳内に去来するのは「惜しい!」という、この一言なのであります。いいとこまでいってたのに! 惜しいんだなぁ、これが!

 惜しさの原因は、やはりなんと言ってもカグヤ星のパートに入ってからのオリジナリティの乏しさ、と……厳しい言い方になってしまいますが、そういうことになってしまうのではないでしょうか。いや、面白いは面白いんです! そこはちゃんと保証されていて、その上で言わせていただく、ぜいたくな苦言でございます。まぁ、「脚本・辻村深月」という金看板がなせるハードルの高さ、それゆえの惜しさですね。

 身もフタもないことを言ってしまうと、やっぱり「月」というテーマは、約2時間のボリュームを要求される現在の大長編シリーズを、頭からしっぽの先までみっちりエンタメの奔流で満たすのは、ちと難しいお題だったのではないでしょうか。当然ながら人類がおいそれと気軽に行けない神秘の秘境であることに違いはないのですが……絶対に行けないわけでもないし、滅んでしまった古代生物のロマンがあるわけでもないし。そりゃもちろん『かぐや姫』に象徴されるように、人類の歴史・文化に寄り添う重要なキーワードではあるのですが、いちばん好きかって言われると、そんなでも……みたいな。距離感が近すぎるからこそ、あらためて取り上げるまでもない家族みたいな微妙な存在なんですかね。
 ほら、恐竜だったらしょっちゅう、『ドラえもん』も言わずもがな、東西いろんな娯楽映画の題材になってますけど、マンモスって、有名なわりにそんなに映画の主人公になることってないじゃないですか。そういう感じなんじゃないかなぁ、お月さまって。まぁ損な役回りですよね。
 そういう難しいポジションにいるからこそ、大長編『ドラえもん』にとっての「月」は、F先生ご存命の頃から2019年にいたるまで積年の懸案になっていたのだと思います。そして、本作をもって辻村先生はその宿題に全身全霊で取り組み、最大出力でエンタメ作品に作り上げることに成功したのではないかと思うのです。
 ただ、それをもってしても、約2時間まるまるを月世界で通すことは不可能だったと。よくがんばった! よくがんばったけどね……

 本作での月世界は、のび太のウサギ王国とルカたちエスパルの潜伏地という二重の意味合いを持って物語の舞台となりますが、まず、ウサギ王国はあくまでも異説クラブメンバーズバッジを身に着けた人間のみが感知できる半異次元、半ヴァーチャルな世界であるため、のび太たちレギュラーメンバー以外の人間も巻き込むスケールの話にはなりにくいです。そこで投入された刺激的な異分子こそがルカたちエスパルであるわけなのですが、ルカたちにも月の地下に潜伏するに至るまでのドラマティックな背景を作ろうとしたところ、ルカたち自体を「貴重なエネルギー源および破壊兵器」として取り戻そうと画策する異星カグヤ星と悪役ディアボロ、そしてルカたちとディアボロの間で揺れ動くカグヤ軍の部隊長ゴダートという作品世界の広がりになっていくわけです。
 これでいちおう、約2時間という上映時間をまわす歯車となる登場人物はそろったでしょう。そろいはしましたが……そこに舞台が「月」である必然性があるかというと~? 実際に、上映時間のうち、登場人物たちが月と地球とを行ったり来たりする展開は上映開始から70分くらいまでで、残り40分間の、これでもかと盛り上がる決戦の地はディアボロの本陣たるカグヤ星になってしまうのでした。ここがね、このカグヤ星っていうのが、ディアボロたち悪者サイドのデザインも考え方もあいまって、なんかベタというか、どこかで見たような展開のパッチワークになっちゃうんですよね。いや、繰り返しますが面白いことは面白いんです。面白いんですが……

 なんか、日本の甲冑とエビ・カニの甲殻類をミックスさせたカグヤ軍の戦闘服といい、円形に大きく欠けたクレーターが特徴的なカグヤ星の衛星の浮かぶ情景といい、平安時代の垂纓冠(すいえいかん 雛人形のおびなの冠みたいなやつ)に狩衣っぽい装束、おまけに不気味な図形の描かれた布で顔を隠した格好のディアボロ宮殿の衛士ロボットといい……ここは過去の大長編作品? ここはスター・ウォーズ? ここはジブリ? みたいな感じで、ウサギ王国にまであったような発想の自由さというか、オリジナリティが急に薄まったような気がするんですよね。安全パイ的なデザインと展開コースに入っちゃったなぁ、みたいな。

 いや、それは伝統ある『ドラえもん』の大長編なのですから、しかたがない! 最後に必ずのび太たちが勝利して地球に帰ってくるという結末は、当たり前なんです。お約束を守ってこその王道。定番の展開に堂々と恥ずかしげもなく入っていくからこそ、「待ってました!」と喜んで没入するお客さんもいるし、シリーズの命を次の世代へとつなげていく新たな子ども達の人気も取り込んでいけるのでしょう。
 でも、いや、だからこそ、その正統シリーズに新風をもたらす才能を十二分に持った辻村先生がチャレンジする以上、その挑戦は作品のクライマックスまで続けていただきたかったと、辻村先生ファンである私は思ってしまうのでした。充分に頑張っていただいたとは思うのですが……後半、そういう意味での息切れ感はあったのではないでしょうか。

 余談ですが、地球からはるか遠くにあるはずのカグヤ星のディアボロ宮殿が、どうして日本古代平安朝の貴族文化に似た意匠に満ちているのか……無理やりこじつけてみますと、もともと昔話『かぐや姫』の原点となる古典文学『竹取物語』は確かに平安時代に成立したものですが、物語の時代設定はもうちょっと前の、飛鳥~奈良時代に活躍した藤原不比等政権期(8世紀初期)のころなのではないかという説があります。つまり、昔話の絵本のイラストや、あの高畑勲監督の手によるアニメ映画『かぐや姫の物語』(2013年)、あとは市川崑監督による大怪作『竹取物語』(1987年)に観られるような、いわゆる雛人形のような衣装をほんとうの(?)かぐや姫たちはまとっておらず、むしろ古代中国っぽい、『うらしまたろう』の乙姫様のようなドレスと、「伝・聖徳太子二王子像」の貴公子のようなスラっとした装束が行き交う物語だった可能性があるのです。十二単なんか、宇宙服並みに未来のファッションですよ!
 そういった時代の日本に、もしかしたらルカやルナたちは、ディアボロの衛士ロボットのような衣服を着て降り立ち、それを見た当時の奈良人たちは「なにそれ、超イケてんじゃん!」とビビッときて、のちの国風文化の象徴たる平安朝デザインに取り入れたのかも知れません。さすがは貴族階級、ファッションに貪欲ね!
 そう考えると、ディアボロ宮殿の意匠の謎もわかるような気がしてくるのですが、ルカは「なるべく地球の在来種には影響を与えたくない」とか言ってますんで、ちょっとキャラにはそぐわないような気はします。でも、ルナは「かぐや姫、わたしで~っす♪」とか言ってるんで、実は意外とヤンチャしてたのかも。

 さらに余談なのですが、このディアボロ宮殿にいる衛士ロボットたちの名前って、映画の中では言及されていないのですが、辻村先生による小説版でははっきりと「ミカドロイド」と呼称されているのです。え、ミカドロイド!? 東宝作品でミカドロイド!?
 ミカドロイドがたけのこ踏んで床に腰を打ったくらいで機能停止するかバカー!! ショッカーの再生改造人間軍団じゃないんだから、もうちょっとお金かけてよディアボロ~ん!!

 例によって、話もだいぶガッチャガッチャしてきたので、そろそろまとめに入りたいのですが、結局私が抱いたこの『のび太の月面探査記』に対する感想は、「前半が魅力的な流れであるがゆえに、後半の予定調和なまとまり方が残念至極」ということになります。

 その他にも、後半の展開で惜しい!とか残念!とかいうポイントはいくつかありました。ざっと列挙していきますと、

1、本作のマスコット的存在となる「モゾ」と「ノビット」が、いまいち魅力的にかみ合わない。
2、ルカに対してルナの存在感が薄い、というかキャラクターが軽い。
3、しずかちゃんとヒロインが後方支援に回って事態の打開策を発見するという流れが……既視感たっぷり!
4、セリフではちゃんと説明されているのだが、クライマックスで「あの集団」が助けに来る意外性が今一つピンと来ない。

 っていう感じでしょうか。かわいいモゾが言うからいいんですけど、「~をご存じない!?」っていう口癖って、現実世界ではけっこうヤな感じの言葉遣いですよね……
 ポイント2、についても、まぁこれは声を担当した声優さんの実力の違いと言ってしまえばそこまでなのですが、中盤のカグヤ部隊による月襲撃シーンにおいて、ゴダートたちの手から最後まで逃れていたのがルカだったのに、のび太たちが月にたどり着いたらそこにいたのはルナだったという展開が、それなりに説明はつくものの微妙な不自然さがありますよね。自分じゃなくて、とっくにゴダートたちに捕まって気を失っているルナをぶんどり返してウサギ王国に隠したうえで、自分はすんなり投降するという芸当、あの時のルカにできたんでしょうか……
 でも、そうしないとカグヤ星の最終決戦の場にメインでいるのはルナということになって、ゴダートとの和解という重要なシーンを担うのもルナということになっちゃって、それを演じきるにはルナ役の広瀬アリスさんはどうなんでろうってことになっちゃって……ギャー!! みたいな葛藤が、制作スタッフ陣の中には渦巻いていたのではないでしょうか。
 アリスさんって、演技がヘタとかいう話じゃなくて、単純にヒロインを演じるには声が低いんですよね。昨年の映画『プリキュアオールスターズメモリーズ』の山本美月さんでも思いましたけど、やっぱりアニメヒロインの発声法って、だいぶ特殊技能的な高さが必要になるんだなぁと。

 また、特に私が気になるのはやっぱり4、の点で、なんでピンと来ないのかといいますと、あのクライマックスの前提として、「あの集団」が現実世界に出てこられない存在であるということを映像で示す「フリ」があんまり効いていなかったからなのではないでしょうか。のび太やしずかちゃんが異説クラブメンバーズバッジをはずすとウサギ王国が消えてしまうという説明はよくわかるのですが、「月とカグヤ星」という距離的隔絶と同時に「異説世界と現実世界」という次元的隔絶があるということを、果たして瞬時に理解できた子どもがどのくらいいたのでしょうか。少なくとも、中年のおっさんである私はピンと来なかったよ! 単に、距離的隔絶を乗り越えてのび太やルカたちを助けに来たようにしか見えなかったのです。せめて、ウサギ王国が見えないゴダートとかいう遠回しな表現でなく、ウサギ王国の住人たちがゴダート部隊に手出しできず、ノビットがそれを遺恨に思うとかいう描写があれば、クライマックスの感動も際立ったかとは思うのですが……ん? 異説世界の住人から、現実世界の住人は見えるのかな?

 そうなんです、ここにきてはたと思い至る異説クラブメンバーズバッジの「描写されなかった謎」って、現実世界によって一方的に創造された異説世界の住人に、「外の現実世界を感知することはできるのか?」ってことなんですよね。どうなんでしょうか……でも、その意識が無いとノビットがあの発明をするきっかけにはなりませんよね。だとするのならば、バッジを外したら消えてしまうという受け身すぎる存在であるだけでなく、王国の中からゴダート部隊の横暴を見て「仲間を、自分たちの神様を助けたい!」と心から願うムービットやノビットたちの表情を描く必要はあったのではないでしょうか。そこがあれば、クライマックスは絶対にもっと良くなってたはず!! たぶん……

 最後に、異説と現実との関係について言うのならば、エピローグでのルカたちがくだす「決断」に関しても、果たして本当に、それでルカたちの願いは成就するのかという一抹の疑問は残ります。つまり、あそこで効力を発揮したのはあくまでも「異説を信じる者たち」の世界だけでの話であって、物理的にルカたちが「そうなる」とは限らないのではないか……だって、序盤でドラえもんが例に挙げていた「天動説と地動説」にあてはめるのならば、天動説に従って「世界の果ての大瀧」に落ちていくはずのあのタンカーは、地動説の現実世界では落下も沈没もしていないはずなのですから。
 でも、よくよく考えてみると、「エスパルは不死」という定説を信じているカグヤ星人が月に行かない限り、「異説」は揺るがないということになります。だから、ゴダートがルカたちに逢いに行こうとしないことが、成就の条件となるわけです。なりほど。

 う~ん、こうしてあれこれ思考するプロセス自体が、私にとって30年ほど前、生前の F先生や元気いっぱいの大山のぶ代ドラえもんたちが映画館の銀幕から贈ってくれた『のび太と竜の騎士』や『のび太の日本誕生』がもたらした「しあわせいっぱいの空想タイム」の復活にほかならないのでした。これこれ! これこそが、辻村先生の『のび太の月面探査記』が、F先生の大長編『ドラえもん』の純然たる正統後継者であるあかしなワケですよ~! このコストパフォーマンスの高さよ……辻村先生、ほんとうにありがとう!!

 いろいろくだくだと申しましたが、勝手に言わせていただきますと、今回の『のび太の月面探査記』は、辻村先生にとってあくまでも「勝負はまだ一回の表」でしかない作品であると思います。カグヤ星人じゃなくて宇宙忍者な表現であいすみませぬ。
 興行収入成績も上々で、一般的に見て『月面探査記』は充分合格ラインをいく成功作であると思います。でも! 辻村先生は、世界中の誰もが満足していても、辻村先生だけは非常に忸怩たる想いを、この作品に対して抱いているはずなのです。そして必ず、先生はまたこの『ドラえもん』ワールドに舞い戻り、リベンジマッチを高らかに宣言するはず! 辻村先生の限りなきチャレンジ魂!! また宇宙忍者……

 そんなこんなで、『のび太の月面探査記』、とってもおもしろかったですよ~。
 辻村先生、脚本に小説にと大変お疲れさまでございました!!

 それにしても、いったい何万人のいたいけな少女(少年も?)たちが、ルカを「初恋のひと」に認定してしまったことか……
 罪なひとだぜ、先生よう!!
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山本美月さんのかすれ声が妙に心に残る  映画『 HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』

2018年11月07日 21時41分51秒 | アニメらへん
映画『 HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』(2018年10月27日公開 73分 東映)

 映画『 HUGっと!プリキュア♡ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』は、「プリキュアシリーズ」15周年記念作品。
 本作は、当時のシリーズ最新作『 HUGっと!プリキュア』とシリーズ第1作『ふたりはプリキュア』を中心としたクロスオーバー作品であると同時に、映画『プリキュアオールスターズ みんなで歌う♪奇跡の魔法!』(2016年)以来となる「プリキュアオールスターズ」作品でもあり、TVシリーズの歴代プリキュア55名がオリジナルキャストによる声出しで出演する。歴代プリキュア全員の声つき出演は2011年の映画『プリキュアオールスターズDX3 未来にとどけ!世界をつなぐ☆虹色の花』以来7年ぶりであり、前作までのプリキュアオールスターズシリーズはすべて春の公開だったが、本作は初の秋公開となった。一方で『 HUGっと!プリキュア』におけるオリジナル劇場版としても位置づけられている。
 監督は、映画『 Go!プリンセスプリキュア Go!Go!!豪華3本立て!!!』(2015年)の一篇『プリキュアとレフィのワンダーナイト!』や映画『プリキュアドリームスターズ!』(2017年)を手がけた宮本浩史が務め、『ドリームスターズ!』と同様にセルアニメと3DCGアニメを組み合わせた作品となる。
 キャッチコピーは「あなたとの想い出、私たちはずっと忘れない!」、「ありがとう15周年!シリーズ史上最高55人!みんなの思いが未来をひらく!」。

 ゲスト声優として、敵キャラクター・ミデン役はシリーズ初出演となる宮野真守が担当。また女優の山本美月も本作の映画宣伝隊長になるとともに、レポーター役としてゲスト出演する。アニメ好きで大のプリキュアファンでもある山本は「この15周年という記念の年に、しかも映画宣伝隊長という形で携わることができて大変光栄に思っています。そして、映画にも出演できると聞いたときは、うれしかったですし、(役として)憧れていたプリキュアと会話したときは本当に感動しました」と語っている。
 登場するプリキュアの総数が55名に達したことから、制作した東映アニメーションがギネスワールドレコーズ社に「アニメ映画に登場する最も多いマジカル戦士の数」のカテゴリで世界記録を申請、映画公開日の2018年10月27日付けでギネス世界記録として認定を受けている。また『 CGWORLD』誌主催の第4回 CGWORLD AWARDS作品賞 CGアニメーション部門、VFX-JAPAN主催の VFX-JAPANアワード2019劇場公開アニメーション映画部門優秀賞を受賞している。

 2018年10月27・28日の初日2日間に全国230スクリーンで公開、30万9781人を動員し、興収3億5357万7300円を記録、映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場第1位に入った。プリキュア映画シリーズの初登場第1位は、前年公開の映画『キラキラ☆プリキュアアラモード パリッと!想い出のミルフィーユ!』(2017年)に続き2年連続3回目で、同作品と比較して182.9%、これまで初動最高記録だった映画『プリキュアスーパースターズ!』(2018年3月公開)を上回る結果となった。
 その後も興行は順調に推移し、公開5週目で累計観客動員90万人、興収10億円を突破、2019年1月には興収11億5000万円を記録、同年2月21日に行われた本作の応援上映イベントでは、これまでの最高記録だった映画『プリキュアオールスターズDX2 希望の光☆レインボージュエルを守れ!』(最終興収11億5000万円)を抜いて歴代最高興収になったことが発表された。

 本作の公開に先駆け、TVシリーズ『HUGっと!プリキュア』第21・22話(2018年6月24日・7月1日放送)にキュアブラックとキュアホワイトがゲスト出演した。また第36・37話(10月14・21日放送)でも本作との連動企画として、前出の2人に加え『 Max Heart』のシャイニールミナス、『5 / 5GoGo!』のキュアドリーム、『フレッシュ』のキュアピーチ・シフォン・タルト、そして『魔法つかい』のメンバー全員とモフルン、『アラモード』のメンバー全員とペコリンが登場し、残りの歴代プリキュアも第37話に登場した。このほか、第36話・37話共通では『アラモード』のいちご山長老、第36話では『5 / 5GoGo!』のブンビー・『魔法つかい』の魔法界の人々・『アラモード』のその他のいちご山の妖精、第37話では一部の歴代妖精・一部の番外味方プリキュア・残りの一部の歴代プリキュアの協力者・残りの改心した元敵組織の幹部(『 Splash Star』の霧生満と霧生薫・『フレッシュ』のウエスターとサウラー・『ドキドキ!』のレジーナ・『アラモード』のリオとビブリー)・一部の歴代敵組織の怪物(『フレッシュ』のナケワメーケ、『スマイル』のハイパーアカンベェなど)・クロスオーバー映画シリーズのキュアエコー、『フレッシュ』のカオルちゃんも登場した。


あらすじ
 横浜で暴れるモンスターを撃退したキュアブラック・キュアホワイト・シャイニールミナス。ところが、そこへ現れた謎の怪物ミデンによってルミナスは子供に変えられてしまう。ミデンは歴代のプリキュア達から思い出を奪い、ベビープリキュアに変えてしまっていた。さらにはな達の元にもミデンは現れ、はなは加勢に駆けつけたブラックやホワイトと共に戦うが、キュアアンジュ・キュアエトワール・キュアマシェリ・キュアアムール・ホワイトまでもが幼児に戻されてしまった。自分の事をすべて忘れてしまった幼い仲間達を前に悲嘆と絶望に沈むはなと、ほのかがいなければプリキュアに変身できないなぎさは絶体絶命の大ピンチに陥る。


おもな登場キャラクター・アイテム(担当声優の年齢は公開当時のもの)
HUGっと!プリキュア
 初期メンバー3名と妖精2体はオールスターズ作品初登場で、えみる(キュアマシェリ)とルールー(キュアアムール)は映画初登場となる。
野乃 はな / キュアエール      …… 引坂 理絵(33歳)
薬師寺 さあや / キュアアンジュ   …… 本泉 莉奈(25歳)
輝木 ほまれ / キュアエトワール   …… 小倉 唯(23歳)
愛崎 えみる / キュアマシェリ    …… 田村 奈央(30歳)
ルールー・アムール / キュアアムール …… 田村 ゆかり(42歳)
はぐたん …… 多田 このみ(?歳)
ハリハム・ハリー …… 野田 順子(ハムスター体 47歳) / 福島 潤(人間体)

ふたりはプリキュア / ふたりはプリキュア Max Heart
美墨 なぎさ / キュアブラック   …… 本名 陽子(39歳)
雪城 ほのか / キュアホワイト   …… ゆかな(43歳)
九条 ひかり / シャイニールミナス …… 田中 理恵(39歳)
メップル …… 関 智一(46歳)
ミップル …… 矢島 晶子(51歳)

魔法つかいプリキュア!
モフルン …… 齋藤 彩夏(30歳)
 朝日奈みらい(キュアミラクル)の思い出を元に作られた空間において、巨大な姿で登場し、ブラック・ホワイト・マシェリ・アムールを追いかけ回すが、悪いことをしている意識はないようで遊んでいるだけのようである。冷凍みかんが好物。

ミデン …… 宮野 真守(35歳)
 本作における事件の首謀者。白いてるてる坊主のような姿の怪物で、布状の身体に細長い両腕を生やした身体が特長。一人称は「ボク」もしくは「私」。
 その正体は、製造されたもののメーカーが直後に倒産し、市場に出回らず人間に使われることがなかった、古いフィルム一眼レフカメラ「ミデンF-MkII」が自我をもった存在で、思い出が何もない自分自身に悲観し、相手の思い出を奪う形で自身にも思い出を取り入れようと目論むようになった。
 相手の思い出を奪う能力があり、歴代プリキュアの記憶や必殺技を奪い、奪った記憶はステンドグラスのパネルに封印し、幼児化したプリキュアを捕えた部屋に保管している。また、その能力を使用してプリキュアの口癖や決めゼリフを真似たり、技を繰り出す際には頭部の形状や胴体の色がオリジナルと似た形状・色に変化する。なお、思い出を奪われたプリキュアは力を失い、はぐたんと同じ程度の幼児の姿に退化してしまう。
 物語序盤にて、街で暴れるモンスターを倒したキュアブラックたちの前に出現し、手始めにシャイニールミナスの思い出を奪った後、HUGっと!プリキュアのメンバーにも襲いかかり、結果的にはキュアエールを除く4人のプリキュアに加え、駆けつけてきたキュアホワイトの思い出を奪うことに成功する。しかし、ほのかが思い出を取り戻す形でなぎさたちがプリキュアに変身し、彼女たちの浄化技である「プリキュア・チアフルアタック」を受けるが、この時のエールたちから「他人から奪った思い出は自分の物にはならない」と叱責を受けたショックから暴走状態になり、街中の人たちの思い出を奪いながら、それを元に巨大なステンドグラスの城を作り出して引きこもってしまう。

モンスター
 本作冒頭に登場する謎の怪物。横浜みなとみらい21に突如出現し暴れていたが、キュアブラックたちの活躍によって退治される。従来のシリーズの敵キャラクターとの関係や、出現した経緯などについては作中では言及されていない。

レポーター …… 山本 美月(27歳)
 TV番組のレポーター。観覧車内でのレポート中にモンスターに襲われた上に、プリキュア達との戦闘に巻き込まれる。その後、ソフトクリームの食レポをおこなっていたところ、幼児化したキュアアンジュとはなの小競り合いに出くわし、混乱する内にソフトクリームが溶けて号泣するという散々な目に遭った。

ミラクル♡メモリーズライト
 本作のミラクルライト。先端に白いハート型の蛍光部が付いており、その蛍光部にはキュアブラックとキュアエールの顔が刻まれている。また蛍光部の下周囲には「シリーズ15周年」に因み、15個のハートが添えられている。
 ミデンによって思い出を奪われたプリキュア達がそれを取り戻すためのキーアイテムとなっており、なぎさの事を思い出した幼い状態のほのかが叫んだことでライトが出現し、それを点灯させることで想い出や記憶を取り戻し、元の成長した姿に戻ることができた。またエール以外の HUGっとプリキュアの4名もエール・ブラック・ホワイトの戦いを応援したことでライトが現れ、それを使って元の姿へ戻ることができた。
 物語の中盤では、本作の観客がライトを持っていることにはぐたんが気づき、はぐたんとハリーが「これまで見たプリキュアの思い出」を込めてライトを振るよう観客に呼びかける演出がなされており、その力によって全てのプリキュアが復活する。終盤ではプリキュア達自らがライトを使った合体技「プリキュア・レリーズシャイニングメモリー」を使ってミデンを浄化した。

おもなスタッフ
監督 …… 宮本 浩史(33歳)
脚本 …… 香村 純子(42歳)
キャラクターデザイン・総作画監督 …… 稲上 晃(54歳)
音楽 …… 林 ゆうき(37歳)
オープニングテーマ『 We can!! HUGっと!プリキュア』(歌唱・宮本佳那子)
エンディングテーマ『 DANZEN!ふたりはプリキュア 唯一無二の光たち』(歌唱・五條真由美 / 振付・振付稼業 air:man)
 ※初代オープニングテーマである『 DANZEN!ふたりはプリキュア』の歌詞を一部変更した曲で、歌唱もオリジナル版の五條真由美が担当。エンディング映像は『奇跡の魔法!』以来となる、プリキュアたちによるダンスをメインとしたものとなっている。


≪本文マダヨ~いっと≫
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飛騨が舞台で100億超えとは……天狗のしわざかな?  ~映画『君の名は。』~

2016年09月25日 12時55分34秒 | アニメらへん
 いや~、不思議な作品だな、と感じました。

 この前に観たのが『スーサイド・スクワッド』だったからなおさら強く感じたのかもしれませんが、とにかく整合性がしっかり取れているというか、精巧に組み立てた上でガシャーン!と壊しました、みたいな入り組んだ構成が印象的でしたね。序盤であえて「中身が入れ替わった日のこと」を描写してないとか、男女で実は「○○」が違ってましたという部分が中盤でやっと明らかになるところとか。

 中盤のそのどんでん返しまでは、それがオチで終わるという流れの小説やマンガは前に観たことがあるような気がしたのですが、そこから今までパッとしなかった印象の男主人公が一念発起して悪戦苦闘しだし、その努力が最終的に「奇跡」につながるという後半の展開は、なんとなくハッピーエンドになるんだろうなという予測はつくにしても、やっぱり王道の気持ちよさがあったと思いました。

 ただ、物語の中でもいろいろあって相当な時間経過が描かれているためなのか、ちょっと2時間ない作品(107分)とはにわかに信じられないほど長く感じた……それはもちろん、ラストシーンの感動のためには、観る側にも「時間の厚み」を知ってもらわなければいけない、という演出の意図があったのでしょうが。まさしく、ひたすら丹念に要素のひとすじひとすじを織り上げていくような作業に感じられましたね。


 いや~しかし、まさか物語の半分の舞台が飛騨というこの作品が100億円をゆうにオーバーする超絶ヒット街道を驀進中とは……いったい誰が予測しえたでありましょうか。高山ラーメンもビックリよ。
 これはいったいぜんたい誰の仕業なんだって、そりゃ古代、いにしえびとは彗星とかの空の天変地異を「あまつきつね」のしわざって解釈していたんですから、そりゃ天の狗のしわざに決まってますわなぁ。市原悦子さんが旧家のお婆さんを演じているからといって、決して八つ墓明神のたたりではないでしょう。天狗の所業じゃ!


 なるほど、古典的な『おれがあいつであいつがおれで』パターンが、こういう「あくまでお話の一要素ですよ!」というかたちで組み込まれているとは。青春時代の男女にとっては驚天動地すぎるこの一大事件が、実はもっと大きな宇宙のうねりに対峙する人間の「未来への遺産」であったとは! すごいなぁ、『とりかへばや物語』が正真正銘の SFにアップデートされちゃった、みたいな。『とりかへばや物語』はもちろん、『おれがあいつであいつがおれで』とはまるで違うお話ですが。

 っていうか、私はこの作品を観ていて『とりかへばや物語』よりも何よりも、『まんが日本昔ばなし』の『鬼怒沼の機織姫』(1992年)のほうがオーバーラップして仕方ありませんでしたよ! いや、内容はぜんっぜん違うわけなんですが、宮水神社の御神体のある湿原の風景と人里離れた立地条件が鬼怒沼になんとなく似てたし、なんてったって市原悦子さんが糸をよってたし……そりゃ機織りと組み紐は別もんですし、鬼怒沼は栃木県ですけどね。有線式飛び杼サイコミュ発動! おさわりダメ、ゼッタイ!!
 でも、市原さんは最初のシーンでは全然わかりませんでした。そういえば声が高くなった時にやっとわかるかなってくらいで、お上手だったなぁ~! 他の声優プロパーでない方々も軒並み上手だった。最初の起床シーンでの上白石さんの吐息の演技はすごかったですね!

 あれ、ラストシーンでの2人には、それまでの展開のほとんどは記憶に残ってないってことなんですよね。それでも運命の糸を感じて立ち止まり、向かい合って涙を流してしまうという、このロマンチックすぎる味わい。クラシックだなぁ~! クラシックですけど、確かに2016年の作品であるという、「ひとりひとりの人間の力に希望を見出したい」という願いに満ちていますよね。これはやっぱり、『シン・ゴジラ』に伍する、あるいは勝ってしまっても文句のつけようのない物語です。


 日頃、RADWIMPSが好きでない私も、別にこれで好きになったということは全然ないのですが、抵抗なく楽しむことができました。食わず嫌いしてちゃいけないんですねぇ。

 私、今まで全く観たことのないアニメ監督の作品を初めて観るというのは、原恵一監督の『カラフル』(2010年)以来でした。なかなか本当に行くまでの垣根が高くなっちゃうんですが、噂には聞いているけどまだっていうアニメ監督の作品を初めて観に行くのって、ドキドキして楽しいもんですね。お手並み拝見!みたいな。


 これは完全な憶測なのですが、たぶん、新海監督ファンの方々にとっては「あぁ、メジャー向け作品だなぁ……」って感じの薄口テイストなのかもしれない、という余計すぎる詮索も頭をよぎりました。あれ、作家性はちょっと入る余地のなさそうな王道のラストですもんね。でもひとまず、超遅ればせながら私も新海監督の世界にやっと触れられた、ということで。

 井上和彦さんやてらそまさん、茶風林さんが、ああいう大御所枠の役を演じられる時代になったのねぇ。そりゃあ時間軸もしれっと2021年にぶっ飛びますわ。東京オリンピック、無事に終わるといいなぁ~。
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悪夢……ですよねぇ、どうにも ~映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』~

2016年05月06日 22時54分10秒 | アニメらへん
映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年2月公開 98分 東宝)

 映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は、高橋留美子原作のマンガ『うる星やつら』(1978~87年連載)の劇場版オリジナル長編アニメーションの第2作である。
 当時放映されていた TVシリーズ(1981~86年放送)のチーフディレクターであった押井守が脚本を兼ね、劇場版の前作『うる星やつら オンリー・ユー』(1983年)から引き続いて監督を務めた。押井守の出世作でもあり、興行収入は前作を下回ったが、当時の映画雑誌『キネマ旬報』において読者選出ベストテンで邦画部門第7位選ばれるなど作品の評価は高かった。

 日本のアニメーション業界では、過酷なスケジュールの影響などで、アフレコの段階ではまだアニメ映像が完成していないということが多く、そういった場合は絵コンテや原画などを撮影したラッシュフィルムを使用して音声を収録している。しかし、本作ではアフレコ時にフィルムがほぼ完成しており、作中でメガネを演じた千葉繁によれば、いつにも増して演技にも力が入ったという。これは押井の「完璧な作画を犠牲にしてでも、音響や声優に良い仕事をして欲しい」という気持ちと、音響や声優の力が作品をより良くするという信念からであった。
 夢邪鬼やサクラといった主要登場人物に関しては、長いセリフが強調された演出となっている。
 本作での友引町の舞台は、当時押井が住んでいた井荻駅(東京都杉並区下井草)近辺、または本作を制作するために借り上げられた仕事場のあった西武新宿線沿線をモデルとしている。メガネとパーマの帰宅シーンに登場する「下友引」と「上友引」は下井草駅、上井草駅のもじりである。
 劇中で、「3階建ての校舎が4階建てになっている」という内容のセリフが登場するが、校舎の外観は基本的に2階建てに描かれている。これは脚本の間違いではなく、異変に気づいた者もまた異変の中にいるという「メタ虚構」の世界を表現している。これは、「校舎がセットである」という暗示をさせる演出だったという。
 エンディングにおいても、あたるたちはまだ夢の中にいて、学園祭前日は永遠に繰り返される、という解釈を許容する演出となっている。
 作中でテンが夢邪鬼から貰った変なブタ(獏)の身体に付いた「マルC(©)マーク」は、著作権の意匠である。つまり、クライマックスにおいてこのマークが消失した獏が夢を食い荒らすという展開は、著作権の暴走を象徴しているという。

 本作は、監督である押井守の嗜好・思想が随所に散りばめられた内容となっており、構図や構成、テーマはいくつかの先行作品の影響を受けている。
 本作のモチーフは、「生きることの全ては夢の世界のできごと」というテーマである。『荘子』の一節「胡蝶の夢」からの影響も大きい。喫茶店のシーンで蝶が出て来るのはこれを示唆しているという。実際に作中の夢邪鬼のセリフにこの説話が引用されている。
 フェデリコ=フェリーニや、ジャン=リュック=ゴダールなどの映画作品、マウリッツ=エッシャーの絵画からは、構図と作品構造を取り入れている。
 夢邪鬼があたるに見せた悪夢の一つでは、TV シリーズ第1話でのラムとの鬼ごっこのシーンがほぼ同じシチュエーションでリメイクされている。
 押井守がチーフディレクターを務めていた時代の TVシリーズ第101話『みじめ!愛とさすらいの母!?』(1983年7月放送)は、本作の原型ともいえるエピソードで、あたるの母親を主人公にした、虚構と現実をテーマに描いた作品である。後年、押井守はこのエピソードについて、「あのお母さんは面白い女だと思った。何かできないかなと思った」、「やり過ぎたのかもしれないけど、後で呼び出されて怒られた。二度とやるなと言われた。何をやってもいいけど話のつじつまだけはちゃんと合わせろと」、「これをうまくやると今までと全然違うものができるかもしれないと。それはそのまんま『ビューティフル・ドリーマー』に持ち越された。あの時も表面上は絶対だめと言われていてチェックもされていた。要はマークされていた。TV シリーズという枠の中ではあの辺が限界だろうとは分かったので、あとは表現それ自体をより緻密にしていく以外にインパクトの持ちようがない。やるとするなら映画だろうとは思っていた。」と回想している。

 本作は公開当時、幅広い分野のクリエイターたちに影響を与えた。本作は後年、多くの作品で模倣されている。
 本作の作画監督でもあったやまざきかずおが2年後に監督した映画『うる星やつら4 ラム・ザ・フォーエバー』(1986年)は、本作と同様に「夢」をテーマとした作品となっている。

 押井は、本作にて TVシリーズのメインスタッフを採用し制作に注力した。本作の制作前に行われた宮崎駿との対談で、押井は宮崎から「クソッという形で開花することもあるから、次は(前作の成功をもとに)スタッフやスケジュールもぎ取って、死屍累々でもいいから……」と励まされている。それに対して押井は、「前作では興行的に成功したが、自分のやりたいことをやれず不満だった。本作は、一本目を作る気持ちで、リターンマッチをやらずにはいられない。」と強い意志を示していた。
 プロデューサーの落合茂一と押井によると、劇場版第2作となる本作の脚本は当初、原作者である高橋留美子に依頼しストーリーが提出されたものの、脚本化までには至らなかった。次に首藤剛志が執筆することになったが、押井は首藤のシナリオに難色を示し首藤は降板した。代わって、当時 TVシリーズの構成を担当していた伊藤和典が登板したものの、落合がプロット段階で劇場版にそぐわないと判断し、キャンセルとなった。ただし、伊藤は本作ではメガネと夢邪鬼のセリフの一部などで協力している。脚本段階で二転三転する内に製作時間が足りなくなり、進退窮まった末に押井が提示したのが本作の原案であった。ただし、落合によればこれも実際完成した本作とは全く異なる内容だったという。
 制作に入ると、押井は自室にて絵コンテ切りや制作指示に没頭した。こういった経緯で本作は絵コンテから制作が開始されたため、脚本準備稿は存在していない。当時、並行して放映中だった TVシリーズに関しては資料をチェックするのみで、制作現場にはほとんど顔を出さなかったといわれる。落合は、上がってきたコンテが当初の原案と全く異なることに驚愕したが、修正を指示する時間も無かったため、本作は完成に至った。落合は、「コンテが完成した時点でそれを抱えてキティを辞めたくなった(笑)。」と、当時置かれていた立場と心境を回想している。
 キャラクターデザインと作画監督を兼任したやまざきかずおは、押井が絵コンテで書き下ろしたデザインの夢邪鬼を採用したため、原作マンガ第31話『目覚めれば悪夢』(アニメ化は1982年3月)に登場していた夢邪鬼とはデザインが異なっている。
 荒廃後の町をメンバーが楽しむシーンは、ぎゃろっぷ所属でスタッフロールにも名前を列ねている丹内司が作画を担当した。本作でぎゃろっぷは制作協力をしていた。
 しのぶが登校途中、無数の風鈴に囲まれるシーンで、しのぶをアパートの窓から見下ろす男の存在について、演出の西村純二は「あれは『しのぶという観客を見ている押井守』という感じで描いた」、「押井監督からは『しのぶをアパートから見下ろす男がいて、キャラクター設定は無い』と伝えられた」と語っている。
 ちなみに押井守自身は、本作の中で一番気に入っているシーンは、ラムとしのぶとサクラが給湯室で雑談をしているシーンだと語っている。

 押井は本作を完成した後、『うる星やつら』TVシリーズのチーフディレクターを降板し、同時にスタジオぴえろを退社。後任のチーフディレクターはやまざきかずおに、制作スタジオはそれまでテレビシリーズのグロス請けをしていたスタジオディーンに託された。TVアニメシリーズの放映中でのメインスタッフの交替は異例であった。押井は後年のインタビューでは、本作が高い評価を受けたことでイケイケになってしまい、監督としての良い意味でも悪い意味でも自信がついたため独立したと語っている。この後、押井は自分の意見ばかりを主張するようになってしまい、次作『天使のたまご』(1985年)は難解で、評価は低く映画関係者は離れていった。その後もマニアックかつ独創性の強すぎる作品ばかりを企画するが、制作サイドが難色を示して取り合ってもらえず、苦しい状況は約3年間続くこととなる。

 マンガ『うる星やつら』原作者の高橋留美子は、絶賛していた前作とは対照的に本作には否定的な評価を下しており、高橋は平井和正との対談で、
「(『ビューティフル・ドリーマー』は)押井さんの『うる星やつら』です。」と語っている。その一方で、「押井さんは天才」、「『2』は押井さんの傑作で、お客さんとして非常に楽しめました」とも語っている。ただし、押井チーフディレクター時代の TVシリーズについては、「やってはならない事をしていた」と語っており、良好な関係では無かったことがうかがえる。
 押井は高橋による評価について、「2本目(本作)は凄かった。『人間性の違いです』ってその一言言って帰っちゃった。これは自分の作品じゃないと言いたかったんですね。」、「原作者は『オンリーユー』(前作)は好きだが『2』は今でも一番嫌い。」、「原作者の逆鱗に触れた。」と語っている。
 本作で演出を担当した西村純二は、「原作者から『こういううる星もありなんじゃないですか。』と聞いてます。」と語っている。
 なお、原作マンガならびに他のアニメ化作品では、あたるは一度も「ラムに惚れている」と明言したことはない。

主なスタッフ
監督・脚本 …… 押井 守(32歳)
演出    …… 西村 純二(28歳)
キャラクターデザイン …… やまざき かずお(35歳)
作画監督  …… やまざき かずお、森山 ゆうじ(24歳)
美術監督  …… 小林 七郎(51歳)、森山 ゆうじ
音楽    …… 星 勝(35歳)
制作    …… スタジオぴえろ
制作協力  …… スタジオディーン
製作    …… キティ・フィルム
配給    …… 東宝
主題歌『愛はブーメラン』(歌・松谷祐子)

あらすじ
 廃墟と化した友引町と荒廃した友引高校。ラムたちは巨大な池と化したグラウンド跡でウォーターバイクに乗り水遊びに興じ、面堂終太郎はレオパルト1号戦車で友引町を探索している。そして諸星あたるは水辺で呆けていた。友引高校にいったい何が起きてしまったのか。
 時は変わり、文化祭を明日に控えた友引高校。生徒たちが連日泊まり込みで準備を行なっており、校内は行き交う生徒でごった返していた。あたるやラムたちを中心とした2年4組も、相変わらずの大騒ぎ状態。そんな中、あたるの担任教師の温泉マークは生徒指導に疲れノイローゼを罹い、保健医のサクラの助言を受けて自宅のアパートへ帰った。 その後、診察の手違いに気づいたサクラが温泉マークの自宅を訪ねると、彼の部屋はカビやキノコが繁殖し酷い有り様になっていた。温泉マークは時間の感覚がおかしくなっていることを指摘し、さらに彼は、「学園祭の前日」が毎日繰り返されているという異様な感覚にとらわれていることを告げ、まるで自分が浦島太郎のようだと語る。サクラは温泉マークの話をにわかに信じられなかったが、高校に戻った際に目にした光景に既視感を覚え、温泉マークの直感に次第に共感し、彼と共に解決の糸口を探し求めようと考える。二人はまず、現状に何らかの変化を与えるために友引高校を一旦閉鎖し、準備にあたっていた生徒たちを強制的に自宅へと追い返す。
 学校を追い出されたラムたちは雨の中各々帰宅しようとするが、交通機関で発生した不思議なループ現象によって家に帰ることができず、徒歩で帰宅したあたるとラム以外の全員が友引高校の前に戻ってしまった。その頃、サクラは怪異な現象について相談するため、錯乱坊がいる空地に向かうが、錯乱坊は忽然と姿を消しており、学校に残って連絡を待っていたはずの温泉マークも消息を絶つ。不安を感じて友引高校に戻るためにタクシーを拾ったサクラだったが、奇妙な話をする運転手から妖気を感じたサクラは御幣を振るって危機を逃れる。結局帰宅できず、仕方なく諸星家に泊まることになった一同であったが、翌朝、再び登校してまたしても繰り返される学園祭前日のドタバタに違和感を覚えたサクラと面堂は、その夜、「原因は友引高校にあり」と結論付け、あたるたちを連れて校舎の捜索を始めた。だが一行は、不条理な世界と化した校舎に翻弄され、すったもんだの挙げ句、這う這うの体で逃げ出すことになる。面堂は町内に隠していたハリアー戦闘機を使って友引町からの脱出を試みるが、そこで一同は、直径数キロの円卓状に切り取られた友引町が、巨大な亀の石像の背中に載せられて宇宙空間を進んでいるという驚くべき光景を目のあたりにする。逃げられないことを悟った一同は、やむを得ず町に帰還する。
 次の日から、友引町は突如として荒廃を始め、世界の終末を迎えたように廃墟の町と化す。友引高校の校舎は一部を残して半ば水没し、ラム周辺の面々を除く町の住人たちも全て姿を消した。しかし、なぜか諸星家にのみ光熱・水道とメディアは供給され続け、いくら取っても商品がいつの間にか補給されて絶対に尽きないコンビニエンスストアも残された。今や友引町は、彼らの都合の良いように衣食住が保障された、幻想的なパラダイスと化していた。その生活に順応したラムたちは、毎日楽しく遊んで暮らすようになる。
 一方、面堂とサクラは現在の異常事態の正体を突き止めようと探索を続け策を講じ、その結果、人の心に住み悪夢を見せるといわれる妖怪・夢邪鬼がその姿を現す。

主な登場キャラクター
諸星 あたる …… 古川 登志夫(37歳)
ラム     …… 平野 文(28歳)
面堂 終太郎 …… 神谷 明(37歳)
テン     …… 杉山 佳寿子(36歳)
三宅 しのぶ …… 島津 冴子(24歳)
あたるの父  …… 緒方 賢一(41歳)
あたるの母  …… 佐久間 なつみ(39歳)
温泉マーク  …… 池水 通洋(40歳)
竜之介の父  …… 安西 正弘(29歳)
校長     …… 西村 知道(37歳)
錯乱坊    …… 永井 一郎(52歳)
サクラ    …… 鷲尾 真知子(34歳)
藤波 竜之介 …… 田中 真弓(29歳)
メガネ    …… 千葉 繁(30歳)
パーマ    …… 村山 明(35歳)
チビ     …… 二又 一成(28歳)
カクガリ   …… 野村 信次(39歳)
白い服の少女 …… 島本 須美(29歳)

夢邪鬼 …… 藤岡 琢也(53歳)
 原作マンガ第31話『目覚めたら悪夢』(1980年6月発表)に登場した妖怪。バクに悪夢を食わせることを仕事としている。
 本作では事件の黒幕として登場。人類の長い歴史の中で多くの歴史的偉人たちに夢を見せてきたという彼は、人間の願いで作られた夢を人間自身が暴走させることに疲れてしまい引退を考えていた時、水族館でラムと出会う。そこで彼女の穢れのない夢を聞き、その実現を最後の大仕事と決めた。
 温泉マーク、チェリー、竜之介、しのぶなど、ラムにとって邪魔になりうる者を次々と追放し、ラムの理想郷の完成に尽力する。サクラと終太郎によって見破られ、追い詰められながらも何とか二人を追放することに成功したが、あたるに護身用のおはらい棒で脅迫され、あたるの夢であるハーレムを作らされる。しかしそこにラムがいないことに不満をぶつけるあたるを見て、夢邪鬼はあたるがラムにも惚れている、ということを気付かされる。結局あたるによって目覚めさせられたバクによってラムの夢は破壊され、愛しいラムのために一生懸命作った夢を壊されてしまった夢邪鬼は、あたるを追い詰める様に次々と悪夢を見せる。最後には「夢だから何度でもやり直しが利く」、「自分の作り出す現実と何の違いもない楽しい夢の世界で思い通りに暮らす方が良い」とあたるを誘惑する。
 原作マンガと劇場版とで、服装、角、バクのデザインなどに変更がある。

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