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NHKホール、9月19日のブーイング

2010-09-22 | 音楽
先日「オペラ座の宰相」というタイトルで、前フリをしましたが、この日、この秋初めてのオペラに行ってまいりました。
NHKホール、英国ロイヤルオペラ引っ越し公演によるヴェルディ作曲「椿姫」。

入口には大入り満席御礼札。
相撲ばかりでなく、オペラやコンサートでも、これをやるんですよ。
演目のポピュラーさに加えて、この日の主役ヴィオレッタ役のアンジェラ・ゲオルギューが今や脂の乗り切った当代一のプリマとされているからで、彼女は実力とともにその美貌でもナンバーワンと言われているのです。
開演前、期待の高まる瞬間。


ところが、この直後出てきたのは指揮者ではなく劇場支配人。
アンジェラ・ゲオルギューが来日できず、代役のYさん(仮名)になったことを謝るためでした。
「歌手急病につき本日の何々役は代役」
というもの、オペラに行けば必ずと言っていいほど見る看板で、理由が必ず「急病」というのも、まあ、実はどうしようもない理由だったとしてもそう言えば誰も文句は言うまい、という主催者の意図が見えます。
そうはいっても大抵の場合は代役になったとしてもそれが何か?というレベルなので、問題が起きたというのを見たことはありません。

しかし、この日のゲオルギューはこの公演の「目玉」だったし、彼女を聴きたくて来た客はかなり多かったのではないかと思います。
大入り札の横に実は「ゲオルギュー休演」の張り紙があり、皆かなりテンションが下がっていたと思うのですが、支配人はいつもなら張り紙ですましてしまうこの代役措置について舞台で謝るという方法で聴衆をなだめにでました。

なんでも、彼女の娘が難病で、ロンドンでの手術を受けたのですが予後がよくなく、ブダペストで再手術を受けることになったというのが休演の理由。

そのとき支配人の説明によると、代役のYさん(仮名)は、5月にも誰やらの代役を務め、絶賛された(から今回も大丈夫)ということ。

この説明に一抹のいやな予感を感じたのはエリス中尉だけだったでしょうか。
だって、そうでしょう?
彼女はつまり野球で言うところの代打専門。
レギュラーメンバーには、しかししてもらっていないわけですから。
これだけの大役に最初から抜擢されるほどの実力はないということです。

そして代打のYさん(仮名)でラ・トラヴィアータ(原題『道を誤った女』)は始まりました。
容姿はなかなかのYさん(仮名)、舞台には映えます。
しかし、たちどころにいやな予感は的中。
音程がジャストミートしないブレブレの高音、聴いていていっこうに気持ちよさのない伸びのなさ。

ゲオルギューでなかったということでどうしても意地悪な耳?で聴いてしまうのかしら、と好意的になろうとしながら聴いていたのですが、一幕の終わり、有名なアリア「花から花へ」で決定的な事件が起こりました。
歌手にとっては難関ともいえるラストのハイトーンでめまぐるしく上下降する音階部分の音がすっぽ抜けてしまったのです。

いろいろオペラを聴いてきましたが、これほどわかりやすいミスを主役歌手がしたのを初めて聴きました。
思わず心臓がどきんとしたくらいです。

そのアリアで一幕が終わるのですが、アリアの後にとても拍手する気になれず、私は憮然としてしまいました。
ところが、あまり分かっていない観客もいたのか、それとも上手くいかなかったと明らかに分かっていても一応儀礼だからか、拍手する人はいたのですね。

「ヨーロッパなら、これブーイング起きるだろうなあ」

そう思いつつ休憩後の第二幕。
先ほどの劇場支配人、また出てきます。
いわく
「一幕最後のアリアを聴いてお気づきかと思いますが、代役のYさん(仮名)は日本に来てから起こったアレルギー性の病気でこれ以上歌えないと指揮者が判断しました」


とたんに起きる激しいブーイング。

(何度も言いますが)これまで何度となくオペラを聴いてきましたが、会場でブーイングが起こったのを初めて聴きました。
いや、あんたたち、さっきのすっぽ抜けアリアに一応拍手してたじゃないよ、と思う位の激しいブーイングでした。
このオペラのチケットはS席4万9千円。
その金額と元々の期待を考えると彼らの怒りも分からないではありません。

「しかしご安心ください。我々には、さらにその代役、アイリーン・ペレスがいます」

とたんにブーイングは爆笑に。
こういった公演には、ピンチヒッターを何重にも用意しているとは聞いたことがあります。
主役が急病で倒れた、風邪を引いたなど、少しの体調が出来に大きく影響する歌手には、特に何重にもこうやって保険をかけているのです。
しかし、代打歌手にとってもそれはビッグチャンス。

代役で主役をしのぐほど出来がよければ、それは「彗星のようなデビュー」と絶賛され、将来の栄光へのステップとなり得るからです。
現に、ゲオルギューのデビューもある歌手の代役を務めて成功したことからだったそうです。


「今彼女は大急ぎで着替えをしております」


この言葉に再びなごむ聴衆。
なんというか、日本の聴衆は優しいなあ、と思った瞬間です。
甘い、とも言うか。
まあ、こうなったら仕方ないから誰でもいい、お手並み拝見しよう、という空気が会場を流れました。

そして、代役のYさん以上に意地悪い目で迎えられるという逆境の中で、第三のヴィオレッタ、アイリーン・ペレスは登場しました。


失礼ながらゲオルギューほどの美貌ではなく、色の浅黒い小柄なヒスパニック系のアメリカ人である彼女は、しかし、健気にも繊細な歌唱と、意外な演技力で頑張りを見せます。


この「椿姫」は、高級娼婦であるヒロインが最後結核で死んで行くのですが、結核で死にそうな病人が朗々と歌い上げすぎるのはいかなものか、というオペラそのものの大きな矛盾に対し、消え入るようで実は計算されたピアニッシモの声でそれを解決し、さらにここぞというときには小さな体から驚くほどのフォルテを繰り出します。

瀕死の状態のはずなのに「生きられる気がする」とベッドを抜けて部屋を駆けまわり、次の瞬間恋人の腕に帰ってきたときには息絶えていた、という最後を演じる頃には、みんなはすっかり彼女が好きになっていた・・・と思います。

終わってからのカーテンコールは、これまでにないほど暖かいもので、何度も何度も呼び出されている彼女が、観客からだけでなくオーケストラピットの団員からの拍手を認めたとき、感極まって涙ぐむのを、私はオペラグラス越しに見ていました。

しかし、「彼女は第二のゲオルギューになれるか?」

という質問には・・・・・。

たぶんNО、かな。
人が悪い答ですが。











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