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旅しながら淡々と写真を貼る~名古屋

2012-02-25 | つれづれなるままに

                   

神戸を後にし、次に降り立った新幹線の駅は、名古屋。
「旅しながら淡々と写真を貼る」シリーズ復活です。



ドアを蹴飛ばしてるように見えるけど、脚挟まれてるのね・・。
わたしに依頼してくれてももう少しだけましな絵が描ける、ってれべr

名古屋駅前はもの凄い発展を見せ、高層ビルが立ち並んでスカイスクレーパーとなっていましたが、
宿泊したのは訳あって、車で20分ほど走ったところにある小牧。
そう、小牧長久手の戦いの小牧ですね。
ここがまた、なんていうんでしょうか。

     

外に人が歩いていないんです。これ、正面のビルが駅ビル。
なのに、このがらんとした、人気のない空間。
まるで・・・・キリコの絵みたいな、書き割りのような街でした。
駅ビルには泊ったホテルがあるのですが、2時過ぎにチェックインしたら
「レストランはこの時間営業していません」
仕方がなく、教えてもらって向かいの複合スーパーに行きました。
ホテル外のレストランをフロントに紹介してもらってフードコートを勧められたのは、初めてです。

さすがにここには人はたくさんいましたが、これがどこにでもあるダサいショッピングセンター。
フードコートでは地元の高校生がデートの真っ最中。
英語を教えてもらうふりをして、女子に異常接近しているいがぐり高校生。
女の子はすごく可愛くて、言っちゃなんだけどこのいがぐり君にはもったいないくらいでした。
いがぐりの下心が全開すぎて、女子、若干引き気味。
こういうところでデート、っていうのもなんだか気の毒に思えましたが、
まあ、本人たちにとって場所はどうだっていいのかも。

「言っちゃ悪いけど、魅力のない街だなあ」
「まあ、皆、学校卒業したらどとっとこかに行ってしまうかもねえ。何もないみたいだし」
「中途半端に便利な田舎っていうのが一番つまらない」
「でも、日本って、どこに行ってもこんな感じのところだらけよね」

ちょいと立ち寄っただけで、地元の人には失礼ですが、こんな会話をしました。

「京都の人って、プライド高くて威張ってるけど、例えばこういう土地にくると、
京都って日本でも別格の都市だってよくわかるよね」
「あれだけの文化があればそりゃ威張るよなあ」
「彼等から見ると、こんなところは、化外の地か、はたまた人外魔境か」
「パリの人みたい。パリと京都って姉妹都市なんだよね、そう言えば」

神戸出身のわたしですら、前日までいた神戸と比べて
「ここに生まれて、このショッピングセンターが青春の思い出の場所、
とかじゃなくて、よかったかもしれない・・」(これは本当に思ったことよりかなり控えめな表現)
と思ってしまったくらいですから。

それにしても、自治体ももうすこし魅力のある街づくりをする努力をしたらいいのに、
とは余計なお世話?

ご安心ください。
やはり、それなりにある文化レベルを誇示すべく?
駅前の「キリコ陸橋」(勝手に命名)には、このようなアートもありましたよ。



作品その一。
「あらわれる」玉置久実さん作。
土管の上にセッティングされた溶接彫塑です。
あらわれたんですね。
これは・・・シロクマでしょうか。
シロクマがあらわれて・・・で・・・・何?
「現れる、洗われる、表れる、顕れる、あらゆる可能性を持つこのあらわれるという5文字。
この作品の題にあなたが思い浮かべる漢字、それがこの作品と、作品に対峙する観る者との
一瞬のセッションから生まれるイマジネーションの広がりなのだ」
↑お節介とは思いますが、勝手に作品解説してみました。
多分全然違うと思います。



作品その2。
環 坪井憲人さん作。
この作品、作品の良し悪し以前に、木でできていて、ひび割れてすでに耐用年数がきていました。
雨ざらしになるんだから、もう少し材質を考えなきゃあ・・。
それも意図的に計画された作品?なら何も言いますまい。


作品その3。潜む力。坪井由香梨さん作。

うーん、何て言うんでしょうか。
なぜか男性の作品だと勝手に思っていましたが、女性のようです。
ダイナミックですね。
でも、見れば見るほど「生理的な不快感」や、心の奥底にある何かをしゃもじでこそげるような、
むずがゆさみたいなものがこみあげてくるのはなぜでしょうか。
駅前の、善男善女が通過するコンコースに置くのに、もうすこし何というか、爽やかな、或いは
心温まる作品を作ろうと言う気が、作者に全く覗えない気がするのはなぜでしょうか。

「気持ち悪い」という感覚を、作品の意図(この場合は内在する力)が凌駕して打ち勝つには
よほどの構成力がないと、ただのグロいオブジェどまりで終わってしまうと思うのですが、
そういう意味では全く力不足。
「中二病」とでも呼ぶべき、偽悪にとどまっているのが残念です。


・・・おっと、マジになって評論してしまいました。



吉五郎親子の像
威圧的にチビを見おろしているのが吉五郎?
それとも怖くてすくんでるように見える子供の方?

このあたりにはどうやら偉人有名人、或いは象徴的なものがないと見え、
古くから伝わる「吉五郎と言うキツネの親分」を銅像にしてしまっています。
親子の感動的な逸話でもあったのかと思って調べてみましたが、そうでもなく、
そもそも吉五郎と言うキツネも実際にいたわけでも何でもなく、郷土史家が古老から聞いた
昔話(キツネが人をだましたとかの類)を創作して伝説を作り上げただけのことのようです。

吉五郎は100匹のキツネを治める親分であった、というのですが、
キツネの生態を全く無視していないか?この話。

無理やり何か象徴を作ろうとしても、かえって「何もなさ」が強調される結果になるような
気がするのはわたしだけでしょうか。

フードコートでは、よせばいいのにTOが「たこ焼き」を頼みました。
関西、大阪以外でたこ焼きを食べようっちゅう気になぜなるのか、全く理解できません。
案の定一口食べて「・・・外側がパリパリしてる・・・このたこ焼き」
クリスピー・タコときたか。
だから言ったでしょう?絶対美味しくないからやめた方がいいよって・・。

さて、そろそろホテルに帰りますか。



ホテルのロビーには噴水のような水場があり、昔ここで泳いでいたのかもしれない金魚が、
節約のため水を流すのをやめたプールのふちに置かれた水槽で飼われていました。
栄枯盛衰と言う言葉がつい脳裏をよぎりました。




小牧が目的ではなく、所用の目的地に単に近かった、というだけで立ち寄ったので、
勿論何かを期待していたわけでも何でもないのですが、
それでも全くいいところなしに思えたこの小牧で、逆転ホームランがありました。

メニューからは全く美味しそうな様子の伝わってこないこの和食レストランのメニュー、
「名古屋膳」。
名古屋コーチンを小鍋の水炊きでいただくのですが、これが、絶品。

何が絶品かって、鶏ですよ。鶏の旨み。
大抵の鶏肉と言うのは「味のない味」がして紙でも噛んでいるようなのですが、
ここで食べた名古屋コーチンは、噛みしめると鼻の奥に抜けるような滋味とも言うべき、
鶏本来の味が感じられ、
「ああ、鶏肉って、こんなに美味しいものだったんだ」
と感動すらしてしまいました。

名古屋コーチンはブランドですが、あらためてこのブランドの威力を思い知った次第です。

さて、所用にひっかけてなぜ小牧に来たかということを説明する時がやってきました。
ご存知の方はご存じと思いますが、ここには、三菱の小牧工場があります。

正式には三菱重工名古屋航空宇宙システム製作所
ここと、明治村見学を今回の旅行にねじ込みました~!

待て次号!
 おことわり

iPadで記事を確認したら、何故か「あらわれる」という作品の画像がいがぐりカップルに
なっており、どうしても修正できません。
もしかしたら、見られなかった方もいるかと思い、「あらわれる」をもう一度アップします。