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副官の花道

2012-02-21 | 海軍

「あなたも副官」シリーズ、その2です。
つまりはおやじ、本部長のカバン持ちと雑用が任務であり、
車の手配やら宿の女中への心付けから、機密費の管理、宴会の仕切り、お茶くみ、
そんなことを慣習の違う陸軍と一緒になってやらねばならず、
どんなに一生懸命やっても、例えば井上大将のような厳しい上官からは
「フッカンノバカ」と言われてしまう・・・
(未確認情報)

「人格が認められない職業ナンバーワン」
と人の言う、この貧乏くじかはたまた罰ゲームのような配置に、
あなたはもうすっかり嫌気がさされたでしょうか。
しかし、どんな辛い道にも一条の光が差す瞬間というものはあるものです。

さてあらためて確認ですが、あなたの上官は航空本部長。軍事参議官です。
これはときとして海軍大臣代理として公式の場に出席することもあります。
その一例が「報国号」の献呈式。

「報国号」とは。
一般市民や非軍需企業などからの献金により調達され、
軍に納入された航空機につけられた愛称です。
陸軍でも同様の機体があり、こちらは「愛国号」と呼ばれました。

機体の納入は、一般的に、地域住民や企業・団体の構成員が資金を出し合って
メーカーから機体を購入、これを軍に寄付するという形でされることになっていました。
中には、資産を持つ篤志家が個人で機体の購入資金を寄付するケースもあったそうです。
そして、今日あなたが航空本部長のお供で出席するのは・・・・・・

まあどうしましょう。

全国芸妓組合の報国号、その名も「全日本芸妓組合号」献呈式@銀座歌舞伎座

ちなみに、この飛行機は偵察機彩雲です。

先日長い歴史に幕を下ろした歌舞伎座ですが、この正面玄関に到着すると、なんと。
赤いじゅうたんの敷かれた入口階段の両脇には、
白紋付裾模様で盛装した日本髪の綺麗どころがズラリと勢ぞろい。

ああ、あなた、大丈夫ですか。
本部長ですら照れくさそうにしておられます。
ましてや若い(あなたは大尉です)あなたは舞い上がっちゃって
右手右足同時に出して歩いてしまいそうですね。

案内されたところは花道の幕の内側。
幕がさっと上がり、あなたは何百ものお姐さんから熱いまなざしで一挙一動を見つめられながら
―もちろん本部長の後にくっついて――壇に立ちます。
だだっ広い舞台の上には、あなた、本部長、そして報道部長の三人のみ。
司会進行役の報道部長や、大臣代理の本部長は何かしらすることがありますが、あなたはただ、
脂粉の香の中に立ちつくし、粋なお姐さん達の品定めを受けるのみ。

「あら、あれチョット好い男ぢゃない、花駒姐さん」
「そうねえ、やっぱり海軍さんはいいわねえ。でもなんだか気が弱そうだわね」
「インチになりたいってほどぢゃないわね」

なんて、ひそひそされているかもしれません。
さて、式は滞りなく進み、献納者代表の立派なお姐さんが、前列中央から進み出て、
鍛え抜かれたよく通る声で
「わたくしどもはこのたび全国の組合員に呼びかけ海軍機を献納いたします」
と献納書を差出します。受ける方は

「皆さん方の海軍にお寄せくださるお志をありがたく頂きます。
この航空機を大日本芸妓組合号と命名し、現下の熾烈な航空決戦に
貴重なる新戦力の一翼を担って活躍してもらうことにいたします。
皆さんの燃ゆるがごとき報国の志を大一線将兵に伝えるとともに、
全海軍を代表して心よりお礼を申し述べます。
ありがとうございます」

という大臣代理の答辞が行われ、万雷の拍手とともに
「大日本帝国海軍万歳」の声が歌舞伎座を揺るがします。

内藤清吾軍楽少佐の式による海行かば(栄誉礼)の軍楽吹奏の裡に、お姐さん達の
「海軍さん、しっかりやってください」
の声が聞こえます。

一生のうち、歌舞伎座の舞台に立ち、このように熱い声援を受けることなど、
歌舞伎役者でもないあなたにとっては、
おそらく二度とない鮮烈な思い出となるに違いありません。


実はこの副官という仕事、棄てたものでもないのです。
損な役回りのようで、このような役得もあり、
さらに海軍省中枢の仕事に携わるわけですから、
あなたがそのうちお役御免になり、実地部隊に戻ったとき、
それが生きてくるということもあるのですよ。

そう、何かと中央に「顔が利く」ようになってくるのですね。

航空隊の幹部と言うのは、大抵赤煉瓦の生活を経験したことがありません。
ですから、とかく中央との折衝を敬遠し、物資の調達などでもやればなんとかなるのに
何とかしようともしないであきらめてしまいがちなのです。

しかし、赤煉瓦務めの霊験あらたかなあなたは、例えば、
部品が軍需部工廠から調達されないまま部隊に放置されているトラックや乗用車を
手をこまねいて見ているのではなく、航空本部に電話一本。
かつての知り合いを辿って、交渉はあっという間です。
たちまち部品がごっそりと届き、隊の車両は稼働率100パーセント。

「今度の隊長は大したものだ」
あなたの株は大いに上がるでしょう。

副官というものはなっても決して嬉しくなく、やっていても楽しい仕事ではありませんが、
今与えられている任務を誠意をもって取り組むことは、後々の財産と成り得るわけです。
そう、その配置を離れたときに、自分が何をなしてきたか、
その御利益によって初めて成果を知る、というわけ。

説教臭いことを言いますが、これはどんな仕事にも通じることかもしれませんね。

・・・・ということですので、今日もまた、お茶くみから頑張ってみましょう。
貴官の健闘を祈る!