ぱそらぼ (ぱぁと1)

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面授

2008年10月26日 | 命の生き方
突然ですが、2011年には法然の800回忌、同時に親鸞の750回忌を迎えるそうです。浄土宗総本山の知恩院でも、浄土真宗本願寺派本山・西本願寺でも、法要に向けて平成の大修理の最中のようです。よく知られているとおり、法然と親鸞は師弟関係にあります。しかも非常に深い信頼関係にあったと言われています。

「面授」という言葉が使われます。弟子を選んで法門上の要旨を口伝することを言います。要は直接教えを受けたということです。面授というのは多分、単に知識を客観的に伝えることでなく、全身全霊をかけその想いを伝えるということです。

現代はこうしたことが軽んじられているかも知れません。人にものを伝えるということは、魂を伝えるということです。教育現場で必要なことは、誰が教えても同じでしかない知識でなく、教師側の熱い想いです。学校のお勉強が良く出来たであろう先生より、その教科を心の底から愛している先生に教わりたいと思います。しかし現実は、いかにその教えることを均一化するかに、力が注がれていて、魂はもぬけのからです。

教えという意味だけでなく、相対して渡すという風に解釈すれば、店で物を買うということにも同じことが言えます。店で物を買うということは、商品だけでなく、その商品の込められた想いも共に買うということです。逆から言えば、金銭と引き換えに商品を売るに留まらず、その商品に込めた想いを共に手渡すということです。売り手はその商品を愛していなければならないのかもしれません。

どうも現代は、その「想い」の部分だけを完全に欠落させてしまいました。売り手は商品の知識など殆ど持たぬアルバイトですし、教師すら本当に深い想いで語ることは恐らく禁じられています。私達は携帯電話やメールで殆どのやり取りをスピーディに済ませることで、面と向かって魂を触れ合わせるという機会を逸しています。せめて、つたない文面の中にありったけの想いを込めたい…と。


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
会う (やすむぅ)
2008-10-26 22:31:06
文面の文字を通じて、ことばを通じて、書き手の想いを伝えることができます。

でも、できるなら、直接出会って、面と向かって魂を触れ合わせる機会を持ちたいものですね。

教室での出会いにも、心して向き合っていきます。
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会いたいです (らぼ)
2008-10-26 22:52:58
そうですね、できるなら直接出会って、心ゆくまでお話ししたいですね!

生きている限り、新たな出会いに次々と恵まれます。その一つ一つも楽しみですが、懐かしい出会いの絆は、より一層大切にしておきたいと思います。
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楽しみに! (やすむぅ)
2008-10-27 22:45:09
懐かしい街で、懐かしい人たちと旧交をあたため、さらに大切にしている交流を深めたいと思います。

懐かしい街のあちらこちらに、私達を見守り、支えてくださった人々がいてくださったのですね。
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