蒼ざめた馬の “一人ブラブラ、儚く、はてしなく”

山とスキー、車と旅、そして一人の生活

若桜宿の白壁土蔵群と自治労を目のカタキにしている老人

2011-08-31 16:38:20 | 車でブラブラ

日曜日、久しぶりに車でブラブラした。

取りあえず山陽道を姫路西ICで降りて、R29を北上。

戸倉峠手前のやまめ茶屋へ、8時前着。020

5年前の3月、毎週氷ノ山へ通っていて、ここで車を停めさせてもらっていた。 その時は1m以上の雪に埋もれていたけど。
外気温20数度。 ご主人は雑草刈りをしておられて、ゴアイサツ。

その後、若桜駅へ。021

8:29発、鳥取行きが客待ちをしていたが、8時半を大分過ぎてから発車して行った。

地元の人がチラホラ、ザックを担いだ旅行者が一人、他に観光客は見当たらない。
仮屋通り、蔵通りの観光案内があったので、横の駐車場に車を停めて、ちょっと散歩した。

022 北国の雪よけアーケード(?)仮屋。

見事な白壁土蔵群、100m程続いていた。 023_4 

反対側には、お寺が並んでいた。 中々イイ雰囲気の通りだ。

ン?、端の土蔵に何かプレートが掛ってル。土蔵に関する説明とかではない。
確か、「貧しい土蔵の所有者を、豊かな自治労は、食い物にするな」 なんて事が書いてあった。

その対面の日陰に、ステテコ姿の老人が折りたたみ椅子に座っていた。 ウェスタン調の皮のサンバイザーを被って、杖を持っている。 プレートに書いてあるのはどう言う事か、訊いてみた。

「判らンか」、老人はそれを訊くワタクシが悪い様に答えた。

要は、土蔵群を観光の売り物にしているのは自治労で、土蔵の持ち主は現在その維持が大変で、売り物にするならその所有者に、自治労は幾ばくかの補助をすべきなのに、何もしない。 自治労はこの辺りの労働者より、格段に高い給与を取っており、休みも沢山あって、官公労から資金が沢山流れて、豊かな身分で、許せン、と言う事らしい。
昔、一般民を戦争に駆り立てたのもそう言う輩で、兵隊に戦えと言って後ろから鉄砲を向けとった、という様な事も言っていた。 軍事官僚が進めた戦争、それはそうだけど。

老人はその後も何かブツブツ言っていたが、方言混じりのジイサンの話なので、あまり判らなかった。
ただ怒っていた、何もかも一緒くたにして怒っている様だった。

確かに、官公労、自治労には色々問題がある様だが、何故こんな観光オコシと関係させるのか、良く判らない。
それで自治労が大儲けでもしているのなら別だけど。

氷ノ山麓の穏やかな集落の雰囲気が台無しだ。 不愉快になって、そこを離れた。

駅前に戻ってきたら、ハイカー姿のお年寄りの一行が、ガイドさんらしき人に連れられてやって来た。
ここで、暫くトイレ休憩らしい。

同じグリーンの帽子を被った人が二人、同行している。 そのお一人に「ガイドさんですか?」と訊いた。
先程の怒りの老人より大分お若いが、ワタクシよりはかなり年配の好々爺に見えた。

「ガイドではありませんが、ガイドはします」と、仮屋通りの歴史や街中を流れる清流の事、駅の中の機関車転回設備の事、鬼ケ城を巡るコースの事、色々説明してくださった。
まちづくり協議会の会長サンだった。

「ところで、今、土蔵通りを歩いて来たンですが、あの自治労がどうのこうの、と書いてあるの、何ですか?エライ、怒ってルおじいさん、いましたけど」
「エエ、あの土蔵の持ち主、あのエリアを観光の売りモンにするなら、固定資産税、免除せぇ言いだして、今、滞納してます」
「そやけど、固定資産税、払わんのと自治労とは関係ないでしょ」
「イヤ、滞納分、はろうてくれ、と言いに行ったのは職員なんで、それで ・ ・ ・ 」
「折角のイイ雰囲気が台無しですね」
「イヤぁ~お恥ずかしい」

ナルホド、あの怒っていたジイサン、タダの税金滞納者だったンですね。

しかし、あれだけの土蔵の持ち主と言う事は、それなりのお金持ち、あの町の名士だったはず。
本来なら、まちおこし、まちづくり的な動きの中心になるべきだ。
なのに、土蔵の観光オコシを逆手にとって、税金免除と言う “ 利 ” を得ようとしている。ナント、欲深い、ナサケナイ。

まちづくり協議会の会長サン、汗をかき掻きガイドに戻って行かれたが、その後ろ姿は益々好々爺に見えた。

024  蒸気機関車の前方に転回設備がある。 街中を流れる清流が引き込んであって、ラッセル車の雪を流したそうだ。

結局、若桜宿に10時前までいた。

その後、鳥取駅前を通り、R9~養父・関宮~大屋~富士野トンネル~笠杉トンネル~R312~福崎~加西~小野~三木経由で、16時帰宅。

悠々自適なヤマメ茶屋のオジサン、税金滞納者だった怒りのジイサン、まちづくり協議会の好々爺会長サン、色んな人に遭遇した一日だった。

 


ギョギョッ!スネークハウス

2011-08-30 11:19:42 | 神戸布引谷での出来事

先週の日曜は雨がちだったので、布引谷・山の家には戻れなかった。

この時期、市ケ原の河原はバーべキューの人達ばかり。
新神戸から荷物を担いて登って来る猛者達もいるが、ほとんどはワゴン、ワンボックスで上がって来て路駐している。 多い時は10台以上、ズラ~ッと並んでいる。
本来進入禁止で、ガードマンもいるが、強行突破するらしい。
我が家の前で交互出来る巾の道は終わっている。
つまり車道のドンヅマリの様に見えるので、余地を考慮せずドン、と停めるお行儀の悪いのもいる。
大体、そう言うのはガラ悪そうなのが多い。 女の子は露出度が高い服装で、だらしなさそうなのが多い。

山の家に戻るのに、この時期、車で行くと、こう言うお行儀の悪い、ガラの悪い、だらしないのとトラブルになるかも知れない。

と言う事でハイカーと一緒に歩いて戻っている。
雨がちだと戻れない。 悪天の日は、山へ行ってはいけません。

金曜日、12日振りに戻って、雨戸を開けると、ギョギョッ!戸枠の隅にヘビがいた。

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全長30センチ位?まだ子供?多分シマヘビだ。

ワタクシ、ヘビ苦手です。 しかし、山を歩いているとしょっちゅうコイツら、ワタクシの前に現れます。 フツーに登山道を横切るヤツばかりではない。

裏六甲の三ツ下谷へ行った時、堰堤を越えるため、草混じりの崖を登っていたら目の前にシマヘビ。
危うく落ちそうになった。 器用に小枝から小枝を伝い、去っていった。

5月、大日岳の斜面を無事滑り降りて、称名坂を下っていた時、ガサっと身をひるがえして藪に消えたヘビ。 周りはまだ雪が沢山残っているのに、もう冬眠から目覚めたのだろうか。

今回のヘビ、丁度目の高さにへばりついていて、ジックリ観察した。
身を縮めて怯えている様子。 カワイソになってそぉ~っと網戸を閉めた。

その後、庭をウロウロして、ワタクシが23年棲息していた部屋の横を通りかけた時、板の隙間から壁の中に消えて行くのが見えた。

我が家はスネークハウスでもある。 一昨年の夏は二つのヌケガラがあった。

“ ブッダのことば-スッタニパータ- ” の蛇の章の初めの方に、「 ・ ・ ・ この世とかの世とをともに捨て去る-蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである」と書いてある。
ナルホド、ヌケガラとはそういうものなのか。

オフクロが亡くなって、1ヶ月程経った頃、雨の夜だった。 一人で寝ていた。
天井を走り回るヤツがいる。 その前にも何回かあった。 ドタドタドタ、バタバタバタと走りまわっている、あれは多分ネズミか。

その日はその音が激しく長かった。 あまりにもウルサイので、 部屋の隅に置いていた防犯用の棒で天井を突いた。
その後、消える様な小さい鳴き声が聞こえた。キィキィキィと鳴いていた。そしてキィ~という鳴き声でオワリ。
少し経った後、ズッズッと言う、何か引きずる様な音も聞こえた。

天井裏を覗く事は出来ません。出来ても、よう見ません、ヘビがネズミ呑み込んでいる場面などは。
頭上2mでの惨劇、しかし、ヘビにとっては久しぶりのお食事。 ネズミ喰わんと死んでしまう。

ネズミ喰う、と言う事はアオダイショウ? となると、このシマヘビとは別の家系?

二つの家系のスネークハウスである。

その内、ノラに喰われるかも知れないけど。


囲繞地通行権

2011-08-26 00:53:55 | 神戸布引谷での出来事

物理学科をギリギリで卒業し、変な縁で最初の職場は経理課、その後営業へ移され、機械メーカーへ転職後も、営業で20年過ごしたので、不動産関係には全く無知。 マンション購入時も布引山の家の名義変更時もただハンコを押すだけだった。

しかし、昨年布引・山の家の変な隣人が、変なこと を言ってきて、その対応のため不動産登記要約書や地積測量図、色々見たり聞いたりして、それは中々楽しかった。

その変な隣人から22日、書留内容証明郵便物が届いた。 内容証明郵便物とは、おだやかなハナシではない。

送られてきたのは、ウチの家の出入り口を変更して欲しい、という「お願い」文書だった。
文書はまとまりがなく、何が言いたいの?という様なモノで、内容を要約すると、自分の土地が保安林から山林になり、昔は保安林でもあり通行を認めていたが、アナタの土地が公道に面しているので、そこに出入口を持つのが当然で、また現在空き家なので、今後賃貸、売却等で他人が住む可能性があって、通行されるのが不本意で了承できない、と言っている様だ。

しかし、やはり隣人はチョット変だ。
普通、内容証明で送ると言うと、支払いの催促であったり、契約の解除であったりで、ワタクシとは今まで関係のない用件なのだが、こんな「お願い」を内容証明で送るなんて、それはこの隣人の “ 趣味 ” なのか。 ひょっとするとラブレターを内容証明で送っていたりして。 嗚呼、アホクサ。

039 我が山の家は、確かに市道に面しているが、石垣の上にある。

ここに出入口を新たに設けるには、石垣を崩して、かなりの大工事になる。 当然、そんな「お願い」には応えられない。
また、我が家に入るためには、確かに隣人の土地を通行しているが、それは我が家他2軒の住居への通路(階段)であり、ワタクシは5歳の時からそこを通っている。 その当時の土地所有者は別人で、隣人の先代サンがそこを含む周囲の土地を取得したのは、その15年後。 今の隣人が通行を認めるとか、認めないとかの話しではない。 これは既得権のはず。

色々調べると、それはどうも通行地役権の時効取得という事になる様だ。

間違いないかどうか、24日、神戸市役所で行っている市民法律相談へ行って、訊いてみた。
昨年もここで、土地家屋調査士サンに、地積測量図に基づく境界のワタクシの見極め方が正しいかどうか、確認していた。

午前中に面談した女性の相談員サンは、布引周辺に住んでおられたそうで、よく市ケ原まで散歩した、とおっしゃった。 ワタクシはその市ケ原から、同級生3人と幼稚園へ通った事、水害で多くの犠牲者が出た事、その原因を作ったゴルフ場の跡地にハーブ園があることなど、色々昔の話をした後、相談内容を説明し、内容証明郵便で送られてきた文書を見せた。

その女性は、時効取得とか言う問題以前に、アナタの土地にはそもそも、その隣人の土地の通行権が含まれているのではないか、と言った。
そして、内容証明で郵送する文書としては稚拙であり、イヤガラセしているのはこっちの人ですよねぇ、と言った。 文書の最後には、「色んな嫌がらせが横行する時代で、問題を一つでも減らしておくのが自分たちの務めだ」とか言う、文脈が繋がらない一節が書いてあったからだ。

しかし、詳しい事は弁護士サンに確認した方がイイ、と言う事になって、午後は弁護士サンと面談。
予約の時間に行くと、年配の弁護士サンは分厚い六法全書(?)を開いて、色々調べながら、通行権の時効取得は当然、主張できるが、この土地は公道とは著しい高低差(石垣)があるので、そもそも囲繞地通行権がある、と言われた。
ワタクシの土地は公道に面している、とは言えず、公道に出るために他の土地を通る権利がある、と言う事だ。 「時効取得と囲繞地通行権、2段構えでいけますね」とおっしゃった。

「お聞きした内容は、当然文書で回答した方がイイですよね」
「エエ、そうです、一応、内容証明で送っといたらどうですか」
「出入り口を変更する気は無い事は、当然明言しますが、ボクもあまり大人気ない事はしたくないンで、売却、賃貸の予定は無いので、他人が通行することもない、と書いとこ、と思うンですが、それを心配しているとも読み取れるし」 
「そんなン書いたら、売ったり貸したり出来なくなりますよ、余計なことは書かん方が ・ ・ ・ 」
「それやったら、“ 当面 ” 予定は無い、と書きますわ」
「それならエエでしょ」

結局、15分ほどで終了。 後はゆっくり返答文書を書いて内容証明で送るのみ。
昔、納めた機械がトラブった時に書いた見解書と同じ感覚だ。

しかし、この隣人、貰う年金はごく僅かで、しょっちゅう借金で首が回らン、とか破産宣告するとか言っていて、とにかくお金がないらしいが、こんな文書を1200円も出して郵送して、結局何も得られず、ホンマ、アホっちゃう~。  他の住民とケンカしていた過去もあったらしい。 哀れなニンゲンだと思う。


雨の日には中華ナベをみがいて

2011-08-22 21:16:47 | マンジャーレ、マンジャーレ

土日は雨がちで、お外へは出れず。 そう言う日は喰いモノ作りに関する事でもログします。 マンジャーレ!!!

中華ナベの30センチのデカイやつを買って、中華屋サンの真似ごとをやり出して、もう30年近くになる。
とにかく油を馴染ませないといけない、という事を料理番組か何かで知り、 始める際には必ず強火でカラ焼きして、お玉一杯の油を入れ、グルグル廻した後、オイルポットに戻す。
確かに、カウンターの中のコックさんはやっている。

しかし、戻した時の油がナベの外側に垂れ伝わって、毎回外側まで丁寧に洗わないモンだから、その油がコテコテに固着してしまって、 まるでカサブタの様になったそれを、ド根性入れて除去したことがある。
当然洗剤を含ませたスポンジでは取れない。 金属タワシでほんの僅か。 包丁で削ぎ落したり、ヤスリで削ったりしても中々はかどらない。

で、結局、焼き切った。
とにかく、中華ナベをカラ焼きする要領で、そのカサブタ部を強火で焼く。すると徐々に炭化して行って、その後水を掛けて金属タワシでこすると、それらは簡単にとれた。
しかし、カラ焼きした後水を掛ける、これ中華ナベを焼入れしたことと同じ?、いや真っ赤になるまで焼いていないので焼入れにはならない?

いずれにせよ、 マイ中華ナベは綺麗になった、 あの雨の夜(だったかしら?)。

その後、もうその「油がえし」はヤメ。
カラ焼きした後チョット多めの油を入れ、グルグル回した後、余分な量はお玉ですくって戻している。 しみったれたやり方だけど。

昨日は、もう磨かなくてイイその中華ナベで、豚肉、ナス、ピーマンの炒め物。

一人分の分量データ:豚肉コマギレ約50g、ナス1個、ピーマン2個、ニンニク1片。
ニンニクはスライス、他は一口大にテキトーに切断、ナスはシナぁ~ッとなるので少し大きめに。
味付液は、醤油、酢を各大さじ1、砂糖小さじ1、ラー油を2滴程、混ぜ合わせておく。

豚コマギレに醤油、紹興酒を各大さじ1弱で下味をつけ、そこに水溶カタクリ、と言うか、水大さじ1と片栗粉小さじ1/2を入れて、ガガガッと混ぜる。

ナベを強火にかけ、油、お玉半分程度をいれ、豚の下味液を付けた箸を突っ込み、ジュワァという程度の温度になったら豚肉を入れ、ほぐす。 ジュワァ~という勢いが強い場合は直ぐ火を停める。 肉の色全体が変わったら取り出す。

その後、お玉で油を殆どすくい出す。 ナベの周りに付着して残っているので、殆ど救い出しても大さじ1以上は残っているはず。
そこへニンニクを入れ点火。 ニンニクのイイ匂いが出だしたら野菜を入れて強火。 カン、カン、カン、と混ぜ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、とナベをあおり、野菜全体が油と混ざったら、中華スープ、と言うか、水お玉1/3程度をジャッと入れ、中華スープの素を小さじ1程加え、少し混ぜて蓋をする。
30秒~1分、鼻歌でも歌って放置して、豚肉を戻して混ぜる。 肉の表面に着いたカタクリでテキトーなトロミも出てきたら、混ぜ合わせておいた調味液をいれ、カン、カン、カン、と混ぜ、ジャッ、ジャッ、ジャッ、とナベをあおり、皿にジゥア~っと流し入れ終わり。

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これ、酢がきいて中々美味いです。 是非お試し下さい、マンジャーレ!!!。


溶ける前に大汗かいて

2011-08-18 15:20:46 | 自転車でブラブラ

ロードバイクを乗る時は、それなりに緊張する、そんなハナシをどこかで読んだことがある。

ナルホド、確かに近所へお買いものに出かけるムードはない。
明石、三木辺りまで行くにしても、タイヤの空気圧はチェックし、汗だくになってもイイ服装に着替えて、小銭、汗拭き、ポケットに入れて、ヘルメット被って、手袋はめて、ドアを閉らない様フックで留めて、 玄関から廊下に出す。 そして担いで外階段を降りる、原則マンションのエレベーターに自転車は載せられない。

ヘルメットと手袋は、一度身に着けると外すのが怖い。 最近は何かあった時の為にクレジットカードも忘れない。 当然バンドエイド何枚かも忘れない。

これだけ準備して、サァ出発。 最初の一漕ぎをする時、 確かに緊張する。 
それは腰掛より数センチ低い位置にあるハンドルを握る、現実離れした姿勢からくるモノかも知れないが、これら準備をしないと始められない遊びだから、かも知れない。

昨日も昼前から湿気た熱気で、ノーミソ溶けかけて、意識無くなりかけて、このまま動かないとエライ事になる、死んじゃウ、という事で、まず汗で濡れない様ビニールのパックにお金、クレジットカード、ドアの鍵を移し、タイヤに空気入れたら、少し覚醒して、自転車着に着替えると完璧に眼は醒めて出発、13時過ぎ。

少し走ると、前回の苦行の後遺症なのか、右太ももの後が痛くなって来て、まぁ又攣ったらそれでイイかぁ、と学園都市方向へ走る。
農業公園の前を通り、R175へ出て、三木森林公園から恵比寿~御坂へ。

御坂神社は涼しかった。Imgp2672

笠松峠を登り、押部谷を通過して、もと来たルートを戻る。
結局、一度も攣らず、16:20過ぎ帰宅。 55.21km、平均20.0km/h、2週間ほど前より大分速くなっていた。 相変わらず、フラフラになったけど。

自転車着を脱ぐと、汗でグッチョグッチョ、重かった。 吸水速乾素材のはずなのに、あまりにもの大汗で、追い付かなかったのかも。