’09年、マンション同階にハルナちゃんが引っ越しして来て、何度かオシャベリをした。
遭遇すれば必ず「コンニチワ」とカワイイ声で挨拶してくれるので、ついつい色々話しかけてしまう。
それは世間とほとんどお付き合いのない日々の、一瞬の“キラメキ”だった。
12月の冷たい風が吹く夕方、ハルナちゃんは部屋の前で膝を抱え、しゃがみ込んでいた。お母さんの帰りを待っていたのだ。
鍵を持たされていなかったのか、以前からそう言うシーンを何度か見た。
過ごしやすい季節なら外でボォ~っとしているのもいいが、その日は冬の寒い夕方。小学校の帰り、防寒着など、着ておらず、実際ハルナちゃんは寒そうにしていた。
しかしハルナちゃんは、「寒いけど頑張る」、と言った。
「コジハルのハルナちゃんやモンね」、とワタクシは励ますしかなかった。
「コジハルのハルナ」とは、半年ほど前、初めて言葉を交わした時、自己紹介で彼女が使ったフレーズだった。ワタクシ、その意味が判っていなかったが、ナゼかそのフレーズは覚えていた。
’10年になり、ワタクシはまた信州・雪山通いを始め、それは5月の終わりまで続いた。
6月からは前年同様、布引谷・山の家を片付けながらの日々になった。
そして、ハルナちゃんとまた遭遇することになった。彼女は中学校の制服を着ていた。
しかしもう、「コンニチワ」と挨拶してくれなくなった。エレベーターのドアギリギリの所に背を向けて立ち、ドアが開くとサッと出て、サッと部屋に入っていった。
何故挨拶してくれなくなったのか?いつも独りでフラフラしているオジサンと話ししちゃダメ、とオカアサンから言われたのだろうか?
しかし、オカアサンは相変わらず会釈してきたし、エレベーターの中では「暑くなりましたネ」と話しかけてきたし、「オジョウサンとお二人、よく似てはりますね」と言うと、「ウルサイ、クソババアなんて言って、色々生意気になって ・ ・ ・ 」、と会話も続いたので、母親から禁止令が出たとも思えない。
それは、中学生になってオッサンやジジイが疎ましくなったのかも知れない。
ウチの娘も中学生になってから口を利かなくなった。「オカエリ」とも言ってくれなかったし、二人でお出かけなどなくなった。
きっとハルナちゃんもそう言う“オトシゴロ”なんだろう。実のオヤジにだって口を利かない。ヨソのシラガのオヤジになど気味が悪い、近寄りたくもない。ナルホド、少女の必ず通る道。
ハルナちゃんの“オトシゴロ”を察してあげないといけない。
前の年、色々おしゃべりしてくれただけで“御の字”なのだ。
しかし相変わらず、エレベーターを出ると、部屋の前で膝を抱え、しゃがみ込んでいるハルナちゃんと遭遇する。中学生になっても鍵は持たされていなかった様だ。
彼女はチラッとワタクシを見上げ、全く関心がない様に視線を遠くに逸らした。
当然、「コンニチワ」とは言ってくれない。ワタクシも話しかけない。
人との付き合いは「つかず離れず、来るモノ拒まず去るモノ追わず」がイイ。ワタクシも極力関心がないフリをした。
そしてお互い無視し合う“仲”になった。
いつの間にかエレベーターを出たパイプスペースの前の空間は、ハルナちゃんのもう一つの部屋の様になっていた。
カバンや手提げ袋を周りに置き、お菓子やジュースを飲みながら教科書や漫画を読んでいた。制服の時もあったし、体操服の時もあった。オカアサンが戻るまでテキトーに寛いでいたのだ。
友達を連れて来ていた事もあった。友達の少女はワタクシを見て、「コンニチワ」と微笑んだが、ハルナちゃんはつまらなさそうに遠くを見ていた。
ワタクシが視界から消えると、ハルナちゃんは友達と「キャハハハ」とはしゃいだのだろうか。
ある日曜日の朝、お出かけするハルナちゃんとオカアサンに出くわした。よく似た衣装で着飾っていた。そして同じ様な髪飾り。
オカアサンはいつもの様に軽く会釈したが、ハルナちゃんは以前同様、つまらなさそうにしていた。
冬になって、荷物だけがエレベーターの前の“もう一つの部屋”で散乱していた事があった。
ハルナちゃんは友達の部屋へ、トイレを借りにでも行ったのだろう、と思った。彼女との最後のオシャベリの時、「オシッコ行きたくなったら、トモダチのお家、行くし」、と言っていたからだ。
自分の部屋に戻り、郵便物を回収していない事を思い出した。こう言う事はしょっちゅうだ。毎日必ず何かを忘れる。
再度クツを履き、1階の集合ポストから郵便物を回収し、エレベーターで戻ると、相変わらずハルナちゃんの荷物だけが散乱していた。
エレベーターの正面にはハルナちゃんの部屋のパイプスペースがある。それは他の部屋のパイプスペースより大きめで、扉ののぞき窓がほぼ眼の高さにある。電気のメーターを確認するための窓だと思う。
その窓にナント、ハルナちゃんの顔の一部があった。左眼でこちらを見ていた。
ナルホド、うまい風避け、寒さ避けを見つけたものだ。
「ヤルなぁ、ハルナちゃん」と、思わず声を掛けそうになったが、直ぐ窓から彼女は隠れて消えた。
そんなハルナちゃんとの遭遇はその後も続いた。無視し合った状況は変わらない。
今年の信州・雪山通いは4月初めに終わり、布引谷・山の家への移住はもう諦めたので、最近はひきこもりの日々が続いている。
そして時々溜まった郵便物を回収しに部屋を出るが、エレベーター前の“もう一つの部屋”で膝を抱え、しゃがんでいるハルナちゃんと遭遇する事は、もうなくなった。
彼女はどうしたのだろう。
そうか、3年前ハルナちゃんは中学生になっていたので、今年は高校生になったのだ。
高校生になって鍵を持たせてもらえるようになったのか、帰りの時間がオカアサンの帰りより遅くなったのか、それとも遠くの高校に入って、引っ越したのかも知れない。
そう言えばオカアサンとの遭遇もなくなった。表札は残っているけど、ハルナちゃんは引っ越ししたのだろうと思う。
窓の下の公園ではいつも午後には子供達が騒いでいる。女の子のキャーキャーと言った歓声が聞こえて来る。ハシが転がっても面白いオトシゴロ、とはいくつの歳の事なんだろうか。
ハルナちゃんのニコッとしたお顔を拝見出来たのは小学生の時だけで、その後はいつもつまらなそうにしていた。
ヨソのシラガのオヤジに対してニコッとしないのは当然だか、それとは関係なく、ベースの生活がつまらなそうに見えた。
ハルナちゃんがエレベーター前の“もう一つの部屋”で、オカアサンの帰りを待っていた頻度が、どの程度のモノだったかは判らないが、その都度ワタクシを含め何人かの大人に、膝を抱え、しゃがんでいる自分の姿をさらす事になる。
「この子ォ、ようここでしゃがみこんどうけど、ナニしとおん?」と言う眼で見られた事もあるかも知れない。
楽しい思い出もなかったかもしれない。
このマンションにいてもツマラナイ、楽しい思い出もない、それなら住いを替えた方がイイ。
女の子3人組の映画を見たことがある。何年か前の神戸映画サークルの例会だったと記憶している。
主人公は有名なマンガ家サン。スランプに陥った彼女が昔暮らした海辺の街へ行き、当時の事を思い出す。
小学生の時、主人公は彼の地へ引っ越しして来て、そこで二人の親友が出来た。
それぞれの家庭は貧しく、色々問題ありだが、少女3人組は、正に天真爛漫、やりたい放題。
しかし高校生になり、男との付き合いが始まると徐々に不幸になる。
二人の友達が結婚した男は働かず、暴力をふるい、トンデモナイ不幸な日々を過ごす。
最後に主人公は友達の一人からケンカを売られる。
この友達は、「ナンデうちらは幸せになられヘンの?シアワセてナニ?」と言う。
そして、「アンタはもうここから出ていき、そして二度と戻って来るな」と言う。
このシーンは良かった、泣けた。ケンカを売る友達を演じる女優は、ビンボーとはかけ離れたレベルの超美人。この女性はなにかのモデル(?)
しかし、そんなキレイな女の子が「ナンデ幸せになられヘンの?」、なんて言うと、オッチャン、ボロボロ泣いてしまう。
ワタシが不幸な生活を送っているこの地から、アンタは出ていけ、ワタシの様に不幸になるな、親友からそんな事を言われ、主人公は出ていって、漫画家しとて成功をおさめる。
そしてこの女の子達の事を書くことで、スランプから復活する。
そんなストーリーだった、と記憶している。
ハルナちゃんも、つまらない、面白くない生活をここでしていたのなら、出ていった方が良かったのでは、と思う。そう、それがイイ。
ハルナちゃんとのファーストコンタクト、ワタクシの後を「コンニチワ~」と言って走り去った季節から4年が経った。
4年前と同様、公園の木々にはまだ若葉が残っており、近くのゴルフ場の森ではホトトギスが鳴いている。
ところで、「コジハルのハルナ」、の「コジハル」てナニ?