ビル・エヴァンスというピアニストは、ジャズファンでなくても知られているほど有名だそうで、ワタクシもジャズを聴き始めた10代の終わり頃、深夜ラジオでその存在を知った。
確かその番組では、リヴァーサイドから出た、ジュリアン・“キャノンボール”・アダレィのLPを紹介していて、ビル・エヴァンスはそれに参加し、自身が作った、親戚の女の子に捧げるワルツが、深夜のラジオから流れていた。
この曲もまた、ジャズファンでなくても知られているとても美しい曲で、それが演奏された’61.6.25.ヴィレッジ・バンガードのライブ盤は、ピアノトリオの名盤としてよく取り上げられている。
この時、ビル・エヴァンスは32歳、ジャズ・ベースの革命児と呼ばれるスコット・ラファロは25歳、ドラムのポール・モチアンは何歳か知らない。
というのは、このピアノトリオでよく語られるのは、ビル・エヴァンスと“革命児”スコット・ラファロのことばかり。
確かにスコット・ラファロの演奏はそれまでのペースとあきらかに違う。芸術とか音楽の違いが判らないワタクシでも、それは判ります。
ボキャブラリーの乏しいワタクシはその違い、うまく言い表せませんが、昔の雑誌には、『従来のウォーキング・ベースがメロディック・ラインに、あくまでもコード進行にもとづいて、平列的ラインをつくりだしていたのに対し、ラファロは旋律的対立ラインをもつことによって、ソロ以外では客体であったペースを、真にメロディー楽器ののように主体的なものにしたのである』と、書いてあった。
つまりこのトリオでスコット・ラファロは、単なるビル・エヴァンスの伴奏者ではなく、メロディー奏者としてエヴァンスと競い合っている、ということか。
しかしその競い合いは素晴らく美しい、と思う。
モダン・ジャズの面白さというのは、原曲の和音の範囲で、いかに美しく粋なメロディーを即興で演じられるか、それを競い合うことにより生じるインタープレィ:相互作用、そういうコトがよく判る。
このトリオが出来たのは’59年。
ビル・エヴァンスはその少し前、モード奏法による「カインド・オブ・ブルー」の録音に参加、その後マイルス・ディビスの許を去って、ピアノトリオのリーダーとして新たに活動しようとしたらしい。ただメンバーが中々定まらなかったとか。
そんな中、スコット・ラファロからビル・エヴァンスへ参加の申し出があり、そこにポール・モチアンが加わり、その年の12月出たLPが「ポートレイト・イン・ジャズ」、2年後の2月に「エクスプロレーションズ」、そして6月25日のヴィレッジ・バンガード。
昔の雑誌には、『モードという新しくジャズの中に入れられた手法に対して、ビルは自分なりの解決法を得なければならなかった』と、書いてある。
そしてビル・エヴァンスは、スコット・ラファロという天才ベーシストをメンバーに得て、この頃ノリノリだったのだと思う。
スコット・ラファロはその間、オーネット・コールマンのダブルカルテットによる「フリー・ジャズ」や、ブッカー・リトルのリーダー盤に参加したり、彼もノリノリだったハズ。
何かを究めようとしている若者の、エネルギー溢れるノリノリの気分、それはよく判ります。
恐れることなく邁進する自分と、シンクロする仲間のインタープレィは、無限に増大していく。
しかし、このノリノリのピアノトリオはそのライブの11日後、スコット・ラファロの交通事故死により、終わってしまった。
天才とは夭逝するもの、なんて儚いものなのか。ビル・エヴァンスはそれから半年あまり、演奏活動をしなかったそうだ。
ヴィレッジ・バンガードの演奏は2枚のLP、「ワルツ・フォー・デビィ」と「サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・バンガード」として世に出たが、結局この稀代のピアノトリオのLPは、メジャーレーベルではリヴァーサイドから出た4枚だけ。
ところが先日、相変わらずダ~ラダラ過ごして、メールをチェックしていたら、Amazonから、「ワルツ・フォー・デビィ+4」と「サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・バンガード+5」のCDあります、との販促DMが眼に留まった。
欲しい本やCD、LPはネット通販に限る。
店に買いに行くと探さないといけないし、なくて“お取り寄せ”になるケースも多く、届いたらまた取りに行かないといけない。
しかし、ネット通販なら検索して購入処理をすれば、数日後には郵便受けに入っている。これはアリガタイ。
ただ一度利用すると、その後は販促DMが届く、次々と。
そもそも既にウチにあるLPの、再販CDには興味はないし、それに釣られる事は滅多にないが、この「+4」と「+5」は無視出来なかった。
ヴィレッジ・バンガードの演奏は2枚のLPに6曲ずつ、計12曲入っているが、他にもあって当然。
ジャズは即興芸術なので、同じ曲目でも演奏は違う。これはぜひ聞いてみたい。
CD2枚で3,447円也。
2日後、郵便受けに入らなかったらしく、JPのオニイチャンは部屋まで持ってきてくれた。
「ワルツ・フォー・デビィ」には、3曲の別テイクとLPに未収録の1曲で+4、「サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・バンガード」には3曲の別テイク、1曲の二つの別テイクで+5、となっていた。
解説には、6月25日は昼2ステージ、夜3ステージを録音した、と書いてある。
「ワルツ・フォー・デビィ」には2テイク分、「サンディ・アット・ザ・ヴィレッジ・バンガード」には3テイク分、入っていることになるから、この日の5ステージ分全て聴けるのかと思っていたが、ある曲のNO.1テイクがない。やはり、3,447円で6月25日の全曲を聴くのは厚かましい、というコトらしい。
しかし、CDは便利なモノだと改めて思った。なにしろ、別テイクの曲へボタンひと押しで飛んで行って、聴き比べる事が出来る。
また、LPなら20分弱で必ずプレーヤーのそばへ行って、LPをひっくり返し、針を落とさないといけないが、CDは60分以上放ったらかし、再度聴く場合もリモコンボタンひと押しで済む。
LPには、ヴィレッジ・バンガードの客席の騒音(グラスと氷の音?)が曲の背後で聞こえたりするのだが、CDでもそれらはカットされず残っていた。
また、各ステージの終了を示す挨拶代り(?)のチョコッとした演奏も入っていて、まさにライブ・アット・ジャズクラブの雰囲気そのもの。
CD2枚で2時間以上、6月25日のまる一日間、ヴィレッジ・バンガードにいて、このピアノトリオの美しいインプロビゼーションを浴びていた様な気がした。