5月末、白馬大雪渓へ行くために、前夜泊った麓のビジネスホテルで、夜、どう言う訳か動悸、息切れ激しくなって眠れなくなり、翌朝はフラフラ。
結局一歩も山には入らず、そのまま帰って来てしまった。
その後も時々、心臓はバクバク、息はヒイヒイ、ハアハアしている。
こんな状態が続いて、山へも行けないのなら、「こちら側」にいても仕方ない、「あちら側」へ行ってもいいか。 もう扶養義務はないし、とも思ったが、取りあえず「あちら側」へ行く前に医者へ行った。
近所には古い市住、県住があるその病院は、4年振りだったが以前と同じ、ヨボヨボ、ヘロヘロのお年寄りで溢れかえっていた。待合室には座るスペースがなく、廊下のスツールに座って待つこと1時間弱。
センセは女医さんに代わっていた。
前のセンセは、歩けない老人宅を一軒一軒、往診されていて、謂わばこの地域のアカヒゲさん。
しかし、そのセンセもヨボヨボになって、数年前女医さんに代わった、と言う事は聞いていた。
謂わば、病院の「居ぬき」と言うヤツ(?)。
以前のワタクシのカルテは引き継がれていて、「境界型糖尿病とかの記録ありますね、シンドイのはそれかも知れない、まァ詳しく検査しましょ」と言う事になって、その日は尿とレントゲン。
どちらも異状なし。
「役所から特定健康診断の案内、いってません? それ使ったら¥300で血液検査と心電図の検査、受けられますよ」 と言われ、翌日朝メシ抜いて、その案内の用紙(受診券)に普段の状況色々書いて持って行った。
色々検査された後、若い方のナースは採血の針、気前よくズブリと我が細腕に刺し込んで、メッチャ、ムッチャ、痛い目にあって、¥300で済むと思ったのに別に¥3,000、気前よく払わされて、「10日位後、結果出ますので、電話で確認してから来て下さい」、廊下には次に検査を待っているオバアチャンが控えていた。早くオイトマしないと。
12日後の月曜日、“待望”の結果を聞きに行った。
午後4時、ナント待合室はガラガラ。
10日程前、待合室に溢れていたあのお年寄りたちはどこへ消えたのか。
皆さんもう亡くなられたのか。 それとも、午前中が老人達の通院タイムなのか。
結果は、血圧とガンマGTが要受診。 他は異状なし。
「ガンマGTはほんの僅かオーバーしてルだけなンで、まぁ気にしなくてイイでしょう」、女医さんから色々説明を受ける。
血圧は以前から高かった。
前のセンセから降圧剤もらって一時呑んでいたが、目立って良くならないし、それより思いっきり運動して、思いっきり汗かいて、とにかく死ぬほどフラフラになった翌朝はドォンと下がるので、その薬は止めた。
老センセは呆れていた。 「クスリ呑んでも、よゥならンから、ヤメるちゅうのは初めてやぁ。フツーの人は色々替えて試すのに」、そんな昔のふざけた経緯を女医さんに話した。
この女医さん、ワタクシと同世代、少し若いかもしれない。とてもマジメそうで、ワタクシが発する冗談の何回かに1回は、作り笑いを返して頂ける。
こんなアホなオッサンにはまともに付き合われヘン、サッサと済まして、チャンと看てあげないと死んでしまうお年寄りをケアしないと。 多分そう思っておられるンだろう。そんな感じは、前のセンセにもあったけど。
女医さんの説明は続く。
降圧目標値は以前より下がった、これは80歳を過ぎても自立生活出来るためのモノ、効果のある新薬も次々に開発されている、加齢による動脈硬化で高血圧になるケースとその逆のケースがあり、それによって薬は変わる、この国では保険が行き届いているので、3割の負担で誰でも治療が受けられる、ちゃんとクスリ呑んで血圧抑えないと色んな病気を誘発する。
そんな説明を聞いていたら、何かバカバカしくなって、ウッカリこの悪い口が滑ってしまった。
「そやけど、そうやって80過ぎた年寄り、沢山元気にさせて、そんなジイサンが車運転して、人を死なせてしまう事故なんかが最近ようありますヤン、ボクの叔母なんか、痴呆で完全にアタマ飛んでルのに、それ以外はメッチャ健康で、そやけどもう何年も前からボクの事、判らなくて、クスリで長生きさせる事がホンマ、エエことかどうか、判りませんでぇ」
「確かに、そう言う見方もありますけどね」、女医さんの表情が変わった。何かオカシクなった。
当然、作り笑いは無くなった。
前にもこんな医者の表情を見た事がある。 もう10年以上前、まだ在職中、職場近くの大きな総合病院での定期診断、相手は多分、医者になりたての若者。
診断結果は特に問題なく、何か気になる事はないか、と訊かれたので、「イヤ、シンドイだけで」と答えたら、「それは仕事が面白くないならでしょう」と返して来た。
コイツ、医者と言っても只の若者、まだ仕事の何たるかなど、判っているはずはない。
何ぬかしとンや、と思ったが、一応紳士的に対応した。 「仕事とは辛くて面白くないモノでしょう」
「イヤ、ボクは楽しくなるようにやってます」
「でも、患者から文句言われることもあるでしょう」
「イヤ、誰からも絶対文句出ない様、気を付けてやってます」
「でも毎日、必死に気ィばっかりつけてやってたら面白くないでしょ」
「イヤ、ボッ、ボクは ・ ・ ・ 」 若い医師の表情がオカシクなった。
ワタクシもこれ以上話していると、「若い分際で生意気なコト言うな」、と言い出すかも知れなくなってきて、もう相手にするのはヤメて、黙って診察室を出た。
医師免許を持っている人達はメッチャ、ムッチャ賢い、偏差値と言う尺度では。ローカルの、名も知らない医大でも、偏差値はメッチャ、ムッチャ高い。
しかし、ベテランの女医さん、若葉マークの医師、どちらもその表情は何か病んでいる様に見えた。 ズーッと前から病んでいるワタクシがそう感じるのだから間違いない。
医学部へ入るためにムチャクチャ勉強して、受験戦争に勝つために特別な学校へも通い、入学後も勉強、勉強、研究、研究して医者になった人達。
医者になった後はとにかく人の命救う事だけ考えて、色んな人種の患者にあらゆる方法、情報駆使して治療し、今やガンのいくつかは治る病気。
平均寿命も年々伸びて、寿命で死んでもイイ老人までも生かしている、本人の意思とは関係なく。
命を延ばすのに必死になるのは使命、運命、宿命。
しかし、そんなコトばかりやってたらアタマ、オカシクなる様な気がする。
ニンゲンは生きなければいけないが、死ななければいけない面もあるハズだ。
科学、医学が立ち入れないエリアがあるハズだ。
チョット心臓バクバク、息がハアハアした位で医者に頼ったこと、今はすごく悔やんでいる。
「扶養義務なくなったし、もういつ死んだってエエんですワ」と、エラそうに言っていたのにナサケナイ。 ワタクシってホント、ダメなオトコ。
とてもマジメそうなその女医さんには、取りあえず1ヶ月程血圧測って、そのデータ見てもらって、クスリ選んでもらいます、と言って診察室を出た。
待合室には老女が一人、順番を待っていた。
多分、1ヶ月経っても、もう女医さんには会いに行かないと思う。
しかし、お酒は少し控えようと思う。タバコは値上げ前に在庫したのが無くなって、数週間前からヤメている。
そして、心臓バクバク、息フウフウでも、そんなに気にせず登れる範囲でやって見よう。
それでもし終わってしまったのなら、仕方ないと諦めよう。
でも、この歳で「あちら側」に逝っても、オヤジやオフクロに追い返されるかも知れないけど。
いずれも5月末ごろ。
心臓バクバク、息ハアハアになっても、医者に頼るより、“彼女”達に会いに行った方が良かったかも知れない。