ウィトラの眼

無線業界のニュースについての意見・感想を書きます

お財布ケータイの海外への売り込み

2008-08-19 19:20:39 | Weblog
お財布ケータイを海外へ売り込む、という活動を政府と産業界が力を合わせて行う、という記事が出ていた。

大変結構なことだと思う反面、「下手なやり方だなー」と思う。
本来ならばドコモが始めた時点で海外への売り込みを視野に入れて動くべきだろう。そしてドコモからほかのオペレータに展開するときには海外への展開の仕組みも出来上がっている、というのが本来あるべき姿だと思う。

お財布ケータイとは何のことを言っているのか、EdyとかSuicaとか様々な電子マネーがあってそれをバラバラに売り込むわけではないだろうから、Fericaの仕組みを売り込むということだろうと想像している。

Fericaはもともとソニーの技術である。ソニーは国際企業だし、ソニーエリクソンは世界で携帯電話を売っているのだから、当然世界に出ていくという発想はあったはずである。それがどうして今まで出ていないのかむしろ不思議に思う。

お財布ケータイはやり方によっては大変大きな可能性を秘めたものである。単なるフェリカの仕組みだけでなく、電子マネーの仕組み、決済の仕組みまで発展させられる元になるものである。しかし、そのような発想で国際的に出ていける仕組みを考えている人が果たしているのだろうか?

やはり、海外に出ることで利益を得られる人が動かないと本当の流れにはならない。その意味ではソニーなのだろうが、じぶん銀行をはじめたKDDIなども真剣に取り組むべき課題だと思う

日本の情報通信産業の行方(12) 通信サービス事業

2008-08-19 09:37:36 | Weblog
NTTやドコモに代表される通信サービスを行って料金を徴収するビジネスモデルである。この産業は設備投資産業である。自ら通信設備は持たずに設備を借りてサービスのみを提供するバーチャルネットワークオペレータも存在するが、この事業はソフトウェアサービス事業とほとんど重なるのでここでは対象としない。

この通信サービス事業は設備産業であると同時にもともとは政府が設備投資をしてネットワークを構築したものが民営化されたという歴史を持つ。その意味では地域性のつよい産業である。

通信事業というと1970年代まではベル研究所を擁する米国のAT&Tが世界を代表する企業であったが、独占禁止法からくるAT&Tの解体とその後の米国の電波行政の失敗で米国の通信事業は混乱し、その間に移動通信で力をつけたヨーロッパの事業者が力をつけ、現在ではヨーロッパが世界で存在感を示している。

ヨーロッパは域内で共通に使える移動通信方式であるGSM方式を開発し、同時に競争を促進するために複数の事業者に免許を与えた。その結果、イギリス、フランス、ドイツ、スペインなどの通信事業者がたがいに本国をベースとして相手の国に進出し戦いあう競争環境が作られた。これで力をつけた通信事業者はアジア、アフリカ、アメリカなどにも資本進出し、グローバルオペレータに脱皮した。

ヨーロッパ以外のオペレータは本国での経営に専念しており、ヨーロッパのオペレータが世界を抑える傾向にある。通信の標準化もヨーロッパが抑えており、この分野ではヨーロッパが世界の主導的役割を果たしていくことになるだろう。

日本のオペレータも21世紀初めにドコモが海外進出を計画したが失敗し、今からではチャンスは少ないとみるべきだろう。特に日本では世界標準であるGSM方式を導入していないので技術の共通性がなく、進出は難しいと思う。海外企業に買収される可能性の方が高いと思う。

アメリカは企業買収が盛んな風土があり、移動通信も落ち着いてきたのでこれから海外進出を計画しヨーロッパとの戦いになる可能性がある。また、中国も中国移動は世界で圧倒的な加入者数を持ち、業績も良い。まだ国内市場で開拓余地が大きいので海外に目を向けていないが、華僑の文化と考え合わせると世界企業を目指す可能性はある。要注目である。

日本の情報通信産業の行方(11) コンピュータ事業

2008-08-18 09:33:56 | Weblog
コンピュータのハードウェアを作って販売する事業であるが、CPU、OSといった鍵となる部品が標準化されており、差別化が困難になっている。日本人対応に使いやすくする面で外資の参入障壁があるが、本質的に利益の出にくい事業であり、国内事業の淘汰は今後も進むと思う。

英語圏ではグローバル化が進んでおり市場拡大の期待はあるが、日本メーカーは出遅れていることと、英語が不得意ということでこの方面への発展は望み薄であろう。世界的にはLinuxのサーバとか超小型PCとかで新しいプレーヤーが台頭してくる可能性はあると思うが、それは日本企業ではない気がする。

日本の情報通信産業の行方(10) ソフトウェア作成事業

2008-08-16 13:17:48 | Weblog
ソフトウェア事業というと普通はこの事業を指す。ソフトウェアを開発してそれを商品として販売する事業である。自社ブランドで販売する場合と、他社から委託を受けて開発する場合がある。

既に述べたように、この分野は複雑で規模が大きくなると日本の企業は勝てないと思っている。サーバーやパソコンでは既にこの傾向が明確に出ており、Oracle、SAP、Microsoft、Adobeなど大きなところは海外企業に抑えられている。日本企業では年賀状ソフトや、青色申告ソフトなど日本の習慣と強く結びついたもの以外は難しいと思っている。

規模の小さいソフトなら日本人でも戦える。16ビットマイコンくらいまでとか、DSP(信号処理プロセッサー)のそれほど複雑でないソフトなら日本人でも十分戦えるソフトが作れるし、メモリーや処理量を抑えて効率の良いソフトを作ることに関しては日本人も対等に欧米と戦える。

しかし、世の中の流れは、複雑化する方向に向かっており、パソコンに続いて携帯電話がこの領域に入ってきている。日本の携帯電話メーカーが世界で存在感がないのはこのような点も影響していると思っている。携帯電話については、そのうち項を改めて書きたいと思っている。

自動車や家庭内の様々な機器も電子化が進むにつれて、ソフトが急激に複雑化している。自動車産業は、日本が世界をリードしている産業であるが、今後ソフトの比重が高まっていけば現在の地位も怪しくなると思っている。自動車の場合には、さまざまな機能を搭載しているが、個々の機能を小さなCPUで実現しそれらがネットワークで緩やかにつながっているといった、バイオコンピューティング的発想で行けば、日本の地位は保たれると思う。しかし、自動車全体が一つのコンピュータのようになり強力なCPUが各部署に指令を出すようなアーキテクチャに流れていけば日本は戦えなくなるだろう。さまざまなことをできるようにするには、コンピュータアーキテクチャが勝るが、安全性を考えるとバイオアーキテクチャが勝るだろう。早い時期に業界としてアーキテクチャ議論をしておく必要があると思う。

家庭内ネットワークなども自動車と同じであると思う。ただし、家庭内の場合は安全性が自動車ほど強く求められないので、コンピュータアーキテクチャが勝つ可能性は高いと思う。日本の競争力を維持するには生体の神経系の制御の仕組みなどを勉強して、生体アーキテクチャで複雑系を作るような研究が重要になるだろう。

委託を受けてソフトを開発する、いわゆるソフトハウスは、大規模ソフトは海外との競争で扱えなくなっていくだろう。大手はソルーション事業として顧客との接点に自らの強みを見出し、実際のソフト開発は海外に委託するような構造になっていくだろう。

ソフトハウスとしては特殊な分野に強いニッチ対応の企業か、規模が小さく小回の効く中小企業で優秀な人材を揃えたところが残り、他は次第に淘汰されていくだろう。


間違えるコンピュータ

2008-08-15 09:10:00 | Weblog
夏休みも今日あたりがピークで休む人が一番多いのではないだろうか。 そこで、ちょっとした夢の話を書こうと思う。それが「間違えるコンピュータ」である。

もちろん今のコンピュータでも間違えることはある。しかしそれはバグという人間のプログラムミスによるものである。ここで私が言いたいのはプログラムは間違えていなくても間違えることがあるように設計されたコンピュータのことである。

間違えないコンピュータを作る技術があるのに、なぜわざわざ間違えるコンピュータを作るのか、と不思議に思うかもしれないが、それはコンピュータが高度化して人間との付き合いが深まってくるからである。鉄腕アトムのようなロボットを想定すると、ある言葉をかけるといつも同じ言葉で応答するのでは飽きてしまう。やはりその時その時の状況に応じて違う対応をしてほしいと思う。しかし、そのような違う対応を最初からプログラムとして組み込むことは不可能に近い。

そこで大切になってくるのが学習能力である。学習は間違いと切っても切り離せない。間違えるから学習する、と言っても過言でないくらいである。つまり「間違えるコンピュータ」とは「学習するコンピュータ」のことである。

学習するコンピュータなら以前から盛んに研究されている。人工知能、ニューラルネットワーク、マシンラーニングなど色々なアルゴリズムもある。しかし、いま一つ広がっていないように思う。それは人間(ユーザー)がコンピュータが間違えることを許容しないからではないだろうか。 この流れは最近変わってきて、間違いもあるが大体正しい、というような分野でコンピュータが使われ始めている。これからは間違えるコンピュータと間違えないコンピュータをどう組み合わせて使っていくかが社会の大切の要素になるように思う。

間違えるコンピュータを作る上で私の趣味である囲碁のコンピュータプログラムは有力な場ではないかと思う。将棋のコンピュータはアマチュア大会で優勝するくらいのレベルまで来たが、囲碁のコンピュータはまだまだ弱い。私の経験したコンピュータは「アマチュア初段くらい」とかいう肩書のあるものでも一度対戦するともう飽きてしまう。それは勝ち方が分かってしまうからである。こういう形でこういくと相手はこう来て失敗する、というのが分かってしまうとその形を作れば必ず勝てるわけで、一度対戦してしまうとそのような形が分かるのでもうやる気にならないのである。これではソフトも売れない。

そこで最近は同じ局面でもサイコロを振ってある確率で違う対応をするプログラムが出てきているという。これが学習への第一歩である。次にその確率を勝ちやすい手を選択する確率が高くなるように学習する。ここまではできそうで、これでかなり楽しめるようになる。

次のステップとして視野を広げて、今まで関係ないと思っていた配石が実は着手の選択に関係があるのではないかと思って学習の対象に取り入れる、かなり専門的になるので詳述はしないが、これができるようになるとコンピュータの学習能力は飛躍的に高まると思う。

囲碁のプログラミングから新しいコンピュータのアルゴリズムができれば楽しいと思う

日本の情報通信産業の行方(9) ソフトウェアサービス事業

2008-08-15 08:31:08 | Weblog
ソフトウェアを開発してそれを利用してインターネット上のサービスを提供する事業である。エンドユーザーには無料でサービスを提供してスポンサー企業から収入を得るモデルと、エンドユーザーに有料でサービスを提供するモデルがある。

インターネットが普及してきたおかげで誰でも簡単にサービスを提供できるようになっている。アイデア勝負の面と、Googleの検索エンジンなどのように技術力が背景となっているものとがある。最近始まった歴史の少ない事業ドメインであり現在のところアイデア勝負で早く立ち上げたものが勝ち、というような様相を示しているが、いずれ淘汰が進み技術力のある会社、資本力のある会社、マーケティング力のある会社などが生き残っていくものと思っている。

アイデアという確率的に良いものが出る面を除くと、この産業が必要とする技術の本質はさまざまさサービスを整理して関係づけるサービス整理力とソフトウェア開発力、それに大規模データベース管理力といった技術力であると思う。これらの分野はソフトウェア開発力と似た側面が強く、言語コミュニケーション能力が重要で、日本人では勝ち目が薄いと思う。ただし、エンドユーザーと直接インターフェイスする側面も多く、その分野は日本人の得意な分野である。グーグルのプラットフォームの上に日本人向けのアプリを載せる、といったやり方が典型例になっていくのではないかと思う。ソーシャルネットワークなども現在はミクシーが頑張っているようだがいずれ外資系のプラットフォームの上にサービスを載せるほうが使いやすくなって、そちらに移っていくのではないかと思っている。ー

NECの50代ケータイ

2008-08-14 08:49:22 | Weblog
NECがN706ieを発表した。 50代をターゲットとした50代ケータイだそうである。

iPhone騒動が一段落した端境期の発表なのでマスコミの扱いも大きいようである。

仕様を見て、使ってみたいというか、良さそうだと思うのは自動音量調整である。聞き取りにくい場所だとつい話すほうも大声になってしまう。これを調整する機能がどの程度うまくできているかで売れ行きが決まるように思う。うまくできていれば1年後には各社追随するだろう。

ルーペや万歩計は自分では使いそうにないと思う。まだ老眼鏡を必要としない状況だからかもしれないがルーペはまず使わないだろうと思う。万歩計は、収納の方法や入れ物のデザインがお洒落かどうかなどが大きく影響するだろう。万歩計としては使わなくても夏場はどこに入れるかに迷うところである。万歩計をきっかけにベルトにつけるスタイルが定着すれば面白いと思うが容易ではない気がする。

元気がなかったNECに少し元気が戻ってきたようでうれしい感じがする

日本の情報通信産業の行方(8) ソルーション事業

2008-08-14 08:30:20 | Weblog
この分野は本質的にサービス事業である。昔はコンピュータのハードで利益を出していた、IBMや富士通、NECなどがハードウェアでは利益を出しにくくなり企業のコンピュータシステムを構築するソルーション事業にシフトしており、現在はこちらが事業の中心である。かつては自社のコンピュータを使ったシステムのみを提案していたのだが、現在は顧客が望むのであればどこの会社のハードウェアでも使うようになってきており、ハードウェアビジネスとは切り離されている。

顧客との人間関係、顧客の本当に求めるものを理解しそれを供給するという顧客密着型のビジネスである。その意味では地域性が強く、海外企業の参入は困難であり、同時に日本企業の海外進出も困難である。その意味では日本国内の市場規模が今後どうなっていくかが重要であるといえるだろう。

同時に、この分野は日進月歩で技術が変わるハイテク事業でもある。そしてその大部分が最先端のハードの上に載った最先端のソフトをいかに使いこなすかという点にかかっている。IBMがこの分野で日本のトップ企業になっているのはこうした技術力を背景に長年日本国内で活動してきたからであろう。

この分野は、顧客の要求に合わせるために多くのカスタマイズソフトが必要となる。数値は分からないが日本国内のソフト開発需要のかなりの部分はこのソルーション事業から来ていると思っている。そしてこのようなソフトの開発はかなりの部分がインドや中国に流れている。一般企業がインドや中国のソフトハウスを使いこなすのは難しいが、ソルーション事業を行っている会社は自分自身でソフトウェア技術者を多く抱えているので、使いこなすことが可能である。今後もこの傾向は強まっていくと思われる。

この分野は技術進歩が早く、企業がITシステムを使いこなすことによって業務を効率化したり、競争力を強化したりすることは今後一層強まっていくと思われるので市場規模は拡大方向だろう。しかし、同時にコストダウンも進むので、市場規模の拡大はGDPの成長と同程度か、若干上回る程度で推移するのではないかと思っている。

海外勢の参入が難しく、市場が拡大方向であれば一見安泰のようであるが、長期的にはリスクを含んでいる。
そのひとつは業務の標準化である。人事管理や購買管理などは企業ごとに異なっているのだが、共通部分ももちろんある。それらの共通部分を提供するソフトウェアプラットフォームがあり、このプラットフォームは次第に淘汰されてドイツのSAPやアメリカのOracleなど少数のプラットフォームを多くの会社が利用する、という状況になっていく。こうなってくると、コストダウンのために自社のプロセスに合わせてカスタマイズするのではなく、プラットフォームの提供するプロセスに自社のプロセスを合わせこんでいく会社が出てくる。新しく成長してきた会社や、業績が悪くなってきてカスタマイズに資金を払えない会社がこのアプローチをとるものと思っている。プラットフォーム提供会社もできるだけ付加価値を取り込むためにその方向で努力するだろうから、長い目で見ると次第にソルーション提供の付加価値は下がってくることが考えられる。

もう一つの流れはGoogleをはじめとするグループのインターネットを活用したサービス提供事業の台頭である。これはソフトウェアサービス事業のところで述べたいと思うが、これが普及してくると、自社でサーバーなどを持つ必要はなく、ネット経由でサービスを受ければ十分だということになる。大手の会社はセキュリティの問題からなかなか踏み切れないだろうが、私のような個人事業や、中小企業はこの方向に動いていくものと思われる。そして次第に大きな企業へと浸透していくように思う。

この分野は当面は安泰と思う人が多いので参入が増える。その一方で構造的に付加価値が下がる傾向にあり、過当競争になって利益が出なくなることが予想される。今後5年くらいは安泰だろうが10年後にはかなり問題事業になっているのではないかと思う。これに対する日本企業の処方箋は私には思いつかない。




日本の情報通信産業の行方(7) コンテンツ配信事業

2008-08-13 08:33:55 | Weblog
コンテンツ配信事業には、いわゆるマスメディアと書籍レコードなどのメディア販売がある。

マスメディアは新聞から始まってラジオ・テレビの電波メディア、インターネットの双方向メディアへと進化してきている。新聞は売れなくなって新聞社はつぶれるかと思ったがいまだに続いており、メディアの移行には時間がかかるものだと感心している。
マスメディアは時の権力(政治)と強く結び付いている。権力者が国民を洗脳するのにつかわれるツールであることは中国、ロシア、北朝鮮などを見ても明らかである。その意味では規制産業である。欧米ではそれはまずいと公平な立場で国民に真実を伝えるジャーナリズムが立ち上がり、政府から距離を置くようになってきた。これが最もうまく機能しているのは米国であると思う。特にCNNが立ち上がってABC、CBS、NBCの3大ネットワークが崩れてきた。良い意味で競争が入り、活性化していると思う。
私のブログをこれまで読んでこられた方は感じていると思うが私は日本のジャーナリズムには強い不満を持っている。規制に守られた中で利益のみを追求する弱体化した保護産業になっており、国際競争力はかなり低いと思っている。

本来は、記事を作成するコンテンツ事業と配信する配信事業に分かれるはずだと思うが、配信事業が規制産業である(放送電波免許)ため、コンテンツ作成にも強い影響力を持ち、競争が促進されていない。
一時、ライブドアが日本放送(フジテレビ)を買収しようとして話題になったが、あの経緯を見ても放送局側の規制に頼る態度がにじみ出ている。もし、CNNのような海外資本が日本のテレビ局を買収しようとすれば、やはり政府に泣きつくであろうと思われる。政府もこれに応じると思われ、当面は鎖国状態が続くであろう。

インターネットの世界ではこうした規制が届かないため、どんどん新しいメディアが台頭している。現在はソフトバンクが頑張っているが、娯楽性のものは別として、ニュースを伝えるという機能に関しては海外メディアに徐々にシェアを食われていくと思っている。

書籍の販売などパッケージメディアの販売は一般小売りの世界と変わらなくなっている。この分野では日本は高い能力を持っていると思う。インターネット販売はアマゾンなどが先行しているが、使いやすさやトラブル対応では日本の方が優れているだろう。ただしこれから問題が一層クローズアップされてくるセキュリティ対応に関しては、構想力、技術力、標準化などを総合的に考える必要があり、この分野では将来的にはヨーロッパが強くなってくると思っている。


日本の情報通信産業の行方(6) コンテンツ作成事業

2008-08-12 08:36:00 | Weblog
今回から、それぞれの事業の特性について、「日本の国際競争力」という観点で考えてみる。


コンテンツ作成事業は世界的に見て日本が競争力を持ちえる分野だと思う。

コンテンツ作成事業は、本質的に文化や習慣と深く関連している。コンテンツの良しあしを決める感動や、笑いといった感性に訴える分野は生活習慣の影響を強く受けるので本質的にグローバル化が難しい分野である。この分野においては日本はかなり世界的に見てもレベルは高いと思う。
日本人の感性は「ベン・ハー」のような壮大な規模のコンテンツ作成では「落ち」をうまく作れなくて尻切れトンボになりがちであるが、「古池やかはず飛び込む水の音」的な日常のさりげない物事に関して、細かく観察して自然を感じたり美しさを感じたりする感性は非常に高いものがあり、いずれ世界にも認められえいくだろうと感じている。しかし、時間がかかるので当面は「この分野はグローバル化は難しい」と割り切って考えておいてよいように思う。

なお、日本の漫画はコンテンツとして大変優れており、世界に輸出されている。これは日本人が言葉で表現するよりも視覚的な絵で表現することを得意としており、社会的にも受け入れられやすい、という点があると思う。手塚治をはじめとする「ときわ荘」のメンバーが核となって現在の状況が作られてきたと思うが、積極的に世界に輸出することを考えても良い分野だと思う。アニメータを志す若者たちは買いたたかれてワーキングプアのような状態だと聞くが、ビジネスセンスのある人が現れてスタジオジブリのような会社をいくつかつくれば大きな産業になる可能性があると思う。

コンテンツの中でもゲームに見られるようなユーザ側の積極的関与がある分野は「使いやすさ」という別の側面が大変重要になる。この分野も日本人は得意な分野だと思う。この分野に日本人が特別高い能力を発揮するかどうかは不明であるが、漫画にしても、ゲームにしても欧米では「一生の仕事」とみなされておらず軽んじられている感があるので、今はチャンスといえるだろう。
一方「ソフトウェア」という日本人が苦手な分野も重要な要素として入っており、複雑さを差別化要因にしないように注意が必要である。その意味ではSP3が負けてWiiが勝ったのは当然の帰結といえる。
ニンテンドーはコンテンツからハードウェアまでの垂直統合ビジネスモデルを行っており、独特の世界を築いているが、プラットフォームを開放してコンテンツ業界も育成しており、このゲームコンテンツ業界も日本が世界と戦える分野であると思う。ただし、ゲームの宿命である「飽きられる」という問題を、「複雑にしすぎない」という条件付きでどう乗り越えていくか、という難しい問題を常に抱えてはいるが・・・

もうひとつの重要なコンテンツとしてニュースに代表されるジャーナリズムがある。これは「コンテンツ配信」事業と強く結び付いているのでコンテンツ配信の方で述べたいと思う。