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(耕論)介護保険、どこへ 大西秀人さん、鈴木亘さん、丸尾多重子さん

2017年01月29日 11時06分20秒 | 行政
(耕論)介護保険、どこへ 大西秀人さん、鈴木亘さん、丸尾多重子さん
2017年1月27日 (金)配信朝日新聞

 高齢者は増える。国の財布はもう限界。だからって、あれやこれやの財政節約術に制度の使い勝手は悪くなるばかり。これっていつまで続くのか。介護保険よ、どこへ行く。
 ■急激な見直し、苦しむ現場 大西秀人さん(高松市長)
 相次ぐ制度の見直しは、急激すぎます。現場はとてもついていけません。
 一つ目は、要介護度が軽い人向けのサービスです。
 昨年の社会保障審議会の部会で「要介護1、2」の人向けの介護保険サービスの一部を、(市町村の)地域支援事業に移すかどうかが議論されました。これにはびっくりしました。
 なぜなら、(要介護1、2よりも軽い)要支援の人の一部サービスは、全国一律の保険給付から外れ、市区町村の独自の事業に移行している最中です。これに現場では四苦八苦しています。このサービスの新しい担い手として、民間事業者が期待したほど手をあげてくれない。小さな町村は人材が少ない。簡単に移行できる話ではないのです。
 その検証もできていない段階で、今度は「要介護1、2」を移行する話が出てくる。あまりに時期尚早だと感じました。今回は押し戻したというか、厚生労働省は見送り方針を示しましたが。
 サービスの対象を(要介護3~5の)重度の人に限定するのは、簡単にやらない方がいい。要介護度が軽くても認知症の人はいます。高松市では「要介護1、2」の人の約6割が認知症です。保険給付から外したら、対応が難しい事例が出てくる。保険料を払っているのにいつまでも介護保険のお世話になれない人が増えれば、保険としての信頼がなくなってしまいます。
 もう一つは利用者負担。2015年に一定所得以上の人の自己負担が1割から2割になったばかりで、18年にはそのうち現役並み所得者は3割になる方向です。中には必要なサービス利用を控える人も出て逆に重度化してしまう。そうなれば本末転倒です。
 確かに財政は厳しく改革は待ったなし。伸び続ける社会保障費を抑えないと、国の財政自体が持ちません。では、なぜ国は今年4月に予定されていた消費税率引き上げを、2年半先延ばししたのでしょうか。引き上げた分で低所得者の介護保険料を軽減すると約束していたんです。これがなくなったのは大きい。
 この先、高齢者ばかりになって介護する人は減っていきます。官民一体となった地域の中での助け合い「地域包括ケアシステム」を作ることが重要。高松市では44のコミュニティ協議会ごとに取り組んでもらう計画ですが、問題は地域包括ケアが何のことか、一般市民にほとんど認知されていません。まず言葉が難しい。「包括」と言われても、私も最初は、よく意味が分かりませんでした。
 もはや介護の世界だけで負担のあり方を探っても限界があります。医療との連携はもちろん、障害者施策との整合性をどうするかなど、社会保障全体からみた見直しを考えることが急務だと思います。
     *
 おおにしひでと 59年生まれ。全国市長会の介護保険対策特別委員長。厚生労働省の社会保障審議会の部会委員。元総務官僚。
 ■公費減らし、積み立て式に 鈴木亘さん(学習院大学教授)
 日本の社会保障は世界の非常識です。お金がたくさんあればいいですよ。でも日本はかつてのような成長や税収の増加は見込めません。
 そのような状況で、そろばんに関係なく理想を追求し、足りない分は借金する。借金とは、子や孫が払うお金です。将来世代に莫大(ばくだい)な負担のツケを回しているわけで、これはやり過ぎでしょう。
 介護保険の利用者負担が2018年に3割に上がる。当たり前です。今は一定所得のある人だけですが、そのうち全員が3割になるでしょう。良いか悪いかではない。そうしないと持たないのです。
 財政が深刻な状況に至った原因は明らかです。少子高齢化が急速に進んでいるにもかかわらず、高齢者の介護にかかる費用を主に若者が負担するやり方で、つじつまが合うわけがありません。負担を上げ続けるか、サービスをカットし続けるしかないのです。
 諸悪の根源は、公費(税金)の投入が多すぎることです。高齢者も保険料を払っていますが、それでは全然足りず、財源の半分は公費を投入しています。
 「社会全体で支え合う」と言いますけれど、一方的に若者がお助けしているだけでしょ。保険の運営は保険料でやるのが原則。社会保険であっても公費を入れるのは理屈に合いません。税金で助けるなら、せいぜい低所得者です。日本の介護保険は、たとえ大金持ちでも公費で半分を援助してもらっている。大盤振る舞いが過ぎますよ。
 公費投入が引き起こす最大の弊害は、利用料負担が抑えられ、国民のコスト感覚が狂うこと。つまり、サービスが本来の価格に比べて安すぎる。これだけ安いならと、ついつい使いすぎるのです。介護費の総額が、年間10兆円にまで膨らんだのも当然です。
 問題は、日本の少子高齢化が、(団塊の世代がすべて75歳以上となる)2025年で終わらないということです。経済産業省の推計では、少なくとも60年まで介護費は増え続ける。小手先の財政抑制策を打ち続けて、どうにかなる話ではないんですよ。
 だからといって、消費税を上げればいいという考えには反対です。医療も年金も大変で、いくら上げても足りません。消費税頼みの発想は、ほかの努力をしない論法に使われるだけです。
 変えるべきは財源の仕組みです。異常な公費投入を改め、若者は自分の老後のため少しずつ金を蓄えていく。そんな長期的な積み立て方式に切り替えるのです。要は介護用の貯蓄口座で、積み立てた分を介護保険料や利用料負担など自身の介護支出にあてる。シンガポールには医療費などに使うそうした制度があります。自分で自分の面倒をみる方式なので子どもが減り続けても財政は持続します。
     *
 すずきわたる 70年生まれ。専門は社会保障論、福祉経済学。著書に「社会保障亡国論」など。小池都政の顧問を務める。
 ■遠い安心、地域でつながれ 丸尾多重子さん(NPO法人「つどい場さくらちゃん」代表)
 介護保険が始
まった17年前は父を介護している時で、すごく期待した。それまで家族が担うしかなかったから。でもね、介護保険でいいことばかりだった? 地域も家族も、ヤワになったと思うよ。
 まず地域のつながりが弱くなった。以前は公園や市場で、ちょっとボケたばあちゃんも集まってペチャクチャやってた。あえて「ボケ」という言葉を使うのは、町全体が今よりおおらかにそんな年寄りを受け入れていたと思うから。それがデイサービスの車が朝から年寄りを連れてって。あれで地域のボランティアは随分ばらばらになった。
 あと、介護がビジネスになった。もちろんいい施設もある。でも金もうけ優先の施設も一部にあって、ひどいケアでかえって状態が悪くなったりして、泣いている家族をいっぱい見てきたわ。
 その家族も介護を人任せにしすぎた面がある。ケアマネジャーにお任せ、医者にお任せで、言われるがまま。情報集めて見学に時間かけて、本気で考えなきゃ。ケアマネが勉強不足なら別の人に代えればいいのに、「代えてもいいの?」って驚く人も多い。
 介護保険って、ころころ変わって信用性がない。あれダメこれダメ。スリムになった分、かえっておかしくなったと思わへん? 安心して在宅介護できる制度から遠くなった。家族は疲弊している。
 介護保険だけでは年寄りも家族も支えられへん。そう思って私は保険外にこだわって、2004年から介護する人、される人が交流する「つどい場」をやってきた。
 介護ってしんどいよね、でも一人で悩まないで、っていう場所がここ。平日の昼はほぼ毎日、来た人たちとメシを囲む。家族も介護職もボランティアも、医者も行政マンもいる。基本的に、運営は来た人たちからいただく利用料で、寄付金などもあり、なんとかやっている。家族と年寄りだけでは難しい旅行も、みんなで行けば大丈夫。北海道や台湾にも行く。
 地域には若者や子育て中の人もいる。巻き込んでネットワークを作りたい。年寄りに大事なのは「きょういく」と「きょうよう」。「今日行く所がある」「今日必要とされる」って意味ね。自分ができることをし、時には支えてもらう。そんな地域のつながりの中で生きていけたら。
 それが国が期待をかける「地域包括ケア」じゃないかって? うーん、どうも違うんやなあ。制度になった時点でうさん臭いと思うわけ。制度の枠からはみ出てしまう思いや悩みも出てくるはず。だって人間の暮らしやから。
 年寄りは、ボケゆく姿、死にゆく姿を周りに見せなあかん。年寄りから学べるものっていっぱいあんのよ。制度が変わっても、私はやるよ。
 (聞き手はいずれも十河朋子)
     *
 まるおたえこ 兵庫県西宮市で介護者らのつどい場を運営。多くの家族の悩みを聞いてきた。両親と兄の介護経験がある。

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