気ままに日記

大好きな写真と思いつくままに綴る日記です

日本人としての大坂なおみの快挙

2019-01-29 14:54:43 | Weblog
昨年の全米オープンで初優勝し、続いて今年の全豪オープンを優勝した大坂なおみ選手は日本の男女を通じて初めて四大大会で二大会連続優勝する快挙を遂げた。
大坂なおみの日本人離れした風貌は、日本人の母とハイチ共和国出身のハイチ系米国人の父との間に大阪で生まれた。三歳で米国に移住し、日米二重国籍で英語は流暢に話すが日本語は話す方が苦手。アメリカ人として出場してもおかしくないが、日本登録で出場し、「日本人」として初の快挙を成し遂げ日本は興奮の坩堝に沸き返った。
大坂が日本登録で出場する理由は、十三年九月の東レ・パンパシフィック大会の時、日本テニス協会の女子代表コーチだった吉川真司氏は、日本登録で出場していた選手をくまなくチェックしていた。予選一回戦で敗れたが、一人の初めて見る選手に、目がくぎ付けになった。それが十五歳の大坂だった。「すごい才能だと思った」。すぐに当時の植田実強化本部長に大坂の存在を報告。それ以来、大坂が日本に来たときは、味の素NTCで練習できるように取りはからうなど、地道な支援を続けてきた。
当時大坂は米国テニス協会のジュニア大会に数多く出場しており、大坂一家は米国協会に支援を申し込んだが、目立った成績は残していなかったので米国では完全に埋もれた存在だった為、大して取り合ってもらえなかったという。しかし大坂が十六年全豪で予選を勝ち上がり本戦で三回戦に進むと、米国協会は強烈なアプローチを仕掛けてきた。日米争奪戦の勃発だった。米国は女子代表監督が自ら乗り出し、多額の支援を約束したと伝えられる。だが大坂の父フランソワさんは、無名の時から娘を支援し続けた日本の恩義を尊重したという。だからこそ、いまでも大坂は日本で登録し続けている。
吉川真司の手腕が卓越した大坂の才能を開花させたことは間違いない。母環(たまき)さんが、日本の文化や料理を娘に伝え続けなければ、大坂自身が「私のメンタリティーは日本人に近い」と認識することもなかっただろう。ただ、吉川氏がいなければ、大坂が「日本人」として四大大会の優勝杯を掲げることがなかったのも事実だろう。以上の様な経緯から大阪なおみは日本人としてプレイしているのだ。
ここで日本人として国際的に活躍している選手について考えてみる。野球のダルビッシュ、陸上のケンブリッジと風貌は外国人であるが、れっきとした日本人である。
かってヒットラーが一九三六年のオリンピックで「最も優れたアーリア民族の優秀性を世界中に見せつける絶好の機会」と位置づけ、ドイツ国民の優秀さを誇示するオリンピックとなった。 ベルリンオリンピックは「民族の祭典」として映画化もされた。ドイツ人が活躍する画面が溢れていた。当時のオリンピック競技は国の代表として闘うのは勿論の亊、国を構成する民族の代表と言う感じだった。よく日の丸を背負って闘うと言う言があるが、国を背負うのは純粋の日本民族の血を引いた日本人だと言う感じだった。今日の様に国際結婚が一般化し生まれて来る子供の風貌が多様化して来て、これまでの日本人と言う概念からは違和感を感じるケースも多い。生まれ育った国で国籍が決まるのでは無く、国籍を選択するケースが増えるものと思うが、もし大坂なおみが米国人として今回の様な快挙を成し遂げても日本は今回の様なフィーバーはしないだろう。日本人の快挙が米国人の快挙となっていたかも知れないと思うと「日本人初の快挙も何か考えさせられる処がある」


傘寿を迎えて

2019-01-17 22:15:20 | Weblog
平成最後の正月が明けて、早や一ヶ月近くが過ぎた。知人・友人たちが高齢になり、頂く年賀状も年々少なくなっていく中で、今年も昨年と変わらない年賀状を頂いた。しかし添えられたコメントを見ると、体力が衰えたとか、これからの年賀状はご辞退したいと言ったたぐいが多くなった。今年の誕生日には傘寿を迎える高齢になるのだから仕方の無い亊かも知れないが寂しい限りである。最近TVや新聞でも老人問題が良く取り扱われ目にする機会が多い。番組の焦点は孤独老人が死亡した場合、遺骨や残った遺品などの引き取り手が無く問題となっている事例が殆どである。亡くなった人にとっては大切な物であっても、残された家族にとってはやっかいなゴミに過ぎないと言った問題である。生きてる者にとって生きている間に、残しておかなければ物とそうで無いものとの区分をある程度整理しておく亊が生きている者の責務だだとつくづく感じる様になった。先日も妻から本箱のスペースを大きく占めている百科事典を破棄して欲しいと頼まれた。そう言えば最近百科事典を開いた記憶が無い。必要な情報はすべてインターネットで検索出来る。よし思い切って捨てようと破棄したが、こと程さようにこれに類した処分すべき物が一杯ある。しかし問題は自分が作成した日記やアルバムの処分である。百科事典と違ってこれらの資料には人の魂が籠もっているからである。これらの資料はデジタル化すれば嵩張らずに保管出来るのでデジタル化を進めているが量が膨大で作業が大変だしデジタル遺産はデジタル遺産でその処理には、また問題が山積している。。考えてみればこの世に生を受けた証としてのこれらの資料も所詮孫の代まではそれなりの資料としての価値があっても以後は単なるゴミ同然となるのは明らかだ!と思うと人生の儚さを感じ無い訳に行かない。ああー長い色々あった人生も死んでしまっては、無の世界である亊は事実である。