52年前企業内の教育機関で同窓だった仲間が歳をとったので、一度集まろうやと同窓会を京都のあるホテルで開催した。関東、九州、近畿と全国各地の同窓は29名、既に故人となった者2名、連絡不通が3名で16名が集まった。
みんな80歳近い年齢である。会っても顔が分かるだろうかと心配と不安を感じながらホテルに集合した。果たして最初顔と名前が一致せず、戸惑いながらの会話が続いていたが、宴会が始まる頃には殆どの皆さんが昔の面影を思い出し若かった頃の懐かしい話題に花が咲いた。
どうしても話題はお互いの健康、と病気の事になるが、宴会が始まり1分間の自己紹介に入るとボランチアや趣味に生き生きと生きている様が報告され驚きと感嘆に包まれた。当時やんちゃくれだったN君は古都奈良を案内するボランティアガイドをやっていると言い、奈良の社寺仏閣の話を詳しく語ってくれたのは驚きだった。
また温和しかったN君は彫刻をやっていると言う話にどんな物を彫っているの?ときくと彼が作ったと言う2メートルもあろうか大きな仏像の写真を見せられて、これは只者ではない、プロの芸術家だと感心させられた。また一番の年長者80歳のK君は自ら詩吟を作り、宴会で堂々とその詩吟を謡ってくれた。
この歳になれば病はつきもの、幾多の大病を克服して生きてきた経験談も人生の風格さえ感じられお互いこの歳までそこそこの健康で生きて来た幸せを暖めあった。それぞれ多少は病を抱えながらも、元気で52年ぶりの再会を祝い、それぞれの生き様を手本に、更なる充実した人生を送るべく心に秘めて、近い将来に再会しようと約束し散会した。
みんな80歳近い年齢である。会っても顔が分かるだろうかと心配と不安を感じながらホテルに集合した。果たして最初顔と名前が一致せず、戸惑いながらの会話が続いていたが、宴会が始まる頃には殆どの皆さんが昔の面影を思い出し若かった頃の懐かしい話題に花が咲いた。
どうしても話題はお互いの健康、と病気の事になるが、宴会が始まり1分間の自己紹介に入るとボランチアや趣味に生き生きと生きている様が報告され驚きと感嘆に包まれた。当時やんちゃくれだったN君は古都奈良を案内するボランティアガイドをやっていると言い、奈良の社寺仏閣の話を詳しく語ってくれたのは驚きだった。
また温和しかったN君は彫刻をやっていると言う話にどんな物を彫っているの?ときくと彼が作ったと言う2メートルもあろうか大きな仏像の写真を見せられて、これは只者ではない、プロの芸術家だと感心させられた。また一番の年長者80歳のK君は自ら詩吟を作り、宴会で堂々とその詩吟を謡ってくれた。
この歳になれば病はつきもの、幾多の大病を克服して生きてきた経験談も人生の風格さえ感じられお互いこの歳までそこそこの健康で生きて来た幸せを暖めあった。それぞれ多少は病を抱えながらも、元気で52年ぶりの再会を祝い、それぞれの生き様を手本に、更なる充実した人生を送るべく心に秘めて、近い将来に再会しようと約束し散会した。