気ままに日記

大好きな写真と思いつくままに綴る日記です

出る杭が打たれ放しの日本

2022-10-28 21:37:36 | Weblog
本日(令和四年十月二十八日)の新聞にEU(欧州連合)はハイブリット(以下HVと言う)を含むガソリン車の販売を1935年廃止すると発表した。ガソリン車だけで無くHV車まで含めて販売禁止にしたのはHV車は日本が得意とし、世界を席巻している日本の技術を潰す意図が見え隠れする。ガソリン車は2035年には電池の製造に多くのCO2を排出する電気自動車(以下EVと言う)よりトータルで(生産から廃棄するまで)EV自動車よりCO2の排出が少なくなる事が予想されている。地球温暖化対策は道路で排出するCO2を発電所や工場に変換するだけでは問題の解決にならない。これまで日本が世界を席巻すると欧米は日本勢の力を削ぐルールづくりの戦略を作って来た。
例えばオリッピクでスキージャンプでの日本が圧勝すると、直後に長身の欧米人に有利な様にスキーの規格を改正し、ヴァレーで日本が優勝するとアタックに対して禁止されていたオーバーネットを解禁したり、またF1でホンダのターボエンジン車が優勝するとすぐにターボエンジンを禁止したりした。今回のガソリンエンジン車と同様、HV禁止に含めたのは日本の優れたHV車を狙い撃ちした施策である事が明らかである。
この様に日本がスポーツや技術で世界を席巻するとそれを阻害するルールづくりが欧米が実施するのを傍観するだけでは、将来的に問題である。
日本が世界を席巻すると、世界から出る杭が打たれたなら、新しいルールにうち勝つ技術の開発など、それに対抗する施策を推進する様実施していかなければならない。

時折々に出会った友人

2022-10-11 09:41:35 | Weblog
暇を持て余し、無為な時間を過ごしがちだが、最近本を読む事で楽しんでいる。 思い返せば、これまでそれぞれの職場で折々に触れて本好きな友人に恵まれてきた。NTT本社時代Iさんと言う頭脳明晰な人がいた。進学校の熊谷高校出身でNTTに入社したが、もし東大を受験していれば、楽に合格いていると思われる位頭の回転が良かった。 そんなIさんが読書家で読み終えた本について良く話しをしてくれ、読み終えたその本を話題のねたにして良く話しあった素晴らしい友人だったが若くして亡くなった。NTTを退職して再就職のD社にDくんと言う部下がいたが、大の読書家で吉村昭の小説を片っ端から読んでいた。そのDくんと話ししていると、吉村昭の小説の事が話題になり、吉村昭の本に惹かれDくんから本を借りて読むようになった。吉村昭の小説は現実にあった事件を元に詳細に事実を調べ上げまとめたもので。読んでいてぐいぐい惹かれて行く小説だった。借りた本を読む事によってDくんとの会話が弾み、楽しかった思い出として記憶に残っている。
七十歳になってすべての仕事から解放されて小学校以来の友人がいた。その友人は高校まで同じで大学はそれぞれ別の道を歩んだが、彼は大阪大学を経て関西電力に入り黒四ダム建設に携わり、ダム建設の技術者として活躍し、エネルギー問題や水力利用などで幾多の論文を発表していたが、リタイアー後はもっぱら専門の土木技術についてのレポートを纏め、読んで批評をくれとメールを送って来ていた。度々食事会を持って議論を交わしたものだがその友も数年前亡くなった。最近は地域のNTT出身者で構成する会のAさんも読書家で、ラインメールで時流の問題点をレポートで送ってくれている。大いに参考になる内容で有り難いと感謝しながら、目を通している。この様に時折々に出会った様々な友達に人生の規範を教えられ今の私がある。

無駄な時間なんて無い

2022-10-09 14:08:52 | Weblog
歳老いて、気力・体力が衰え何事をするにも億劫になり無為な時間を過ごす事が多くなった。もっと充実した時間を過ごさねばと思うが、老年になって無為な時間を過ごす事は無駄な過ごし方だ思うが無駄な時間なんて無い。
蟻や蜂の世界を見ると働く蟻と働かない蟻がおり、無駄な社会に見えるが蟻全体の社会を見ると働かない蟻を含めた蟻の社会が成り立っている。蟻全体が働くと仕事の効率は良くなるが、やがて疲れて卵の世話など仕事が滞って来た時、旗らない働かない蟻が出動してきて蟻全体の維持にあたる。目先だけの効率を追い求めるとその集団は滅ぶと言う実験がある。
人間も長い一生で終末を迎えて無為に過ごすのは無駄では無い。来しこの方を振り返りのんびりと終末を迎える事は無駄な時間ではあるまい。来世に思いを巡らし生きてきた人生とは、何だったのかと問いながら過ごすのも大切な時間なのだ。

ティータイム

2022-10-06 11:42:09 | Weblog
今年傘寿を迎え、体力が衰え出歩く亊が少なくなり、家で生活する時間が多くなった。楽しみは自然と食べる亊になってきたが、これまで夕食時の晩酌が生活に潤をもたらす楽しいひとときだったが、アルコールも段々弱くなり、最近では晩酌に替わって三時のおやつタイムが私にとってなくてはならない楽しみの時間となっている。糖尿の持病があり、医者からおやつは厳禁と言われてはいるが、このおやつの時間は身体に犠牲を払っても何にも代え難い至福の時間だ。妻との日頃話す事が少なっているが、妻と話す絶好の機会であり二人で話しながらコーヒを入れ、スナック菓子を食べるひとときは生きている喜びを感じる時間です。体に良くないと分かっていてもこのティータイムは私の生活の一部であり、こよなくこのティータイムを楽しんでいる。