今回の甲斐報は、昨年の押尾さん、上綱さんとのツアーに関する記事が中心で
もう2ヶ月以上も前のことだし…と
ややテンション低めに読んだんですが(苦笑)
中野サンプラザの打ち上げの席で
「クールなキーボーディストに質問したTVプロデューサー」や
「年季の入った甲斐ファンである女流漫画家」
「国民的ドラマで活躍して来た人気俳優」を前に
…って、ファンの方なら、どなたのことか判っちゃいますよね(笑)…
「翌日も公演を控えているから、いつもにも増して
入念にマッサージを受けたボーカリスト」が
「【ダイヤル4を廻せ】に出て来る電話番号って
実は、昔つきあってた彼女の実家の番号なんだよね」と話され
更に…「ええっー⁉」一同、驚く。と、彼はいよいよ面白そうに
「レコーディングの時に、大森さんが
『大丈夫?ほんとに大丈夫』って心配してくれたんだけど
まあ、その彼女は、今は家に居ますけどね」
…という、甲斐バンドフリークの皆さんには
有名なエピソードが記されます(笑)
当時、奥様に「そういった電話がかかって来るかも知れないよ(笑)」と
お断りになっていたにも関わらず
「全然かかって来ない」とお知りになって
「ナンでかけないの!?」と甲斐さん(笑)
「[もう一つ最後を廻したら…]って書いてるんだから
1〜0まで順番にかけてみればイイじゃん!」とおっしゃったみたいで
「チラッとそう思った(笑)」と奥さん(笑)
「でも、まさか甲斐さんの自宅じゃないだろうし
[こんな曲があるんですが、どちら様ですか?]って訊けないでしょ(笑)
」
…確かに、ただの間違い電話よりタチが悪い(笑)
もし、それで奥様のご実家に繋がったところで
当の奥様ならまだしも「コワイお父さん」が出られたら…(汗)
ともあれ、久々にステージでこの曲を演奏なさった理由として
「携帯電話が普及してから歌えないと思ってたけど
もうこれだけ経ったらイイかな(笑)」と話され
「公衆電話から警察や消防にかける時に
小銭は要らないことを知らなかった少女」について触れられたのは
「そういうアナログなリアリティーこそが、今は大事だと思うんです」
…という思いがおありだったからなんですね
サンプラザのレポを書かれたキョードー東京のTさんは
「【最後の夜汽車】が特に圧巻
演奏が終わった後の熱く長い拍手は
決して何度もやり直したためではなかったはず」…とおっしゃってるんだけど
当日の奥さんは「オチは3回め」という関西人の血が騒ぎ(笑)
甲斐さんが、わざと間違えるんじゃないかとドキドキしていたみたいで
その3回めに「まさか、あの押尾さんが!?」となって
Tさんほど集中して聴くことが出来なかったようです(苦笑)
実際、翌日のビルボードで甲斐さんご自身が
「もう1回やろうかな?(笑)って思ったんだけど
さすがに怒られると思って止めた(笑)」と話されてたらしいし…(笑)
それはさておき…「ずいぶん以前にふと考えたことがある」とTさん
「自分も含め、甲斐さんファンが
1日だけなりたい人に替わることが出来るのであれば
甲斐さんではなく松藤さんになることを選ぶのではないか、と。
甲斐さんになってしまうと、甲斐さんのことを楽しめない
一番近くにいて信頼されたり、いじられたり
意見を言えたり、心を開かれる唯一無二の存在
松藤さんを選ぶだろう」と書かれてます(笑)
奥さんも、かつて友人たちとそんな会話をしたことがあるらしく(笑)
「今なら松藤さんと替わりたいけど(笑)
その頃は、佐藤剛さんだったなあ」と…
これは、当時の奥さんにとって
甲斐さんが神のごとき存在であり
松藤さんは、その「甲斐バンドのメンバー」でいらしたから
やはり、神様に近い「雲上人」とも言うべき方だったみたいで(笑)
一方、佐藤さんは、バンドメンバーの皆さんと
同じくらい甲斐さんに近しい方ではあっても
ご一緒にレコーディングなさったり、ステージに立たれたりして
「甲斐バンドの音」を作っておられた訳じゃないぶん
冷静な目で甲斐さんが見れるんじゃないかと思ったんだとか…(笑)
あっ!でも、今の甲斐さんや松藤さんが
「地上に降りた天使」になられたという意味ではないですよ(笑)
奥さんは今でも、甲斐バンド時代の
「ピリピリした甲斐さん」をご存知なさげな世代のファンの方が
親しげに声をかけられるのを見ると
ヒヤヒヤ、ハラハラするらしいし…(笑)
10代の頃のように、全身まるごと、人生のすべてを捧げます!(笑)
…という環境にはいられないってことでしょうね
で、Tさんのレポの続きには…
松藤さんになりたいというのと「同じ発想で
今回のライブは、皆が押尾さんに自分たちの想いを託し
押尾さんと一体になって
甲斐さんの一挙手一投足を楽しんでいたのではないだろうか
始まる前は不安を抱えていた方も多かったであろう1回目
安心感の2回目。3回目の今回はそれらを全て超越
押尾さんは客席から最大限の信頼感を得てステージに立っていた
ツアーが終わってしまうことに涙することまで含め
客席の思いも全て背負ってくれていた」と記されているし
また、AmazonのKさんも
「甲斐さんには怒られるかも知れないが
ステージ上に観客の心強い味方がいる
押尾さんは私(たち)にとっては、優れたミュージシャンである以前に
甲斐バンドと甲斐よしひろを知り尽くした熱狂的なファンだ
熱狂的なファン代表がステージにいる
それだけで私(たち)のステージに臨む気持ちが全く違うのだ」
…と、おっしゃっていて、甲斐報に投稿される方々も
皆さん、奥さん達と同じ印象を持たれるんだなあ(笑)と改めて実感した次第です
もう2ヶ月以上も前のことだし…と
ややテンション低めに読んだんですが(苦笑)
中野サンプラザの打ち上げの席で
「クールなキーボーディストに質問したTVプロデューサー」や
「年季の入った甲斐ファンである女流漫画家」
「国民的ドラマで活躍して来た人気俳優」を前に
…って、ファンの方なら、どなたのことか判っちゃいますよね(笑)…
「翌日も公演を控えているから、いつもにも増して
入念にマッサージを受けたボーカリスト」が
「【ダイヤル4を廻せ】に出て来る電話番号って
実は、昔つきあってた彼女の実家の番号なんだよね」と話され
更に…「ええっー⁉」一同、驚く。と、彼はいよいよ面白そうに
「レコーディングの時に、大森さんが
『大丈夫?ほんとに大丈夫』って心配してくれたんだけど
まあ、その彼女は、今は家に居ますけどね」
…という、甲斐バンドフリークの皆さんには
有名なエピソードが記されます(笑)
当時、奥様に「そういった電話がかかって来るかも知れないよ(笑)」と
お断りになっていたにも関わらず
「全然かかって来ない」とお知りになって
「ナンでかけないの!?」と甲斐さん(笑)
「[もう一つ最後を廻したら…]って書いてるんだから
1〜0まで順番にかけてみればイイじゃん!」とおっしゃったみたいで
「チラッとそう思った(笑)」と奥さん(笑)
「でも、まさか甲斐さんの自宅じゃないだろうし
[こんな曲があるんですが、どちら様ですか?]って訊けないでしょ(笑)
」
…確かに、ただの間違い電話よりタチが悪い(笑)
もし、それで奥様のご実家に繋がったところで
当の奥様ならまだしも「コワイお父さん」が出られたら…(汗)
ともあれ、久々にステージでこの曲を演奏なさった理由として
「携帯電話が普及してから歌えないと思ってたけど
もうこれだけ経ったらイイかな(笑)」と話され
「公衆電話から警察や消防にかける時に
小銭は要らないことを知らなかった少女」について触れられたのは
「そういうアナログなリアリティーこそが、今は大事だと思うんです」
…という思いがおありだったからなんですね
サンプラザのレポを書かれたキョードー東京のTさんは
「【最後の夜汽車】が特に圧巻
演奏が終わった後の熱く長い拍手は
決して何度もやり直したためではなかったはず」…とおっしゃってるんだけど
当日の奥さんは「オチは3回め」という関西人の血が騒ぎ(笑)
甲斐さんが、わざと間違えるんじゃないかとドキドキしていたみたいで
その3回めに「まさか、あの押尾さんが!?」となって
Tさんほど集中して聴くことが出来なかったようです(苦笑)
実際、翌日のビルボードで甲斐さんご自身が
「もう1回やろうかな?(笑)って思ったんだけど
さすがに怒られると思って止めた(笑)」と話されてたらしいし…(笑)
それはさておき…「ずいぶん以前にふと考えたことがある」とTさん
「自分も含め、甲斐さんファンが
1日だけなりたい人に替わることが出来るのであれば
甲斐さんではなく松藤さんになることを選ぶのではないか、と。
甲斐さんになってしまうと、甲斐さんのことを楽しめない
一番近くにいて信頼されたり、いじられたり
意見を言えたり、心を開かれる唯一無二の存在
松藤さんを選ぶだろう」と書かれてます(笑)
奥さんも、かつて友人たちとそんな会話をしたことがあるらしく(笑)
「今なら松藤さんと替わりたいけど(笑)
その頃は、佐藤剛さんだったなあ」と…
これは、当時の奥さんにとって
甲斐さんが神のごとき存在であり
松藤さんは、その「甲斐バンドのメンバー」でいらしたから
やはり、神様に近い「雲上人」とも言うべき方だったみたいで(笑)
一方、佐藤さんは、バンドメンバーの皆さんと
同じくらい甲斐さんに近しい方ではあっても
ご一緒にレコーディングなさったり、ステージに立たれたりして
「甲斐バンドの音」を作っておられた訳じゃないぶん
冷静な目で甲斐さんが見れるんじゃないかと思ったんだとか…(笑)
あっ!でも、今の甲斐さんや松藤さんが
「地上に降りた天使」になられたという意味ではないですよ(笑)
奥さんは今でも、甲斐バンド時代の
「ピリピリした甲斐さん」をご存知なさげな世代のファンの方が
親しげに声をかけられるのを見ると
ヒヤヒヤ、ハラハラするらしいし…(笑)
10代の頃のように、全身まるごと、人生のすべてを捧げます!(笑)
…という環境にはいられないってことでしょうね
で、Tさんのレポの続きには…
松藤さんになりたいというのと「同じ発想で
今回のライブは、皆が押尾さんに自分たちの想いを託し
押尾さんと一体になって
甲斐さんの一挙手一投足を楽しんでいたのではないだろうか
始まる前は不安を抱えていた方も多かったであろう1回目
安心感の2回目。3回目の今回はそれらを全て超越
押尾さんは客席から最大限の信頼感を得てステージに立っていた
ツアーが終わってしまうことに涙することまで含め
客席の思いも全て背負ってくれていた」と記されているし
また、AmazonのKさんも
「甲斐さんには怒られるかも知れないが
ステージ上に観客の心強い味方がいる
押尾さんは私(たち)にとっては、優れたミュージシャンである以前に
甲斐バンドと甲斐よしひろを知り尽くした熱狂的なファンだ
熱狂的なファン代表がステージにいる
それだけで私(たち)のステージに臨む気持ちが全く違うのだ」
…と、おっしゃっていて、甲斐報に投稿される方々も
皆さん、奥さん達と同じ印象を持たれるんだなあ(笑)と改めて実感した次第です