ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

亀和田武さん6

2017-02-08 16:22:00 | 日記
「時代をいつもチャンと見極めていることが、歌を歌う奴の務めだと思う
だから、映画も観るし、当たり前なんだけどCDも買う
でもそれって、ガキの頃からずっと
レコード聴いて、集め出して…と何も変わらない」と甲斐さん

亀和田さんが「それも世の中の評価が定まったものだけじゃなくて
何だか訳の判らないものもね
一流のものだけ見て培われる感性って
実はそんなに大したことない」とおっしゃると

「池波正太郎の映画のエッセイが何故すごいかというと
A級ばかりを褒めてないんですよ
B級のすごさをチャンと認めてる
あれがほんとなんですよね

亀和田さんがテレビ・レビューを書いてるじゃないですか
あれ読んでて、亀和田さん絶好調だなって思うのは
つまり、テレビ評、テレビ・レビューする上で
[テレビだけ]を語っている訳じゃないですよね

結局、今の時代性とか流れとか
ファッションも時代の考え方も含めて
あのレビューから全部見える。だから面白い
あれ、多分、テレビだけで語る人はダメですね」と話され

亀和田さんは「ずっと長いことやって来て、今も錆び付かないでやってる
ベテランの表現者、物書きの人も皆
下手するとZ級のものまでって、そういうところがありますよ」

…と、片岡義男さんのお名前を挙げられ
「アメリカの超一流の文学から
それこそ、日本では誰も読んでないような5流6流の実話雑誌
パルプ・フィクションといった、いわばクズまで含めて全部読んでる

そうした奇妙で、時に怖いようなテイストが
片岡さんの小説とかエッセイの中に表れてる」と答えておられます

甲斐さんも「片岡さんは凄いですよね
時々、怖いなあ、この人って思う時あるもん
自分のスタイルを持ってる…その生き方のスタイル
生き方から来てるから、言葉に裏付けがあるんですよね

好きで好きでしょうがない人っていうのは、どこまでも行く訳ですよ
だって、自分の嗅覚が捉えたものだから、勘が働くものは行かざるを得ない
無駄なことの方が多いけど、その無駄が生きて来る
膨大な無駄が生きて来るんですよ

僕も自分で当たりをつけながら
どんどん自分の中に取り込んで来た訳じゃないですか、無駄も含めて…
そうすると結局、自分が良い表現をやって行きたいっていうのしか残らなかった

それが出来るんだったら、この業界も
僕の音楽という職業も、すごく面白いなって思って…
[次]のモチベーションを持てなくなったら
いつでも辞めようって、ホントに思ってたんですよ

飽きてる奴の表現って、バレるじゃないですか
無駄をやってない、猥雑な街のにおいがしない奴ね

だから良いんですよ、多少膿んでいようが
多少ファットな感じになっていようが…
でもね、今を生きてないと表現者はダメなんですよ」とおっしゃってます

長く続けて来られたことで「やっと天職だなと思い始めた」
「どれだけ好きでいられるかも才能なんだ」と気づかれたくらい
ずっと音楽を身近に置いて来られたんでしょうね

そうやって「取り込んで」いらっしゃった…
音楽や映画に限らず…様々なものから
甲斐さんの曲が生まれて来た訳ですけど

ご自身で意識的に使われたフレーズもあれば
どうにも抗い難いほど、お好きなメロディや
自然と湧き上がるリズムもおありなんじゃないかと…

博多の夜の歓楽街で垣間見られた
キャバレーやスナックのドアから漏れる光が「明るい闇」の原点で

ジャズもポップスも歌謡曲も…という、あらゆる音楽が流れる環境で
ディープ・パープルやキンクスを好まれ
ボブ・ディラン、ビートルズ、ストーンズに衝撃を受けられ

「日本人の言葉と洋楽のサウンドをミックスしたかった」
…と、おっしゃった甲斐さんの曲には

ムード歌謡っぽい要素(笑)やGSの名残が、そこはかとなく漂ったり
夏休みを過ごされた田舎での青い空や真夜中の汽笛を
彷彿させるメロディがあったり…

そうそう!キョンキョンの【ヤマトナデシコ七変化】は
ご自身でも「何故かは判らないけど大好き(笑)」と話されてましたよね(笑)

ともあれ、ご自身の琴線に触れた映画や音楽、スポーツ、ニュースなど
ありとあらゆるものから…それら全てを総合して出来た曲が
「〇〇に似ている」と言われる件について(笑)

亀和田さんは、大瀧詠一さんの「分母分子論」を取り上げられ
「輸入音楽である洋楽」は、明治の初めの文部省唱歌
…ルソーの「むすんでひらいて」や
スコットランド民謡の「蛍の光」など…に始まり

「昭和に入ると、ジャズやハワイアンといった新たな洋楽が輸入され
それに影響を受けた古賀政男、服部良一といった人たちが
いわゆる流行歌と呼ばれる形態の歌を産み出す」

「時間が経つに連れ、ハワイアンやラテン出身のバンドが
いつの間にかモロ歌謡曲、演歌の代表選手
(マヒナスターズやロス・プリモス等)になっていて
更に時が流れると、新たなタイプのミュージシャンが産まれる

例えば、モップスとはっぴいえんどのファンだったユーミン
岡林信康に影響を受けたという松山千春
ザ・ピーナッツとクールファイブ
クラプトンにリトルフィートがルーツであるらしい桑田佳祐等々…

このミュージシャンが、歌謡曲の作り手として起用されることが日常化し
更に新しい局面が生まれて来て」

唱歌やマヒナスターズの時代のように
「誰が何の影響を受け、何をベースにして自分の音楽を作り上げて来たか
つまり、いったい何がオリジナルなのか
何がその人のルーツなのか、非常に見えにくくなってしまった訳で

例えば、ある特定の人の音楽の原点はここにあると分析してみても
その人は原点となるべき音楽を知らなかったり…
20代のミュージシャンが作って歌う60'S風ポップスなんてのが、その典型ではないだろうか

彼らが、リアルタイムでバディ・ホリーやエバリーブラザーズ
バリーマンを聴いたことがないのは当たり前の話だが
中には、そうしたミュージシャンのレコードですら聴いたことがなく

つまり、大瀧詠一や山下達郎を真似ていたら
いつの間にか60'Sの誰かさん風になってしまったというケースがあるのではないか?

そうした間接的影響を、しかも全くタイプの違う
3つ4つの音楽から受けていたとしたら
事態は一層グジャグジャと錯綜したものになるに違いない

ということは、その時点で、既にルーツ探しは無意味になっていて
たとえ探し当ててみたところで
それは決して音楽そのもののルーツ探しじゃなく
枝葉末節な分析でしかないし
逆に、ありとあらゆるものが今や影響を与え得るんだってことの証明になる

我らが甲斐バンドに則して語れば
常々、その影響が云々されるのは、ストーンズとスプリングスティーンだ
しかし、ストーンズはグループ名がマディ・ウォーターズの曲名に由来しているというエピソードが示すように

マディの他にもボーディドリー、チャック・ベリーといった
黒人ミュージシャンの影響を受けている訳で
更にそのマディのオッさんは、トム爺さんのブルースの影響を受け
トム爺さんは、アフリカから連れて来られたキンタクンテの歌を聴いて育ち
…こうなるともう手に負えない

おまけに、甲斐よしひろが「翼あるもの」でカバーした
我が国のミュージシャンのリストを眺めれば
ザ・ピーナッツ、キングトーンズ、ジャガーズ、浜田省吾、憂歌団…等々

彼が多少なりとも影響を受けたに違いない
これらのミュージシャンのそのまたルーツをたどって行くと…
確かにルーツ探しは無意味になっている

こうしてロックにおけるオリジナル神話が終焉した
にも関わらず、あるいはそれ故にと言うべきか
邦楽のヒット曲が生み出されるたびに
音楽業界関係者やマニアから得意気に発せられる
パクリ談義の横行という事態を招いた

注目すべきなのは、単にパクリの事実を指摘するだけでなく
コピーの仕方の優劣を論ずるような
新しく高度な接し方が生まれて来たことだ
筒美京平に対する[パクリの天才]という
一種の好意的評価など、その好例と言える

相倉久人によれば[音楽をコピーするってのは人間的作業であるし
同一パターンのコピーが出て来る訳がない
コピーをとる段階、つまりマネをして
あるいは影響されて何かを作っていく段階で、様々なノイズがまぎれ込む
それを個性と呼んでいいのだ]

こうした音楽的接し方は
例えばスプリングスティーンの影響を受けたと言われるミュージシャン
甲斐よしひろ、浜田省吾、佐野元春の3人を
一括してスプリングスティーン派と括るのではなく

それぞれのコピーの仕方、すなわち個性の違いに注目し
作品として表れて来た時のその差異を楽しむという
聴き手のスタイルを生み出すのだ」と記されてます

甲斐さんが、サンストで【ハートをROCK!】と
原由子さんの曲をメドレーのように流されて
「単に似ているから(笑)かけただけです」とおっしゃったそうだけど
同じモータウンサウンドのリズムを使われても
違う曲であるのは確かでしょう(笑)

まあ、ボクはこの章を読みながら
何とはなしに「クレオパトラのため息」を思い浮かべてしまいましたが…(笑)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする