goo blog サービス終了のお知らせ 

ボクの奥さん

ボクの奥さんは、甲斐よしひろさんの大ファン。そんな彼女との生活をお話したいと思います。

Happy Go Lucky!(12/2)その1

2021-12-19 20:58:00 | メディア
この日は、前回の放送で触れられていた通り…
「あとでステキなゲストも出演します!お楽しみに!」と長岡さん
「では、今日の1曲目は、最近になってPVを観て大好きになった菅田将暉の『虹』です」
…と曲を流され「この曲、とっても正直な作品ですよね
『一生そばにいるから 一生そばにいて 一生離れないよ 一生懸命に…』

これ、石崎ひゅーいって人が…どんな人か知りませんけども、とっても好感を持ちましたよ
PVもね、すごいよく出来てて、この曲聴いてると
自分の青春時代と重ね合ってしまうんですけどね」…と
やはりその歌詞や、そこから浮かぶ情景に心惹かれておられるご様子…?

「私、一生でね、やり残したことが2つあるんですよ
1つはね、自転車の2人の立ち乗り…(『私、やったことあります(笑)』と橘さん)
沈む夕陽に向かってね、川沿いの土手を2人で走るんですね
ハンドル持ってる私の肩に彼女の手が乗っかっててね

『ねぇ、明日の世界史の試験どうする?』みたいなね
『これから一緒に勉強しない?』みたいなね…『私ん家で…』
…そんな会話をしながら、ペダルを漕ぎたかったです!

それとね、もう1つはね、お見合い…
静かな和風の料亭でね、初めての女性と対面するんですよ
付き添いの世話係のおばさんやらがね、いてね
緊張しながら、たどたどしい会話が続くんです…ああ、やってみたかった!」と妄想全開(笑)

ここで、ちょうど菅田さんの「虹」が終わり
「えーと、今夜のゲストはね…初めてのゲストなんですけどもね
私がレコード会社に入って、初めて担当して、自分でディレクションして制作した
『まちぶせ』を歌ってくれた石川ひとみさんなんですよ~!

(『あら!お久しぶりですか?じゃあ…お話しになるのは?』と橘さん)
うん!そうです、久しぶりです…繋がってるかな?…
もしもし!ひとみさん、こんばんは!」とテンション高めな長岡さん(笑)

石川さんが「こんばんは!石川ひとみです、よろしくお願い致します」と挨拶なさるのへ
カブセるかのように、何度も話し始めようとされ(笑)
ようやく「ハイ!何年ぶりかな?2年?」と、まともに声をおかけになるも
石川さんから「えーっ!?でもでもでもでもでも、長岡さん
私のコンサート、観に来て下さって…40周年の頃…」と返され

「大村でも会ったね」と記憶が戻って来られたのか?(笑)
石川さんも「ああ!大村、行きましたね!ホントに懐かしいです」とおっしゃってたけど
石川さんが、現在45周年のツアー中でいらっしゃるってことは
「40周年の頃」なら、2年ぶりどころじゃないんじゃないかと…?(笑)

ともあれ…「今日はね、色々訊こうと思ってますが
ひとみさんにね、ツイッターでいっぱいお問い合わせが来てたんですよ
(『あっ!ホントですかー!?』と石川さん)
あのー、今日は、初めてのトークゲストに呼びました
1曲目をお聴き下さい。曲は、もちろん『まちぶせ』です!」

…と、曲が始まったかと思ったら、1コーラス終わったトコで
「ねぇ、懐かしいですね!」と長岡さん(笑)…まあ、電話が繋がったままですしね
「ひとみちゃん、あの…これ、スタジオでレコーディングしたの覚えてます?
(『ああ、もちろん覚えてます』…とお答えになったんですが)

これね、すごいんですよ、松任谷正隆さんがアレンジしてくれたんですけども
これ、すごいメンバーだったんですよね
確かね、仮歌の時にも、ひとみちゃん、いたと思うんですけども…
(『あっ、私?えーっ!仮歌、いました?』)
いましたよ!扉の前に立って、マイク片手に歌って…スタジオのね
(『えーっ!?その記憶はちょっと…』だったみたいです(笑))

でも、以前にご紹介したかと思いますが、石川さんは高校卒業後
ご両親に「大学に進学したものと思って、4年間だけ」という約束で、プロの歌手を目指され
歌手活動以外のお仕事はなさっていたものの
本業ではまだ結果を出せないまま、最後の1年に突入…

次の10枚目のシングルの結果次第で「1回、区切りをつけよう」とお決めになった時
「レコード会社のディレクター(笑)」から示された
シングル候補の数曲の中に「まちぶせ」が入っていて
それまでは、ディレクターの方から薦められた曲を選んで歌って来られていたのが

「私、この曲を知ってます。歌詞を見なくても歌えます
この曲じゃないとイヤです!これが歌いたい!」と初めて希望を口になさったという
いわば、不退転の覚悟で臨まれた1曲だったらしいんだけど
当時の歌謡界の風潮を考えると、その意志が尊重されたのは
長岡さんご自身も新人ディレクターでいらしたからかも知れませんね?

その後…「カラオケを使って、試しにレコーディング」をなさった時に
「最後の曲はこれだ!この曲だったら、何の悔いもない」と確信されたそうですが
この「カラオケを使って…」というのが仮歌なんじゃないかと思うと
橘さんから「すごい記憶力ですね」と言われた長岡さんがスゴイんじゃなくて
石川さんの忘却力がスゴイんじゃないかと…?(失礼!)

それはともかく…更に、長岡さんは「あのメンバーはね、当時、日本で素晴らしい…
『ティン・パン・アレイ』ってメンバーがそのまま(揃っていらしたらしく)素晴らしい!」
…と振り返っておられたけど、それも覚えてらっしゃらないんでしょうか?(笑)
ちなみに…ティン・パン・アレイって、松任谷さんご夫妻の他に
細野晴臣さんや鈴木茂さん等が在籍なさっていたバンドで、ホントに豪華ですよねぇ♪

そして、またまた話題は飛んで(笑)
「イヤイヤ、45周年なんですね!ビックリですね!」と長岡さん
ただ、石川さんは「あのね、45周年は、来年の5月25日で…来ると
えーと、デビューして45年目に入るって形で…

周年的には、あの…まっ、CDとかコンサートとか等々は、その次くらいになるのかな?
周年は、やっぱり…あのー、やりたいと思ってるんで…
だから、44年…今、44年目を走っております…歩いております」と正確を期されてました(笑)

長岡さんが「あの…20代の頃にはさ、45年後はどうなってると思ってました?」とお訊ねになると
「そんなこと考えたこともなかったです(笑)そんな余裕はありません
その頃はね、デビューしてから…まっ、何年かは全然余裕はなくて…
『まちぶせ』の頃も本当に…ナンて言うんですかね?一生懸命で
その先の何十年後なんてことは考えたこともなかったですねぇ」と石川さん

まあ、この言葉は、アニバーサリーイヤーをお迎えになった方の多くが口になさってますが
「いつも目の前の山を全力で登って」来られた某ミュージシャンの方も
最初から遠い未来をお考えになっていた訳ではなく「いつの間にか」「気がついたら」
キャリアが積み重なっていた…というのが正直な感慨でいらしたんじゃないかと…?

でも、次の長岡さんの言葉は「僕ね、よく覚えてるんです
あの…ほら、その…衣装作ってましたよね?」…って久々に石川さんの声をお聴きになって
色んなことが一気に沸き上がって来られたのか?脈絡が…(笑)

石川さんが「1曲に対して…うん…そうですね、2着…
『まちぶせ』の時なんて、すごく多かったですね
作って下さいましたよ、すごい沢山、あの頃は…」と返されると
「僕ね『パープルミステリー』の紫色のヤツ、よく覚えてるんですね」とおっしゃって(笑)

「ハイ、ハイ、ハイ!『パープルミステリー』の時って、ラメに白と紫の…
あの…ツートンの感じのワンピースを作りましたね
よく覚えてらっしゃいますね」と驚かれる石川さんに
「覚えてる、アレ、すごいステキだなと思って見てました」と告白(笑)

「ホントですか?ありがとうございます!」という石川さんの声にカブセて(笑)
「アレ、作ったもの全部持ってんの?」とお訊きになり
「ハイ、ちゃんとありますよ…どっかに…(笑)」とのお答えに
「あっ、ホント?博物館…博物館に?(笑)」と長岡さん(笑)

石川さんが「最初は実家の方に…あの…あまりにも多くなってしまうので、数がね
なんで、送ってたんですけど、でも結局、また送り返して貰って…
あのー、保管はしてます」とおっしゃると
「『くるみ割り人形』から、ずっとこう…見たいもんですね、ずっとね(笑)」
…って、当時の写真じゃなくて?(笑)

もっとも、石川さんは、体型も変わっておられないみたいですし、お似合いかも知れませんね?
そういえば、元キャンディーズのお二人も、当時の衣装を大切に持っていらっしゃるらしく
たまに、お二人で衣装をお召しになって、当時のヒット曲をお歌いになるそうです(笑)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする