北欧ノルウェーの天才画家エドヴァルド・ムンクは精神を病んでいた。
おそらく幻聴があったものと思われ、それは彼の代名詞ともなっている「叫び」に表れている。
「叫び」は1893年、ムンクが30歳のときに製作され、世界美術史に不滅の金字塔を打ち立てた名作である。
この絵に描かれた場所はフィヨルドのほとりの道であり、ムンクはこのとき「自然を貫く叫び」を聴いたのである。
雲が血のように赤く、畝っているのは、喀血を象徴しているらしい。
ムンクがいかなる精神病に罹っていたかは詳細な記録がないが、幻聴があるとするなら統合失調症が疑われる。
いずれにせよ、ムンクは自己の存在を根底から揺るがすような、強烈な不安を感じたのであり、それは幻聴を伴っていたのである。
そして、この「存在の不安に共鳴する幻聴」に対して耳をふさぐ幽霊のような自画像を、阿鼻叫喚を象徴する血の色を背景にして描いたのである。
ここでは自然と自己は対立している。
自己に救いはなく、自然は脅威の相を呈して威嚇してくるかのようだ。
ムンクはそれをありのままに描いたのだ。
それは心象の風景であった。
しかし、ムンクは16年後の1914年に長年の苦悩から解放され、自然との和解・合一に至る。
それを彼は太陽の光が少ない地域である北欧の生命の源としての太陽の光のみを強調した巨大な壁画として描き出した。
それは「フィヨルドに昇る太陽」としてオスロ大学に寄贈され、現在に至るまで大講堂に装飾されている。
二つの色合いが違う画像でそれを観てみよう。
まさに生命の源たる太陽の光の拡散である。
この光をムンクは自己の苦悩の消滅と自然との和解・合一として描いたのである。
この強烈な光は、一切の対立と否定を止揚し、すべてを肯定する、自然の大生命の弁証法的力を象徴しているのだ!!
私は「君自身にではなく自然に還れ」という思想を創案したとき、ムンクから大きな示唆を受けた。
人生に不安や苦悩は尽きず、人はつい心が折れて、絶望し、悲観し、厭世的になる。
そして自然は敵となる。
これは自己の主観的内面性に囚われ、悪循環にはまったことを意味する。
しかし、我々が自己の内面を脱して、自然へと脱自するなら、不安と苦悩は外界へと放散され、自然の大生命へと吸収されるのである。
これは至福以外のなにものでもない。
それは普通対立するものと考えられている幸福と不幸の彼岸にある自然との合一という至福である。
暗闇と極寒の象徴たるフィヨルドを突き破って上る太陽の強烈な光は、それを象徴しているのである。