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心と神経の哲学/あるいは/脳と精神の哲学

心の哲学と美学、その他なんでもあり

桜と人生

2013-03-20 09:08:54 | 美学

北国の人、あるいは北方民族の人々は、年齢を数えるのに何歳であるかということではなく、何回冬を越したかということを尺度とする。

換言すれば、何回新年(元旦)を迎えたかではなく、何度春を迎えたかを尺度とするのである。

そして、完全に冬の終わりを告げるのは、桜の開花である。

もちろん、立春、梅の開花、春一番といった区切りもあるが、何と言っても桜の開花である。

爛漫と咲き乱れる桜は美しい。

それは、自然の美と生命の躍動の融合であり、我々の意識を潤す。

しかし、「春は春とて春鬱者」という人もいる。

3月は自殺者が最も多い月であり、精神科の新患数も最多となる。

鬱状態の人にとって、桜の美とそれに酔いしれる陽気な人たちの宴会は、かえって気分を重くする。

梶井基次郎の作品に「桜の樹の下には」というものがある。

それは、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という有名な文章から始まる。

2011年の大震災の後で被災地に咲いた桜、津波に耐えて残った一本の桜の下には、文字通り屍体が埋まっている。

しかし、梶井はそうした単なる事実を述べたのではなく、「美」というものの裏表と深さを象徴的に表現しようとしたのである。

桜の美には裏表がある。

それに気づいた者だけが自然の大生命の奥深い美を感得できるのである。

これは珍しい「白い桜」である。

そして、この画像は光の当たった桜の部分と日陰になった部分がコントラストをなしている。

人生も同じなのである。

 

 

 


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比較美学

2013-01-12 11:26:51 | 美学

キムと上戸の比較を介して、11月に着手した美学はいよいよ比較美学の領域に突入した。

「美」は対比によって際立つ感覚質(クオリア)である。

そして、異なる質の美が意識の葛藤を巻き起こしつつ、より高次の美への弁証法的上昇を促すのである。

「Aという美」と「Bという美」が、比較を介して共鳴し、鑑賞者の意識に美のイデアへの上昇の意欲、つまり高次の美意識を引き起こす。

それは単なる好みを超えた、美自体への意識の高揚である。

 

ちなみに相田翔子とキムが激似だという意見があるが、スタイルが違いすぎる。

相田は残念ながらキムのようなスタイル的エレガンスさがない。


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見事な藤色

2013-01-03 08:31:09 | 美学

見事な藤色です。

きれいですね。

これが本来の藤色なのか、それとも若干明るめの藤色なのか。


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ラベンダー色

2013-01-02 08:16:05 | 美学

ラベンダーは私が好きな色だ。

昨日アマゾンで次の加湿器を注文した。

今日届く予定だ。

ラペナダーは癒しの色だな。


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紺碧の空と桜のクオリア

2012-12-06 07:21:06 | 美学

抜けるような快晴の日の紺碧の空と桜のコントラストは美しい。

そのクオリアは生命感情に沁み渡り、心を潤す。

これらは2006年の4月に私がさいたま市南区(旧浦和市)で撮影したものである。

埼玉県は年間の快晴の日が全国一だが、この日は特に深く美しい紺碧の空が広がった。

それと桜が見事なコントラストをなしている。

クオリアが理屈ではなく実感であることは、この三枚の写真を見れば分かると思う。

 

 


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優秀な美には・・・・

2012-11-25 14:32:23 | 美学

フランシス・ベーコンは「優秀な美には一つ欠点がある」と言ったらしい。

なんか奥深い言葉だなー。

欠点があるからこそ全体としての美がより引き立つのか、それとも人間の有限な美的判断力で「完璧」とみなしたものは、実は底が浅いのか。


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美学の中間報告

2012-11-25 08:54:46 | 美学

先月の末頃から美学を展開しているが、その女子の部で一番人気があるのは、さっき画像を貼ったアンヌ隊員の菱見百合子さんである。

正直、菱見さんのアンヌがこれほど人気があるとは思わなかった。

滝川クリステルと前後して画像をupしたのだが、純粋な造形美の観点からすると滝クリの方に軍配が上がるように思われる。

しかし、菱見さんのアンヌの方が圧倒的に人気なのである。

昨日、ネットサーフィンしているうちに今ネットの世界ではアンヌこと菱見百合子さんが大変な話題になっていることを知った。

それと関係しているのだろうか。

とにかく菱見さんがウルトラ警備隊の制服を着て演じたアンヌ隊員は「美」の極めてユニークな形態であり、単なる造形美を超えているのである。

のっぺりした単なる美人では到底かなわないと思う。

ちなみに、これまでupした美人のアクセス件数による人気度を示すと次のようになる。

1位 アンヌ隊員こと菱見百合子 (画像では「アンヌ隊員=菱見百合子」)

2位 藤あや子(やはり人気ある。衰えない。個性的で妖艶な美人)

3位 滝川クリステル(ハーフの超美形ってだけじゃアンヌには勝てない)

4位 伍代夏子(一枚しかupしてないし。でも藤さんのがやはり人気ある)

番外  ベラ・チャスラフスカ、ナタリア・クチンスカヤ(この二人ええぞ。よく見ろ!!)

別格  早瀬久美(書き遅れました。別格です)

また、男子の部では沖雅也が圧倒的に人気あった。

彼が自殺した後で生まれた若い人も見たのかなー。

あるいは、懐かしさから同年代の人、今40歳以上の人がアクセスしたのかなー。

これからも美学とダンディズムの話は盛りだくさんにしていくぞー。

で、今日はレンタルビデオ屋に逝って『ウルトラセブン』のDVD借りてきて、観よっと。レンタル料一本99円だし。


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美学ということ

2012-11-15 09:01:15 | 美学

先月から美学と称して、イケメンと美人の画像を貼り付けてコメントしているが、これも心の哲学の一環と理解してほしい。
哲学者たる者、あるいは哲学を志す者は、知的ダンディズムを身に着けるとともに、美意識も磨かなければならないのだ。
私が選んでいる例は少し古いものが多いが、「美」は時を経て、あるいは風雪に耐えぬいて、初めて輝き出るのである。
心の哲学の主題のひとつにクオリアというものがあるが、これは心の哲学と美学と感性哲学を結ぶ蝶番である。
また、私が選んでいる男女はどれも個性的な人ばかりである。
彼らの画像を見て、クオリアに対する感受性を増し、感性を磨いてほしい。
そして、少しでもダンディズムを身に着けてほしい。
男女ともに。


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クオリアについて

2012-11-10 06:58:03 | 美学

心の哲学における重要な概念として「クオリア」というものがある。
直訳すると「質」だが、単なるqualityのことではない。
「意識に現れる感覚の質」をそれは意味しているのである。
西田幾多郎は「意識とは赤の赤らしさだ」と言ったらしいが、この発言はまさにクオリアを指している。

クオリアの解釈において意見が分かれるのは、それを私秘的現象と捉えるか、それとも自然的公共性をもったものとして理解するか、という点である。
チャルマーズはクオリアの私秘性を主張し、デネットはクオリアを自然的な公共性へと解消しようとする。
ちなみに茂木健一郎はデネットを嫌いチャルマーズに賛同しているようだが、私はデネットとチャルマーズの中道を行こうとしている。
そこで必然的に「クオリアと自然」ないし「クオリアと生命」という問題に突き当たるのである。

私の立場はサールの生物学的自然主義やデューイの経験的自然主義に近い。
そして何よりもホワイトヘッドとともに有機体的自然観を信奉している。
クオリアは経験の脈動の発現であり、自己と世界、心と自然、自我と宇宙の生命的共鳴から創発するのである。

クオリアのことが分かりにくい人は、最近私が本ブログに貼り付けてきたイケメンと美女の画像を見直してほしい。
クオリアって心の哲学の主題というよりは美学のそれだと思うんだけど。


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色のクオリア

2012-11-01 09:31:21 | 美学

私の好きな色は三つある。


まず地中海ブルー
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次に藤色
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">

さらにピーコック
">

他にもあるが、とりあえずこの三つが好き。
色彩のクオリアと意識の関係についてはまた後で論じる。
これは意識哲学と美学の接点、つまり心の哲学と感性哲学の接点に定位している。
「藤」あや子さんと伍代夏子さんの着物の色彩も参考になる。


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