雑文の旅

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猫爺の連続小説「江戸の辰吉旅鴉」 第二十七回 辰吉、旅のおわり

2015-07-28 | 長編小説
 辰吉は、開店した斗真の店を訪ね、商売が繁盛しているのを確かめた。父、福島屋亥之吉への土産である。

 小諸を離れると、中山道信濃追分に出て、そこから京へは向かわずに江戸への街道をとった。辰吉の故郷は、江戸である。浪花へ戻ってしまうと、その後いつ江戸へ行けるか分からなかったからである。江戸の神田には、もとチビ三太こと三太兄ぃの旅の連れ新平と、父亥之吉を親分と慕うもと京極一家で育てられた豚松こと政吉が居る。また、辰吉が育った京橋銀座福島屋の店もある。店を継いで店主になった元番頭の活躍ぶりなども父への土産話にしたい。幼馴染の大江戸一家にも顔を出し、一宿一飯の恩義に与ろうかとも思う。
   「あっ、しまった」
 大江戸一家で思い出したのだが、信州で卯之吉おじさんのところへ顔を出すのを忘れていた。
   「まぁ、いいか」

 辰吉は、再び江戸の土を踏んだ。真っ先に向かったのは、守護霊新三郎の墓がある経念寺であった。この寺の住職は、もと佐貫藩士の藤波十兵衛、後の亮啓和尚(りょうけいわじょう)である。和尚は、水戸藩士能見篤之進の次男能見数馬少年に頼まれて、この寺に新三郎の墓を建てた。唐櫃(からと)には、新三郎の頭蓋骨のみが納められている。これは、新三郎が殺された美濃国鵜沼の山中から能見数馬が見付けてきたものである。(シリーズ第一作・「能見数馬」より)

 次に訪れたのは、神田明神前の菊菱屋政衛門の一人息子政吉の店である。政吉は赤ん坊の時に人攫いに連れ去られ、京の子供が居ない公家夫婦のもとに売られた。後に公家夫婦に実子が誕生したために、「要らなくなった子供を処分してくれ」と頼まれた京極一家の親分が激怒し、自分が引き取った。政吉は、京極一家の跡継ぎとして育てられたが、実の親が恋しくて、江戸へ向かって旅をしていた亥之吉に付いて親探しの旅にでる。(シリーズ第三作・「池田の亥之吉」より)

 この菊菱屋には、新平という番頭が居る。彼の母は私娼であった。実の母子であるにも関わらず新平を邪魔者扱いにして、「山犬にでも食われて死ね」と罵られて家を出る。飢えて倒れているところをチビ三太に助けられ、母親の元へ帰るが、「男の子なんか三文の値打ちもない」と、再び罵られる。
 チビ三太は腹を立て、「それならわいが三文で買う」と、母親に三文の銭を投げ、チビ三太と新平は、弥次喜多道中よろしく仲良く江戸に出て来たのだった。(シリーズ六作・「チビ三太、ふざけ旅」より)

 架空の店名で金を貸し付け、暴力で返済を迫り暴利を貪ったとして闕所になった両替屋の店舗を、亥之吉がお上から買い取り、京橋銀座で雑貨商を開業した。その店を亥之吉は番頭に譲り浪花に戻った。この店は、辰吉が生まれたところで、今も繁盛していた。
   「若旦那、お帰りなさい、よかった、よかった、ご無事で何よりです」
 店の主人は、笑顔で辰吉を迎えてくれた。辰吉は喧嘩に巻き込まれ、相手を死なせてしまい、両親にも、店の者にも内緒で独り旅に出てしまったのだった。
 店は、辰吉の知っているのと、まったく変わりなく、お店の衆も誰一人替わっては居なかった。
   「みんなも、心配していたのですよ、なぁ」
 店主が店の衆に同意をもとめると、みんなは笑顔で頷いた。
   「今夜は、若旦那のためにご馳走を造らせるので、ゆっくりしていってくださいな」
   「実は、大江戸一家で一宿一飯の恩義受けようと思っているのです」
   「何を言っているのですか、ここは若旦那の生家ですよ、私達は若旦那の親兄弟同然ではないですか」
   「そうですよ、私なんか坊っちゃんが赤ん坊のとき、オムツを換えていたのですから」
 おなごしのおすみが言った。
   「俺のオムツをかい?」
   「そうですよ、坊っちゃんたら、オムツを開いたとたんに勢い良くオシッコをして、私の顔に引っ掛けたのですから」
   「それくらいのことなら、今でも出来るよ」
   「嫌だぁ、坊っちゃんたら」
 店主が慌てて止めた。   
   「これっ、若旦那もおすみも、下(しも)の話に走るのは止しなさい、お客様に聞こえます」

 下へも置かぬもてなしを受け、嘗て自分の部屋であったところに床をとってくれた。この部屋で眠るのは、これが最後だろうなと思うと、少々寂しさを覚える辰吉であった。

   「有難う御座いました」
 翌朝、別れ際に挨拶をすると、一同は首を振った。
   「お礼なんて言ってはいけません、こんど帰ってくるときは、ただいまと言って暖簾を潜ってください」
 まだ開店していない店の前で、一同は手を振って見送ってくれたが、おすみだけは辰吉が持った棒を握って涙ぐんでいた。

 大江戸一家にも顔を出して行こうと思ったが、卯之吉の店の現況を訊かれそうなので素通りすることにした。
 
 江戸日本橋から東海道を弥太八、小万が居るかも知れない関宿へ、そして、再び中山道に草鞋を向けて近江国は彦根の又八と姉のお蔦に会おうと思っている。

 この旅のはじめに行った関の宿場町へ着いた。小万の家を覗いてみたが、人の気配も、住んでいた様子も全くない。弥太八は、この家で小万の帰りを待つと言っていたが、どこかで出会って小万を連れて浪花へ帰ったようだ。
   「弥太八さん、小万さんをうまく説得したのかな?」
 
 辰吉は、彦根の又八の家に行った。家の中には、お蔦の母親が留守番をしていた。
   「辰吉さん、その節は又八とお蔦を助けてくだすって、本当に有難うございました」
   「その後、みなさんお元気ですか?」
   「はい、おかげ様で元気にしております」
   「お蔦さんは、何処かへお出かけですか」
   「はい、お蔦のもと許嫁、伝六のところへ又八に付き添われて行っております」
 辰吉は驚いた。お蔦は三太と言い交わしたはずである。
   「お蔦さんと伝六は、よりが戻ったのですか?」
   「はい、又八が盗人でなかったと分かり、伝六の両親が許してくれました」
   「では、三太の兄貴との婚約はどうするのですか」
   「三太さんには申し訳ないと、お蔦も泣いておりましたが、伝六とはもともと惚れ合っていた二人ですから、お蔦も伝六の家に嫁ぎたいと申しまして」
   「三太の兄貴は、怒るかも知れませんよ」
   「重々に謝って、頂戴した十両をお返しする積りでおります」
   「兄貴は執念深い男でも、女々しい男でもありませんが、あまりにも兄貴が可哀想ではありませんか、帰って俺は兄貴に何と言えばいいのです?」
   「又八が、浪花の三太さんを訪ねて、命がけで謝ると言っています」
   「それは何ですか? 兄貴が怒って又八を殺すとでも言うのですか」
   「又八は、それほど覚悟を決めているのです」

 又八の父親が野良仕事から戻って来たが、又八とお蔦は帰って来ない。戻ってくれば、辰吉は又八を連れて浪花へ戻ろうと思ったが、どうやら姉弟は伝六の家に泊まるらしい。とうとう日が暮れてしまったので、老夫婦に別れを告げて辰吉は帰ることにした。
   「チッ、三太兄貴、振られてやんの、一目惚れなんかするからいけないのだ」
   『まあ、そう言いなさんな、三太はあれでウブなのだから』
 守護霊新三郎が辰吉に呼びかけた。
   「兄貴にどう言えば良いのだろう」
   『又八が三太に謝りに行くというのだから、辰吉は黙っていればいい』
   「はい」
   『はい、だって、辰吉も素直になっちゃって』
   「素直にもなるさ、気が滅入っているもの」

 日が落ちて暗くなって来たので、旅籠をとった。翌朝、旅籠を出て暫く歩くと、街道で又八が待っていた。
   「親分、済まねえ、朝早く帰って来ると、辰吉親分が来てくれたと言うじゃねぇか、ビックリして飛び出して来たのだ」
   「お蔦さんはどうした」
   「姉貴も一緒に親分を追いかけると言うのを、姉さんが一緒なら追いつけないと言って留まらせた」
   「ふーん、三太の兄貴に済まないと思っているのか」
   「姉貴も辛ぇのだよ」
   「それで、このまま浪花まで行くのか?」
   「三太さんに頂戴した十両、手を付けずに置いてあったのだ、せめてこれをお返しする」
   「後は?」
   「おいらが小指でも詰めて、お詫びするつもりだ」
   「お前は馬鹿か、兄貴は堅気だよ、そんなおとしまえの着け方で納得しねぇ」
   「じゃあ、死んでお詫びするか」
   「お前は阿呆か、それで兄貴の気が済むと思うのか」
   「思わねぇ、だけど姉貴と伝六を一緒にしてやりたいのだ、おいらはどうすればいいのだ」
   「お前は三太兄貴のところへ行って金を返し、お蔦姉さんを許してやってくださいと詫びを入れたら、国へ帰って両親を護ってやれ」
   「へい、両親を安心させてやります」
   「いずれ伝六の両親は、お蔦姉さんを追い出すだろう」
   「何でそんなことが分かるのです?」
   「伝六は親の言う儘で、自分の信念を貫けない男だ、と言うよりも自分の意見がないのだろう」
   「だから?」
   「人間なんて、完璧ではない、親たちはお蔦さんのアラを見つけて、こんな嫁はだめだ、追い出そうと言う」
   「ふーん」
   「その時、好いて一緒になった夫婦なら、嫁を庇って親に立ち向う」
   「うん」
   「伝六は、親の言うままに従う男だ、この夫婦はどうなると思う?」
   「わからない」
   「お前はボケか、別れさせられるに決っているだろう」
   「そんな、馬鹿だの、阿呆だの、ボケだのと、言い草を変えないでくださいよ、辰吉親分の思い過ごしだと思うけどな」
   「スカタン、何が思い過ごしだ」
   「それで姉が帰されたら?」
   「お前はヌケサクか、お前が伝六の家に殴りこみをかけるなり、伝六をたたき斬るなり、お蔦さんの仇を取らねばならないだろう」
   「おいらにそんなことは出来ねぇ」
 とにかく、このまま二人は浪花に向かうことにした。


 辰吉は又八と共に、浪花は道修町、福島屋の店に帰ってきた。
   「お父っつぁん、だだいま、辰吉戻りました」
 何度か叫んで、漸く男が出てきた。
   「誰や? 辰吉さんなんて、そんな人は知りまへんなぁ」
 以前に祖父に会いに来たとき、顔をみた気がするのだが、そのときの番頭なら自分を覚えている筈である。
   「お前さんこそ誰だ?」
   「この店の番頭だす」
   「それなら俺の顔覚えている筈だが」
   「覚えがおまへん」
   「善兵衛お爺ちゃんは居ますか」
   「さあ?」
   「この店の主人、圭太郎おじさんは?」
   「うちの旦那様は、そんな名前やおまへんけど」
 又八が疑いだした。
   「本当に辰吉親分のお父っつぁんが居る店ですか?」
   「そうや、おっ母も、弟も妹も居るはずだが」
 辰吉は店の外に出て、看板をたしかめた。ちゃんと「雑貨商福島屋」と、上がっている。
   「俺は三百年も旅をしていた訳ではないぞ、何がどうなっているのだ」
 浦島太郎状態の辰吉であった。
 

 「第二十七回 旅のおわり」(終) -最終回へ続く- (原稿用紙15枚)

「江戸の辰吉旅鴉」リンク
「第一回 坊っちゃん鴉」
「第二回 小諸馬子唄」
「第三回 父の尻拭い?」
「第四回 新三郎、辰吉の元へ」
「第五回 辰吉、北陸街道を行く」
「第六回 辰吉危うし」
「第七回 一宿一飯の義理」
「第八回 鳥追いの小万」
「第九回 辰吉大親分」
「第十回 越後獅子」
「第十一回 加賀のお俊」
「第十二回 辰吉に憑いた怨霊」
「第十三回 天秤棒の再会」
「第十四回 三太辰吉殴り込み」
「第十五回 ちゃっかり三太」
「第十六回 辰吉の妖術」
「第十七回 越中屋鹿衛門」
「第十八回 浪速へ帰ろう」
「第十九回 鷹塾の三吉先生」
「第二十回 師弟揃い踏み ...」
「第二十一回 上方の再会」
「第二十二回 幽霊の出る古店舗」
「第二十三回 よっ、後家殺し」
「第二十四回 見えてきた犯人像」
「第二十五回 足を洗った関の弥太八」
「第二十六回 辰吉、戻り旅」
「第二十七回 辰吉、旅のおわり」
「最終回 成仏」

   猫爺の連続小説 終了 (この他に、掌編・短編集も投稿しています。)




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