雑文の旅

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猫爺の連続小説「賢吉捕物帖」第三回 お家騒動2  (原稿用紙13枚)

2015-10-23 | 長編小説
 心太郎と護衛の男が泊まった旅籠は、一之進の屋敷からさほど離れていなかった。
   「心太郎、護衛って誰だい?」
 賢吉には、どうにも思い当たる人が居なかった。
   「同心の方か?」
   「誰でもいいじゃないか、会ってみれば分かる」
 
 部屋に通されて、賢吉は驚いた。
   「嘘だろ!」
 そこに居たのは、右吉(桐藤右近)であった。
   「賢吉に頼みはしたものの、心配になってやってきた」
   「それでは、俺と幹太さんは何のためにここまできたのだ」
   「まあ、そう言うな、心太郎さんが様子を見に行くと言われたので、町人姿では藩士に見つからないだろうと護衛役を買って出たのだ」
   「信じられねぇや」
 幹太が口を挟んだ。
   「でも、良かったじゃありませんか、江戸へ帰るのが遅くなった訳を、全部右吉さんに話して差し上げなせぇ」

 まだ何一つ根拠はない。賢吉の憶測に一之進が乗っかっただけである。全ての考えを右吉に話すと、右吉は腕を組んで考え込んでしまった。
   「あり得ることだ」
 例えば、藩侯の実弟蜂須賀義詮(はちすかよしあきら)が、右近と一之進に「果し合い」などと意味のないことを命令したのも、忠義者の右近をそれとなく追い払うことであったのかも知れない。藩侯を亡き者にし、後継ぎである若君の命を取れば、藩侯の後を継ぐ者は義詮である。だが、立て続けに藩侯と若君が死ねば幕閣から疑われ、お庭番を差し向けられる。義詮に疑惑があれば、お家騒動として藩は取り潰しとなり、一族郎党は追放となる。
   「拙者も、宗千代君は襲われることになろうと思う」
   「右近もそう思うか」
   「だが、宗千代君を襲うのは義詮の家来ではなく盗賊だろう」
   「義詮の家来である拙者に、何ら命令が下らないので、不思議に思っていた」
   「一之進、このまま陰謀が遂行されたら、おぬしの立場は辛いものになるぞ」
   「わかっている、結果如何によらず、拙者は切腹だろう」
   「馬鹿を言え、我が命に代えてもそうはさせぬ」
   「良い策はあるのか?」
   「拙者は武士に戻ろう、明日、宗千代君が出立される前に、拙者は城へ入り、殿にお目にかかる」
 右近は、堂々と大手門から胸を張って城へ乗り込む心算である。
   「拙者は何をすれば良いのだ」
   「同時刻に搦手門から賢吉を連れて城内に入ってくれ、賢吉は一之進の身の回りの世話をさせている僕(しもべ)とでも言ったら、疑われることは無いだろう」
 宗千代が出立する寸前に、賢吉と入れ替えるのだ。
   「賢吉、決して油断をするではないぞ、襲われたら直ちに逃げるのだ、護身用に宗千代君の脇差を借りておこう」
   「がってんだ」
 心太郎も何か手伝いがしたいようである。
   「俺は何をすれば良いのだ」右近に尋ねた。
   「心太郎さまにもお手をお借りします、幹太を連れて宗千代君の一行より一足早く楓川神社向かってくれませんか」」
   「敵の動向を探る役だな」
   「敵が隠れている気配を察知したら、幹太に忘れ物を取りに行かせる振りをして、後戻りさせてください」
   「承知した」
   「くれぐれも、旅の武士を装って、決して探りを入れるような動きはしないでください、お怪我でもなさったら、お父上に何とお詫びすればよいのかわかりません」
 右近は、すっかり町人の右吉に戻っていた。


 宗千代君の出立の朝、右吉は武士の桐藤右近に戻り、脱藩して姿をくらましていたと思えない堂々とした態度で大手門を潜った。
   「これは桐藤さま、よくお戻りになられました」
 門番がいち早く右近に気付き、深く頭を下げて言葉を続けた。
   「お殿様が、お気にかけておられました」
   「こんな下端のことを、勿体ないことだ」
   「殿は、明日をも知れぬご病態であらせられる、早くお顔を見せてあげてください」
   「さて、ご家老が何と仰せられるか」
 右近は、仕置き覚悟で、無理やりにも殿の御前に押し入る気構えだ。
   「賢吉、覚悟して行こう」
   「はい」

 家老は、快く右近を受け入れた。殿が右近のことを気にかけていたからである。
   「賢吉、家老は悪者ではなさそうだなぁ」
   「そうですね」
 桐藤右近は藩侯の枕辺に通されると、家老が見守るなか、之進が危惧していたことを話した。もしこれが的外れの危惧であれば、右近は賢吉を帰して、自分は切腹する覚悟だ。
   「間もなく、宗千代君がご出立になられます、お城を出る寸前に宗千代君と、この賢吉が入れ替わります、もし、何事もなくお戻りになられたら、蜂須賀義詮さまに嫌疑をかけた無礼を、腹掻き切ってお詫びを申しあげます」
   「分かったぞ、右近を信じよう」
 藩侯は、弱々しい声で言った。
   「ありがとうございます、ところで殿、今朝はもうお薬を服されましたか?」
   「まだであるが?」
   「ご無礼序(ついで)に申し上げます、お薬に疑いがあります、もし、宗千代さまが襲われるようなことが有りましたら、直ちに服されるのをおやめください」
   「藩医の玄宋も疑わしいのか?」
   「まだ、証拠はありませんが、右近が必ず突き止めてみせきす」
   「さて、今朝の薬はどうしたものかのう」
 藩侯は、寝具から痩せ衰えた手を出して襖を指さし、間もなく腰元が持参するだろうと伝えた。
   「できることでしたら、建水(こぼし)へお捨てください」
   「わかった右近、宗千代を末永く護ってくれ」
   「それはお引き受けできません、私は脱藩して町人になっております」
   「右近、余はそちの脱藩を許可してはおらぬぞ」

 出立の時刻がきた。宗千代は藩侯にご挨拶をして本丸前にて大名駕籠に乗り込む寸前に、若君姿の賢吉に入れ替わり、四人の駕籠舁きに担がれて城を後にした。供の者たちは、腕に自信があるものを揃え、駕籠舁きには駕籠を放置して引き返して逃げるように指示してある。賢吉のすばしこいのを計算に入れての作戦である。

 一行が立って間もなく、幹太がふためいて一行の元へとんできて、賢吉に聞こえるように叫んだ。
   「賢吉、やはり待ち伏せしている集団が居る、間もなくだ」
 一行の護衛の者たちは、右近から事情を聞いて知っていたので、心は闘の態勢に入った。そのとき、城の方面から馬が一騎駆けてくるのが見えた。桐藤右近であった。桐藤は、幹太が伝えたことを聞くと、そのまま一行の先頭に進み出て、馬手で抜刀、弓手に手綱を持ち、待ち伏せる賊の群れに向かった。

   「賢吉、逃げろ!」
 先頭の右近が大声で叫んだ。賢吉が駕籠から出ると、真横の草むらから心太郎の声がした。
   「賢吉、伏せろ!」
 賢吉は、反射的にその地面に伏した。心太郎の声がした方向から、矢が飛んできて駕籠を貫いた。
 尚も、二の矢、三の矢が飛んで来るものと、賢吉は身を屈めて待ったが、矢ではなく男の叫び声が飛び込んできたあと、間髪を入れず心太郎が叫んだ。
   「賢吉、射手は仕留めたぞ、安心して逃げろ!」

 安心して逃げろと言われても、賢吉は心太郎が気掛かりなうえ、履いている袴が邪魔で走れない。しかし、賊の的は宗千代の身代わりである賢吉だ。案の定賊の一人が抜刀して賢吉の後を追ってきた。その賊を追って心太郎が走って来る。賢吉は、若君に借用した脇差を抜刀してその場に仁王立ちで賊を待った。賢吉に近付いた賊が斬りかかろうとした時、心太郎が叫んだ。
   「待て、その子は大名の若君ではないぞ」
 賊が振り向いた隙に、賢吉の脇差が賊に突進した。
   「あっ!」
 賊は、左脇腹を抑えてよろめいた。そこへ、心太郎の本差しが賊の刀を叩き落とした。
   「賢吉、危なかったなぁ」
   「矢が飛んで来るとは思ってもいなかった」
   「うん、俺も一時はどうなるかと焦った」
 賢吉は、浅いながらも人を刺して、大いに動揺していたが、流石は心太郎は武士の子である。血の付いた本差しを懐紙で拭うと、平然と鞘に納めた。
   「俺がここへ来たのが、満更無駄ではなかったな」
   「心太郎、ありがとう」
   「うん、おれは賢吉の命の恩人だぞ、今日から友達ではなく、俺の家来に成れ」
   「やだよ、俺は将来右吉さんの家来になるのだ」
   「右吉さんは、藩に戻るぞ」
   「いや、戻らない」
   「では、草餅を賭けようか」
   「残念でした、俺は銭を持っていない、幹太さんが持っているのだ」
 一人前な立ち振舞いをするわりには、二人は子供であった。


 藩侯が飲まされていた薬を、ご城下の名医にみてもらったところ、やはり毒物が入っていた。藩侯の実弟蜂須賀義詮は、旗本の身分を剥奪のうえ長の追放となり、藩医の玄宋は遠島刑となった。義詮の一之進を含めた家来たちは、全て「お構いなし」となって、藩士組み入れられた。なかでも一之進は、陰謀を見抜いたとして俸禄のご加増を賜った。
   「右吉さんは、どうして藩に残らなかった?」
 心太郎が問うた。
   「拙者、いや、わたしは脱藩して町人になった身だ」
   「お殿様は何と?」
   「許可してくれたよ、気が変わったらいつでも戻って来いとも言われたが」
   「戻る気はないのですか?」
   「無い、生涯江戸で暮らすよ」
 心太郎、右吉、幹太、賢吉の四人は茶店に立ち寄り、心太郎の奢りで草餅を頬張りながら話していた。
   「心太郎さん、どうして我々に草餅を…」
 右吉が尋ねた。
   「ははは、賢吉に奢らされたのですよ」
   「賢吉は、何でまた命を助けられた心太郎さんに奢らせたのだ?」
   「旨いねぇ、この草餅」
 賢吉は、お茶を濁した。

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