旅限無(りょげむ)

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首相の留守には何かが起こる 其の壱拾弐 

2010-11-01 15:52:54 | 政治
■10月19日の『フォーサイト』に掲載されたジャーナリストの藤田洋毅氏「尖閣問題“燎原の火”を点けた「酒乱船長」の暴走」というルポの最後部になります。

……日本は、1972年の国交回復交渉のときから一貫して「日中に領土問題は存在しない」と主張してきた。だが1978年、小平は来日する直前に100隻以上の、まさに海上民兵を乗せた漁船を尖閣諸島周辺に送り出して領土問題の存在をアピール。福田赳夫首相(当時)との会談で、は「大局を重んじよう」と呼びかけて煙に巻き、その後の記者会見において「我々の世代は知恵が足りない。我々より聡明な次の世代は、みなが受け入れられる解決策を見出し解決してくれるだろう」と述べ、棚上げ論を展開したのだった。「公式の会談で持ち出した話ではない。記者会見での発言にいちいち反論する筋合いもないと、外務省は判断したが……」と先の外務省元高官は述懐した。の時代から、日本の政権が自民党か民主党か、首相が誰かとは関わりなく、中国の立場は一歩も後退していないという事実を見逃してはならないのである。…… 
■今回の尖閣衝突事件の直後にも、北京政府から「棚上げ論」を再提案する動きがあったようですが、小平の策に乗せられて無為に過ごした30数年間が尖閣周辺と東シナ海の勢力図をどのように変えてしまったのか?またまた「棚上げ論」で手詰まりの日本政府に甘い罠を仕掛けて時間稼ぎをしようとは、よほど北京政府側も困っているのでしょうし、日本は相変わらず舐められ続けているようです。


「もっと大切なのは」と先の中堅幹部は、一段と力を込めた。「事件を通じ日本の“野心”があらわになった以上、我が国も真剣に対日領土政策を見直さなければならないとの議論が党中枢で起きている。焦点は、の棚上げ論の有効期限は過ぎたのではないか、もはや現状維持政策は持続不可能ではないのか――だ」。……実は温家宝首相は2年ほど前から以来の戦略を調整する意向を示し、着々と策を練っている。「釣魚島の領有権では後退しない原則そのものは不動だが、今回の事件を受け新たな戦略に基づく政策を急ぐ可能性が出てきた」というのだ。この中堅幹部や先の国務院幹部ら複数の当局者は「釣魚島領有権に関する温首相の3段階戦略」と称した。「温の指示に基づき」国家発展改革委員会・外交部に加え軍総参謀部が軸となり、具体策を煮詰めているという。……(了) 

■胡錦濤国家主席の時代が間も無く終わるので、引退後の身の安全を確かなものにするためにも温家宝首相としては軍部にオベッカを使わねばならないのでしょうが、尖閣諸島を領有化する悪企みに「軍総参謀部」が一枚噛んでいるというのは実に不気味な話であります。一説には急速な経済成長の中で人民解放軍OBの天下り先が無くなって一種の厄介者扱いされているという話があるようですが、尖閣諸島を突破口にして東シナ海の海産資源と地下資源の利権をがっちり固めて軍からの天下り先にしてしまおうと参謀達が切歯扼腕しているとしたら、何とも物騒な話であります。

■今年も残すところ2箇月となりました、とラジオもテレビも年の瀬の口上を一斉に始めた11月1日。年賀葉書も売り出され、今年からはネット画面で作った年賀状を郵便局が配達してくれるという便利なのかまどろっこしいのか分からないサービスが始まるとか……。そんな年の瀬に向かう世情に乗ってか、はたまた秋の日暮れみたいに釣瓶落とし状態の内閣支持率に慌てたからか、すったもんだの末に問題の尖閣衝突事件の編集ビデオが定員30名様に限って国会内で公開されたそうです。何を今更という声が多いのですが……。


……衝突事件のビデオ映像の視聴が、1日午前8時から国会内で行われた。ビデオは海上保安庁の巡視船が撮影したのを、那覇地検が約7分に編集、衆院に提出した。政府関係者を除くビデオの公開は初めて。視聴した国会議員によると、中国漁船が巡視船「よなくに」と「みずき」にそれぞれ衝突してくる様子が映し出されていた。漁船の甲板上では、船長とみられる男ら数人のうちの1人が片手の中指を突き上げるなど、日本側を挑発するような行動をとっていた。
2010年11月1日 産経ニュース 

「其の九」で取り上げた『週刊新潮』10月21日号の内容が真実だったのは目出度いことですが、半月前に分かっている話を今頃になって公表しても後の祭りというものであります。日本の公安から重要資料がファイル交換ソフトに乗ってネット上に漏れ出したそうですから、いっそのこと2時間版の衝突ビデオも事故に便乗して流してしまったら如何でしょう?流出源が特定できないことにして、今度は那覇地検のような可哀想な生贄を作らず、菅アルイミ内閣は間抜けで無能な被害者面をしてしらばっくれていれば良いかも?

首相の留守には何かが起こる 其の壱拾壱

2010-11-01 14:24:30 | 政治
 ■領土問題を偽造しようと隙を狙っている相手に「領土問題は存在しない」と思い知らせる当然の第一段階となる逮捕・起訴・判決という一連の法的措置を「粛々と」進めれば、相手の面子は丸潰れで「嘘吐き」と面罵するのも同然ですから、売られた喧嘩は常に買い、売られなかった喧嘩さえも買いたくて仕方がない勢力が蠢いている相手の事情を考えずに走り出したのは大失敗でした。

事件後、中国は直ちに在京の大使館員らを石垣島に派遣、8日午後に海上保安部で初めて面会した後、連日、船長・乗組員から事情を聴いた。船長自身の供述や、漁船の母港である福建省晋江などの情報を総合し、「真相が分かれば、別の落としどころが探れるかも知れない」と期待したのだ。幹部は楽観論の根拠となった“真相”を列挙した。 

■ここからが最も重要な事件の真相になります。


船長は地元関係者の間ではかねて「習慣性酒精中毒(アルコール中毒)の酒鬼」で知られ、「事件の際にも白酒(アルコール度の高い中国製ウオッカ)をあおり泥酔していた」「14人の乗組員は、今回の出漁に際し臨時募集したメンバーで、乗船するまでお互いの名前すら知らなかった」「事件当時も、乗組員は皆、割り当てられた持ち場で作業中だった。操舵室で舵を握る船長に声をかけたり注意したりできる乗組員はいないし、もともとそんな必要も雰囲気もなかった」「自船(166トン)よりずっと大きな“よなくに”(1349トン)など巡視船3隻に包囲されたのに、全くブレーキをかけないどころか、さらに加速して突進した。狂気の沙汰だと思ったときは後の祭り……展開を想像できた乗組員は1人もいなかった」――。 

■工作員なのか人民解放軍の下請けだったのか?とかくの噂が飛び交っている困った船長ですが、少なくとも地元でも有名なアル中オジサンだったわけです。起訴手続きの前に、深刻なアルコール依存症を治療する必要があると発表してしまえば、間違っても英雄気取りで帰国するような田舎芝居は見なくても済んだかも?そう言えばチャーター機を仕立てての帰国歓迎セレモニーの場に、一滴の祝い酒も出て来ませんでしたなあ。


「市場経済時代の漁民は恐れ知らず。もちろん、国内外を問わず法律など一顧だにしない。豊漁が期待できる漁場があると耳にすれば即、飛び出す」「かつて北朝鮮の領海に入り海上で漁民が射殺された例もある」「今回の漁船も、台湾・広東沖を回ったが期待した漁獲がなかった。途中、ここ数年は不漁だった釣魚島周辺が今年は豊漁との噂を聞きつけた。釣魚島海域に向かうのは初めてだった」と幹部は内情を解説する。 「当然、日本側も我が国の実情を熟知している」と中国は思い込んでいた。「正直に言えば、保釣運動家(釣魚島を保衛せよ=守れ=と訴える、大陸・香港・台湾にまたがる活動家)はほぼ完全に管理できる」と幹部は漏らし、「けれども漁民は、どうしようもない。いとも簡単に国家の網の目をくぐり抜ける、ジャングル市場経済の先兵ですよ」と苦笑した。 

■尖閣諸島を自国の領土だと言い出してしまった手前、悪質な違法操業を取り締まる大義名分を自ら捨ててしまった北京政府は、「尖閣海域に行くな」とも言えず、国内の強硬派は漁船の領海侵犯をどんどん増やしてもっと深刻な摩擦と衝突の事件を起こして軍の出番に持ち込もうとしている悪巧みを正面から否定することも出来ますまい。政権交代を期して、領土領海の「実効支配」を再確認する声明を出して、自民党時代には自粛していた違法船の拿捕を「粛々と」実施する旨を周辺諸国に伝達しておくべきでしたなあ。


「酒鬼」船長を抗日英雄と祭り上げ、香港紙に「また釣魚島海域へ漁に行きたい」とまで語らせた中国も、外交的な勝利をアピールするためだけにチャーター機を派遣、地元はパレードで出迎えるなど茶番を演出した。だが一方で、「酒鬼が余計なことをしゃべらないよう」船長や家族を監視下に置き、当面は「行動範囲も制限、香港・海外マスコミから隔離する」と先の中堅幹部は打ち明け、こぼした。「腰砕けの外交をさらけ出した日本、荒っぽく非理性的な外交を国際社会に印象づけて脅威論に新たな市場を与え、異質さをあらためて際立たせた中国――どちらも傷を負った。結果的に笑ったのは、日米安保体制を強化し南シナ海など中国が関わる領有権紛争に介入しようとしている米国だけだ」…… 
■本当に米国が文字通りの「漁夫の利」を得られたのか?イラクが治まらないのにアフガニスタンの泥沼に足を突っ込み、国際テロに対抗するために人材と資金を注ぎ込む米国が南シナ海に軍事的な介入を決意するのは非常に難しいでしょう。沖縄の基地移設問題でヘマをした日本の現政権に圧力を掛けて日米安保体制の日本側の役割を大幅に増大させれば、日本のカネと人材で米国の覇権・支配を強化できるでしょうが……。


首相の留守には何かが起こる 其の壱拾

2010-11-01 14:23:49 | 政治
 ■大手新聞が船長が酔っ払っていた事実が「判明した」と書いた10日ほど前に、『フォーサイト』にも「尖閣問題“燎原の火”を点けた「酒乱船長」の暴走」という詳細な記事が掲載されていました。日付は10月19日でジャーナリストの藤田洋毅氏が書いております。以下、抜粋してみます。

「事件の実態は、酒鬼(酒乱)の暴走に過ぎない。だが、日本は一歩踏み込んできた。妥協する選択肢は、ありえなくなった」――中国国務院(中央政府)の幹部は、深い溜め息をついた。……不透明な政治決着に、与野党だけでなく地方議会や首長らからも非難や疑問が噴出。「中国の強い圧力で釈放」(シンガポールのストレーツ・タイムズ紙)「日本の降伏宣言で幕」(韓国聨合通信)など、同じように中国との領土問題を抱えたり、海洋権益拡大を急速に強める中国の姿勢を警戒したりし、成り行きを固唾を呑んで見守ってきた周辺国からは失望の声が相次いだ。……いったんは拳を振り上げた日本政府が、次々に対抗措置を打ち出した中国に強引に屈服させられたのは「いかに強弁しようと否定できない」(日本の外務省幹部)からだ。「戦略的な互恵関係を深める」と標榜していた両国関係は、なぜ一夜にして「大使召還を検討」(同)するまで悪化したのか。そこには日中ともに、思い込みに基づく深刻な誤算があった。…… 

■今や「戦略的互恵関係」は菅アルイミ首相の口癖で、耳にタコが出来ている取材陣からは溜息と苦笑が漏れるばかり。国民もアルイミどころか何の意味も無い御題目でしかない口癖に耳を傾けようとはしません。手段を選らばぬ圧力に屈した「柳腰」外交の中には「互恵」の欠片も見当たりませんからなあ。「撤退」を「転進」と強弁した敗戦濃厚だった頃の大本営発表を思い出すばかりであります。

■「深刻な誤算」の内容は以下の通りです。


……事態が変質したのは、船長が公務執行妨害の容疑を否認したため、勾留期限を過ぎた19日に石垣簡裁が10日間の勾留延長を決め、略式起訴ではなく公判請求(起訴)に踏み切る構えを見せてからだった。中国外交部は即座に「強烈な対抗措置」を宣言、「省部級幹部」(各省・自治区・直轄市の党委員会常務委員・中央各部の副部長以上の高官)の交流停止を発表した。……訪米中だった温家宝首相が21日、「さらなる行動」を明言したのはブラフではなかった。23日には建設会社フジタの関係者4人が20日に……軍事管理区域に無断で侵入しビデオ撮影したとして拘束され、レアアース(希土類)の対日輸出が滞っていることも明らかになった。…… 

■北京政府側が立てていた予想は自民党時代の先例からの類推で、政権交代した新政権が自民党よりも厳しい態度で臨むとは考えもしなかったという「誤算」と、相手の出方をまったく予想もせず、「国内法」を適応すると決めた人物も分からず、外交交渉の主体も不分明で最終的な「釈放」を地方の検察が下すことになった日本側の「誤算」とを比べますと、やり方は乱暴極まりないものの少なくとも北京政府の方が仕事をしていたことになりそうです。


……「事件直後、事態がかくも拡大・深刻化すると予想する声は、(中国側には)ほとんど無かった。しかしながら、日本の以前とは違う対応に、しばし戸惑い考え込んだ」この幹部が言う「以前」とは、2004年3月、中国人活動家7人が尖閣諸島に上陸、沖縄県警が入管法の不法入国容疑で逮捕したものの2日後には処分保留で強制送還した過去を指す。靖国神社参拝をめぐり中国と緊張していた小泉内閣ですら、超法規的に処理していたからだ。幹部は、以前よりやや時間はかかるかもしれないが、最終的に日本は前例にならい船長を強制送還するだろうと、逮捕の時点でも「まだ楽観的だった」と吐露した。…… 

■自民党時代とは違うのだ!というメッセージを本気で送るつもりであったのなら、民主党政権は最後まで「国内法に従って粛々と対応」し続けるべきだったでしょうし、逆に自民党政権とは違って徹底的に卑屈な外交に徹して領土が削り取られようと地下資源を根こそぎ奪われようと、平和憲法と抱き合い心中する国家像を完成するところまでの覚悟があるのなら、最初から海上保安庁の巡視船に「領海侵犯は見て見ぬふりをせよ」と命令しておくべきでしたでしょうなあ。