楽園追放はアダムが禁断の知恵の実を齧った故に劫罰として神の手でなされたように、原子力は、あるいは第二のリンゴ、楽園追放劇第二幕のオチだったのかもしれない。しかし同じ「知恵」としての物理学的所産だったわけでその意味では原罪（知を得ることで招くスパイラル）が今も人類を永遠に「死すべき運命」として呪われた存在たらしめている、とも言える。如何に抗おうとも人は高々80年しか生きられない。その生き死にのなかに繰り広げられる人生劇場が何ほどの物か。児孫のために考慮するということは言い訳に過ぎないか。我々の良心というのは「原罪」に対してどのようにあるべきか。神を持たない我々にとって劫罰も僥倖もこの世の束の間の遊び（すさび）にすぎないか。歯痛すら一瞬楽しんでいる人間にとって拷問は何の意味を持っているのか。生きる、という拷問こそ最大の劫罰ではないか。死すべき運命、とは結局生きることを否定し死ぬことが望ましい、ということ、生まれ出るべきではなかったということ。罪作りな生を最初から断ち切ることが最上だと。彼等、若くして「死刑になること」を望んで多人数を殺傷した犯罪者たちは、我々のすぐ近くに精神的に「死」と戯れている。
恐らくは、机上の作戦会議においては、トルーマンの決断に、一瞬にして蒸発し、又むごい余生を病的に過ごさねばならない原爆犠牲者に対する普通の想像力というものはなかったであろう。既に勝敗が決している戦争において使うべき武器ではなかった原爆を、敢えて使ったこの米国大統領は、本質において人類のなかの一人種（正確には社会的弱者、政敵も含まれる）の抹殺を企んだヒトラーと何らの差異もなかったのは間違いない。しかも「原罪」に生まれついた我々の誰もがその知のスパイラルにおいては同様の過誤を犯しつづけている。複層化する核エネルギーに関する思惑が日米の外交関係には不条理な陰を落としている。蟻地獄か底なし沼かに足を突っ込んだ彼等はヒロシマナガサキに始まって第五福竜丸、沖縄返還欺罔、原潜原子力空母の寄港と異常放射能漏れ、54基の原発、フクシマの無際限の危機、真っ先に指示された80キロ圏内在日米人避難、活動期大地と大地震、大津波危機に今後不可測に近い確率で残置されている日本列島、といった、事実上連関している物事の累積に戸惑いを隠しきれないのである。（つづく）
フランツ・カフカ「この世には精神の世界しかないという事実は、我々から希望を奪って確信を与える」
我々は、この世というものに捕えられた「魂という煉獄」にいる囚人だ。我々を突き動かしているのはいずれにしろ、この世への或る現実的な思いにほかならない。この世への思いはどのようにしても何時かは報われるだろう。報いは良かれ悪しかれ必ずこの世の物である。それは我々の五感を刺激し少なからぬ愉悦や悲哀を齎す。五感の愉悦、快感、哀情などは人によって、それは一瞬のことだと言い、どちらにしろ虚しい後味としてしか印象されないという。しかし、何と多くの人々がそれがために過ちを犯すか、人間の歴史はそうした例に事欠かないと誰でも知っている。精神、とは何か。それはこの世の物ではないがしかもこの世で知られなければ何の意味もないものである。それを絶対的価値、と称す。つまり、この世では、物質的な報酬よりも精神的な価値に、永遠とか普遍的なとか名付けた、何より良いものを見ていると我々は思っている。ところがそれとは別にこの世には、我々の何らかの精神的要求に対してこれをけなし、当て擦り、否定するような事実、事例、証拠（彼らはそれを「現実的」とか呼称する）を示して、抗い難い「絶望」と「不信」のどん底に引きずり込む強い流れが潜んでいる。
ドイツがこれの開発に成功していれば、全欧州はヒトラーの思惑通り第三帝国の支配する巨大な覇権国家となっていたであろう、その原子核エネルギーの兵器化に逸早く成功した米国は、その地上での実験にも成功し南洋テニアンの地に原子爆弾として、何時でも人類の頭上に炸裂させるべく大統領命令を待っていた。しかし当時既にその猛烈な破壊力と殺傷能力が知られていたため、それを人口集中する都市に実際に使用することにはなお躊躇いと忌避の念が濃厚だった（科学者、軍人、政治家らの反対意見が後を絶たなかった）国内にあって、ルーズベルト亡き後大戦を引き継いだトルーマンは、一刻も早くこの戦争を終わらせ、既に東の脅威となりつつあるソ連に対し圧倒的優位に立つ必要性に迫られていた。この米国大統領ハリー・S・トルーマン（大学出ではない最後の米国大統領と言われる）こそが、戦後世界の、おぞましい、罪過に満ちた人類史的過ちの正当化という原子核分裂時の膨大なエネルギー放出の犯罪的武器化とその実験的実戦使用（ヒロシマ、ナガサキ）と、「平和利用」という名の、核の存続による軍事的担保として、発電に利する「軍産複合」実質を国是とするに至った張本人だ（アイク将軍は戦争を終わらせるために原爆を使用することには激しく反対したのだが、結局大統領になると「平和利用宣言」によって戦後の偽善的な覇権主義に手を染めることとなった）。我々はこの大統領が全体主義軍国日本の敵国国民という特殊な存在に限って残虐な手段を取ったというよりもむしろ、一般の人間たる地球人に対して使ってはならない手段を使った、という認識に立つ。（つづく）