抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩346

2011年07月31日 09時21分54秒 | 政治論
 鳩山自ら後日談であきらかにしたように「抑止力」はでっち上げだったし、外務防衛官僚と北澤岡田前原ら当時と現在の内閣一員が合作して沖縄負担軽減理念の骨抜きである自民米国合意案へシフトする行為の異常な迅速さはどこから来たかといえばアメリカが「日米の同盟関係悪化」につき危機感を煽り同時に当然ABCD包囲網並の圧力準備計画をちらつかせて恫喝したことは間違いない。勿論想像だが辺野古固執普天間固定化の論理的妥当性が見られない以上対中国北朝鮮軍事防共最前線として沖縄を固定的に要塞化する戦略方針が露骨に示されているのであり殺人集団アメリカ海兵隊と日本の憲法違反容認の幼稚な軍国主義者どもが寄ってたかって地方自治権利を押しつぶそうと躍起になっているわけだ。中央大新聞もすでに大震災原発事故とともにいやそれ以前から「日米安保堅持」を基本として相変わらず専権事項国策の翼賛性格に対し文民統制機能を発揮することもなく右寄りの国勢を懸念するわずかな良識さえ示すこともなく「原発」同様起こってからさえ危険性につきゆるゆるな反応しか見せず、識者学者インテリのトウヘン僕どもはトンチンカンな対権力行為の軟弱さで国民をがっかりさせているし、ジャーナリズムは小利口にお茶を濁す程度の論陣しか張れない体たらくときた。国民を愚民扱いして群集心理のみ強調し情報秘匿偽報道画策をする政府は最終的には潔く自裁して果てる気かもしれないがまずもって親欧米脱アジア的根性においてはこの国の維新以来の偏頗な世界展開同様の明らかに国民軽視人民背反無人格国家主義路線を邁進するに違いない。このような国に回帰した沖縄は復帰後40年を経て今更「いい人」面を見せることはない。徳之島の傲然たる怒りの住民集会に倣うがいい。少なくとも現今日本政府は国内のどこにも無理を通せる力はなく「沖縄だけは」という奇妙な日本常民意識に安んじているのだ。その根本は昭和天皇の非公式見解でありその根強い国家国体保持精神の原点でもある。アメリカはこれらを「国内問題」と突っぱねるが彼らもまた沖縄占拠意識においては天皇見解を拠り所にしているに違いない。天皇の防共思想と沖縄要塞化見解は今日どのように軍事専門家たちから見られているかは知らないが、天皇の体現する国体につき日本国憲法は明確に否定しているのであり彼の思惑は21世紀の現代日本にあってはただの個人的見解にすぎない。従ってアメリカの沖縄占領意識と占領行為は国際法違反にほかならずこれを受容する日本国政府は幇助罪に等しい国家行為を続行しているのだ。アメリカ欧米共同国際警察連合はアメリカの軍事的戦略により世界をパックスアメリカーナ化するのが目的でさしあたりは共産国中国北朝鮮キューバなどが軍事標的であり自己の威信を保持するべくアジアアフリカの小国に無差別「テロ戦争」をでっちあげているのでありこれらの小国の無辜の人民がどれほど無残に殺されているか殺されつつあるか誰でも知っているのに誰もが軽視しているのはなぜか。(中断)
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詩345

2011年07月29日 13時44分21秒 | 政治論
 我々は何をしているのだろう。国が16年ものあいだ着手できない辺野古飛行場新設工事というものは地元の反対、県民の反対、名護市長名護市議会沖縄県議会沖縄県知事すべての反対多数により「国民」的に拒否されているのであり多数決原理により自動的に国が撤回することになるべき性質のものではないのか。変な話ではないか。前原なんていうおおうつけごときにふりまわされている性質のものではない。やつにどんな権利があるというのか。日米合意などという人民背反の戦争遂行強行路線など木っ端微塵に打ち砕け。国際司法的に殖民的侵略的行為に他ならないアメリカ犯罪集団と日本の展望のない無人格国家主義者集団どもの強制執行準備派遣団なんざ風速100メートルタイフーンで根こそぎ壊滅させろ。(中断)
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詩344

2011年07月29日 10時25分01秒 | 政治論
 児玉龍彦氏の、国政政府代議士への激越な怒りに満ちた諫言は原子力に関わるあらゆる識者学者インテリが当然唱和して言い募るべき内容であり、死に体の戦後民主主義の最後の最善の本気なシュプレヒコールとしなければならない。だが絶望的な瀕死のこの国の良識と常識とはいかにしても生き返らないということを民主党政権がこの2年間に最悪な形と内容で証明してしまった。国民を裏切った内容は岡田ごときが「陳謝」したくらいで収まるが物でないことは誰の目にも明らかだが、およそ現行国政体質で今後何事かを劇的に期待することなど平成の夢物語としかいいようがない。文民は(一億総文民だが)かつてない実質的無力さを露呈しどこにも「国家規模」の翼賛傾向に歯止めは掛からず大新聞ジャーナリズムメデアの国家総動員的「右ならえ」は戦前戦中のこの国の「破滅邁進行進部隊」さながら無批判な空疎な言葉の羅列に終始し、地方の片隅に年老いたやせ老人を放置し大都市のジャングルに無縁な孤独死を蔓延させ、そして「フクシマ」県民を「健康に影響はない」と嘘ついて徐々に死にいたる放射能汚染隔離地帯に置き去りにする非人道的措置につき誰一人悲鳴とともに糾弾しようとせず、腐りきった戦後日本の行く末は神の劫罰を待つ死刑囚さながらの不安な罪悪寒に苛まれる後悔に満ちた精神生活を準備しつつ、あきれ返った体たらくに今後も付き合わされるかと思うと泣けてくる。いずれにしても浸潤する毒物は確実に世界に蔓延し我々の人生は欧米と日本が手を携えて実行してきた世界グローバル同時絶滅計画に基づき約50年ほどで「死に至る病」となるであろう。(中断)
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詩343

2011年07月27日 10時30分20秒 | 政治論
 何故国民は先の衆議院選において自民政権にノーを突きつけ民主政権を選んだのかという観点が現在の国会議員たちに全くないことは、単に国政の空洞化というばかりでなく日本の政治自体が「民主主義」を本質的に体得してない証左ということになる。例えば国家的専権事項といつでも言いのける「安全保障問題」についての本質的な論議が尽くされたことはただの一度もないが(国会審議がないというのでなく常に「国家」が単独にまたは政権がなし崩しに決定するという意味で)「普天間問題」において政治家たちが外務防衛官僚の「米国偏重主義」にいかなる政治的主導性も発揮し得ない理念的脆弱さを露呈し、大事故を引き起こし問題が拡散拡大しつつある原発を未だに「国策」から斬り捨てられない「非常事態危機管理」能力の欠如が判明し、こうした不手際の根本にある「成長成熟しない日本の民主主義」という重大な問題性を発掘してしまった。彼らは誰も最終的には決してこの国の国家的方向性への理念的展望と確固とした現実的裏づけに関する責任を執ることはない。むしろ戦後解体すべきだった日本帝国官僚組織こそ永続的にこの国の政策責任を負わねばならない実質に貫かれていることを我々は十分に認識しなければならない。したがって今となっては民主政権の体たらくを追究する時間の無駄を回避して革命的に官僚組織の全面的解体再編という手法に打って出ることだ。思うに国民が前の自民政権に逆戻りすることを選ぶならそれは二大政党体制という砂上の楼閣造りには格好の手段だがこの国のストレスのたまる政治環境の改変にはなんの効果もなく、浸潤する放射能汚染による永い滅亡準備期間を用意し徐々に腐っていくという無様な後世へ自分らの子孫を誘って行くというわけさ。勿論現民主政権やらその他の「雨後のたけのこ」党やら有象無象に牛耳られるにしろ何一つ国民の思うようには事が運ぶことはないだろう。国民国家とは名ばかりの官僚対米追随無政府国家という実質にあるこの国に未来はない。(中断)
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詩342

2011年07月25日 08時52分39秒 | 政治論
 理念のない「現実主義」という思想は形容矛盾だが芸術における「現実主義」は「真実」を追究する「手段」としてあり人間の営為における究極の表現努力が紡ぎだす「美」はまことに見事な「価値」を表示することがある。おおうつけで最悪の大統領ブッシュが引き起こした「対テロ戦争」は理念のない「現実主義」が同胞や隣人への無際限の「不信」無条件の「監視」という心理的隔離状況を世界中にばら撒き不断な日常的脅威と恐怖感不安状態を定着させ、同時に無差別な気違いじみた「報復戦争」により膨大な人民虐殺行為へ欧米こぞって駆り出され世界は今人種的宗教的差別精神により多くのアジアアフリカ小国の無辜の民を惨たらしく殺害放逐流浪化させつつあり、こうした動きに同調する日本の愚劣な政治家どもはアメリカのいうなりに己の民族的誇りや自尊の念をかなぐり捨てて殺人国家に仲間入りしたくてウズウズしているというわけさ。つまり今回ノルウエーで右翼的狂信者が起こした個人的殺人行為はテロでもなんでもなくむしろ世界中でむき出しになった国家的暴力行為の延長線上にある「個人の没個人主義」という逆説的自殺行為という位置づけになる。同胞や隣人乃至人類、他者、に対する不信、監視、警戒という心理の日常化がテロ対策を(国家間のまたはテロ支援国家に対する)「戦争」と言い放ったブッシュ以来世界中に伝播し「隣にいる親しかった人」がいきなりテロリストに変貌する「かのように」常態化しつつある現今、ノルウエーのような惨たらしい事件は頻発する傾向にあるとしかいいようがない情勢だ。アメリカ主導世界警察機構と国家ぐるみの無差別暴力体制は21世紀における国家のあり方を本質的に問いかけるものと思われる。何故こんなことになったかといえばアメリカという世界基準(としかいいようがない)が(9.11というアメリカ一国の個人的テロ攻撃に対する)「報復世界戦争」によってイラクアフガンリビア等に実際に無差別な非人道的殺戮行為を「ためらいもなく」実践する現世界状況を作り出し欧米各国がこれに更にためらいもなく同調する傾向として結果しているからだ。(中断)
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詩341

2011年07月23日 13時36分12秒 | 政治論
 2001年9月11日圧倒的な表現手段でアメリカ覇権主義に風穴を開けたそのテロリズムの10年後として迎えた2011年現時点では、不気味な程頻発する各地のある意味小規模なテロ暴発事件がどちらかといえばより強烈なカタストロフィーの準備期間を経過しているかのように印象されるとして、今後アメリカが振り上げたこぶしのやり場に窮して益々愚劣な「対テロ戦争」なる弾圧手段の強化、押し付け、横行が無辜の民の生活の場に繰り広げられることを想定しなければならない。我々の想像力はアメリカの覇権主義が転回する世界軍事行動よりはるかに広範囲に緩急自在で地球上宇宙空間まで飛翔する。世界史はアメリカ史であり国際連合はアメリカ支配ヒエラルキーに他ならない。敗戦国日本などは、東洋の敗残低姿勢国家としか評価されないし、戦後世界構造上最も抑制された名目上の独立国家という位置づけが正確らしい。この意味ではナチスドイツという、過去をどこまでも追究し続けるべく歴史的に義務付けられた現行ドイツ連邦共和国に同じいが実質は文化的哲学的理念的の意味で両者は真逆な運命に支配されている。実際はこのことはなんら運命的ではなく弱弱しいネオナチ的大東亜共栄圏思想かぶれ連中に特徴的な中途半端な国家主義からみても、およそ精神の問題としては永久に本質的でない捲土重来的な起死回生論に過ぎずこの国を憂うという偽善に満ちて度し難い時代錯誤の中にいる。従来タカ派といわれた軍拡論者にも遠く及ばない戦争を知らない軍国主義者というほかいいようがないのだが戦争を知らずして戦争を空想する児戯に似たシュミレーションゲームに付き合わされる国民はたまらない。戦中戦前世代が事実上現存しなくなる近い将来には日常的に「沖縄戦」を語り継ぐ沖縄戦後世代においてのみ大戦はより現実に近い悲惨さを後世に伝えうる可能性が残されるのかも知れない。ここ沖縄では報道ジャーナリズム教育学問研究芸術等あらゆる分野で広範囲持続的に深く広く県民の中にむしろ生き生きと戦争が語られているし、現に米軍基地の存在によって世界中に転回拡大するアメリカの恒常的な戦闘状態に確実におかれた島の日本国における異常な待遇において、戦争は最も日常的で全人的な意味合いを帯びている。ここから発した反戦の祈りは本土のまがい物とは全く違うと彼は教えられた。(中断)
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詩340

2011年07月21日 10時57分59秒 | 政治論
 マンハッタン計画においてロベルトオッペンハイマーを中心とするアメリカカナダの主に亡命ユダヤ系の科学者や米国内の優秀な学生まで動員して、ナチスドイツの原爆開発の機先を制すべく研究開発製造実験と突き進んだアメリカはついに人類史上最初の無差別な非人道的原爆炸裂を広島長崎で実行した。彼らがクリスチャンであることを我々は決して本質的に認めないだろう。彼らの祈りが悪魔の祈りだということを公言しなければならない。ここから戦後の欺瞞に満ちたアメリカ覇権国家の貪欲にして野心的な世界制覇軍事転回が始まる。オッペンハイマーが戦後どのように凋落していくか我々の知ったことじゃないし科学者の無邪気な政治的鈍感を責め立ててもしかたがない。「原子力平和利用」とは実にふるった皮肉な言い回しではないか。まさに原爆を人類の頭上に爆裂させた大いなる罪悪感が野蛮にむき出しの傲慢さを伴って人民の頬に打ち付けられよう。「平和利用」の立て看板の脇で彼らは各地でゆくりなく着実に、惜しげもなく莫大な費用を投入して核実験を繰り返した。その最大の被害者南洋島嶼の無力な人々や被爆死した久保山愛吉氏などまた周辺近在島嶼のとりわけ沖縄住民が目に見えない放射能汚染を甘受している実情に鑑みる時我々は世界の核使用者たちの有罪を声高に叫ばねばならないと思うであろう。彼らは間違いなく人類史上最も愚劣極まりない自己崩壊手段を手に入れてしまったし徐々に破滅へと向かっている兆候はすでに今「フクシマ」原発事故からも明瞭に見て取れる。誰も喜ばず誰も望みもしない経過と結果が見えている「原子力」は図らずも自然の力そのものによってその手に負えない影響力を証明した。ここから人民は何を学ぶのか。それでも地域振興と経済活性「空元気」がのどから手が出るほど欲しいというのか。沖縄に対してこの国が持っている邪推、「沖縄は基地に反対しているが振興策で潤ってるじゃないか」という見え透いた低劣な勘繰りを否定しても始まらないが残念ながら命と引き換えの現状を目の当たりにしない限り言われ続けるので、今原発事故のごとく何事かが起こらないと悟らない愚を嗤うのもいささか気が引ける。(中断)
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詩339

2011年07月20日 08時31分01秒 | 政治論
 細野の「言い訳」を聞いているといかにも何事かが収束に向かっている「かのように」囲い込んでいる政治家独特の欺瞞手法がありありと見えるので、注視する気にもならないがぬけぬけと言い抜くその厚顔さを見るに耐えぬ国民はやはり怒りの声を発しないわけにはいかない。今更謂うまでもないが「フクシマ」は壊滅状態を更に一層悪化させているのであり「フクシマ」を脱出し「20年30年後の病害発現」を泣き寝入りする国民的悲劇を回避する方向に行ったほうがよいと思われる。「フクシマ」を更地にし完全除染し原発関連施設を廃墟とし汚染水アンッタチャブル完全包囲網を布設してしかる後国家プロジェクトのうち復興関連予算のみ一括無条件福島県全域対象交付として国は口出ししないと確約すること。国の復興会議の愚策に付き合っている暇はない。言論と行動と示威、牽制、など国と地方のせめぎあいを通じてしかこの国の民主主義理念は実現の可能性はないしむしろ国の反面教師的時代錯誤を目の当たりにしながら地方、国民が自己実現の方途を探るという希望がないわけではない。100年かかるだろう。この震災が起点となるが、果たして近代化に失敗したこの国に本来性が取り戻される夢物語がほんとうに具体化するのだろうか。???
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詩338

2011年07月19日 13時45分52秒 | 政治論
 まことしやかに軍事専門家や戦略参謀並みに国際間の軍事的紛争や軍事的転回又は異国の国防路線につき知ったようなくいかじりの知識を振り回す自称「賢人」なんていうのは多くの「愚者」にとって「おえらいさん」なのだが彼らが意図する方向性は全く見えてこない。何故彼らは国家権力や圧倒的覇権国家になんの得にもならない媚を売るのかというと多くの場合「寄らば大樹の陰」的「事大主義」によるのだがどちらかというと己を利口そうに見せるためというのが真相らしい。なぜなら彼らの言い分の大多数が「見てきたような嘘をいい」でありとても内容的に信用してかかれないもどかしさで終わるのが通例だということで、これは特にあらゆる右翼的愛国者エピゴーネンに共通する非論理的弁明の特徴的な現象である。沖縄戦の悲劇の第一因は一般県民の安全確保を国も軍も完全に蔑ろにしたことだ。そればかりか本来死しても守るべき日本国民をむしろ盾にし置き去りにし追い立てて己の保身と薄汚い名誉のために利用した。(と多くの経験者が伝えている)歴史は参謀本部が沖縄を捨て沖縄県民の命を無視した「捨石作戦」を執った事を示している。おまけに米軍の動きを読み誤り台湾に最強兵団を沖縄から抜き取った。この狭い沖縄本島の北でも南でも逃げ場がないことなど最初からわかっていたにも拘らず北部への疎開など愚にもつかぬこれみよがしの欺瞞的手法でごまかし県民を殺人的に愚弄した。かかる実態を見るならば国も軍も決して人民のためには命を懸けないということが見えてくる。何故なら彼らは人民ではないし国家であり有無言わさず任務遂行するように機能化されているのだから。(中断)
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詩337

2011年07月18日 14時27分56秒 | 政治論
 60年安保闘争時清水幾太郎は国会に「突っ込め」と先導して学生らが乱入し警官隊ともみ合い弱冠22歳の女学生樺美智子氏があたら若い命を散らした。共産党は全学連の一点突破主義を批判し無益な犠牲を引き起こしたとしたが毛沢東は賞賛したという。西部邁は当時を振り返り「安保条約など条文さえろくに読んだことないのに安保反対とやっていた」と述べている。この言は戦後民主主義の本質をはからずも表白しているが現民主政権の中枢にいる団塊以上の世代は多かれ少なかれこうした「ハシカ」を経験しているはずで残念ながら日本の近代以降の文民統制のでたらめさは度し難い内容に満ちているのだ。2.26事件時皇道派の若き青年将校たちの天皇による「逆賊」扱いがどういう意味を持ったか知れないが「天皇のために」という思潮が天皇自らによって拒否され切り捨てられた事実につき軍人として彼らが自己完結する方途はないに等しいだろう。特攻隊にも逃げ道はない。彼らは望むと望まざるとに関わらず片道燃料で敵艦に突っ込まなければならなかった。ここに「国家」がある。問題は個人や個別の思潮思想などは「国家」のまえには無力であり「国家」が右といったら全てが右なのだ。しかも誰一人「国家」を所有しているものはない。にも拘らず「国家専権事項」というものがある。例えば安全保障に関してはそのように謂われる。勿論一般国民が国の安全保障について確固たる組織立った展望を持つことなどできるわけがない。むしろ軍事専門家でない限り国家の安全保障について何事かを憶測することはまさしく生兵法なのではないか。つまり我々一般の国民はむしろ自己安全のためには知りもしない知り得ようもない「国家専権事項」なぞに首を突っ込むのは気違い沙汰といえるだろう。ではこの無力な一般国民は如何にして生存権財産権幸福追求権基本的人権を自ら守護するのか。(中断)
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詩336

2011年07月17日 14時13分52秒 | 政治論
 国同士が合意したものについて国民沖縄県民の80%反対、地域住民多数反対という実情にある「普天間飛行場代替施設の辺野古崎移設」は現在2+2やいくつかの日米公的機関関係者においてゆくりなく推進することの順調な確定性を「かのように」印象付ける「囲い込み」作業が日米政府にあって着々と進行していると思わせる動きとして沖縄県民辺野古住民には覆いかぶさってきているらしい。なんのことはない。産経読売などはまさに「普天間固定化」は沖縄の反対が原因である「かのように」喧伝している。こういう状態を最も客観的な報道関係は事実として一方的に羅列的に報道する不公平を自覚する必要がある。真逆な反応の産経読売は別として朝日毎日など大新聞ほど明確な「非民主的」政治的画策の欺瞞的な手法を素っ破抜かねばならない。沖縄に関するこうした国と住民の消耗戦を本土並みにただの「綱引き」のようにアッケラカンと報道するのは認識不足も甚だしい。又同様に「フクシマ」において東電、および政府が報じるあらゆる現況報告乃至見通しの類が必ずしも福島県民の信頼性を得ていないということに力点を置かなければこうした事実の報道が情報操作のカラクリに引き込まれる恐れというのが多分にある。(中断)
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詩335

2011年07月17日 09時55分40秒 | 政治論
 GHQが戦後処理のうち官僚組織を温存したのは基本的にこの国の管理実質を旧態依然たる構成で再出発させたものと思量される。辻清明の「官尊民卑」説を鵜呑みにすればどう転んでもその本質的な体質には強権弱民意識が根強くかつ保守停滞的にこびりついており昨日今日の政権交代程度で「政治主導」など実現するわけがないと民主党が証明した。従って彼らを一時的に責め立ててもなんら改変されない堅固な巨塔が霞ヶ関を睥睨しているのだ。但し民主党をドンキホーテ程に「夢見る騎士」と持ち上げるつもりはない。事実上彼らは政権交代に失敗し旧政権並みに堕落した。希望的観測をするなら暫くは55年体制並みの政治風土がはびこり続ける。だがこの「暫く」はまずもって数十年単位以上のスパンとみて間違いなかろう。懸案の原発政策、災害復旧、震災後復興、等に関して被災者弱者老幼女に焦点化される今後の政府対応を展望するなら決定的な絶望的状況といわざるを得ない。現時点での放射能汚染が即時的顕現を意味しない事実は現今政権乃至近未来政権が「無責任」に原発温存方針で押し切る可能性は半々だ。しかしながら戦後悪策に満ちた官僚どものいしあたまを打ち砕くほどに今大震災が作用したとするなら少しばかり希望はある。但し緊急時即時的対応つまりは国家非常事態的危機管理能力こそ官僚の超優秀な手腕が発揮されるべき場面なわけで逆に政治がこれを邪魔した状態が今の情けないほどに愚劣で馬鹿げた実情だ。そして復興計画などというまさに政治主導をフル回転させるべき懸案においての有識者会議などというのは愚の骨頂だ。彼らと、実地に仕事をしている官僚とどっちがより現状を正確に把握するか火を見るより明らかではないか。現状を把握しない机上の空論的有識者会議こそ時間の無駄国費の浪費である。いずれにしろこの度の大震災原発事故の収束するわけがない実情は人々にこの国の土地を捨て、この国の政治的絶望的未来を認識させ、民主的ではあり得ない近代現代日本の複相し混濁した「精神的カオス」を目の当たりにし国家的破産を宣告すべきと思われる。これ以上被害者を出さないためには、自律的自己防衛体制を自ら確立させるしかない。国はなにもしてくれないし、彼らのすることは何一つ国民のためにはならない。(中断)
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詩334

2011年07月15日 19時50分21秒 | 政治論
 例えばwikipedia辺りは何気にこの国を維新以来国内的には立憲君主政体として紹介するが果たしてそんな簡単な定義でいいのだろうかと思ってしまう。その謂いはいわば欧米流の翻訳文化的に「立憲君主制」を当てはめようとするといかにも齟齬する現実的側面を突きつけられるということで最後にどうしても「天皇」に関する極めてあいまいな国民意識に想到するということだ。そしてここが重要だがこうした我々が持つ「立憲君主制」という機械的分別法に対する拭い難い違和感こそこの国が本来持つ、持つことに関心を持たなければならないアジア的東洋的実質の証左ということだ。漢学の充実した素養により幼少から東洋的文化に慣れ親しんだ漱石がむしろ必要性から始める英語学乃至英文学にのめり込んで行った時丁度ロンドン留学時に生じ始めた生理的ともいえる消化不良な文化的軋轢感は彼を分裂気味の精神的変調へ落ち込ませた。彼の文学的生涯は「国民作家」のそれでありまさしく東洋でありアジアである日本の維新以来の欧化策乃至同化策が漱石という極めて敏感で誠実な器においてまるで化学実験のように明らかなリトマス試験紙を表現している。漱石に現れた実験結果は「丁度平衡を保っている秤」と芥川が評した彼の「モラルバックボーン」に支えられた二つの相容れざる文化実質から国家的殖産的軍拡主義にできるだけ距離を置く「個人主義」、恐らく彼の中の最も哲学的な深みにおける「自由主義」に至ったとき「則天去私」はまさしくこの国の倫理的支柱を意味する最後の砦と思われた。しかしながらこの「天」はまさか天皇ではあるまい。読み方を間違えると「滅私奉公忠君愛国」になってしまう。「こころ」の「先生」の自死において「明治」という時代に殉ずる、明治天皇に殉ずるという時代錯誤をあえて犯させるとき漱石における「天」はやはり「仮託」、パスカルの賭けだったのだろうか。漱石の限界を「門」の宗助にみるのは容易であるが逆にここが発端ともいえる。アナロジーでいえば芥川の「羅生門」ではまさしく荒々しい修羅の現実に直面して反社会的行為へと走る究極の人間性が立ち現れるが、どこからともなく忽然と大泥棒多襄丸が出現してありきたりの道徳的逡巡を超えたところで現代社会の新しい価値、倫理性を帯び始めるとき、運動する精神の可能性を「実存」の本質において眼を凝らし見つめる先にアナーキーな「共同体」という「他者」つまりは「天」が思いもかけず行幸するということか。一度「天皇制」を廃止し更地にて原始的共同体を自生せしめ、実験的に真の国の核を見出す作業はこの国の希望となると思うのだが。(中断)
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詩333 その6

2011年07月11日 13時47分41秒 | 政治論
 沖縄が米軍基地に出て行ってもらいたいのは彼らの総体につき批判的なせいではなくまた当然守礼の邦琉球にあって無碍に異国人を蔑ろにする意図も企てもないのであり理由は極めて謙虚にして切実な経験体験そして築きあげてきた確固とした理念に基づいているのだ。本土の日本人と沖縄県民はその生い立ちと歴史と感受性において全く別人種である、という言い方が悪いなら、一線を画す存在形式と言う評言になろうか。「日本人」という括りにおいてはむしろ「日本人と沖縄県民」というふうに最初から峻別したほうが実情に沿うと思われる。彼ら為政者はじめ本土の日本人がかかる「沖縄」の特区性質を度外視するか又は現状認識に関しての不足が原因して「普天間問題」は政治停滞を招いた。16年以上飛行場に関して具体的には一歩も進めない理由を日米政府が分析しないはずはなく彼らが努めて避けている問題こそ沖縄の特殊性なのだが、それを作り出した当の本人がアメリカであり戦後日本政治のあり方だったわけで、ことは日米安保体制そのものの見直し乃至現実的改変を要請される事態になりかねず、いわばこの「普天間固定化」自体は日米政府にとって瓢箪から独楽に近い願ったりの状況ということになる。従って偶成としかいいようのない現状を踏まえるなら今後沖縄はむしろ原告の立場であらゆる公の場において徹底的に司法乃至世論の俎上に彼らを激しく追い立てる必要がある。日本国憲法における「基本的人権」「財産権」「幸福の追求」等に関する憲法違反、国際司法上の「占領国扱い」に関する違反行為乃至敷衍する「第二次大戦戦後処理」における軍事裁判上の「人道に関する罪」の摘要、その他いくらでも訴因はみつかるはずだ。沖縄が泣き寝入りし自己の特殊性を誇示することなくなし崩しに日米政府ならびに本土の日本人の無理解無関心により生きたまま殺されるくらいなら、斬り死にでも格闘するほうがよい。(中断)
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詩333 その5

2011年07月11日 10時57分09秒 | 政治論
 前原ら超党派の沖縄懐柔軍団が「日本国本土の日本国民は沖縄辺野古に必ず米軍殺人部隊を新設し沖縄から永久に軍事的領域を分捕りおまえたち沖縄県民には引き続き今後とも騒音墜落危機基地公害を存分に味わってもらう」といいにきた。この保守停滞官僚主導のアメリカ従属現安保軍事同盟堅持主義者たちにおいては無論、現政権基本沖縄策の破棄(負担軽減)、はもとより従来からの自民政権下にあってすべてなし崩しに強行されてきた旧帝国官僚主導政治に完全に逆戻りし、恥知らずにもこれを度外視していよいよその非民主的根性をむき出しに沖縄財界自民系保守政治家たちの取り込み囲い込みと名護市長沖縄県知事並びに辺野古新基地反対者の威圧的きり崩しを図りにきやがった。暇人前原などは次期首相などというやからもいるにはいるが国民沖縄県民からすればいよいよ亡国政治の加速化としか見えない。いったいに戦後戦無派のこうした所謂若手の政治指導者たちは何ゆえに戦後66年の現今日本にあって日本人を精神的に心理的にまたは肉体的にさえ駄目にした安保体制を「若いくせに」保守的停滞性非理念的思考停止的に継続しようという情けないアタマになってしまうのか、戦後民主主義の駄目さ加減に辟易している団塊の端くれとしては彼らにさえ期待できない恐ろしいもどかしさを感じないわけにはいかない。これは大震災原発瀕死の公害状況にある日本国民として全く残念であり国政がすでに未来に向け死滅しつつあるという認識を老化するアタマに加えることになろう。(中断)
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