抵抗戦線

ブログを使用しての種々の論考

詩の終わり 日米政府と沖縄の在り様 29

2019年01月08日 12時12分51秒 | 政治論

 日本国家政府の(軍事)植民地主義的な分断政策そのもの(高江辺野古等)にあって、事実の積み上げ(埋め立て工事のなりふり構わぬ進行)に拠る後戻りできない様を現出されたとしても、だからといって心折れ「チルダイ」する理由には決してならないことを、沖縄の人は肝に銘じなければならない。

 勿論それは国家政府の思う壺に嵌ることなのだが、何故、ここまで沖縄は国家政府に盾突いてまで(例えば辺野古では20年以上にわたり)、国家の安保体制や米軍軍事基地とこれの拡充・新設・機能強化に反対するか、その決定的な動機に思いをいたせば、答えは自ずとわかろうというものだ。

 又、沖縄の民意に背いて強行するこの安倍政権のやり方には、いかにしても正当な民主的手続きが欠如している。主権が存する民の声に耳を貸さない(司法の統治行為論に便乗し)ことはつまりは憲法精神に完全に違背し、しかも、軍事的要諦を有しない基地の新設(辺野古には正当な軍事的軍略的必然性がない)は、明らかな存在理由のない (半島非核化推進で一層そうなってきている)危険性増幅行為(テロの標的)以外ではなく、沖縄の人がこれに抗議し座り込み監視を続けることには生存生活自然環境守護の「正義」が存在するということだ。

 「正義」は善悪のカテゴリではない。正しいか間違っているか、だ。善悪の許容限度は人間性に由来する。人は多く、他人の悪、悪行を半ばおのれの問題としても考えることができる(親鸞の悪人正機説は謂れがないわけではない)。しかし、「不正義」「不正」は人がこれを見ては決して許すことができないものとしてある。決して許せないから、他人の不正、不正義の所為で、自分から「チルダイ」する必要も何もない。それは、最早、確定的な「敵」でしかない。これを勘違いしているのが多くの政治家や県内市町村長たちだ。彼等はどちらかというと、不正や不正義を見ても感覚的に反発する自然な性向に従わず、小利口にも「財政第一」と誤魔化し選挙戦術のために敢えて見て見ぬふりをしている(名護市長選がそうだ、渡久地市長の選挙詐欺は確定的と言える)。

 ただ、沖縄には「希望」がない。これを「構造的差別」と呼称しているが、ここにあるのは悪、悪行、悪傾向であり、我々はこれを感覚的に「どうしようもないもの」として見ている。確かに、鎖国の泰平を打ち破り、開国、封建性打破、急激な近代化の過程で、日清日露戦役勝利以降醸成した覇権的な脱亜入欧の思潮が大和民族に蔓延り、アジア蔑視、東洋軽視できて対中戦、朝鮮・琉球併合の蛮行へ躊躇いもなく走ったその「差別心性」には、俄かには解け得ない根深いサガが横たわっている。そこに沖縄の他発的な「絶望」がある。琉球処分は明確に「琉球併合」と言うべき、国際規範違背のおぞましい歴史だった。差別心性の具体的な表れとして、それはこんにちの沖縄の精神的惨状を準備した。その決定的な悲劇的事実が「沖縄戦」だった。ここでも沖縄は本土内地ヤマトゥの日本人である軍隊と兵士によってその「差別心性」の犠牲にされた。多くの史実(住民スパイ視、壕追い出し、集団強制死等)がこれを裏付けている。

 沖縄の「絶望」は「正義の闘い」によって克服されなければならない。「正義」を「真実」とか「愛」と言ってもいいが、今この国に我が物顔で横行している「不正義」に対しては、「正義」という文言が最も対立性をはっきりさせると思われる。そして、今横行している安倍一派の「不正義」は、この国の、前代未聞の醜聞(スキャンダル)でしかないことをしっかりと認知しなければならない。これは多くの他の国民に対して口を酸っぱくして繰り返し伝えなければならないことだ。何となれば今この国の国民は、韓国でさえ容易に結集する最高責任者弾劾の糾合にもけち臭くためらっている。左翼もヘッタクレもない、目の前でやられている「不正義」を何故見す見す目送するのか。この国の国民には最低限の正義感もないのか。だとすれば最早この国にも「希望」はないということだ。

 沖縄の「絶望」は本土内地ヤマトゥの日本人が齎した「絶望」であり、そこに落ちたことに関して沖縄には何の責任もない(基地を沖縄が自ら誘致したことはただの一度もない)。ガンジーは言う、「もし臆病のために暴力を使えない人がいるなら、私はむしろこれを行使しろと言いたい」。やられっぱなしでいるより、たとえ暴力でもこれを返すくらいの勇気を持て、と。むざむざ黙って殺されるくらいならむしろ自殺したほうがましだ、尊厳だけは守られる、とも。(つづく)

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詩の終わり 日米政府と沖縄の在り様 28

2019年01月08日 12時07分36秒 | 政治論

 「沖縄謀反」鳩山友紀夫、大田昌秀、松嶋泰勝、木村朗編著 かもがわ出版刊 2017年8月

 大田昌秀氏は2017年6月12日逝去

 絶望感というものを実感として味わうこの状況を例えば移住者の残された余生の中でどう考え対処し、解消すればいいのか。50年ほど以前、高校生の筆者はベトナム戦争の惨状を見聞きし、「ベトナムに平和を」のプレートを通学自転車の前に付けて登校することにした。道行く人は「これは大変なことになった」などと言っていた。当時、こういうことをする高校生は東北の片田舎ではまず殆どいなかったので、筆者は気恥ずかしさや決まりの悪さをいつも感じながら登校する羽目になってしまったのだが、何となく3年間これを続けることができた。程なく米軍はベトナムから撤退し、筆者の、最早文字すら消えかかったプレートは自転車から外された。同級生がそれを指摘し「外すのかい?」というので、「一応効果はあったから」と答えたと記憶する。

 説明するまでもないが、当時、国際世論も又「ベトナム反戦」の旋風が吹き荒れ、米国内でもこれが盛り上がっていたので、我々一般人にはある種の問題解決の「希望」が自然にあって、筆者のような若年者の発作的な「正義感」さえ引きずり出し得たのである。そこに例えば言葉にできる普遍的な標語など元々なかったのであり、「平和」という言葉の内容も何らかの実際的な検証を経たわけではなかった。つまり、その後、世は学生運動という時代思潮洪水が横溢し、まるで流行性感冒のようにパンデミック化したのだが、筆者は、大学入試中止となるような世情のなか、ほどなく一切の「希望」が個人的にも消滅する体験と共に、「現実主義」的な醒め果てた情感のうちに、若き日の愚行の走りである「正義感」からも逸脱していった。

 移住先の名護市の図書館で、今思えば一切の現在が始まったらしい。正確にはその図書館から借りだした数10冊の「オキナワ本」が、筆者の今を決定づけた、ということか。

 個人的な話はここまでだが、どうもみても個人的でない話がこれから延々と続く。それはいつか解消する「希望」を含む話でなく、到底及びもつかぬ「絶望」を抱えて這いずり回る話だ。勿論筆者には、戦争のことなど、何ら身近に転がっていたことなどない。高度経済成長期の前段階に「尋ね人」なるラジオ番組を耳にしたばかりで、総じて戦争の影はまるでやってこなかった。しかし、頭の中では毎年の8月15日の循環のうちに戦争意識は情報的に醸成された。沖縄は、本土内地ヤマトゥの生存生活の中には何ら、その姿を現さなかったが、先述の学生運動雰囲気のうちには「屋良主席誕生」のニュースも我々に届いたし、高校の同級生は少なからず歓喜の声を上げたのだった。しかし、成長するにつれ沖縄は忘れ去られた。恐らく団塊の世代もそれ以前、それ以後も、沖縄は本土内地ヤマトゥの日本人には「忘れ去られた」存在となっていったはずだ。しかしこのことが、実は今の沖縄の「絶望」に、重大で抜きがたい底流を加えている。そうとしか思えない

 本土内地ヤマトゥの日本人に拠って「絶望」的な境遇に置かれた沖縄(この言いぐさは沖縄の人には鼻白む臭い言いぐさだが)は、司法・立法・行政三権の非分立体制(安倍一強独行体制....恐らくは皆そう思い込まされた、内容も実体もないものだ)において現実に救いがたい囲い込みに遭い(実際辺野古は護岸工事で囲い込まれようとしている)、日本国憲法への復帰としての沖縄返還が今になって何の意味もなかった、という事態を経験している。だから、仲井真承認の撤回さえ、司法の「統治論」に斥けられる畏れを抱きながら今県の心根をじわじわいたぶっている。それは、民主制選挙の結果に関わらず強行されている辺野古工事に代表される、日本国家の明らかに「非民主的な」政治、思潮、情勢が然らしめた、沖縄特有の「絶望」として筆者には受け止められた。そしてその度し難い絶望感は、ほぼ知性の欠片もないpost truth現象の中で悶絶する気配だ。

 いずれにしろ、かつてベトナム戦争における米帝国主義への世界中挙げての闘争が勝利したように、日本政府が馬鹿の一つ覚えで繰り広げる、何らの正当性もない辺野古工事のかつてない蛮行は必ず大団円を迎えるだろう。沖縄の人たちを馬鹿にするがものではない。安倍ごときのへっぽこ恣意政治に誰が負けるか。移住者で、沖縄に脳手術された筆者は、最早、究極の「希望」に賭ける以外の何の希望もこれなきことを思う。しかし、未だに我が余生への確かな視野は開けていない。(つづく)

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詩の終わり (再掲)翁長雄志第7代沖縄県知事の死が意味するもの

2019年01月08日 11時55分35秒 | 政治論

 15年戦争の敗北(それは世界史的には、単なる国際間の相対的地位低下という意味しかない....つまりは競争世界でのごくありふれた一敗北事件にすぎない)は大和民族の有史以来の精神的選良意識(それは見方を変えれば単なる井の中の蛙、単純な島国根性にほかならない)や不敗神話の瓦解という結果を用意した。

 敗者が勝者に平伏する、という、児戯じみた関係性が今の日米関係である(これを自業自得の敗北主義という)。これが敗戦後自民系保守政治の専横と、旧帝国官僚体制の倦む事なき存続によって変わることなく持続されてきた。ここに形成された固定的な関係性がすべてを決した。

 米国の、日本に対する二つの原爆使用の罪過を糊塗するがための「平和利用」という名の欺瞞、偽善が、この関係性の中で「原発」54施設の建造という、強要され強制された亡国的対応を繰り返させた。その中心はおそらくは旧帝国官僚的官僚存続がもたらした、近代日本が陥った誤った国策の選択という官僚的差配であり、これを無批判に受容しなべて政治目途とした自民系保守政治家と、「現実主義」の美名のもとに体制迎合で礼賛した学者、そして便乗する産業界という、複合化した原発マフィアのなせる業だった。この質はそのままいわゆる安保マフィアに体現されている。

 こうした、通底するこの国の保守政治家の「敗北主義」は、彼ら自身の「歴史修正主義」という、とんでもないまがいものを公然とひけらかす事態となった。彼らには最早、通常の意味の良識は通用しない。通用しない相手に挑みかかることはドンキホーテ的行為というほかない。翁長知事の壮絶なドンキホーテ的行為は、氏自身の肉体を過酷なまでに痛めつけ、満身創痍のまま帰らぬ人となってしまった。保守政治家でもある氏が一身を賭して守ろうとしたのは何か。思想、信条、そんなけちくさいものではない。

 沖縄は、いずれにしろ翁長知事が守ろうとした同じものを守るために、ここまで闘い続けてきた。その通底する意思には感動的な草の根的民の、たゆむことない精神的高貴さがにじみ出ている。辺野古に土砂が投入され埋め立てられても、安部一派やヤマト的傲慢さが埋め立てえない、リュウキュウマブイがそこに必ず生き続ける。あらゆる局面で、安部一派やヤマト的傲慢さが間違っていることは、ただちに白日の下にさらされるだろう。

 翁長知事のいわゆるオール沖縄は、非政治的なものであり、この時点で氏は自身が政治家であることを実質的にやめたのだ。それは超党派の超政治であり、これに呼号しない他の政治家の存在性をいたく醜いものにしてしまった。県民は、この事実を痛いほど知っている。宜野湾も名護もこの醜い政治家たちをあぶりだした。敢然と本土内地ヤマトウの日本人に闘いを挑んだ翁長知事の、オール沖縄の足を引っ張り、体制と権力におもねる裏切りの行為でしかないことを、彼らは知っているだろうか。本土内地ヤマトウの日本人と同じ穴の狢にしかならないことを。

 つまり、永遠性という意味では、翁長知事のことは、普遍的な価値の生きた証という表現以外にない。この価値は、県民の宝だ。一粒の麦がもし落ちて死ななければただ一つでしかない、死ねば多くの実を結ぶ。氏の死はそういう意味がある。(つづく)

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詩の終わり (再掲)あるエスペランチストの生涯と死

2019年01月08日 10時52分58秒 | 政治論

 「我が身は炎となりて」 佐藤首相に焼身抗議した由比忠之進とその時代 比嘉康文 2011年新星出版

 比嘉氏が今から51年も前(1967年11月11日)のこの事件を取り上げたことについては、(興味はあっても探求の手を繰り出すことがなかった)筆者には曰く言い難い印象を持たせたのだが、考えてみれば団塊世代近似の筆者の感覚(つまりあの当時10代後半20代前半の人間の感覚)からすると、あの当時我々が否応なく置かれたきわめて特異な時代性に引き戻され、様々な事柄がまさに走馬灯のごとく去来し、次々と符牒する事実関係のその中にあって、この一人のエスペランチストである老人の焼身自殺のことは、他のことに比しそれが一瞬時が止まったかのように冷厳と立っている様に驚かされるということが出来した。

 つまりは、一身を賭して抗議する、諌死ということが、その印象としての古めかしい封建時代的在り様にかかわらず、又、時代が、ときが、ひとの忘却機能が本来ならこれを易々と通り過ぎるべくあったとしても、もう一度意識的に具に振り返ることによって、今あったことのように鮮やかに同時代的によみがえるということだ。死はこのように、いつもひとを、時を止めてその瞬間に引き戻すだけの意味を持たせる。偶々翁長知事の死に際して感じた同じような死に対する感懐を持たされたということ。翁長氏の死は病死だが諌死に近い。あるいは見方を変えれば憤死、というものだろう。

 佐藤首相は安倍晋三の大叔父にあたる。この宰相の当時の在り様は今の安倍晋三によく似ている。「沖縄返還なくして日本の戦後はない」は、大見得切った役者の独壇場に見えるが、安倍晋三と同じで中身は体のいい「裏切り」であった。又、ベトナム戦争を全面的に支持したこの宰相同様、安倍晋三もまた米国大統領に加担する文言を無批判に繰り返す。三島事件も長寿政権の中で起こったが佐藤の感想は「狂気」だった。佐藤も安倍もおのれらが唯一まともで他はそうでないものとして処理されている。「辺野古唯一」はこちらから見れば馬鹿の一つ覚えだが、彼らには既成概念の一つに過ぎない。バカ殿に諌死する忠臣は美談の主だが、由比氏の死は果たして永遠的などんな意味があるのだろうか。死が齎した確固たる常識と良識の定立は、揺動する人心の人事の中で、確実に精神において「正義」となり終わる。我々が受け取るのはこれ以外ではない。「やっぱり君らは間違っている」と、安倍らに言えるのは、そのためだ。

 見よ、さすがの強権政治家安倍晋三一派も翁長氏の死の前に立ち往生しているではないか。辺野古は今どうしようもなくストップしている。(いつまで続くかしれないが)この事実は、諌死の決定的なインパクトを証明している。まさに一粒の麦は落ちて死ななければならないのだ。要はここからどれだけの実を結ぶかだ。翁長知事の死を無駄にしてはならない。由比氏の死は他の死同様、ベトナム戦争の悪を木っ端みじんにし、米帝国主義を粉砕したのである。但し征服民族アングロサクソンの蛮行はその素質のゆえに今でも、残虐な覇権行為を繰り返している。我々の常識と良識の戦いに終わりはない。生きている以上。(続く)

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詩の終わり (再掲)南風(バイヌカジ)の吹く日 沖縄読谷村集団自決

2019年01月08日 10時50分18秒 | 政治論

「南風(バイヌカジ)の吹く日」 沖縄読谷村集団自決  下嶋哲朗著 童心社1984年発行

 集団自決のチビチリガマで「肝試し」。心霊スポット化する沖縄の戦跡 https://www.huffingtonpost.jp/2017/09/16/chibi-chiri-gama_a_23212026/

(HUFFPOST2017年9月21日記事)

 つい先だって、ほかならぬ沖縄生まれの少年数人が「肝試し」と称して所謂「チビチリガマ」に入り、中にあった折り鶴等器物損壊の罪で逮捕された話は、未だ耳新しいニュースとして流布しているが、日頃沖縄に関する様々な心痛む話を聞かされている者にとっては、どうにも複雑な心境にならざるを得ない話として、これが心中奇妙にくすぶり続けている。事実上少年たちは少なからず「反省し」謝罪文など公表したが、一方で、こうした戦後生まれの戦争知らずの世代や、弱年者に対する沖縄戦等史実の伝承が、どうやらうまくいってないことを如実に物語る、今の沖縄の現実を示す結果となったようだ。恐らくこういう傾向というのは、今の本土内地ヤマトゥの、所謂「戦争を知らない」世代の、ある歪んだ傾向と軌を一にしているものと思われる。要は沖縄の対戦争観、あるいは戦争に対する対し方が、何気に本土化しているような感じだ。この「感じ」はうまく言い表せない。

 かつて琉球処分後沖縄では、言論界、マスコミなど通じ所謂本土内地ヤマトゥへの「同化策」の嵐が吹き荒れた。「方言札」などというまがいものも、教育の現場ではまことしやかに行われていた。明治維新以来大日本帝国が、近代化の美名!のもとに(帝国主義的意味でしかない)富国強兵、殖産興業、欧化、といった流れの中で起こした日清・日露両戦役に奇跡的に勝利し、上げ潮ムードで勢いづいていたころ、皇民化教育と軍国主義が一体になって国民を一路、戦争肯定礼賛ムードに引きずり込み、沖縄でもこういう教育の中「護国の鬼」と化した人群を遍く生み出した。自ら開戦の口火を切った関東軍の謀略によりやがてその後泥沼化した日中戦争は、米英との太平洋戦争へ否応なくなだれ込み、引き返しようもない地獄のような業火の中へ日本国民を落とし込んだのであり、沖縄もまた、「マインドコントロール」された「鬼畜米英」一色であの悲劇的な「沖縄戦」を迎える。

 沖縄戦は戦略上歴史的評価の中では、明確に無駄で無益な、本来参謀本部が実行してはならない「犬死」戦争だった。これを、本土防衛の防波堤、本土決戦の時間稼ぎ、捨て石作戦、など、本土風情で単純に括ろうとするが全く真相を伝えてない。実際、敗戦まで約半年に及ぶ醜い戦争は、完膚なきまで破壊しつくされた「防波堤」沖縄の目も当てられぬ惨状をさらけ出し、「本土決戦」などまずもって不可能な時間経緯のうちにぶざまに「無条件降伏」したのであり、その内容は要するに「天皇国体」の護持を約束された天皇の、無責任極まりない戦争行為「投げ出し」にすぎなかった。

 しかし彼は、敗戦後「戦犯訴追」を免れ何の反省もこれなきままに、沖縄琉球を無条件で無期限的に米国に差し出して、平然と「戦後防共最前線にするよう」のたまうた。これ(極めて政治的外交的発言)を口にする権限も資格も天皇にはなく(と現行憲法は明確に定めている)、今でいえば明らかな憲法違反行為だ。しかもそれこそが現行沖縄差別の戦後的な意味の確定的行為だと、沖縄は言わねばなるまい。何故なら、敗戦後の本土内地ヤマトゥの日本人は、無批判にこの開戦責任真っただ中にあったはずの天皇制の存続を何となく許し、その制度の持つ自動的、自発的犯罪性を黙過することにためらわなかったからだ。かくして日米両国民は無反省にも、無益で無駄であった沖縄戦のその戦禍に、彼ら自身が叩き込んだほかならぬ琉球沖縄を、異国の軍隊と自衛隊による軍拡行為の最前線拠点とすることとなった。ここに大和民族の、法的に言えば「未必の故意」にあたる日米安保容認推進の、「沖縄を犠牲とする」黙認行為が明確に定置される。これはほかならぬ大和民族が抱える総体的な「不正義」であり、民族的堕落の抜きがたい因源だ。まさに返還を成した佐藤元首相が、「沖縄返還なくして日本の戦後はない」といったように、この不正義をこそ退治しなければ日本の未来はないのである(但し佐藤のそれは裏密約で覆われたまがいものだった)。

 国連がこの国に勧告するように、異民族である琉球民族を「同国人」と偽ってその人権を剥奪するかのような米軍基地偏在化に勤しんでいる大和民族の政府は、21世紀における最低最悪の非民主的国家機関と言わざるを得ない。当然「普天間代替施設」と称しながら、既に60年代に目論んでいた一大辺野古新基地の建設は、日米両政府が画策する詐欺的な国家的国際犯罪、というべきであろう。

 このだいぶ以前に書かれた「チビチリガマ集団自決」に関する報告書は当時のこの事件に対するこの国の在り様なども醸し出しているが、それとは別に、その後慶良間諸島での「集団自決」にまつわる裁判沙汰と判決結果から、「集団での自決」、ではなく旧日本軍による強制死という言い方に変えられるのかもしれない。米軍上陸のかなり初期的段階でのこの悲劇は、読谷村がまさに本島への最初の米軍上陸地点だったこともあって、まさに「ためらいもなく」実行された集団での自裁行為という印象を与える。「報告書」は、軍による直接的な命令があったわけでない、と断りつつ、当時の一般住民が置かれた状況、立場、成行きからすれば、「生きて虜囚の辱め」を受けるより死を、という心情、心性に傾くことは容易に推察され、取り分けて同じ壕にいた日本兵(大陸で自ら南京事件も経験しているはず)の、米兵による残虐行為の空恐ろしい結末への扇情的言辞が、当然に自ら死を選ぶべき雰囲気に誘っただろうことを述べている。そのとおりであろう。

 一家掃滅(全滅)、という文字が並ぶ、各戸別死亡者名簿は、この国が起こし無駄に長引かせた必敗の戦役がいかに残酷な結果を示すか、明瞭に伝えている。そしてこの国とアメリカ合衆国が、今持ってこの地に居座り内国植民地化し、琉球の人々の生存生活環境を蹂躙しているその非人間的な、傍若無人で無神経な有り様には、到底これを黙過・黙認・許容し得ない憤激しか起きてこない。歴史的事実への真摯で謙虚な態度さえもてば、風化するどころか今そのまま眼前に広がる悲惨な光景が、我々現代の人間を激しく打ちのめすのだ。誰がこれを見て、今の日米国家政府や政治家、官僚、国民たちのような無関心無反応で済むか。

 大和民族は、こうした、先の大戦の引き起こしたむごたらしい事実にはっきりと目を向け、今自分らがしていることのいかに罰当たりなものか、よくよく反省しなければならない。筆者から見ると、豪雨洪水熱暑等甚大な被害を避けえない、無残な自然災害にひっきりなしに襲撃されている本土内地ヤマトゥの日本人が、まさに天の怒り、天罰を受けているようにさえ思えてくる。あなたがたが見聞きし読むべきものは、この国の犯した過去の過ちに関するもの以外にない。(つづく)

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詩の終わり 「考える自由」を自ら捨てる人々

2019年01月04日 14時45分32秒 | 政治論

 現場近辺に活断層が走り、調査結果マヨネーズ並みの軟弱地盤と言われる大浦湾辺野古崎の一角に、これに先立ち、既に全国警察警視庁機動隊警備会社数百人を総動員して市民活動を排除し、暴力的に高江地区に設けたオスプレイのためのヘリパッドを有する、不要地返還という詐術を弄して縮小強化された北部訓練場と併せ、沖縄島北部一帯を広大な軍事拠点とする一大新軍事基地をでっちあげようという、日本国家政府の所謂「国家専権事項」(国家にそんな専権性の法的根拠はない)たる安全保障は、どうみても二重基準に基づく砂上の楼閣づくり(見た通り自然災害に弱くかつ自然環境を徹底的に破壊し、周辺航空機離着陸許容高さ基準に沿わない多数の建造物を等閑視した、滅茶苦茶な新設軍用飛行場)にしか見えず、多くの意味合いで安倍一流の「やっつけ仕事」(在任中に是が非でも仕上げたい懸案事項の私的な強行解決手法)という印象を拭えない。それは「オキナワ」に特化したこの国の偏頗で狭小な国策、明治以来の欧化的劣等感または対アジア優越の特権的思い上がりによる、甚だしく不健全な島国根性的国家施策にほかならず、それの最たる犠牲者である「琉球民族」の、留まるを知らない虐待弑逆境遇こそ、他の日本人が、おのれらの怠惰にして無責任な無関心から生じている、「未必の故意」的な犯罪性の高い事態だと自覚すべきものだ。

 安倍一派の右傾化は日本会議を母胎とする戦前価値復活、皇国史観踏襲、自民改憲草案通りの国民滅私奉公型国家主体のファシズムであり、「軍国化」「殖産興業」「大資本中心主義」を旨とする、トップダウン式馴化による「愚民化」策が基本の、先の大戦を招来した元凶たる所謂明治帝国官僚支配体制に立ち戻ることだ。我々は至る所でこの体制の基本である「官尊民卑」のデジャブ的光景を取り分けて沖縄において目にしてきた。取り分けて沖縄高江、辺野古、普天間、嘉手納等ではまさに「琉球処分」のデジャブそのものを体験する羽目になった。さながら昔日の、苦々しい日本国家による虐待の歴史が今に蘇る光景である。

 日本国民は、現在この安倍一派の動きを多くの政治的自己主張の一として見ている感がある。そして実際には彼らの実質的勢力は総体的有権者の2割弱にしか支持されてない。見た目よりはるかに、その時代錯誤は国民の眼には異様な、異常な跳ねっ帰りとして見られている、と思われる。だが、ヒトラーナチスのおぞましい実例は、こうした国民的良識乃至常識をいともたやすく組織的殺人的行為へ誘った、と教えている。つまり、ハンナ・アレント流に言えば、普通の市民的一般人が組織的に懐柔され馴化されれば、国家を上げた犯罪的行為さえ黙認黙過、剰えその実行協力密告等の裏切り行為に走ると警告する。つまり我々は、我知らず「仕方がないこと」として国家行為に加担するおのれの、「自由を奪われた」奴隷的な身分に、いともたやすく陥れられる危険にさらされているという現実があるのだ。

 どうすればいいか。既に歴史はこうした暴虐的巨魁に対してまるでそうすることが当然であるかのように抵抗し、闘い、不服従を貫いて痛ましく散った幾つかの実例を数えている。彼らもまた、普段はごく普通の市民であり、歴史に名を遺すような勇ましい烈士だったわけでは決してない。むしろその存在は消え入るような慎ましい生活に甘んじていた人たちだった。しかし我々は、彼らが何より大事にしたものが「自由」だったことを思い出すべきであろう。コルベ神父の話から学ぶべきは、彼が普段から心掛けた「考える自由」の全面的な支持とその確保のための勇敢な実践だ。神父のそういう生活態度から収容所での彼の捨て身の行為がいかに当然の帰結だったかがわかる。

 「自由」を得るために人はどんなに勇気を必要とするか、それは我々の普通の日常生活の中でいつも試されている。どんな暴力的権力者も思い通りにいかないのは、支配せんとする人間の、頭の中に芽生える「思考する自由」という敵だ。しかし多くの人は折角芽生えたそれを自分から否定し打ち捨てる、支配者の圧政によって。結果としてある種の組織に属する普通の職業人が、否応なく「悪への加担」という過ちを犯す。モリ・カケ・自衛隊機密漏洩事件で我々は痛いほどその実態を見てしまった。勿論これを促す悪の張本人こそが最大悪なのは間違いないし、これを許容することは結局おのれの奴隷的身分を何気に忘却することでしかない。一方で、国家悪を「仕方なく」実行させられる組織的職業人には、多くのいじましい言い訳が残されているが、その行為の内容によっては「仕方なく」では済まない人間的な意味の責任問題に帰着する。

 同じウチナンチュである沖縄県警機動隊が、おのれらのおじいおばあが老体に鞭打って座り込む基地ゲート前へ大挙して乗り込み、無礼にも痛々しいご老体をごぼう抜きにして強制排除する醜い光景は、こうした組織的非人間的的行為に普通の職業人を連れ込んで止まない国家の恐るべき破壊的犯罪性を予感させる。この光景が常態化するとあらゆる「考える自由」が力なく萎え、やがてそれを無感動に眺める「物言えぬ」「物言わぬ」沈黙する民の国に成り下がる、既にそうなってきている。(つづく)

 

 

 

 

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詩の終わり 辺野古の海が殺される過程は日本国民衰滅の一里塚

2019年01月02日 14時41分22秒 | 政治論

 既にこの自公政権とその内閣においては、本土内地ヤマトゥの、安全保障に関する日本国民黙認の国家政府防衛省が、その本土からは遥か僻遠の海中にある琉球島嶼を、恐らくは戦後すぐ昭和天皇が、絶対的なお墨付き(理屈の通らない問答無用のお触れとして)を日米政府に与えたであろう「防共軍事要塞化」に供する国策の一環として、与那国島、宮古島、石垣島に自衛隊という、国際的にはれっきとした暴力装置としての軍隊を配備し、沖縄島では20年来懸案として宙に浮いていた「普天間飛行場代替施設」としての「辺野古新軍事基地建設」に、今までになく具体的かつ現実的に取り掛かった。その在り様はとうの昔に民主主義をどぶに捨て、一民族に特化した顕著な差別主義に則り、自然破壊のそしりも物ともせず、やがて活断層の走る「マヨネーズ」海底地盤の上に異国の軍隊のためにのみ寄与する(果たしてそれは実質的に真逆の内容を呈している)「砂上の楼閣」の北部一帯一大軍事基地をでっちあげるのだが、それは言いたくないが安倍晋三一流のおふざけな「やっつけ仕事」と化している。しかし、国民は黙認している。

 辺野古で沖縄で、こうした国家政府の動きに抵抗する運動としてある一連の市民活動は、この昭和天皇お墨付き、問答無用のお触れが持つ金科玉条的錦旗的性格に包まれた日本国の所謂「国家専権事項」に対して、ほぼ本質的な意味での「無力感」だけを感じさせられる流れとなっている。それは同時に、70年以上を経た日本の戦後民主主義の完全な敗北、無効化として印象されるし、実際、所謂「post truth」的右傾化は、様々な局面様々な場所様々な現象において居丈高にずうずうしく「大きな顔」をし始めている。例のネトウヨに始まるヘイトスピーチなど、かつては確実に市民生活から排斥されたものらが「大手を振って」街を闊歩し、市民運動に罵声を浴びせかけ、けたたましい街宣でおのれらの不気味な相貌をさらし続けている。

 何故、見て見ぬふりをする本土内地ヤマトゥの日本国民とは明かに相違する反応として沖縄の戦いには弛みのない歩みがあるのだろうか?島津侵攻、琉球処分、沖縄戦、米国支配、密約核・基地付き返還、その他、沖縄琉球が自ら招いたわけではない、本土内地ヤマトゥの日本人が侵略的にやってきた結果として生じた不本意にして不如意な境遇、それらから自然に、立ち上がらざるを得ない自らの運命を認識しているからだ。少なくとも加害者にほかならない本土内地ヤマトゥの日本人は、そのことを弁えている必要がある。琉球沖縄は日本人によって繰り返し痛めつけられ、今後も彼らがそれを繰り返すことを既に知ってしまっている。「国家専権事項」などという法律はない。ところが彼らはそれを錦の御旗として、官軍並みに傍若無人に沖縄県土を蹂躙している。

 ところで、今沖縄でこの国がやっていることは、例えば辺野古の美しい海に薄汚れた土砂をぶち込んでいるような行為は、そのまま国としての滅びの道だと、冥土への一里塚だと、本土内地ヤマトゥの日本人は自覚するべきだろう。平成天皇の引退は同時に日本の正統な歴史的見識がその理念性を喪失し、行く当てもなくなった価値観が転びの泥濘にのたうつ時代が来ることを象徴している。(つづく)

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詩の終わり 血塗られ、精神が殺されるオキナワという符牒

2018年12月28日 19時12分45秒 | 政治論

 「絶望」というのは、逆に言えば、人を一つの「確信」に辿り着かせる心的現実的アイテムにほかならず、それを以って(絶望したからと言って)たまさか何かの恒久的な終わりと思ってはならない。しかし、これまで自分を引きずってきた「うそうそとした」感性の陥穽にすぎない「赤ママの歌」とは手を切らねばならない。つまり我々をセンチメンタルや慨嘆に引きずって止まないところの「詩」の終わりだ。

 さてその確信だが、カフカが言う「この世には精神の世界しかないという事実は、我々から希望を奪って確信を与える」の、「確信」のことだ。ところで、筆者の見るところ我々が掛け値なしに確信できるのは次の事実だということ、即ちわれわれ人間はいずれ死ぬし、しかしながらむしろその故にこそ死ぬまで生きる切実さに想到する、という二つの事実で、この世にはこれ以外には何一つ確からしいことはない。仏法に言う無常とか虚無、空だ。イエスは言う、「私がこの世に来たのは平和をもたらすためではない、却って剣を投ぜんがためだ」。そして般若心経に言う「空即是色 色即是空」、この世の現象は全て幻想と妄想の産物だが、人間は、こうした「色」という現象を通してしかそれの「空」たることを知り得ない。どういうことか。一方、「一切空」に至ればこの世を超絶して「如来」に達する。生と死は同一地平の同じ生物学的事件だが、死の周りに収斂していく生は死と等価であり、死ぬまで生き続ける、死ぬまで闘い続けるという意味で、終わることがない魂の、弛まぬ持続性である。

 筆者は不可知論者で、抽象論にしか興味がない。「オキナワ」という符牒に関して言葉をもって何事か解明するとすれば、「オキナワ」が何時からか保有し始めた「オキナワ」風情(非武の邦と銘打った近世琉球の本質)に対し、恐らくは敗戦を通じて明確になった近代日本の度し難い後天的民族体質(間尺に合わない覇権的性格)が、敗戦を通じて行われるべきだった近代日本の真摯な総括の完全な欠落という欠陥を戴したままに、現代社会に、ある意味のうのうとのさばりきった挙句、戦前と同じく再びその大多数の国民を情報統制と印象操作をもって篭絡、欺瞞に満ちた国策を通し、国家政府が、「傍若無人」で恥知らずな国家的分断状態を意図して現出させている(つまり同国内にダブルスタンダードを設えている)ということだ。その問題の本質は結局「戦争と平和」という、人類不変の二項対立である。

 この、二重基準の故に虚構となった日本の国家体制乃至その屋台骨は、虚構であるがゆえに益々居丈高に、手の施しようもなくその悪の総本山を堅守しているという実態にある。その主体は政官業学利権構造全てであり、その連携は切っても切れないほどに密接不可分の醜く見苦しい結束を見せている。その「つるみ具合」は裏社会のそれと大差ない。そこまでこの国は救いがたく堕落している。おまけに敗戦国日本は、(主に知的上層部分に顕著だが)未だにこの「敗戦事実」の呪いに満ちた頚木から逃れることができず、戦勝国米国他にその国家的民族的本質を徒に玩弄され続けている。この玩弄される国家のとばっちりを受けた故なき犠牲者がほかならぬ「オキナワ」ということになる。つまり、日本国家の対外的不手際、対内的悪弊、の犠牲者だ。

 如何に美辞麗句で飾ろうが、あらゆる嘘で固めようとしても、今の日本国が情けない三等国家だという事実は、誰も糊塗しようがない。ここに日本国民のうっすらとした絶望があり、「オキナワ」の、戦後汚辱にまみれた外圧的絶望が、理不尽にも不当に不正に押し付けられた格好だ。つまり「オキナワ」が戴したように見える「絶望」は、日本国の絶望を合わせ鏡のように映し出した虚像でしかない。そして日本国民の大多数は、この虚像である「オキナワ」の絶望を斜めにチラ見することで、ある意味おのれらの下卑た留飲を下げている。筆者は移住者であり、かつて10年以上前には内地本土と言われている風土に馴染み、生育し絶望した者だ。おのれに絶望するとともにおのれらの住する国土を席巻する国家権力に無類の不信感を抱き続けていた。しかしここに来る前は、かつて学生運動と言われた仲良し会と同じ穴の狢で、何らの切実な深刻さも真摯さも持たずに、ただ安穏とその日暮らしを暮らしていたに過ぎない、と、思い知った。

 それは明らかに国家権力という暴力が具体的に現実的に、しかも無造作に執り行われる特別な一地方自治体、という立ち現れ方で、呑気な移住者の目の前でその姿をまざまざと見せつけた。

 不思議なことに、このような現実に苛まれている民族が現に存在する(国家的不正がまかり通っている)というのに、筆者がその見識の象徴とさえ目する地球という「世界」が、これまで殆ど何らの有効な手立てを講じることもないというこの在り様は、一体何なのだろう。かつて米帝国主義のむごたらしい犠牲者であったベトナムが、全世界規模での反戦運動によりある種の「自由」を闘い取り、手にしたという記憶は、我々の目に実に鮮やかに焼き付けられた。世界の良心が誠実に起こした市民運動の力を我々は知っている。しかし、それと「オキナワ」の市民運動のどこが違うというのか。何故世界の良心は沈黙しているのだろう。何故同じ地球人である日本国民は見て見ぬふりを続けるのだろう。不思議としか言いようもない。逆に言えば、「オキナワ」から見た本土の「彼ら」は、権力を前に沈黙し、闖入した強盗を目送する臆病な亭主であり、ただ自分だけが助かることを震えながら祈る「小さき人」であり、考える自由と行動する自由を奪われた瀕死の奴隷であり、総じて、諸共に滅亡する旅程に唯々諾々と付き従う「物言わぬ」「物言えぬ」哀れな人群にほかならない。

 既に「オキナワ」は、血塗られ精神が殺されつつある地方とその民、という符牒、レジェンドと化した符牒そのものとなりつつある。誰もこの「特殊で奇態な、悲惨な運命に陥る同胞たち」という流れを止めようともせず、横目で何となくスルーしながら平生を装っているが、実際は卑怯な逃亡奴隷の見苦しい在り様で生きながらえているだけだ。「誰もそのために死んだりしてはいないじゃないか」と思っているヤマトゥの常民は、政治家たちをはじめとしてただの言い逃れだと気づいていないし、論点をすり替えて条件のいいほうに仮託しようとしている。例えば我々の日本歴史の叙述は、昭和天皇の対沖縄の在り様において、歴然とした、不当で理不尽で非人間的な「差別の権化」というものを明確に示唆している。

 沖縄メッセージに至るまで昭和天皇の「対沖縄」の本質部分は継続され、うがった言い方をすればまさにこの天皇の在り様が今日の沖縄現状を土台から形成した、と言わざるを得ない。理屈に合わない、筋の通らない日本国と米国の対沖縄姿勢は、どう考えてみても立憲君主で大元帥だった昭和天皇の言動(沖縄島嶼の軍事的要塞化を米国に寄託する)に依拠している、と今更に思う。天皇制を不倶戴天の敵と見做す人々がこの日本国には存在するのだ。その敗戦の元凶である天皇制が何故何気に?戦後温存持続されたのか、そこにはこれが日本と日本国民の現実に於いて、対日政策に明確に利すると判断した米国の打算が生きていた(東京裁判での天皇不訴追)。日本国民はその天皇制が持続された日本国憲法を受け入れ、以後これを不問に付して顧みなかった。これが同時に、敗戦に纏わる近代日本の洗い直しという重大な国民的作業の欠落という環境を助長した。近衛文麿の助言忠告を等閑に付し、沖縄戦他本土決戦で一矢を報い終戦講和を有利にしたいという、昭和天皇の誤った軍略と国体護持のエゴが、史上稀に見る、悲惨な「沖縄戦」の渦中に県民を叩き込んだ、それは引き続きポツダム宣言受諾の時機さえ誤って広島長崎の惨禍をも招いたのである。

 さて、ここまで「オキナワ」という符牒を抽象的に見てきたが、当然ながら符牒化しない「オキナワ」には、日本国土の0.6%(2,281㎢)のバラバラな島嶼群に、140万に及ぶ県民が住している。つまり、140万の別々の人格が、沖縄の現代社会には交々息づいているということだ。それは数字ではない。数値化すると途端に符牒となる運命を担わされた人々の集合だ。ここが肝心だが、「ヒロシマ」「ナガサキ」「フクシマ」と同じように、何故「オキナワ」は符牒化してしまったのか?いや、「オキナワ」はかつても今も、国や大多数の常民たちの手によっては決して符牒化されまいと闘い続けている、日本で唯一の人民である。この事実を正当に評価しなければならない。「米軍基地問題」という一括りにおいても、それ(基地)を自ら進んで誘致したことなどただの一度もない。一単位の自治体を「符牒化」したのは国であり、その国民だ。沖縄の場合、これをしたのは日本国と米国およびその大多数の両国民にほかならない。(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 27

2018年06月04日 08時27分19秒 | 政治論

 「闇に魅入られた科学者たち」人体実験は何を生んだのか NHK「フランケンシュタンの誘惑」制作班 2018年3月NHK出版発行

 アメリカの社会心理学者フィリップ・ジンバルドーの所謂「監獄実験」(仮想の監獄を現出させてそこに囚人役と看守役を配する実験)は、状況が、その人の気質、性格以上にその言動に大きく本質的に影響する、という彼自身の仮説に基づいて行った一種の心理学的な人体実験だった。

 実験の結果(実験は異様な雰囲気を醸し出し途中で中止された....バーチャル性が喪われ実験の域を超えた)、彼の仮説は目に見えて明らかな実証データを生み出した。確かに人はその言動を、その気質・性格に拠らず置かれた状況に拠って確実に左右されると、実証されたのである。

 一方、人体実験に供された(協力した)彼の教え子たちの身に起こったことは、その実証データとは関係なしに、深刻なPTSDだったことが当然に問題視され、ジンバルドーの科学者としての倫理性を問うこととなったが、それと同時に、その後、この実証データに基づいてイラク戦争時設えたとみられる収容所での、有名な、米兵によるイラク兵捕虜虐待事件は、今度は彼の社会的責任性をも問うこととなった。

 浅学にして甚だ心許ない類推だが、アベイズムというべき現今この日本社会を覆っているいわく言い難い「雰囲気」、状況は、既に多くの識者が指摘するように、「忖度」という空気感が引き出す、法に触れないが極めて深刻な問題性を我々に突き付けている。

 もしジンバルドーの検証した人間心理に関する実験データが正しいとすれば、人はその持って生まれた気質・性格あるいは後学が齎す識見などには左右されずに、ただその置かれた状況のみに拠って、個人の言動を決定する傾向がある、と言える。つまり、囚人と看守、監獄、という状況設定では、いつの間にか看守(学生)は次第に冷酷、残酷になり、職務に忠実である以上にほぼ虐待に等しいやり方で囚人(学生)に接するようになり(このとき彼はさながら実際の権力者のように、あるいはそれ以上に囚人役の学生に対する態度を居丈高にする)、一方の囚人役は徐々にこの看守役を極度に怖れるようになり、これに否応なくほぼ卑屈に従うようになった結果、バーチャルとは言え不思議にリアルな、状況が作り出した驚くべき心理的世界を展開する。

 安倍一派とその取り巻き、あるいは人事権を握られた官僚たちの間に生じた心理的な関係はまさにこの看守役と囚人役のそれに近いのではないか。何故、特別優秀であるはずの官僚たちがあそこまで、ほとんど従順な奴隷のように、安倍の思惑通り動くようになったのか。そこには逃れ難い(内面的な)心理的監獄があって、官僚たちはまるで捕縛された囚人のように看守(安倍一派、官邸)を怖れ、その恫喝懐柔に平伏して通常心理を失っているのではないか。

 これはヒトラーナチス時代、アイヒマンのような普通の仕事人間をホロコーストの残虐な実務に赴かせた動機そのものであろう。沖縄県警の警官たちが同郷のおじいおばあたちを黙々と、座り込みから強制排除しているあの姿にも同じ「麻痺した通常心理」を感じる。それは、アベイズムという、安倍一派のやり方、手段手管から醸成された状況が然らしめている、ということ。全ての常識的な判断力を圧殺し、恐怖感や忖度、考え方の平準化、無感動な黙認、不作為の同調、によって動く機械的な人群を作り出す。これが元凶だ。そこにアベイズムの全体主義的脅威が潜んでいる。

 驚くべきは、沖縄では安倍晋三政権の一連の対沖縄言動、施策、が、徐々に、沖縄の人たちの心理に逃れ難い監獄を出現させ、まるで懲役を食らった囚人のように中央政府に従わされている、という実態を見せている(それは取り分けて首長たちに顕著だ、名護市長選を見よ)。非論理、非倫理、反知性、といったpost truthそのもののアベイズムが、人心を収攬し、次第に国家に馴化させ、翼賛化し、隣組を復活させ、老人会を報国会に引きずり込み、若者を護国の鬼に仕立て上げている。このアベイズムは勿論ファシズムだが、かなりの強度で日本を席巻し始めている。かなりの成功率で(内閣支持率を見よ...この期に及んで未だに3割を切らない)、進行しつつある。これを食い止めるには個々人が個々人の意見を個々人の考え方で披瀝する「自由」の確保こそ望まれる。(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 25

2018年05月19日 16時17分56秒 | 政治論

 「沖縄からは本土内地ヤマトゥの在り様がよく見える」とは言うが、だからと言ってこれを見る我々には少しも本土内地ヤマトゥの「良い物」は見えてこない。よく見えるかもしれないが何一つ「良い物」は見えない。一方移住者だから必然本土内地ヤマトゥを振り返って見るのだが、逆に言えば沖縄の人は本土内地ヤマトゥではなく、まさに沖縄をこそ見るわけで、自分とのこの違いはある意味決定的かもしれず、10年ほど沖縄にありながら何とも収まり具合の悪い内面生活が、続いているという実感だ。

 心のどこかには、此処、琉球沖縄は波路遥か遠い離島(空路なら2時間程度だが)であり、本土内地ヤマトゥと呼ばれるもう一つの日本国とは一線を画した、南国の人々の自由な精神の動きが何となく予感され、其処に我知らず安心立命する自分がいるともいえる。この安心立命なる精神状態というのは、本土内地ヤマトゥに対する移住者の、最早二度と取り返せない絶望感が然らしめているのだとも思われる。

 さてその本土内地ヤマトゥに対する絶望感だが、一つには、本土内地ヤマトゥ自体へのそれと、もう一つは、琉球沖縄において本土内地ヤマトゥが然らしめるそれとがあり、両すくみでジワリ、のそりと浸みだし、移住者の収まり具合の悪い内面生活をいよいよ故知らず苦しめる。自分はウチナンチュか、それともナイチャ(クサリナイチャ)か、この宙ぶらりんな立ち位置を何とか持ち堪えながら、錯綜し交錯する言葉の綾取りに筋を付けようと奮闘する毎日だ。

 沖縄から見ると、国と対等に物申せない境遇!が人々の気持ちを萎えさせ、同時に宗主国日本?が植民地琉球沖縄を圧政的に支配しているという構図がはっきりと見えてくる。そしてこれはこの国の現代世界理念上の(国民自身を含めた)国家的犯罪実質であり、如何に誤魔化しても、如何に(不公平不平等な基地負担に関し)「これからもご負担をおかけします」と心にもなくぬけぬけと言われても、冗談じゃないと反発する気持ちだけがわじわじいとしてついて回る。移住者である筆者は、元本土の住人としての自分の中の偽善性に突き戻される。在沖だから免罪されるとも思えない。これ(本土内地ヤマトゥの日本国民にとって)は、確かに何気なくある、どう見ても「未必の故意」的な犯罪だ。しかし、恐らくは、未だに安倍内閣支持率3割を下回らない本土内地ヤマトゥの在り様を遠望するかぎり、沖縄から何を言い募っても何の効果もないことは最早はっきりしている。そしてそのことは、この国の終わったことを何となく予感させる。

 この国の終わりは「民主制」の終わりだが、かといって所謂「国家主義」が正当にその地位を占め始めた、ということではない。この「国家主義」が正当に自己主張しようというならまず第一に「国家」の自在性、自律的稼働、正確には国家の独立性を確保しなければならない。我々の常識は、この国が主にアメリカ合衆国に拠ってそのほぼ全ての国家的機能を稼働してきた、ということを認める。その初めは吉田ドクトリン(軽負担経済第一主義)であり、日本国憲法に違背する逆コースの選択、だった。当然占領下の日本は「民主化」を目指し、米国主導で国家を再編する方向へ舵を切ったが、講和発効、高度経済成長とその反動のバブル崩壊、そして冷戦構造の終結、という時代変移の中で、変わることなくこのアメリカ依存を持続する施策に血道を上げた。つまり、国家の独立性は、アメリカに従うことでしか機能しない、稼働しない実質をその身に固定した。自民改憲草案の「似非国家主義」とか安倍晋三一派の「普通の国」目途は、残念ながら何の意味もない空威張りに過ぎない。独立性がない国に、国民が納得する「国家主義」あるいは「全体主義」がその道筋をつける論理的必然はないのである。

 安倍一派は明らかにこの国を駄目にする全体主義の走りであるブルジョア「モップ」にすぎず、その狂奔的政治は一切をクズ同然の無価値なものに貶める。それを眺める我々は、この国が負った対米従属の枷を思い、抜け出しがたい軛として、ついにズタボロの日本を憂えながら拱手傍観するのみだ。琉球は独立すべきであろう。というより、静かに袂を分かつのがよい。滅び行く国に相携えて共倒れすることはない。(つづく)

 

 

 

 

 

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 24

2018年05月11日 08時43分52秒 | 政治論

 沖縄本島北部「やんばる」地方は今、半ば夏といった風情で経過している。夏日だが暑熱は未だない。最高気温27、8℃が相場だ。少雨傾向が続き、水源ダムは52%程度、昨年よりましとは言え梅雨時の集中豪雨さえ望まれないことはなく、近年素通りに近い台風も、この時季来てもらえればありがたいような感じである(勿論風を、ではなく雨を、だ)。但し、直撃を受けやすい先島等の農作物被害はかなりのものがあり、集中豪雨に拠る土砂崩れや河川の溢水も本島中南部、北部などでは頻発する。

 「政治は技術」と小林秀雄が言っていたが、この政権においては最早よくわからなくなった。多分それは当たっているのだろう。この安倍一派自公改憲派のやろうとしていることを単純明快に表現すれば、財政はトリクルダウン(但し肝心の社会保障費は国防費拡充に比して減衰する気味がある.....ここに矛盾がある、しかも実際はトリクルダウンは成功してない、国民は富裕層以外は誰も潤ってない)、政権の一丁目一番地は、米国の戦争に参戦!するための現憲法9条無効化という(政治技術?による)改憲と、集団的自衛権行使容認含みの安保法制整備、武器輸出解禁、国民実態総覧のためのマイナンバー制とテロ対策法が目指すのは徴兵制復活と国民監視体制構築、といった国家主義実践行程、要は、自民改憲草案通り、民主制の廃滅(この政権程、あからさまで恥知らずな民主性破壊の言動の際立つ政治集団はかつてない)と滅私奉公的国家優先思潮の浸透、天皇中心の臣民育成(道徳)教育システムなど、これ等を総合すると、ある意味戦後未曾有の壮大な国家改造論ともいえる。

 但し、見たところ、これは改造ではなく復活復古であり、「元来た道」に逆戻りする反動政治ということになる。従って、彼らは再軍備を目途とする、「普通の国」でありたいという、乃至、普通の(戦争ができる)国に戻りたい、という願望に沿って、その障碍である「戦後レジーム」からの脱出を試みようとしているわけだ。

 で、そこに通底するのは、過去の(近代化の結果としての敗戦という)蹉跌の歴史を齎した侵略戦争を「なかったことにする(自衛のための戦争でアジア解放の聖戦と位置付けること)」か、「あってもたいしたことはないもの」(従軍慰安婦、南京事件)とし(罪責感の矮小化、軽減策)、又、史実(彼等の言う東京裁判史観)を改竄、捻じ曲げ、修正しようとしている、言って見れば、人類不変の明らかな常識とされているところを、すさまじいほどの暴力的「非常識」が凌駕しようという在り様だ。これは倫理性の問題以前の「普通の」人間性に関わる問題(ナチスの再来に近い在り様だ)だが、彼等の思惑にあるかどうか知らぬと言え、それは同時に当の政治家の「信頼性」、「信用度」の評価対象そのものでもある(つまり正確には、安倍一派は意図的に国民をシカトして、何事も独裁的に強引に事を終わらせようとしているのであり、国民がどう思うかは支持率の問題でしかないし、選挙に勝てば後はどうにでもなると多寡をくくっているのだ)。

 何故安倍は放逐されるべき政治家か、彼には政治技術や統治能力はないのだろうか。みたところアベノミクスも暗礁に乗り上げ、対北外交も世界から浮き上がり、辺野古の海は荒らされ環境破壊され、結果、誰も本当のところこいつのやったことにはなんのメリットも感得できないという有様であろう。つまり、野党に政権担当能力がないという国民の不思議な固定イメージから生じた選挙意識から自民党が生き残り、かつその領袖たる安倍一派が便乗支持率を得て印象的に「大過なく」経過しているのが現状だ。政治技術や能力がないのにふんぞり返っているから癪に障るのだ。国民は自ら政治を作っていかねばならない。にも拘らず、「他に適当な政党がないから」という明らかな怠惰な政治意識からおのれらの首を絞めるような選択を繰り返している。これを政治の堕落と言う。国民が悪い。こういう安倍一派を野放しにしている国民が悪い。(つづく)

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 23

2018年04月29日 08時32分38秒 | 政治論

「南京大虐殺と日本人の精神構造」 津田道夫著 社会評論社刊

 著者は「大虐殺」よりも「大残虐」という表現が適当していると考える。それは例の右傾化グループが論う30万人殺戮の事実関係が、いずれにしろ数値的には曖昧な根拠しかないことがわかっている(それでも明らかに数万の大陸人が南京入城後殺されたことは間違いない)からだが、一方で、虐殺あるいは大虐殺という文言の持つ一塊の括りが、個々の殺戮(一人一人の人間殺害)の残虐ぶりをその(戦後理念的)抽象化で何気に希薄化し覆い隠す働きがあると思われるからだそうだ。

 実際、個々の事例についての様々な証言から見る限り、それが到底正視に堪えない惨たらしさで確実に迫ってくるため、夫々の具体的な例証が、夫々の残虐さを事細かくリアルに伝えようとしているのだと、我々は感じないわけにいかない。そこに、「一人ひとりの人間」「一人一人の女性(その中には10歳に満たない幼女や70過ぎの老女も見境なく含まれている)」の身に起こった一つ一つの残虐な犯し方、殺し方、が、歴史修正主義者どもが「なかったことにしたい」はずの南京事件という、一括りの非人間的な事件の向こう側に、後代が何事か必ず解き明かすべき「意味」というものを暗示し始めるのだ。

 平時には、普通のありきたりな、平凡な一市井人にすぎないはずの兵士たちが、何故、戦後世界から見れば目を覆うような残虐な殺戮・強姦に耽ったのか(一方でそれらは戦時中には手柄話でしかなかったし、戦後も又彼等からまともな人間的苦悩を見出すことは容易ではなかった)、という疑問から、実は平時においても戦時においても、当時の(あるいは現代においても)日本人の中には、これを為すべく必然的な精神構造が隠されていた、と見る。同時に近代日本の歩みそのものの中に、南京事件の遠因は潜んでいたと考える。

 ハンナ・アレントが論究したアイヒマンに関するそれは、今にしてみれば一般的な、人間に関する一つの普遍的テーゼだったかもしれず、それとは別に、この事件には日本人に特有のおぞましい条件があったということ。丸山真男や朝河貫一が披瀝したところの日本人の性向。これに相乗した戦陣訓や皇民化教育。そして何よりも重大な要素がほかにある。

 何故それは他ならぬ中国大陸の南京という都市で起こったか。引き続きアジア各地で日本人兵士による蛮行が起こったのか。何故、韓国は併合されたか。何故琉球は日本に服属させられたか。何故対華21箇条は発せられたか。明らかに脱亜入欧のアジア蔑視、東洋軽視、弱小民族蔑視、がそこにある。しかも今もある。沖縄県北部高江(米軍北部訓練場ヘリパッド建設現場)で、本土(大阪)の若い機動隊員が、県民の一人に発した「土人」という言葉が顰蹙を買った事件は、未だ真新しい記憶としてある。筆者の周辺でもこれに大きなショックを受けた年配の方がいる。

 日本人にある差別心性は、恐らく鎖国下の日本では対外的に起こり得なかったであろう。封建的なものを排除していく維新の過程で、欧米との交渉の中それは醸成されていった。.....

 どう考えても、あれは侵略戦争だった。そして、アジアの解放どころか真逆の残虐行為で同じアジア人を見境なく殺し凌辱し、....。(つづく)

 

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 21

2018年04月03日 13時38分15秒 | 政治論

 文学史上所謂「余裕派」と呼称される漱石は、度重なる喀血の末神経性の胃潰瘍で死に至っている。その若き日のロンドン留学時周囲が案ずるほどに異常な病的傾向を示したという。中野重治は、人が想像できない程「漱石は(その内面が)真っ暗だったのだ」と訴える。該博な教養、並み外れた学識、外国人教師から、学生中唯一人「モラルバックボーン」を持っていると言われた精神性、文学博士号を拒絶し教授の途より新聞社を選んだ在野的気概、我々後代は勿論その及びもつかない人格の卓越性と、和漢洋全般にわたる透徹した知識の沃野に今更瞠目するのだが、一方では夫人鏡子の更年期ヒステリーに辟易し、又病中、胸板を俄かに開いて「ここに水をぶっかけてくれ」と叫ぶ、生身の漱石を遥かに思い、この崇敬すべき国民的作家の、現代における興味深い意味合いなど、何となくだが考えてみたい欲望を抑えられない。

 漱石は1867年2月(慶応3年)の生まれであり、明治改元(1868年10月)の前年の生まれということで象徴的にさえ思われるし大政奉還自体はまさに当年だった。1916年(大正5年)49歳没。因みに鴎外は(1862年~1922年)60歳没。

 筆者が努めて想像するのは、江戸の残滓が未だ色濃くある東京に生まれ育ち、封建的なものと開明的なものとの混在しかつ「文明開化」の上げ潮が、その時代を呑み込んで否応なく突き進む近代日本の黎明期を、生身の肉体が堪え得ないほどに苦悩した人のその苦悩の中身だが、やはり、それはこの大きな器が張り裂けた、啄木の所謂「時代閉塞の現状」に由来するのだろうと思わないわけにはいかない。一方、彼が晩年到達した「則天去私」は極めて漢文的な東洋的悟達を連想するとしても、「門」を書いた人には、臭気に満ちた脂下がりは全く無縁のものであった。

 勿論漱石という人が、そのまま巨大な時代写し絵だなどと言う気はない。我々には、何故日本の近代化に際し悲劇的に?この文豪が、その身を引き裂かれることになったのかが問われる。「則天去私」は「地」への絶望であろう。あるいは「私」とか「個別的存在」への絶望、言うならば近代個人主義への警鐘というべきところか。鴎外にはその職掌柄{陸軍軍医軍医総監中将相当)、官僚高等官一等)}、社会に対するシニカルな側面があり、一定の時代批判論調が垣間見られる。彼の「衛生学」は漱石よりも精神的には養生的、と言えるかもしれない。逃げ場のない人の「草枕」は、知情意のどれにも安泰が望めなければ、如何にも偶発的に芸術、美、あるいは刹那的快楽的な「雪月花」に忘我する境涯を受容することになるのだろうか。

 「神は死んだ」と言って1000年来のヨーロッパの社会的教義的伝統を否定し、究極的な芸術性(超人思想)に近代精神の傲然たる活路を見ようとしたニーチェではないが、漱石の「余裕」には世捨て人の心境、西行や芭蕉の漂泊こそ望ましいというような開き直りが見え隠れする。勿論、彼の「門」は、相変わらず目前に厳としてありながらそこを潜る意思は、日暮れの薄暗闇の中にいつしか静かに埋没していくわけで、「救い」は薄ぼんやりした不安の上にはいつまでも降りては来ない。否、元々「救い」など求められておらず、「天」の意のままに生きて死ぬという、この、我々の永遠の定めに何の悲しみもないわけで、苦痛は、この生身の肉体の上に起こった朧なる幻覚かもしれないというわけだ。

 芥川龍之介が「畢竟理性の無力」を痛感する地平は漱石直伝の「平衡を保つ秤」という理性だったが、かかるバランス感覚が結局身を滅ぼす最大のネックとなったという皮肉な結果だ。彼等の後の時代はあのように、煩雑猥雑で野蛮な軍部台頭という自滅への途だった。つまり近代化は脱亜入欧の病的偏向から突き進んだ、後戻りできない国家的玉砕の質である。

 中国のそれと日本の近代化はどこが違ったのか、これをアジア的抵抗の有無とするのは竹内好だが、抵抗の力学的表象は「苦痛」「生みの苦しみ」であり、帝国官僚国家を国造りの基礎とした伊藤博文の思惑は残念ながら、アジア的民衆的抵抗感なしにこれをスルーしながら(官尊民卑の)「官僚的」優越性を助長しつつ、思い上がった複合心理(コンプレクス)の論理的飛躍となって、いきなり帝国主義的植民地主義に跳ね上がり、あの大団円を準備したということになる。

 漱石の真っ暗闇は、黎明期の近代化日本の暗闇だった。こういえば事は簡単に済ませられそうだが、筆者の浅学薄識ではこれ以上前に進めない。近代化の渦中でこの国に取り込まれ併合された琉球国はこの国と如何なる運命を共にさせられることになったのか、考えるだけで空恐ろしい。(つづく) 

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 20

2018年03月22日 08時10分31秒 | 政治論

「密室の戦争」日本人捕虜、よみがえる肉声 片山厚志NHKスペシャル取材班  岩波書店刊

https://www.youtube.com/watch?v=cIL1xX_Rjvc

 これは、2015年8月にNHKスペシャルで放送されたもので、内容は本を読んでもらえば、あるいは映像を見てもらえばわかる。この中で、戦時中、中曽根康弘元首相の同期で大学同窓だった稲垣利一氏に関する話は、現代人にとってはっきりと、極めて重要な普遍的な示唆を与えるものとして見れると思えた。この時あった彼の中の最後の葛藤は、同時に人としての当たり前の心理的な揺動で、だからこそその後の彼の決断(戦争相手国に対する日本兵捕虜等の懐柔宣撫策協力)の意味が深いと言える。同じころドイツで、個人的な心的葛藤の推移を全く見せずに他人のために命を投げ出したコルベ神父は、初めから一人で自由に思考し、判断し、実際に行動できる資質の人だったのだろうが、利一氏のそれは、日本人ならではの極めて道徳的な真情を開陳していた。我々は彼の中に、古いけれど極めて高潔な思念を看取するが、同時に、これとは別に、時勢に流されやすい一般的な日本人の性向を何となく垣間見させるようで切ない。実際、当時の連合国の日本人分析内容はかなり痛切に今の我々に突き付けられる。おのれの考え、おのれの判断、おのれの行動基準に従えず、常に周辺事情に沿って生きる日本人の性向。

 他の何人かの日本兵捕虜に関することは、事実上この稲垣氏の決断に極まるのであって、稲垣氏が生きた戦争時代がいかに人間の本性を試し、生き方を問い、「殺し殺される」異常な世界が、人をどのように駄目にするか、はっきりと自覚させる。国と国の戦争は言うまでもなく人と人との殺し合いにほかならず、その「ひと」は、どうにもやるせない生きた感情と心理を持つ、生身の苦悩を生きなければならない普通の「ひと」なのだ。戦時の言動が、戦時だから許されるのでないし、全ては「上官の命令」によっていた事実は命令に従った下級兵の、戦時下差し迫って否応なく選ばされる境遇であり、これを戦後に炙り出し、掘り出して裁く戦勝者側の行為は「報復」や「復讐」に彩られるが、たとえその戦争犯罪の最高責任者に言及する話でも、一方で、残された実行兵(実際に外人捕虜を殺すことになる兵士)の心情にはその後晴れ間の来ることはない。彼等は一様におのれの死をこそ望むという。戦争捕虜として?否人間として。

 捕えた捕虜を斬殺する。その直前の写真がある。彼は日本刀ですぱりと首を切り落とす。観客(これを見ている兵士たち)は、きれいに切ったと称賛し、彼はこれを誉とする。しかしこれは勿論上官が斬れと言ったからやったことであって、彼自ら進んでやったことではない。だが自身が捕虜となり様々な尋問を受けるうちに、その(命令に拠る)行為が恐ろしい悔恨を彼の中に呼び覚まし、激しく打ちのめされ、「ひと」として絶望の底に突き落とされる、ということが起きる。(我々の中の或る者は、ドストエフスキーの「罪と罰」を想起して、普通の人が、戦時とは言え、やはり、普通の人を殺したなら、いずれにしろ、到底その事件のインパクトに堪え得ないおのれの、人間としての自然な心性をいやと言うほど味あわされ、「罪と罰」という主題の深い意味こそ、思い知らされると理解するであろう)

 総体的に見て、戦争は結果的に向後の平和実現をその大前提とするはずなのだが、その事後の人間に現れる戦場後遺症は実際上計り知れないと言える(その実例は米国ベトナムイラク等帰還兵に如実に現れている)。「自衛のための戦争」、「正義の戦争」、「単なる領土拡大のための戦争」、など、人類史は様々な理由を付けて行った数多の戦争の歴史を見せつけるが、何処にも、戦争現場の当事者である一般兵士が自ら惹き起こすような戦争は見当たらない。全ては時の為政者や権力者、あるいは実際には(人殺しに)手を染めない一部の指導者たちが起こしている。何が問題かと言えば、こうした参謀たちの脳髄には実際に殺し殺される兵士たちの身の上のことは決して去来しないということであり、戦争を起こすものと戦争をさせられるものとの純然たる乖離があり、そこに、実際の戦争の消しがたい暗黒性が横たわり、上意下達の軍事行動の、機械的非人間性が、苦痛に満ちた残酷な現実を血と共に地上に刻み込む。それは永遠に拭えない血痕として残る。こうして、逃れようもなく苦しみ続けるのは、命令され戦争をさせられる者だ。国家は常に正義ではないし、過つことさえしばしばあり、この場合、人として考え判断し行動することを選択するのが、「自由」の価値を深くも現実に生かすことになる。(つづく)

 

 

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詩632 日米政府と沖縄の在り様 19

2018年03月17日 08時50分13秒 | 政治論

「元自衛官が本気で反対する理由」(安保法反対の20人の声)新日本出版社

 北朝鮮は南北会談で半島の非核化等の韓国との合意事項に即座に応じ、所謂休戦状態にある「朝鮮戦争」に終止符を打つ流れが出来つつある。これを日米の首脳はおのれらの圧力が一定の効果をもたらしたと自賛しているが、我々の見る所、元々同一民族である彼らが離反した理由の多くは冷戦時の大国間イデオロギー対立で、本来的意味の民族離反とは別種のものであり、恐らくはどのように落着するにせよ、望まれざる結論は、またぞろ日本も含めた外国の何らかの「悪影響」以外ありえないと、桟敷では思われているに違いない。当然ながら北朝鮮にとって同朋を蹴散らしてでも奪取する領土的野望など筋ではない。北朝鮮の日本にとっての脅威は必ず対米的にしか発生し得ず、その米国一辺倒の日本が基地を抱え半島に近接する立ち位置にあれば、日本の対北態度が自ら脅威を招く可能性を生むのは目に見えているし、その危険性は遥か彼方の米国の比ではない。

 国政預託者に欠けているのは戦争に対するリアルな想像力だが、これを時の権力者に求めても先ず無理筋であろう。彼等は大概その権力維持のためにこそ、戦争を国家主義的な手段として必ず使いたがる傾向がある。これをかつては「気違いに刃物」と言い慣わした。つまりは時の権力者というのは一種の狂気なしにその境涯を全うできない食わせ物ということだ。国民はこういう運命を持たされている権力機構に対して、まず想定すべきは、彼らは必ず国民の「自由」と「権利」を減衰する施策に手を染めるということだ。「民主性」を標榜する一切の政治家はこれまでも大概暗礁に乗り上げてきた。彼らがぶつかる壁は「国家対国民」という二項背反の壁であり、そこにどうしても政治的優先性を加味することになる(取り分け日米安保に関して)。彼らは間違いなく自家撞着に陥る。これに嫌気がさした現代政治家は国家主義と言う禁断の果実に得も言われぬ美味を見出す。

 国民側に必要なのは、(民主)政治に絶望する政治家に、こちら側こそ絶望する所から始めるということだ。現代の(戦争を知らない世代の)政治家に、国策に関し民主政への真摯な考察や思い入れを期待するほうが間違っている(つまり理念としてのそれを政治哲学的に措定し得ている現実の政治家は、今のところ共産党以外には存在しない)。当然ながら、この安倍一派には時代錯誤の誹りを受け流す、真逆の開き直リがあることをはっきりと見極めておかねばならない。それは大方の理念的アプローチを完全に凌駕する。

 欠けているのは、今、自衛隊に属する自衛官がやがて現実に発砲し、ひとを殺すあるいは殺される事態が生じる、ということへの一般的な国民的認識だ。それは前線だろうが後方支援だろうが戦地近辺ではどこでも同じだと、元自衛官たちは口をそろえて言っている。こうした認識の度合いから現時点で自衛隊に所属する自衛官たちは、徐々にだが安倍政権下の集団的自衛権行使等、安保法適用がかつてない戦時的現実を受け入れることになると踏み、維持されている現在の生活生存への危機感と将来的絶望感に捉えられて、続々と戦列離脱の方向へシフトするだろうと予測され、それは同時に現実問題として生じる人員不足から、国が徴兵制を取らざるを得ない流れになるというわけだ。

 元自衛官は既に南スーダン帰還兵のPTSDさえ目撃している(自殺者も出ているらしい)。これは米国で顕著に問題となっている戦場神経症の多発であり、免れない後遺症として多くの帰還兵を苦しめ続ける。これがやがて、米国の戦争に駆り出される日本の戦闘要員にも確実に起きることと目される。(沖縄戦の戦傷者の多くが戦場神経症患者だった)。(つづく)

 

 

 

 

 

 

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