沖縄を考える

ブログを使用しての種々の論考

詩548 日米政府官僚が沖縄に対してやっていることの正体 沖縄タイムス記事

2015年07月08日 19時15分19秒 | マスコミジャーナリズム

普天間地主「多数は接収され喜んでいる」沖縄市議が発言

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=123205

報道圧力問題:沖縄市議会も抗議決議可決

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=123207

報道圧力、那覇市議会が抗議決議 安保法制廃案の意見書も

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=123279

辺野古座り込み、市町村議員も参加 警察が強制排除

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=123263


詩595 沖縄からの発信 12

2015年07月08日 08時45分10秒 | 政治論

 琉球沖縄の自決権というのは、一般的な国際常識からも理念的に保証された「民族自決権」として成り立っているし、これを阻む日本政府及びこれに加担する米国政府の在り様は植民地主義以外の何ものでもない、というよりむしろ、前近代的で時代錯誤な、明らかに世界性から外れた亡国的思考に陥っているというべきであろう。歴史学的に島津侵攻と琉球処分が他民族(ヤマトゥ)服属の形質にあることは言うまでもない。この服属が時代を超えて琉球人民の基本的人権乃至生存権更には幸福追求権を阻害したかどうかで、又それが住民の意思において障壁、外圧、弾圧として捉えられたかどうかで住民投票を担保として自決権を行使するかどうかを明らかにする。そこに他国(ヤマトゥ)との非対称な条件闘争は存在しない。つまり両者は国際的に対等関係にあり、勿論基地主体であるアメリカとも対等といっていい。但し、選択権は人民にあり、どのような互恵関係を執るかはやがて現実化する人民政府の決定に委ねられる。

 かつて琉球沖縄の戦後はほぼその首長たちの裏切りで経過した歴史を持つ。従って、その時々の為政者の思惑で有数の茶番を演じてきたのが実態としてある沖縄政治の在り様だった。今翁長知事になってそれが回避されるかどうかはわからない(ある識者に言わせればマグマとして噴出したオールな沖縄魂に変節はあり得ないらしい)が、この知事もまた政治家である以上は驚くべき政治的判断を下す可能性はある(それが今次菅との密談に隠されているかもしれない)のであり、これを裏切りととるかあるいは仕方がないと諦めるかは今更どうでもいいことで、人民闘争においては「辺野古に基地は造らせない」という、全くの純然たる意思以外になにものもなく、政治家の裏切りの茶番劇をもって幕引きさせる道理はない。「辺野古に基地は造らせない」というのは、彼等、ヤマトゥへの挑戦状であり、海と陸を守るシマンチュの生きた肉体だ。肉体は息づき、彼らが我らの上に土砂をかぶせるのを食い止める(土砂採取を拒むヤマトゥの闘いもある)。そういう闘争であり、暴力に対し非暴力的抵抗を、圧伏に対して不服従を貫くのである。これに対し、県と県知事はじめ行政権の主体者がバックアップする体制が翁長新知事体制であり、これを助力としていよいよ激越に抵抗するのが国家エゴ撲滅のエネルギーだ。

 根のない民衆運動に勝ち目はない。しかし辺野古に声を挙げるのは草の根の民衆であり、その背景には血塗られた琉球被抑圧の歴史がある。数々の大衆大同団結運動を繰り広げてきた熱い血のたぎりがある。(つづく)

 


詩548 日米政府官僚が沖縄に対してやっていることの正体 琉球新報記事

2015年07月08日 07時16分03秒 | マスコミジャーナリズム

辺野古海底作業停止指示 県、農相に再弁明書

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-245413-storytopic-271.html

シュワブで遺跡試掘 名護市教委 5カ所調査へ

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-245416-storytopic-271.html

自民県連、党に抗議 報道圧力、百田氏発言で 「全国に大変な誤解」

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-245414-storytopic-3.html