当然のことながら沖縄には琉球王朝があり琉球処分は概念的には王統府の排除-封建的階級の階級的撤廃ということになる(ここでも旧王統は華族に列し残存する)。明治政府はこの処分により沖縄を一つの藩とみなし王を藩主として廃藩置県し伝統的王統を一大名並みに扱った。つまり日本史上天皇を戴かなかった唯一の地域にあった支配主体に対する顧慮はなく、なし崩しに明治政府の政治的支配下においた。それは同時に恐らく沖縄にとっては本土の「天皇」により支配者が単純に取って代わられたという事実を目の当たりにしたにすぎなかった。昭和天皇の沖縄に対する冷淡さは罪が深いが日本人が沖縄人に持っている差別的感情からすれば少しも特殊でない。寄ってたかって沖縄を冷遇したのだ。民衆の王族または王に対する感情の民俗学的な検証は浅学で知見しないが、少なくとも本土の「天皇」同様に、ある種微妙な関係性にあっただろうことは想像できる。いずれにしろ沖縄の近代化は封建的支配構造を排除したとはいえ新たに「天皇」の支配下に入ることで極めて特異な事情の内に大きな中央集権体制へ組み込まれていった歴史だ。肝心の近代化はほぼ四半世紀の遅れで本土並みに近代法制度の実施に至ったが、皇民化政策はあらゆる方面にわたって本土以上に徹底的に行われ、所謂「同化策」と相俟っていよいよ異常なる天皇絶対化「現人神」がまさにマインドコントロールの極みに達したわけだ。単純に謂えば沖縄戦の悲惨な悲劇的現象は本土ではなかっただろう惨たらしい内容で歴史に深く刻印されたがその大元は沖縄の近代史に異常に関わった皇民化教育の罪過そのものだった。つまりは「集団強制死」の本質が琉球処分に始まる大日本帝国の沖縄に対する苛烈で特殊な差別的施策にあることは間違いない。何故ならもし又彼らの「自決命令」を出さなかったという証言が事実ならあの痛ましい自動的自決行為は帝国が沖縄に対し実行した皇民化教育の催眠的効果を明瞭に裏付けるではないか。(中断)