読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

久々の高村薫の単行本大作『冷血(上/下)』

2013年07月19日 | 読書

 冷血(上/下) 著者: 高村 薫  2012.11 毎日新聞社 刊

   

   
高村薫の作品からは久しく遠ざかっていたが、この度大作『冷血(上/下)』を図書館から借りて
  読んだ。
   普段週刊誌など読むことがないので
目にとまらなかったが、初出は「サンデー毎日」2010.4.18号
 ~2011.10.30号とのことである。

  高村薫の作品は表現方法が独特で(高村節とでもいうか)、ありていに言えば難解である。思考
 回路が我ら凡人とは少し違っていて、文脈を追っていくのにいささか苦労する。
 例えばこうである。

 「この身も蓋もない世界は、何ものかがあるという以上の理解を拒絶して、とにかく在るのだ、と。
  おれたちはその一部だ、と。・・・」(上巻p179) 

  『マークスの山』はまだ良かった。しかし日本経済新聞の朝刊に連載した『リア王』は正直言って
 読むのに疲れた。日経購読者は概ね企業サラリーマン。朝からこのようなしんどい新聞小説を読
 まされて鬱な気分になったのではと余計な心配したほどである。大反響を読んだ渡辺淳一の『失
 楽園』を朝から読まされるのもどうかと思うが、『新リア王』は結局連載中に日経新聞社と掲載を
 争うことになり1年ちょっとで掲載打ち切りとなった。

  それはさておき、この本の主題は何だろうか。通り魔的に悲劇に襲われた幸せな家族を見ての
 人生無常観か。人から物を盗み、壊し、せつな的に人殺しをしても、何となくむしゃくしゃして衝動
 で殺してしまったとうそぶく若者。「特に意味はない」、「その時のことはよく覚えていない」。そんな
 人間が、自分だけの世界を生きて、裁かれる前に勝手に死んでいくという不条理を訴えているの
 か。克明に犯人らの心理状態を述べる手法で読者に求めていることは何なのか。よく分からない。 
  『レディジョーカー』登場の合田刑事が準主役で登場するということで合田シリーズにカウントされ
 ている。

  東京郊外に住む歯科医家族4人(うち二人の子供は小学生)が二人の30歳前後の青年に惨殺
 される。
  歯痛持ちの戸田は「タッグを組んで荒稼ぎしよう」というインターネットでの誘いに乗って、井上
 というパチンコ趣味の青年と車を駆って強盗に走る。とりあえず建機で郵便局のATMを壊しトラック
 で持ち去ろうとしたが失敗、次いでコンビニ強盗をと2軒のコンビニで刃ものと根切りで脅し数万円
 を手にする。しかしまだ気分が収まらず空き巣に入ろうとするが失敗、たまたま目に入った歯科医
 の自宅を狙い空き巣を働こうとする。家族はディズニーシーに出掛けホテルで2泊するということを
 知ったことから、空き巣狙いで侵入したところ、家族はまだ自宅に居た。主人に見とがめられた二
 人は根切りで頭を撲殺、次いで二階から降りて来た妻からキャッシュカードの番号を聞き出したう
 えでやはり撲殺。さらに就寝中の二人の幼い姉弟を根切りで撲殺し逃走した。

  この強盗殺人犯の二人は、インターネットで識り合うまでは赤の他人であったが、別に気が合っ
 ているわけでもなく、プロでもないのに次々と車を盗みながら巧みに逃走、6か所ものATMで
 1,200万円ほど現金化に成功する。
  ところが素人の浅はかさ、ATMとコンビニの防犯カメラには二人を探せるに十分な画像情報
 が残っていて、盗んだ車の情報もありほどなく二人は逮捕される。大体が事件発生から逮捕ま
 での事情が上巻で説明される。
 
  さて下巻は逮捕した二人の犯人から供述をとり、強盗殺人事件として立件する警察・検察の
 捜査固め、さらには公判の話になるのであるが、二人の犯人の殺意と動機がなかなか明らか
 に出来ない。そもそも凶器の根切りやナイフ、挙句は盗んだ宝石類はすべて海に投げ込んだ
 ため探しても出てこない。物証がないために状況証拠と本人の供述しかない事件なのである
 が、確とした強盗意図、殺意があって臨んだ犯行でないために「分からない」、「思いだせない」
 「ただ何となく」といった問答が繰り返され、殺意も動機も曖昧模糊。果ては井上の躁鬱病の
 発現時期が浮上したりして延々と調書固めが続く。やっと起訴にこぎつけたのが事件から130
 日目。
  歯髄炎を病んでいた戸田は手術してもらったが敗血症で重体に陥り、やがて歯肉癌で死ぬ。
 事件から1年経っていた。井上は後悔はするが反省はしないなどとうそぶく。(しかし捜査に当
 たった合田とは死刑執行の直前まで、頻繁に手紙をやり取りしていた。)
 小菅の拘置所に収監された井上は事件を起こした日から2年半後に死刑を執行された。

  さて、件の合田刑事の立ち位置は?捜査本部の庶務担当のような役割で、供述をとり調書
 作成する立場でもない。だが個人的に二人に興味があって、時折尋問の様子を見に行ったり、
 戸田を病院に見舞ったりしている。
  二人の犯行動機と殺意が明快にならない背景を、自分なりに考えたり犯人と交流することで
 一体何があったのか明らかにしたいという気持ちはわかるのだが、捜査陣の中で求められて
 いない行動をしていることは明らか。作者はこの合田の考えと行動に自分考えを投影してい
 るのかもしれない。何の関係もない家族4人が、金がありそうだと、格別の理由もなく二人に
 目を付けられ、目があったというだけで惨殺される。子供に至っては犯人を目撃したわけでも
 ないのに殺された。なぜ殺したのかと問われても「分からない」。こうした不条理に満ちた状況
 を特異な事件としてではなく、人間が生きていく上で遭遇しうる当たり前のエピソードとして位
 置づけているのか。

  公判維持のために、筋書き通りの供述をとろうとする検察官。「顔を見るとこう言って欲しいよ
 うな目をしていたから、俺はどうでもいいから希望どおりに話してやった」と検察官におもねる
 供述をこしらえる容疑者。
  作者は、法執行現場の当事者が標準の事件処理手順としてそんないい加減なやり取りで人
 の命や人生が決まっていくことを告発しようとしているのか。その辺がどうもはっきりとは伝わ
 ってこない。

                                            (以上この項終わり)
   

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