読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

トマス・H・クック『緋色の記憶』

2018年06月14日 | 読書

◇『緋色の記憶』(原題:THE CHATAM SCOOL AFFAIR)

         著者:トマス・H・クック(Thomas Cook)
   訳者:鴻巣 友季子    1998年12月 文藝春秋社 刊(文春文庫

   
  クック記憶3部作の一つ(他に『夏草の記憶』、『死の記憶』)。
  フラッシュバックを得意とするクックが描く何とも暗い記憶の物語である。
    アメリカの東部マサチューセッツ州の片田舎チャタム村。回想する老弁護士ヘン
 リー・グリズウォルドは独り身のまま老境を迎えた。
  ヘンリーはあの事件以来愛を求めたことがない。愛の結末が恐ろしいから。
 
  11926年8月のある日、ひとりの年若い美貌の女性がバス停に降り立った。それ
 からほぼ1年後、この時から1927年5月の痛ましい事件の歯車は動き始めた。
 悲劇が起こったということはたびたび述べられるが、事件の詳細は最後まで明かさ
 れない。それはあまりにも身近な人の出来事であることと、何よりも事件のきっか
 けをヘンリー本人が作ったかもしれないという慚愧の念があるからかもしれない。

  回想する私(ヘンリー)は私立チャタム校の学校長アーサーの息子。この日バス
 を降り立った新任の女教師エリザベス・チャニングの生徒として、また学校長の使
 い走りなどを通じてミス・チャニングと親しくなる。
  美術教師であったチャニングは7年前に赴任したレランド・リード(35歳)と互
 いに惹かれあうようになる。リードには妻アビゲイルとメアリという幼子がありる。
 3年がかりでヨットをつくっているリードの作業を手伝っているうちに、もしかして
 リードはチャニング先生と新しい世界に旅立つのかもしれないと思い始める。
  
  リードの妻アビゲイルは夫の心が若いチャニングで満たされていくことを感じ取
 り、苦しい思いを幼なじみのヘンリーの母に打ち明ける。しかも妻を殺す計画をた
 てているのではとまで。

  そんな中、ついにヨットが出来上がった。ヘンリーはリードとチャンイングの二
 人の道行きを確実なものにしたい一心で、あろうことかアビゲイルに「二人を自由
 にいしてやってください」という。煮えたぎった疑心の心に油を注いだ結果か、ア
 ビゲイルは黒池のほとりにたたずむチャニングに突っ込むが一緒にいたヘンリーの
 家のお手伝いサラに当たり、アビゲイルは車と共に池に沈んでしまう。

  最初は事故と思っていた警察は、アビゲイルからリードが妻を殺して愛人と逃避
 しようとしていたと聞いたというヘンリーの母の証言で事件性ありと捜査を開始す
 る。リードは疑惑を解きもせずに自殺する。何の罪かチャニングは獄につながれる。

  結局ヘンリーが事件に火をつけ、その母が事件を大きくしたのだった。しかし、
  ヘンリーには父にも告げていない、隠された深淵を抱えていたのだった。

  まだ封建色の残るアメリカ東部の田舎の不倫でも姦通でもないたんなる恋愛が、
 かくも厳しく指弾され、まるで縛り首にまで追い立てようとする時代性と、クック
 特有のフラッシュバック技法が、主人公が回想するうす暗い悔恨のストーリーを巧
 みに織り成し、抑えに抑えたタッチの描写で、成功している。

                            (以上この項終わり)

  

  

  
 

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