釣りをやらない人から見る釣り人のイメージは水辺でのんびりと糸を垂らす姿らしい。釣りなんて江戸の三大道楽のひとつで隠居の暇つぶしだと思われると少しムカつくが事実なので否定はしない。
なかにはのんびりした釣りを求める人もいるが多くの釣り人は結果を出すために試行錯誤を繰り返しているので他人が思うほど暇ではないのだ。
短気は損気というが短気を測る尺度がないので自分が当てはまるかどうかはわからない、しかしイライラして冷静さを欠き失敗することはよくあるので気長のほうではないのだろう。
経験で短気を表面化すると物事うまくいかないということは身につけてきたが、高齢者の仲間入りをした昨今、目や身体の老化が原因でイライラする事が多くなってきたのは困ったものである。
釣りという遊びは 円形脱毛症になるほど頭脳を駆使しても釣れなかったり、逆に修行のように我慢することで成果をあげることもあるので少々ややこしくて奥が深い。
時には短気で、時には呑気で、知り得た情報と技術を冷静にかつ敏速に活用する能力がある人が釣りに向いているのかも知れない。