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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

名手とその息子と言う形

2015-10-15 22:48:26 | 日記
 前回お話したように、僕の父は非常に有能で、それは家族全員が承知しています。

 ですから、もち父が日本代表として名を馳せたサッカー選手だったならば、息子の僕はきっと

 「父は凄かったのに」
 「息子はだらしないなあ」

 と冷やかされていたのは間違いありません。

 フットボリスタの2013年発行の304号(まだ週刊の時代です)を買い求めたのも、上記のリ理由の為です、

 この号の目玉は

 「名選手の息子は、損か得か」

 というもので、巻頭にはクロアチア代表MFクラニチャールのインタビューが、表紙にはアルゼンチン代表FWアグエロと、息子のベンハミン君が起用されていmす。

 サッカーとは無関係の事で記事になるのも、現在の特色で

 「ロミオ・ベッカムは父譲りの端正な顔立ち」
 「ロナウドの息子が父を怒らせる」

 など、家族構成や映画出演の台詞などが、ここ最近話題になりました。

 マルディーニのように

 「親の威光だよ」

 と指摘されながらも、大成して父より有名になる形もありますが、それがごくわずかの例ですよね。

 特にベッカムのように、息子さんが3人もいれば、3人の中で新しい競争とメディアの追随が行われるわけです。

 ベッカムの英語はコックニーという、下町情緒あふれるものでしたが、その話し方さえお子さんたちは比較される事でしょう。

 キングの息子さんが、最初は野球をプレイし、現在はサッカーに関心を持っていると指摘されるのも、自分で編み出した自己防衛だったのかもしれません。

 
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