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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

芸術を保護し、サッカーを保護すること

2016-02-05 01:57:19 | 日記
 中世から近代にかけて、覇権国家は芸術を保護することで

 「自分たちが君臨する理由」

 を世界に述べてきました。

 欧州ならばルーベンスやレンブラントの絵画がフランスやロシアで愛され、英国は中国の陶磁器を称賛したものです。

 日本では漆、浮世絵が高い評価を集めましたよね。

 その芸術が現代ではサッカー選手になったと僕は感じています。

 覇権国家、それはスペインでありイングランドですが、最も価値のある選手に加えて監督もコレクションの対象になっています。

 つまり、資金を投入し、クラブを整備することが

 「自分たちの存在意義」
 「彼らの後に獲得したい選手たちを、間接的にでも意識させる」

 事に繋がるためです。

 中国がサッカーの世界において、成り上がりから「覇権国家」になろうと思い描き、特に広州恒大がジャクソン・マルチネスに55億円も費やす姿を見れば。

 それは過去、帝国が芸術を保護することが

 審美眼につながる
 周辺国に良い印象を与える

 ことと同様に、アジア市場だけでなく世界市場に大きな衝撃を与えるのは、選手の獲得にあると感じているのでしょう。

 ある種、日本はJそのものが成熟し、むやみに選手を獲得する必要がないように見えます。

 その一方で刺激を与えるのは、リーグの改変だけでは追い付かないことも事実ではあります。

 
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