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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

サッカーにおけるソーシャル・ネット・サービス

2015-05-17 00:47:59 | 日記
 もし1960年代から、現在のようにソーシャル・ネットワークが存在していならば、以下の出来事は防げたでしょうか?

 1・ガリンシャが貧困に喘ぎ、苦労していたこと
 2・マラドーナがナポリ時代、麻薬とマフィアに侵されていたこと
 3・ガスコインやジョージ・ベストのように、過度の飲酒に悩んでいたこと

 防ぐことは困難だったと思います。

 一方で今は選手がクラブ、広報を通じてではなく、自ら生活状況を公開する時代です。

 飲酒を含む食事内容、友人づきあい、病気や生活習慣など、以前よりも周囲、ファンが選手に対して意見できる環境にあると思えますし、ガリンシャのように文字が読めず、契約に苦労する選手も少なくなりました。

 僕は今でも

 「折り畳み式携帯」

 愛用者であり、一時期騒然となった

 「バイト先での馬鹿騒ぎ」
 「バカ騒ぎに対しる訴訟」

 になる理由の一つ、ソーシャルネットとスマートフォンとは縁がありません。

 選手が自ら情報を公開する理由として

 1・憶測で書かれた記事、ねつ造記事にうんざりしている
 2・パパラッチに代表される、記者との追いかけっこ
 3・逆に情報公開を楽しむ

 という3点が理由としてあると感じます。

 僕のように客商売の人間は

 「個人情報流出の阻止」
 「詐欺に警戒している中での入荷連絡」

 など、留意すべき事柄が幾つもあります。

 僕が仮にスマートフォン所有者になっても、情報を公開することはまずない、というよりも公開する必要性我無いのですが、時代は情報を守る、守らないの境界線にありますね。
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