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塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

銭湯とサッカーの共通点

2010-01-02 15:57:37 | 日記
 今両親と地元の銭湯に出かけてきました。風呂につかりながら僕の頭をよぎったことは、「銭湯がサッカーファンの語らいの場所としてきのうできないものか」というものでした。

 銭湯とサッカー場には共通点があります。
 それは「寄り合いの場所」言い換えれば「社交の場」という点です。
 銭湯には入浴の際の厳密なルールがあります。例えば湯船につかる前にお湯を体にかけ流す、体を洗う際は他人にお湯がかからないようにする。などがそうです。もしこれらルールを守れないのなら、他のお客や店主からクレームがきても仕方がありません。
 でも注意点を素直に受け取り、入浴方法を改善すれば何の問題もありません。むしろおしゃべりを楽しめるかもしれません。
 作家のカン・サンジュン氏の言葉を借りるなら、「社会に承認される。」と言う意味になります。話し掛ける人も注意する人も、相手を承認しているからこそ話し掛けたわけですからね。

 サッカー場でも同じです。ペットボトルの持ち込み禁止や公共機関の利用など、観戦を続けることで観戦マナーがわかってくる。そして僕はまだ顔馴染の方はいないのですが、顔馴染のサッカーファンができて、一緒に応援を楽しめるようになるかもしれない。

 僕は人付き合いが得意ではない方で、皆でパーティをするより家で本を読んでいるほうが好きなのですが、自分ひとりで生きているというよな、思い上がった考えは全くありません。ですから時には我慢して社交することも必要だと考えています。

 銭湯にくるお客がサッカー、もしくは地元にサッカークラブがあるかどうか関心があるかはわかりません。でも許されるならポスターの掲示やグッズの販売などできたらどうかなと思います。
 別にサッカーでなくてもいいんです。野球でもラグビーでも、大河ドラマの話だっていい。皆が話題となるような場所として銭湯が機能して、そこに少しサッカーのもてなしがあったなら、クラブが新規のお客を獲得できるチャンスになるかもしれません。
 
 年齢に関係なくひとりで暮らしている人は、他人と話す機会は限られていますからね。大学時代の僕がそうだったので、他人と会話をすることは人が生きていくうえで、やはり大きなウエイトを占めると僕は考えています。

 イタリアでは「バール」が皆の社交の場として認知され、お洒落をしたお客がおしゃべりとコーヒーを楽しんでいると聞きます。
 
 日本にはバールがなくても銭湯はある。という街は多いと思います。地元クラブの練習場やクラブハウスは行ってみたいけど敷居が高いと感じるファンも、銭湯ならば気軽に立ち寄れると思います。

 銭湯で汗を流してサッカー談義に花を咲かせるというのは、僕個人おもしろい試みだと思うのですが、皆さんはどうお考えになるでしょうか。
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