「日本文学の革命」の日々

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電子同人雑誌の可能性 182 「コンピュータの本質―仮想現実」

2019-03-01 09:43:26 | 日本文学の革命
脳科学が進歩し、人間の脳波もすっかり解明され、外から人間の脳波を自由にコントロールできるようになったとしよう。そのテクノロジーを用いてどのように人間に仮想現実体験をさせればいいのか。
まず第一にその人間を眠らせることが必要だろう。人間は起きているとすぐに自分の意識を活動させて周囲を知覚してゆき、好き勝手に脳波を発生させてゆくから、邪魔で仕方がない。これを眠らせて真っさらな状態にしておき、そこに外部からヘッドギアなどを通して刺激を与え、人工的に脳波を発生させてゆくのである。ただ人間が眠っている状態とは非常に無防備な状態であり、モノが落っこちて来ると危ないし、女性の場合だと人前で寝てることはレイプを誘発する危険性すらある。そこで眠っている人間はカプセルの中などに閉じ込めておいて、関係者以外開けることができないようにしておく方がいいだろう。また容態などが急変したときすぐ気づけるようにカプセルは透明にしておいた方が望ましい。

そのようにカプセルの中で眠っている人間の脳に直接刺激を与えて脳波を発生させてゆくのであるが、それは見ている本人にはちょうど夢を見ている時と同じようなものになるだろう。われわれが夢を見ている時にも、感覚器官などは一切使わず、ただ純粋に脳波だけで映像や感覚を得ているのだが、しかしそれは現実体験と全く変わらないほどのリアリティーでわれわれに感じられるのである。
ただ夢の場合は自由な操作が利かないという欠点を持っている。どんなに本人が強く望んでも望みどおりの夢を見れるとは限らない。引き離されたカップルがどんなに「夢で会いましょう」と誓っても、なかなか夢には出て来ないものなのである。お正月に「一富士二鷹三なすび」の絵を枕の下に敷いて寝てもそんな縁起のいい夢など都合よく出て来る訳ではない。かえって望んでもいない夢が出て来ることも多い。不可解な夢、不条理な夢、なんでこんな夢を見るんだろうと思うような夢、あるいは怖い夢、ゾッとするような夢、見なきゃよかったと後悔するような夢、そんな夢を見ることも多いのである。
ところが外部から人工的に操作するこの場合は、いくらでも望んだ夢、好きな夢を見ることができるのである。大富豪になってウハウハの生活を送ることもできるし、絶世の美女になってイケメンたちとラブロマンスを繰り返すこともできる。覇王になって天下を統一することもできるし、小公女になって逆境の中クスンクスンと泣くこともできる。作られたプログラムに沿っていくらでも好き放題に現実と全く変わらない体験を楽しむことができるのである。

SFやマンガでこのようなカプセルの中で仮想現実に耽っている人々を描いたものがある。映画の『マトリックス』や諸星大二郎のマンガがそれで、諸星大二郎は昔活躍したマンガ家だが―今では生きているのか死んでいるのかも分からない。このマンガも表題は忘れてしまった―現代にも通じるような異色のマンガを書く作家だった。
このマンガは主人公の少年が何気ない周囲の日常に違和感を感じ出すところから始まる。周囲の人々が全く型通りの反応しかしないことに気づいたのだ。いつも挨拶を交わす近所の人も全く型通りの挨拶しかしないし、少年の母親もいつも同じような小言で少年を叱るばかりだ。あるとき少年は母親とケンカして母親を突き飛ばした。すると母親は階段を転げ落ちてしまったのだが、その際母親はバラバラに分解しネジや破片をあたりに散乱して動かなくなった。母親はロボットだったのだ。驚いた少年はこの世界の謎を突き止めようとする。そして新宿駅の地下深くに巨大な倉庫を発見するのである。そこには見渡す限りたくさんのカプセルがズラーっと置かれていた。中にはヘッドギアを付けた人間が眠っていて、それぞれが自分好みの夢を見て仮想現実に浸っていたのである。少年の母親も眠っている一人で、彼女は地味で苦労の多い自分の人生に嫌気がさし、ここでマリー・アントワネットのような仮想の人生を生きていたのである。
ここを作ったのは世界征服をたくらむある男で、彼はこのようなシステムを作って人々を仮想の眠りに落ち入らせ、世界を征服しようとしたのだが、その内こんな面倒なことをしなくても自分がカプセルの中に入って世界征服の夢を見た方が簡単だということに気づいて、今ではカプセルの中で寝ている一人になっていた。この巨大倉庫の中で働いているスタッフも実は全員ロボットだった。少年は鉄棒を振るってスタッフやシステムを打ち壊し、システムを停止させた(しかしすぐに自動修復装置が働いて数時間後にはまた元に戻るのだが)。地上に出ると新宿の街はすべてが静止していた。動いている人間は一人もおらず、巨大な街にいる大勢の人が誰も彼も止まっていた。みんなロボットだったのだ。少年が生きている人間を求めて「おーい。おーい」と駆けてゆくところでこの物語は終わっている。