ゆーぱの部屋 ~幸福の科学の教えから~
幸福の科学の教え(大川隆法先生の書籍)で、みなさまの人生の悩みや疑問などを解決するお手伝いをします。
 



前回、なんで古代ギリシャにヘルメス教団は残らなかったのって、教えてもらったよ。でも、なんでゼウス教団に取って代わられるようなことになっちゃったの?

幸福の科学の大川隆法先生は、『エロスが語るアフロディーテの真実』(幸福の科学出版)で、ヘルメス教団の二代目であったエロスの霊の言葉(「霊言」)を、次のように伝えておられます。

 ヘルメスとゼウスには、はっきりとした違いがあるのです。
 ヘルメスは「隠遁者」であり、その意味で釈迦と共通しているのですが、ヘルメスには、わりに見せない部分というか、「隠れし神」の部分がやはりあるんですよ。本当に戦うところもあるけれども、隠遁者の部分もあるのがヘルメスです。釈迦にも、そういうところはありますね。
 ゼウスは、そういう隠遁者の部分があまりない人でして、正々堂々の陣というか、正規軍で戦う傾向がありますね。
 例えば、『愛は風の如く』にもたぶん書いてあると思いますが、ヘルメスは、隠密的に動くのがわりに好きな方なんですよ。
 それは、別に悪いことではないのです。
 近代では、勝海舟なども言っていますが、お城のなかにいると、下情(かじょう)というか、庶民のことが分からなくなるので、やはり、変装してでも、江戸の町に出て、いろいろ見て歩かなければ、正しい治世ができません。
 勝海舟は、そのようなことも指導していたようで、「将軍が、大奥にいたり、お城のなかにいたりして、報告だけを聞いていたら、本当の意味での民の暮らしが全然分からない。内緒にしてでも、出ていって、民の暮らしを見るべきだ」と言っています。
 これは、経営学的に見れば、現場主義ですよね。「現場主義で、きちんと現場を見て、間違っていないかどうかをチェックする」という部分が、ヘルメス主義のなかには入っているのです。
 それは悪いことではないのですが、大会社などでは、普通、社長は社長であって、「部下を通じて仕事をする」「部下に任せて、大きな仕事をやっていく」というのが、経営手法としては本道ですよね。「社長が、いろいろなことを何もかもやる」というようなことは無理です。スーパーマンでないかぎりはできません。
 ゼウス主義というのは、この「正々堂々型」であったのです。ヘルメスが、変装し、一人二人を連れて、けっこういろいろな所に出没していたのに比べれば、ゼウスは、今で言うと、車を十五台ぐらい連ねて堂々と出ていくようなタイプでしたね。
  幸福の科学の総裁は、そういうのはあまり好きでない性格ですが、某大教団などは、例えば、「トップが外遊する」というと、「黒塗りの車を十五台ぐらい連ねて、成田に走っていき、みなで最敬礼してお見送りする」というようなことをしたそうです。そういうのが好きな方もいるわけです。(中略)
 また、ヘルメス軍には、何と言うか、ノウハウが個人的に隠されているところがかなりあったので、そのへんを十分に引き継げなかった面はあるかもしれません。
 一方、ゼウス軍の場合は、そういう特殊な才能を擁する人をあまり気にせずに、「組織として行動して、一定レベルの成果をあげる」ような考え方ができていたということでしょうかね。そういう意味では強かったと思います。
(115~118ページ)

ヘルメスとゼウスには、はっきりとした違いがあった。

ヘルメスは「隠遁者」であって、ノウハウが個人的に隠されているところがかなりあったので、そのへんを十分に引き継げなかった面はある。

ゼウスは、正々堂々の正規軍で戦う傾向があって、そういう特殊な才能を擁する人をあまり気にせずに、「組織として行動して、一定レベルの成果をあげる」ような考え方ができていたので、その意味では強かった──。

うーん、で、古代ギリシャにヘルメス教団は残らなかったのは、この二人の性格の違いだけだったのかというと…、というあたりは、また次の機会に!

『エロスが語るアフロディーテの真実』

 大川隆法著


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